閑話 死霊のエルフ塩(その1)
ファブリカ王国の西海岸沿いにある町。
そのはずれの使われなくなった倉庫に、一台の馬車が入っていった。
倉庫の中には明かりが灯り、高い天井や殺風景な空間を照らしている。
そこに大勢の男たちが働いていた。大きな釜を棒でかき回す者。
火の消えた釜からひしゃくでくみ出す者。
入り口近くでは大きな箱を数人がかりでおろしていた。
ガシャッとガラス瓶の揺れる音が響く。
ふたを開けると中には緑色の粉が入った小瓶が詰まっている。
頬に傷のある男がニヤリと笑う。
「そっくりな見た目だな」
「これなら本物としても通用しやすぜ」
馬車ががらがらと車輪の音を響かせて倉庫の中まで入ってくる。
御者台から若い男が降りて荷台にかぶせた布を取る。
箱がいくつか乗っていた。
頬傷の男が近寄る。
「ラベル、持ってきたか?」
「はい、注文通りに」
若い男は箱を開けて中を見せる。
勇者ケイカの似顔絵が描かれたエルフ塩のラベルだった。
「いい出来だな。お前は手の空いたものを集めてラベル貼りをしてくれ」
「あの、ちょっと……」
若い男が手を伸ばし、頬傷の男の手首を握る。
「なにしやがる!」
「偽エルフ塩密造の現行犯で逮捕します」
「なにぃ!?」
若い男は頬傷の男の手首をひねりあげる。
そして地面へ叩きつけた。
「ぐあっ!」
ぐったりとして動かなくなる。
異変に気づいた男たちが叫ぶ。
「な、なんだ!?」「警備兵か!?」「い、いや、違う!」
若い男は優雅な手つきで胸ポケットから目を隠すマスクを取り出して装着する。
続いて馬車の荷台からラベルを取って掲げた。
「私は勇者ケイカです。エルフ塩を偽造すれば直々にくると、書いてありますよね?」
「ちっ! お前ら、やっちまえ!」
「この人数相手にして、無事ですむと思うなよ!?」
男たちは手に手にナイフや短剣を持って、勇者ケイカ――に化けたレオに襲いかかる。
「少し、痛い目にあってもらうしかないようですね」
レオは困ったような微笑みを浮かべると、荷台においてあった剣を取って構えた。
男が短剣を腰だめにして体当たりのように飛び込む。
「死ねぇぇ!」
「はっ!」
レオの剣が弧を描いた。
キィンッ!
ナイフが高い天井まで飛んだ。
襲った男は手を押さえつつ、ゆっくりと倒れ込む。切りつけると同時に、腹を殴っていたのだった。
レオを取り囲む男たちが叫んだ。
「こいつ、強ぇ!」
「まとめてかかれ!」
「「「うらぁぁぁ!」」」
男たちが束になって襲いかかる。
レオは軽やかなステップを踏みつつ男たちを避け、無造作に剣を振るった。青髪が跳ねるように乱れる。
ザッ、ザザンッ!
「ぎゃあ!」「ひぃっ!」「うわぁ!」
七人ほどの男たちが地面にはいつくばる。切られた腕や肩、足を押さえてうめく。
「おとなしく観念してくれた方が、怪我を増やさなくてすみます」
レオは申し訳なさそうな顔で言った。
レオの強さを見た他の男たちが、裏手の方へ駆け出す。
「やべえ! これが勇者か!」「なんて強さだ!」「逃げろ!」
すると裏口から、長いローブに身を包んだ痩身の男が入ってきた。背中まで垂れた長髪をゆらりと揺らし、メガネをくいっと指で押し上げる。
「こちらの出口は牢屋行きですよ」
「ふ、ふざけるな!」「どけっ!」
「やれやれ、困りましたね」
さらさらの長髪を掻き上げると、手に持つ魔導書を開く。
「詠唱方陣起動……2・4・14――麻痺霧!」
青、緑、白の魔法陣が展開されると、男たち包むように白い霧が生まれた。
「う、うわ!」「魔法使いだ!」「に、逃げ……」
意識を失った男たちが、ばたばたっと地面に倒れた。
「だから言ったでしょう? こちらは牢屋行きだって」
黒髪の男――ダークは肩をすくめた。
その後も少し戦闘が続いた。
そして数分後には、たったの二人で倉庫は制圧されていた。
エルフの少年ティルトが、緑髪をぽりぽりと掻きつつ倉庫の中へ入ってきた。
「外の奴らは全員やっつけたぜ。騎士団ももうすぐ来るってよ」
「ご苦労さんです。これで組織のアジトを全部潰せましたね」
「ったく。なんでオレらがこんなことをしなきゃなんねーんだ」
レオが顔に掛かる青い髪を払いながら言う。
「まあまあケイカさんには命を助けられた恩があるから、仕方ないさ」
ダークも横から言葉を添える。
「エルフのためでもあるのですよ、ティルト」
「わあってるよっ! ――まあ、頼まれた仕事は終わり! さあ、遊びに行こうぜ!」
ティルトは笑顔で飛び跳ねた。
その時、ダークが倉庫の隅に置かれた緑色の壷に目を止めた。不気味な顔の模様が彫られている。
「おや、これはグリードポット」
「なにそれ?」
「見た目と違って、膨大な量を詰め込める魔法の壷ですよ……えっ!?」
壷を覗いたダークが驚きの声を上げた。
「どうしたー、ダーク?」
ティルトの問いかけに返事もせず、ダークは大股の早歩きで頬傷の男に近寄る。
そして男の胸倉を掴んで引き立たせた。
「あの壷に入っているのは緑の染料ですよね? どこから入手したか教えていただきましょうか」
「し、知らねぇよ。俺たちのは偽物だけど本物なんだよっ!」
「嘘はいけませんね……詠唱方陣起動……6・13――精神探査」
黒い魔法陣が現れ、男の額へと収束した。
糸が切れたように、膝から崩れる。
「緑の、染料……エルフ、だった……眼帯をした、エルフ」
「なるほど……とても興味深いですね」
ティルトが驚きの声を上げる。
「エルフだって!? ……えっ、じゃあこの塩は本物のエルフ塩?」
「そんなはずはありませんよ。この緑の染料は鉱物由来。猛毒です」
「マジで!? 毒物を流通させようとしたのか」
「しかも染料からは魔力の波動を感じます。おそらく催眠状態にして暗示をかけるつもりでしょう。どんな暗示かは、調べてみないとわかりませんが」
「え……どうなってるんだ!?」
「つまり、偽物のエルフ塩造りに協力しつつ、人々の心を操ろうとしたエルフがいるってことです」
ダークの言葉に、ティルトは首を傾げる。緑髪がサラッと動く。
「でもよ? 染料は猛毒なんだろ? 心操ろうとしたって死んじゃうじゃん」
考え込んでいたレオが口を開く。
「もしかしたら、死者を操ろうとしたのかも知れない……」
「えっ!? そんなことできんのかよ!?」
ダークがグリードポットを覗き込む。ブツブツ呟いて呪文を唱える。
「これは……確かに死霊魔術。レオの推測が正しそうですね」
レオは真剣な顔でティルトとダークを見た。
「偽エルフ塩という問題だけでは終わらなくなってしまった。悪いけど、解決に協力して欲しいです」
「ええ、当然でしょう。他の者からも聞き出して、すぐにそのエルフを捕らえましょう」
「んじゃ、オレはエルフのじーちゃんに眼帯をしたエルフ知ってるか聞いてくるぜ!」
「うん、頼むよ――ダークは尋問を、私はほかに手がかりがないか探してみよう。絶対に阻止しないといけないからね」
こうしてレオたちは緑の染料を作った者を探すために捜査を始めたのだった。
祝100万字達成!
というか前回の侯爵の話で突破してました。
個人的に一番好きなキャラで100万字を迎えられるとは。めでたい。
ここまで長い話を続けられたのも皆さんのおかげです。
特にブクマや評価をありがとうございます。励みになります。
次話は明日。あとキャラ表作りが難航しています、すみません。




