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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第八章 勇者冒険編・亡国の姫君

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閑話 侯爵が侯爵になった理由(わけ)・前編

 ある日のこと。

 ドラゴンに用事があったのでグリーン山へ行った。

 その帰りに侯爵と出会った。


 侯爵はいつものように仕立ての良い服を着て、マントを翻して歩く。

 体育館より広い洞窟に笑い声が響いた。

「ふははっ。何を深刻そうな顔をしている、ケイカよ。あとは魔王を倒すだけではないか!」


「侯爵か。いつも楽しそうだな」

「ふふん。毎日が充実しておるからな。理想的な地獄が出来上がりつつある。生きとし生けるものすべてが死ぬに死ねない世界でもがき苦しむのだ! すべては我輩の手の中だ!」

 悪そうな顔をして、くくくっと笑う侯爵。

 ――その結果が皆が転居したがる理想郷になっているのだから世話はない。


「まあ侯爵が深刻さとは無縁の世界にいるのは――あ、そういえば」

「ん? どうした?」

 ふと、ラピシアの持って帰った書類を深刻な顔で眺めている侯爵を思い出した。



「魔王城から持って帰った紙飛行機を広げて唸っていたが、あれはなんだ?」

「むぅ……あれは、その、なんだ」

 侯爵が困ったように顔をしかめた。


「言いたくないなら言わなくていいが。そんなに重要なものだったのか?」

「なに、書類自体はたいしたものではない。我輩が今までに直接手を汚したものたちのリストだった。人と魔王軍の両方のな」

「ふむ。吸血鬼が生きるために他者を捕食しても当然ともいえるな。人と魔王軍をわけへだてなく殺しているのはさすが侯爵と言えるが……困るようなものか?」



「……リストの最後に懐かしい名前が載っておったのでな。少し、昔を思い出しただけだ」

「ほう。侯爵の昔か」

「まだ地獄王と名乗っておった頃の話だ。若気の至りという奴だ」

「年をとらない吸血鬼がよく言う……差し支えなければ聞いてもいいか?」


「たいした話ではないがな……あのこわっぱが持ち帰ってきたのだから、話す因縁があるのかもしれん。――いいだろう、向こうで酒を飲みながら話そう」

 侯爵は手を上げてパチンと指を鳴らした。

 どこにいたのか、すぐに執事の服を着たゴブリンが現れる。


「お呼びでしょうか、侯爵さま」

「ムラート、酒の用意をしろ」

「かしこまりましてでございます」



 洞窟の端にあるテーブル席にて、酒と簡単なつまみが用意された。

 果実酒に蒸留酒、チーズに生ハム。


 生ハムを一口摘んで、果実酒を流し込む。

「やっぱり侯爵のところは味が濃厚だな」

「チーズも生ハムも発酵の加減と微生物の選別が命であるからな、ふははっ」

 果実酒のグラスを掲げつつ、高笑いする侯爵。


 俺の手が止まる。

「微生物……細菌やウィルスの存在を知っているのか」

「まあな。そのリストにも関係がある」

「ほう?」


 侯爵はグラスをくゆらせると一口飲んだ。

「まあ、百年以上前の話だ。我輩は当時、地獄王としてむやみやたらと暴れまわっておった」

 彼は淡々と語りだした。


       ◇  ◇  ◇


 百年以上前のダフネス王国領内。

 今と対して変わらない姿の侯爵は部下を引き連れて、あちこちに死を振りまいていた。

 町や村、時には魔王軍すらも襲った。


「ふははっ。我輩こそが死の王! この世のすべてを死に染める王だ!」

 高笑いも相変わらず。

 ただ、なぜか過ぎ行く日々に物足りなさを感じていた。



 ある日のこと。

 屋敷の部屋で休む侯爵の元に一人の若い女が連れてこられた。

「地獄王さま。この女が死ぬ前にどうしても願いしたいことがあるそうで」

 猪獣人の部下の手には似合わない女物の指輪が光っていた。


 椅子に座って酒を飲んでいた侯爵は不機嫌そうに眉をひそめる。

「買収されたか、貴様。我輩より金品のほうが大切だということだな?」

「め、めっそうもありません、地獄王さま! すぐにこの女を殺して――」

「我輩は貴様の態度を問題にしておるのだ! ふんっ、信頼できぬ部下などいらぬ。死ね」



 侯爵は猪獣人に向かって手のひらを向ける。

「ひいっ、お許しを!」

 ところが、腰を抜かして座り込んだ獣人の前に人間の女が立ちふさがる。

 丈の長いワンピースを着た女。腰まで届く金髪。痩せていて元気があるようには見えなかった。

「お気分を害して申し訳ありません、地獄王さま」


「この者をかばうのか? そんなに死にたいならお前から死ぬがよい」

「はい、ありがとうございます。それが私の願いでした」

 女は微笑みを浮かべて目を閉じる。



 侯爵の眉間のしわが深くなる。

「どういう意味だ?」

「実は、地獄王さまに私を殺して欲しいというのが私の願いです。なぜなら、地獄王さまはあらゆるものに最高の死を与えると聞いたからです」


「ふん。わかっておるではないか。その通り! 我輩こそが死の化身なのだ! ふははっ――しかし、自分から死にたいとはなぜだ?」

 侯爵の問いかけに、女は悲しげに目を伏せた。


「私は不治の病に掛かってしまいました。どんな魔法も薬も効かない病気です。しかも日に日に衰えていくのに、自分では死ねない……家族の負担は増え、家は貧しくなるばかり。このまま生きていてはいけないと思い、それならば最高の死を下さる地獄王さまのお力で旅立ちたいと思ったのです」



 侯爵は鼻で笑うと女へ手を向けた。

「なるほど。わかった。我輩の持つ、もっともおぞましい死を味あわせてやろうか……いや」

 侯爵は動きを止めて、急に顎に手を当てて考え込む。

 女は不思議そうに首を傾げた。

「地獄王さま?」


 侯爵はますます考え込む。

「なぜだ? なにかが納得いかぬ……」


「いえ……このまま地獄王さまのお力で殺してくだされば……少ないですが、謝礼もあります」

 女はそういってポケットから宝石のついたイヤリングを取り出す。



 ところが侯爵は、イスを倒しつつ立ち上がった。

「そうか! 貴様はすでに病気という死の影に蝕まれておる!」

「はい、そうです?」


「なぜ高貴たる我輩が、他人の食べ残しを喰らうような浅ましい真似をせねばならんのだ!」

「ええっ!?」


 侯爵は残忍な笑みを浮かべて部屋の中を歩き回る。

「くくく……っ。そういうことか……。毎日、死を振りまいても満足できなかったのは、殺される側に問題があったのだな。……死にたがってる女を殺しても達成感が薄い。そう、健康で幸せいっぱいの者の命を断ち切ってこそ、死の化身たる我輩にふさわしいのだ!」



 女はおろおろと戸惑う。金髪が揺れた。

「あの……えっと、地獄王さま?」


 侯爵は瞳をギラギラと輝かせて女を見る。

「よくぞ気がつかせてくれた、女よ。とても気分が良い。今なら一つ、望みをかなえてやろう」

「えーっと、私は地獄王さまに殺していただきたいだけなのですが……」


 侯爵はびしっと女を指差して言った。

「よかろう! 貴様には最凶最悪の死をくれてやる! そのためにはまず病気を治す! そして病気が治り、家に返り、恋人が出来て幸せの絶頂――のところで殺してやろう!」


「あ、ありがたいですが……私の病は治りません……きっと」


「ふははははっ。我輩がやると決めたことに不可能はないわ! 見ているがいい!」

 侯爵は胸を逸らして最高の高笑いを続けた。


       ◇  ◇  ◇


 グリーン山の洞窟。

 俺は酒を飲みつつ侯爵に尋ねる。

「性格は相変わらずだな。――それで、病気を治して殺したって訳か」

「……そううまくはゆかなかったのだよ、これが」

「そうなのか?」


 侯爵は苦々しく顔をしかめると、チーズと生ハムを一緒に食べた。

 そして煽るように酒を飲む。

「いろいろ調べたのだがな。彼女の病気の本質を知るために、他の病気もいろいろと調査した。その過程で眼に見えないとても小さな生物が体に入り込んで病気の症状を引き起こしているとわかったのだよ。薬草やポーションがどう作用するかも調べた」


「よくわかったな」

「なに。寒天の上で細菌を単独で培養して、薬の効果を試しただけだ」

 ――なにこの侯爵。なにげに近代細菌学の基礎技術を確立してやがる。



 でも俺は首を傾げた。

「それなのに、だめだったのか? 魔法や呪いでもなく、薬やポーションも効かないなんて」

「ああ、その病気は彼女の体自体が原因だったのだよ」


 侯爵はまたぽつぽつと話し始めた。

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