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閑話 死霊のエルフ塩(その3)

 砂漠の屋敷の地下室にて、レオは昔話を語り終えていた。


 薄暗い明かりの灯る中、ゼロは狂ったように笑い叫ぶ。

「約束を一方的に反故にして! なにが勇者になって魔王になるまで待ってくれ、だよ! 勇者になれなかったくせに!」


 レオは顔を辛そうに歪めてうつむく。

「ごめん、ゼロ」

「謝って許されると思ってるの!? 僕に賠償をおくれよ、君の顔をね!」



 ティルトが横から尋ねる。

「ちょ、ちょっと待てよ。なんでレオが来るってわかったんだ?」


「それは調べたからに決まってるじゃないかっ。レオをずっと探してたら勇者になれずに勇者ケイカの手伝いをしてるってわかったのさ! 勇者ケイカは今エーデルシュタインにとりかかってて身動きが取れない。ならエルフ塩で問題を起こせば必ずレオが来るはず」



 ダークが冷静に頷く。

「なるほど。正しい判断です」

「だろう? さあ、レオ。今すぐ顔をくれるかい?」


 レオは首を振った。青い髪がさらさらと鳴る。

「ごめん、まだダメなんだ。魔王を倒してないから」

「だろうね! それが君の本心さ! 顔をあげるなんて口約束だったんだ! でも、もういい」

「え?」


「君が裏切ってからの、ここ数ヶ月間。僕はゲアドルフに弟子入りして死霊術を学んだのさ。復讐するためにね! ゲアドルフが死んだ今、この世の王は僕さ! 死の国の王だ! あとは君の顔さえあればいい!」



 ティルトが不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「なんだよ。ほとんど逆恨みじゃねーか。だいたい、人の顔をくれってあつかましい」

 ゼロが腕を振り回し、地団駄を踏んだ。

「きいっ! 顔を持って生まれた君に何が分かるっていうのさ! 自分が何者でもない苦しみを味わえ!」


 ゼロが腕を横薙ぎに振るった。

 すると、天井から緑色の液体が雨のように降り注いだ。

「え?」「な、なんだ!?」

 レオとティルトが戸惑う中、ダークだけが冷静に眼鏡をくいっと指で押し上げる。

「これは呪いの染料でしょうね――詠唱法陣起動1・5・25毒性解除カーズディスペル

 黄色と白の魔法陣が展開され、緑の雨が透明になっていく。



 ゼロがのっぺらぼうな顔で叫ぶ。

「そんな! せっかくの毒が!」

「すでにその物質は解析済みです。通用するはずがありませんよ」

 ダークは背中に背負った袋から緑のグリードポットを取り出して見せた。


「ちっ、ちっくしょお! ――よこせ、よこせ、お前の顔をよこせ!」

 ゼロがなりふり構わず飛び掛ってきた。


 レオはすばやく剣を抜き、剣の腹でゼロを叩いた。

 吹っ飛ばされるゼロ。地下室の床に転がる。

「ゼロ、落ち着いて!」

 が、すぐに立ち上がりながら、激しい声でののしる。

「お前の顔をもらって、死者の王国を作るんだ! 邪魔するな!」



 ゼロが叫んだとたん、体が膨張した。ムキムキと筋肉が盛り上がっていく。

 ダークが眉をひそめる。

「これは……禁呪」

「え? どんな効果が?」

「意識を操る代わりに、常軌を逸した力を授ける禁呪……ゲアドルフに操られているのでしょう」


「そんな……! ゼロ! 正気に戻るんだ!」

「うるさい、黙れぇ! お前の持つ『僕の顔』を寄こせぇぇぇ!」

 ゼロは素晴らしい速さで飛び掛ってきた。



 けれど呆然と立ちすくむレオは動かない。状況に考えがついていけてないようだった。

「何してる、レオ! ――危ねぇ!」

 ティルトが残像を生みつつレオの前に立つ。握り締めた拳が炎に包まれる。


 ゼロが叫びながら腕を振り上げる。

「どけぇ!」

「やなこった! ――炎鋼拳スチールバーニング!!」

 防御値無視な上にダメージ2倍、炎追加ダメージがある攻撃。


 ズドォン――ッ!


 ティルトの打撃を中心に、爆風が地下室に広がった。

 胸を殴られたゼロは、反動で地下室の壁に激突した。壁が丸くへこむ。

「ぐはっ!」

 ゼロは顔の口当たりから青色の血を吐いて、床に崩れ落ちた。



「あ――っ! ゼロ!」

 レオが駆け寄ってゼロを抱え上げる。


 ゼロが声を出す。先ほどまでのヒステリックな口調と違い、とても穏やかな声だった。

「……あれ? レオ。どうして、いるんだい?」

「ゼロ! 正気に戻ったんですね!」


「レオ? ……あ、僕はゲアドルフに弟子入りして……それで、強くなれる魔法を掛けてもらって……その後の記憶がぼんやりしてる――ごふっ」

 ゼロはますます血を吐いた。のっぺらぼうの顔に青い血が滲むように広がる。


「ゼロ、ごめん。君を助けてやれませんでした」

 ゼロは弱々しく首を振った。

「いいんだ、レオ。なにか悪いことをしようとしてた記憶はある。きっと、何もない僕の運命さ」

「ゼロ……」



 ゼロの腕が下に垂れた。彼の体から急速に力が失われていった。

「……僕は、唯一の僕に、なりたかっただけなんだ……」

「すべてが終われば……本当にあげるつもりだったんだよ……」

 レオは俯きつつ、ゼロを抱える腕に力を込めた。


 そしてゼロの体は指先からさらさらと粉になって、最後は消えていった。


 しばらくの沈黙の後、ティルトが淡々とした声で言った。

「悪りぃな。あの状況じゃ倒すしかなかった」

「……うん」

「そうですね」


 出口へ向かおうとしたティルトが足を止める。

「でもよ、レオ」

「……なんだい?」

「ひょっとしたら助けられたかもしれない。だからオレを恨んでくれて構わないぜ?」

 親指で自分の顔を指して、挑発的な視線を向けるティルト。



 レオは首を振った。青髪がサラリと揺れる。

「そんなことはしないよ」

「というより、ティルトにしては気を使いすぎですね。誰かを恨むことが出来たら、その分だけ自責の念が薄れますからね」


「うっせ! つーか、解説されたらぶち壊しじゃねーかっ!」

 元気な突っ込みの声に、レオの顔が思わず緩む。


 それを見てダークも口元を緩めた。

「じゃあ、帰りましょうか」

「おうよ!」

 ティルトはスキップするような足取りで階段に向かい、あとからレオとダークが続いた。



 屋敷のエントランス。

「――これですべて終わりでしょう」

「あんまり落ち込むんじゃーぞ、レオ」

「わかってるさ」


 三人は玄関から表に出た。

 その瞬間、全員が絶句した。


 ――晴れ渡っていたはずの空が、いつのまにか緑色の雲で覆われていた。



「な、なんだ?」

「これは!」

「呪いの染料でしょう! しかも今にも雨として降り出しそうですよ!」


 ダークの言葉に、レオは端整な顔を歪めた。

「ゼロが死んだら染料を雨のように降らせるようにと命令していたんだ!」

「くっ、そんなのありかよ!」

「ゲアドルフはとても狡猾で残忍な男だったと聞きます。心を操った時にすでに仕組んでいたのでしょう」


 ティルトがダークを見ながら声を荒らげる。

「ダーク! 魔法でなんとかできねぇのかよ!」

「ダメです。雲の範囲が広すぎます。おそらくファブリカ王国どころか、大陸を半分以上包む広さ。――さっきゼロが言ったように、死の国になってしまうでしょう」

 ダークはうつむいて首を振った。長い黒髪が力なく揺れる。



 その時、ごろごろと緑の雲の中で雷鳴が轟いた。もう時間がない。

 レオは苦しげに顔を歪めた。首から吊るしていたお守りを握る。

「だれか……世界を救ってください。お願いします」



「――その願い、聞き届けた」


 唐突に、砂漠に響き渡る声と下駄の音。

 はっと息を飲んで、三人が声を見る。


 屋敷の門前に、和服を着たケイカが腕組みをして立っていた。

「ケイカさん!」「なんでここに!」「――どうやら妖精の扉を設置して急いで駆けつけたようですね」


「その通り。それでダーク、持ってる緑のグリードポットを出せ」

「え? ――ああ、なるほど!」

 ダークは中に入った透明な液体をぶちまけると、地面にグリードポットを置いた。



 それを見届けてから、ケイカは手を天に掲げた。

「我が名に従う清流と微風よ 不変吸引唯一絶対 渦巻く力を集積させよ! ――吸引竜巻・大尊!」


 ケイカの掲げた手のひらから空気の渦が起こり始める。

 最初は細く天へ伸び、次第に太くなっていく。


 ゴゴゴゴゴ――ッ! と激しい音が砂漠の果てまで鳴り響く。


 空の緑の雲は千切られながら竜巻に巻き込まれていく。

 どんどん吸い込んでいく。

 手を傾ければ、地平線近くの雲まで吸い込んでいく。

 竜巻はますます濃い緑に染まっていった。



 空に青さが戻る頃。

 ケイカは手首を捻って緑の竜巻を変化させた。

 出来るだけ細くしてから、先端をグリードポットに突っ込む。

 グリードポットの中に吸い込まれていく。


 最後は、しゅぽっと気の抜ける音を立てて呪いの染料はすべて中に入った。

 ケイカはとんとんと首の辺りを叩く。

「これで終わりだ――苦労掛けたな、レオ、ティルト、ダーク」

「い、いえ……力になれずすみません。さすがケイカさんですね」

 レオは頭を下げた。


 ティルトが頭の後ろで腕を組む。

「ちぇっ。結局いいところは全部持ってかれたぜ」

「ふん。勇者だからな。――ダークはその液体を無効化しておいてくれ」

「はい、わかりました」


「とりあえずゲアドルフじゃなくてよかったな」

「しかしゲアドルフの弟子でした……そして申し訳ありません」


「ん? どうした、レオ?」

「今回の首謀者は私の友人でした。ちゃんと話し合っておかなかったばっかりに……」

「恨まれてたのか」


 するとティルトが叫ぶ。

「あんなの逆恨みじゃんかよー。気にすることないぜ!」

 レオは寂しそうに微笑む。

「ありがとう。けれど僕のせいで彼をゲアドルフの下に走らせてしまった」



 ケイカは、自分の顎を撫でる。

「それは違うぞ」

「え?」


「根本的に悪いのは、ゲアドルフそのものだ。――ったく、死んだあとまで迷惑をかけてくるとは。まあ、さすが魔王四天王といったところか」

「ですね……以後、気をつけますから」

「そうだな。引き続き、密造エルフ塩に目を光らせてくれ。エーデルシュタインのことで忙しくて、あまり関与は出来ないんでな」

「ええ、わかりました」

 レオが青い髪を揺らして頷いた。


 そしてケイカは白い歯を見せて笑顔を作る。

「じゃあ、今日のところは帰ろう!」

「はい」「おうよ!」「やれやれですね」


 ケイカと三人は、太陽の日差しがさんさんと降る砂漠の町を妖精の扉目指して歩いていった。



  閑話 死霊のエルフ塩・後編 終

 ケイカが駆けつけました。

 時期的にはエーデルシュタインでいろいろやってた頃でした。 

 

 う~ん。本当はセリカ5さいの話や疫病蔓延の話なんかも書きたかったのですが、これ以上は蛇足になりそうで。

 そろそろ本編を進めたいと思います。

 ただプロットはもう少し練りたいので、1週間~10日ぐらい後の更新になります。

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