第194話 リオネルの失敗
辺境大陸にある俺の町、ケイカハーバー。
ヒドラに襲われていたが救援に駆けつけて瞬殺した。
俺とラピシアで作った結界が張ってあったのに魔物に突破されたのが謎だった。
リオネルは町長屋敷の地下に閉じ込められていた。
階段を塞ぐ瓦礫を掘り返して助け出す。
幸いにも地上部分が崩れただけで、地下は無事だった。
ただしリオネルは無事じゃなかった。
よれよれのシャツとズボンを着た彼は、ひどい暴行を受けていた。
体中に青アザをつくり、左の目の周りにも大きな青アザがあった。
シャツも破れて白い肌がところどころ見えていた。
ご飯も食べさせてもらえてなかったのか、支えないと立てなかった。
華奢な少年の、痛々しい姿。
リオネルを地上に助け出して地面に寝かせた。
俺は優しく声を掛ける。
「大丈夫か、リオネル――《快癒》」
手が温かく光る。リオネルの体の傷跡が薄れていく。
「水と食べられるものを探してきますわっ」
夜空の下、セリカが走っていった。
しばらくしてリオネルが目を開けた。
月光の照らす薄明かりの下、青い瞳は悲しいほどに澄んでいた。
「……ケイカ、さん……」
「なにがあった?」
「兄さんが、来ました……」
「ジャンがいたな。なぜだ、どうしてこうなった!?」
リオネルは一度呼吸を整えると、しっかりした声で答えた。
「ドルアースとの貿易を開始すると兄さんがやってきたんです。始めは観光だと言って。でも僕に対して不満を抱えていた人を集め、僕を地下に閉じ込めたんです。そして町長の座を奪われてしまいました……」
「なんだって!? 知らせてくれたら助けたのに!」
リオネルは横になったまま、弱々しく首を振った。金髪が揺れて頬に掛かる。
「知らせたら殺すと脅していました……だからディナシーを責めないであげてください」
「ああ、わかった……って、そうか。ここ最近、エーデルシュタインに掛かりきりだったのが裏目に出てしまった……いやでも、魔物は入ってこれないはずだが?」
「兄さんは原住民たちにもう重労働はしなくていいと約束し、その代わり聖金を集めるよう、命じたのです。僕は反対しましたが、ひどく殴られました」
「聖金を? ――まさか、結界に使った川底の聖金まで採ったのか!」
リオネルは悲しげな顔をして、こくっとうなずいた。
「説明したけど、聞いてはもらえませんでした」
「あのバカが……! この大陸で魔物避け結界なしだと自殺行為だろうっ! ――まあ、それを身を持って知ったはずだが……」
「やはり兄さんは、死んでしまったんですね」
眉間に悲しそうに目尻が下がった。ぐすっ、と鼻をすする。
――頭のいい子だ。あんなのでも肉親だから、もう少し落ち着いてから話そうと思っていたのに。
「――すまない。きたときはすでに――」
「いえ、いいんです。町長としての責任を取ったと考えれば、納得がいきます……ぐすっ」
「そうか……ジャンはある意味、身代わりになってくれたのかもしれないな。リオネルが無事でよかったよ」
すると彼は上体を起こした。俺の和服を掴みつつ、頭を下げる。
「ぐすっ……ごめんなさい……ケイカさん……せっかく信頼して町を任せてくれたのに、僕は、ぼくは……」
「リオネルはよくやった。充分すぎるほどよくやった」
リオネルは目に涙を浮かべて首を振る。切ない光が頬を伝う。
「初めはうまくいっていたんです……本当にうまくいっていたんですっ! ……ううっ」
「ああ、わかっている。畑、町、港。良く頑張ってくれた。――ありがとうな」
頭を撫でてやると、リオネルは俺の胸に顔を押し付けて号泣した。
「う……うわぁぁん!」
リオネルの華奢な体が震える。激しい慟哭。
青い瞳に涙が次から次へと浮かんで、ぼろぼろと零れ落ちた。
――頭の良かったリオネルの、初めての挫折かもしれないな。
頭がいいから小さな失敗はしない。そのため、失敗する時は取り返しの付かないほど大きな失敗になる。
特に、身内に対しては決断も鈍っただろう。
俺はリオネルの背中に腕を回し、折れそうなほど華奢な体を優しく抱き締めた。
彼はますます激しく泣き続けた。
◇ ◇ ◇
リオネルが泣きやむ頃、空が白み始めた。
東の空が夜明けに赤く染まっている。
町長屋敷までセリカがお粥を持ってきたのでリオネルに食べさせた。
「セリカさん、ありがとうございます」
「少しは落ちつかれましたか?」
食べ終えたお椀を見ながらリオネルが言う。
「はい……でも、お米のお粥はおいしいですね……塩味だけなのに。……街づくりも、もっと素朴にシンプルにすればよかったのかもしれませんね」
俺は夜明けの空を見ながら言った。
「そうだな。急ぎすぎてたものな」
「僕は賢いつもりで、何でもできる気になってたかもしれません。結局、大切なことは何もわかっていなかったです……」
「それがわかっただけでもたいしたもんだ。次はもっとゆっくり頑張ればいい」
リオネルは答えず、寂しそうに笑うだけだった。
「……それで、セリカさん、町の被害はどうなりましたか?」
セリカが優しい微笑みを浮かべて答えた。
「ナーガさんたちの活躍で、多くの人は港の倉庫に逃げ込むことが出来ました。怪我人はラピシアちゃんが手当てしています。人的被害はほぼなしです――ただ、町は半分以上壊されてしまいました」
「そう、ですか……人が生き残ってくれたらのなら、きっと再興できます」
「一番大切なものだからな……どうする、リオネル? もう一度町長頑張ってみるか?」
「……少し、考えさせてください」
「まあ、そうなるか」
突然リオネルが、あっと声を上げた。
「そうだ、ケイカさん。渡したいものがあります」
「なんだ?」
「こっちです」
リオネルに案内されて、屋敷の庭の端にきた。
庭石の一つをどけて土を掘る。
するとボーリングの玉ぐらいの赤くて丸い玉が出てきた。夜闇の中でうっすら光っている。
セリカが目を丸くして驚く。
「まあ、これは、たまご!」
「どうしたんだ、これ!?」
「ドルアースとの貿易が成功した時、商人が持ってきたのです。ケイカさんが探していると聞いたので、買っておきました。捕まる前に埋めておきました」
「……ありがとう。ずっと探していたんだ。まさかここで手に入るとは」
「辺境大陸に町を作っていてよかったですわ。これも貿易が出来るまで発展させた、リオネルくんの頑張りのおかげですね」
「少しは役に立てたでしょうか」
リオネルは首を傾げた。金髪が揺れる。
「すごく役に立ったぞ。リオネル、やっぱりお前がこの町を治めてくれ」
「ええ、わたくしもそれがよろしいかと思います」
「しかし、町がこんな状況になった原因は僕にあります」
「でも、失敗の原因はもうわかったんだろう? 次から同じ間違いをしなければいい」
するとリオネルが寂しそうな顔で首を振る。
「ええ。一番恐ろしいのは商売敵でも魔物でもなく、身内だと言うことを痛感しました」
「そうだな。特に金が絡むととても醜い争いになる」
「悲しいことですわ……」
セリカが大きな胸を手で押さえた。
リオネルは少しだけ俯いていた。
しかしすぐに顔を上げる。
「わかりました。もう一度、頑張ってみます。次は、こちらの生活に合わせてゆっくりと育てていきます」
「ああ、それでいい。頼んだぞ」
リオネルの頭を撫でつつ、金髪をもしゃもしゃと撫でた。
彼はくすぐったそうに目を細める。もう頬を伝う涙は乾いていた。
◇ ◇ ◇
ケイカハーバーの救助と後片付けが終わった。
ジャンの協力者も訓告を与えた後、ケイカ村の屋敷へ帰った。
セリカとミーニャはエーデルシュタインへ向かった。
木の香りのする日本風の屋敷。
廊下に出ると心が落ち着く。それでいて神社のような厳かさもあるので我が家に帰ったんだなと、ひしひしと感じた。
ふと、懐が光っているのに気付いた。
勇者の証を取り出して眺める。
『メンバーがレベルアップをしました』
『新しいスキルを修得しました』
ミーニャのLvが60になり、神楽巫女スキル【神楽剣舞連】を覚えた。
セリカはLv54になった。
――そして。
『新しい勇者スキルを修得しました』
『【魔王撃滅閃】を覚えました』
「きたっ、ついに覚えた!」
思わず寝静まった屋敷の廊下で叫んでしまう。
隣にいるラピシアがにこにこと笑う。
「おめでと、ケイカ!」
「ありがとうな。――これ、頼む」
ラピシアへたまごを渡す。
「赤いのを優先で浄化してくれ」
「う、わかった!」
二つのたまごを器用に抱えて自室へと戻っていく。
扉を開けるときは一つを股の間に挟んでいた。
「これで6個揃ったか……」
俺は風呂に向かいつつ考える。
今日で3日が過ぎた。
あと4日で咎人システムが魔王の仕業だと見つけなくてはいけない。
――まあ、なんとかなるかな。
脱衣所につくと手早く脱いで、温泉に浸かった。面倒なので体は魔法で綺麗にした。
お湯の温かさが骨にまで、じわじわと沁みこんでくる。
なんだか今日は疲れたようだ。
なのでエーデルシュタインには行かず、温泉のあるケイカ村に来たのだった。
それにしても――と考える。
獣人地区を探し回ってもたまごが見つからなかった焦り、そして襲われた辺境大陸の町。
リオネルの涙が心に残っていた。
今回の事件を糧にしてくれるといい。
賢い子だから同じ間違いはしないだろう、きっと。
俺ももう少し全体に目を向けるようにしないとな。
ふと、脱衣所に気配がした。
ラピシアか?
と思って千里眼で見ると、セリカだった。白い肌と美しい曲線をした肢体。
エーデルシュタインで偽王女のした業務の確認を終えたのだろう。
タオルで前を隠しつつ入ってくる。大きな胸がはみでていた。
伏せ気味の整った顔が真っ赤に染まっている。
「あ、あの。わたくしも、疲れを取りたいと思いまして……ご一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」
「遠慮するな。……温泉は今日一日の疲れが取れる。魔法で綺麗にしてやるから、もう入れ」
「はい……それでは」
セリカは掛け湯をしてから入ってきた。
二人でのんびりと湯に浸かる。疲労がじわっと溶けていく。
「そうだセリカ。さっきヒドラ倒して、ついに魔王撃滅閃を覚えたぞ」
「本当ですか!? さすがケイカさまですっ……本当に、ありがとうございます」
泣きそうな笑顔で俺に寄り添ってくる。湯船の中、大きな胸が腕にフニフニと当たった。
「明日からは魔王城だな」
「はい、頑張りましょう」
セリカの薄い腰に腕を回して抱き締める。柔らかい肌が密着する。
言葉はそれっきり続かない。
心地よい沈黙の中、二人で寄り添って長いこと入っていた。