閑話 死霊のエルフ塩(その2)
青空の広がる朝。
ファブリカ王国の北半分を覆う砂漠をレオたちが歩いていた。
細かい砂が風に吹かれて舞っている。
全身をローブで包んだ大小3つの人影が、いくつもの砂丘に足跡を残しながら越えていく。
ローブは強い日差しから身を守るため。
一番小さな人影が手の甲で額の汗を拭った。
「あっちぃ~。ほんとにこんなとこにいんのかよ」
「取引した者たちの話を総合すると、砂漠地帯から来たのは明白なのですよ」
ダークの言葉にレオが頷く。
「この砂漠にはいくつもの町や村が飲み込まれているからね。人目につかない隠れ家は多いんだよ」
「不便そうだけどな~。砂漠の外周近くならともかく」
長身のダークが頷く。
「その辺は犯罪組織がアジトにしてるところもあります。けれど今回の犯人はもっと奥から来ていた。おそらく水や食料を必要としない死霊術の手下が使えるからでしょう」
「なるほど――お」
ティルトがフードを下げて頭を出した。緑髪が晒され、強い日差しに輝く。
しばらく目を細めて、長い耳をぴくぴくと動かしていた。
数分でまたフードを被りなおす。
「族長は眼帯したエルフなんて知らねーってよ。作らせた似顔絵見ても知らないって」
「種族固有の意思伝達ですか……知らないとなると、造られた顔なのでしょう」
「造られた顔?」
「死霊術は肉塊を粘土のように扱って形を作ることができます」
レオがふむっと頷く。
「造られた顔、エルフ……偽造犯たちも言っていた「本物じゃないけど本物だ」って。エルフ塩密造に本物のエルフが関わってくれるなら、これほど助かることはないだろうね」
「なるほど。見た目で安心させて、思い通りに呪いの塩をばらまくため。狡猾な相手のようですね……」
「エルフじゃなかったらいーんだけどな……ケイカが言うには、エルフの死霊術師ゲアドルフの可能性もゼロじゃないって」
「ケイカさんが倒したそうだけど、万が一と言うこともありそうだね」
「その場合は逃げるしかありませんね。私たちだけでは手に負えません」
「逃がしてもらえるといーけどなー」
話すうちに砂丘の上に出た。
抜けるような青空の下、砂に半分埋もれた廃墟の町が広がっていた。
三人は目だけで合図すると、三方向に分かれながら、音も立てずに町へと近付いていった。
ファブリカ王国の砂漠にある捨てられた町を、3人は家々を見て回った。
半分崩れた小屋から、大通りの商店。また二階建ての宿屋まで捜索した。
さくさくと軽い足音をさせて砂を踏んでいく。
しかし捜査は空振りに終わった。
3人は大きな屋敷の前で待ち合わせる。塀に囲まれた豪邸。塀は半分砂に埋まっていた。
「西側の住宅街は何もなかったぜ」
「商店もからっぽだったよ」
「残るはここですね……魔術の実験をおこなうなら広いほうがいいでしょうし」
ダークの言葉にティルトが声を荒らげる。
「知ってるなら言ってくれよなっ。無駄足踏んじまったぜ」
「可能性は全部塞いでおくのが重要なんですよ、ティルト」
レオが穏やかな声で言う。
「まあまあ、ここしかないってわかったんだからいいじゃないか。さあ、気を引き締めて頑張ろう」
「おけ」「了解です」
3人は崩れた門をくぐって庭へ入った。
石を積み上げて作られた豪邸は、風化にも耐えて灰色の威容を誇っていた。
窓は木の板で全部ふさがれている。
レオは豪邸の正面にある扉のドアノブに手を掛ける。
「鍵は開いてますね」
ゆっくりと開いていく両開きの扉。
中は窓がすべて閉め切られているため薄暗い。
ダークが長い手を前方へ向ける。
「詠唱方陣起動5・12――光球」
光る球が生まれてレオたちの少し先に留まった。
その光の下、蠢くものがいた。腐臭を放つゾンビ。
レオたちに襲い掛かってくる。
ティルトが拳を叩きながら吐き捨てる。
「でやがったぜ、ゾンビ!」
「やはりここが死霊術師の根城……」
「ここはティルトに任せましょうか」
ダークが眼鏡をくいっと押し上げながら言った。
「へっ! やってやんよ!」
ティルトが拳を握り締めると、炎が纏わりつく。
軽やかなステップでゾンビに近付きつつ、思いっきり右手を振りぬいた。
拳は頭を打ち抜いたが、衝撃波で上半身も木っ端微塵になった。
ゾンビの下半身が倒れこみ、動かなくなった。
ティルトは手を振りつつ言う。
「ざっとこんなもんだぜっ」
「さすがティルトだね。今の音で気付かれたかもしれないから急ごう」
レオたちは1階や2階を探索した。
時々、ゾンビやスケルトンと遭遇したが、難なく倒した。
そして1階を調べていたダークが地下への階段を見つける。
ダークが顔にかかる長髪を掻き上げながら言う。
「ここでしょう」
「どうもそのようだね。みんな、気をつけて」
「わかってるって」
レオを先頭に階段を下りていく。
地下室は真っ暗闇だった。
光球が丸く照らすのみ。
ダークが指を動かして光球を前方へと動かした。
すると、光の輪の中に眼帯をしたエルフが浮かび上がった。
口は裂けんばかりに吊りあがり、狂ったような笑みを浮かべてレオを見る。
「ようやく会えたね、レオ。ずっとこの日を待ってたよ!」
「……誰でしょうか?」
「君の昔の友人さ」
レオは眉間にしわを寄せる。
「申し訳ないですけど、あなたの顔に覚えがありません」
「ハハッ! そりゃそうさ! 顔は変えてあるんだよ。本当の顔は――これさ」
エルフは顔を掴んだ。
仮面をはがすように、ずるっと顔を取り去った。
――皮膚の下から現れたのは、のっぺらぼう。
レオが息を飲む。
「き、君は……っ!」
のっぺらぼうはかん高い声を出す。
「約束したよね! 顔をくれるって! 勇者になって魔王を倒したらくれるって!」
「ゼロ……」
「覚えててくれたんだね。そうさ、僕はゼロ。何者でもない、なにも持たない男さ」
ティルトが横から問いかける。
「誰だよ、こいつ」
「ドッペルゲンガーでしょう、おそらく」
ダークが冷静に答えた。
レオは額に手を当てる。
「それだけじゃない……私を信じてくれた友人なんですよ……」
そしてレオは過去を語った。
◇ ◇ ◇
数年前のとある村。
レオは村を守るため、暇を見つけては村の外で魔物と戦っていた。
しかし持って生まれた優しさのためか、日に日に倒された魔物たちが改心して仲間が増えていった。
ある日のこと。
レオが剣と鎧を装備して教会に隣接した家から出ようとすると、修道服を着た妹のファルに呼び止められた。
「レオ兄さん、今日も森に行かれるのですか?」
「うん。最近、魔物が増えたみたいでね。畑が心配なんだ」
ファルは心配そうな顔をして手を胸の前で合わせる。
「気をつけてくださいね。私、心配です」
「そんなに強い魔物は出ないから大丈夫さ」
レオは爽やかな笑みを浮かべると、ファルの頭を優しく撫でた。
そして家を出た。
村の外は森が広がっていた。
勝手知ったる足取りで、奥深くまで歩いて行く。
いつの間にか隣を小鬼のポックルが歩く。戦いの末に仲良くなった魔物の友人だった。
「底の木の上に大蛇が、向こうの茂みに猪がいるから気をつけて」
「ありがとう」
ポックルの助けを借りて、大蛇や猪を倒していく。
あとは素材に変えつつ、さらに森の奥へ向かう。
――と。
とある大木の下へ来た時、黒い影が上から襲い掛かってきた。
「くっ――!」
レオはとっさに剣を振った。剣の腹で影を叩く。
「ひぎゃっ!」
影は吹っ飛ばされて大木の幹に激突した。
そいつは震えながらうずくまっていた。
人の形をしているが、全体的には変な生き物。
顔はのっぺらぼうで、体も粘土で作った人形のようだった。
ポックルが驚く。
「なにこいつ。こんな奴、知らない」
レオは剣を構えつつ、魔物に近付く。
「君は、誰? 人間じゃなさそうだね」
「僕はゼロ……そう呼ばれてた気がする……」
「ゼロって言うのですか。私はレオ。よろしく」
するとゼロは耳障りな声で言った。
「僕は誰ですか?」
「え? ゼロって今、自己紹介を……」
「それは何者でもない名前です。もしあなたの『僕の顔』が余っていたら、一つ僕にくれませんか? 『私の顔』でも『俺の顔』でもいいです」
「えっ? それは無理じゃないかな、さすがに」
唐突に、ゼロは半狂乱になって叫ぶ。
「何もないなんてイヤだ! 僕も僕になりたい! 君の顔をおくれよ! こんなに悲しいのに、泣くことすら出来ないんだ!」
「……そっか、そうだね。顔を取られたら、私の顔は消えてしまうのかい?」
「それは大丈夫だと思うよ。君に似せるだけだから」
「……わかった。悪用しないっていうなら、私が勇者になって魔王を倒したあと、君にあげてもいいですよ」
「ほんとに!? ありがとう、レオ! ずっと待ってるからね!」
ゼロの大げさにはしゃぐ声がいつまでも森に響いた。
◇ ◇ ◇
砂漠の屋敷の地下。
語り終えたレオにゼロが叫ぶ。
「よくも騙したね! 勇者になれなかったくせに!」
レオは、辛そうな顔で唇を噛んで俯く。青髪が力なく揺れた。




