第181話 野良猫の女王
反乱軍が勝利を収めつつあるエーデルシュタイン城。
俺は玉座の間でチーシャと対峙していた。
チーシャが眉間にしわを寄せて言う。
「そういうことだったのね……初めから私を女王でいさせる気なんてなかったんだわ! ――グレスギー、勇者をやっつけてしまいなさい!」
しかし、チーシャの隣で寝転んでいたキマイラのグレスギーは、彼女の言葉など無視して、のそりと立ち上がった。
大きなクッションまで歩くと、ぼふっと全身を投げ出す。
「死に場所を探すとはこういうことか……勇者よ、どうせ戦っても無駄だ。一思いに殺すがいい」
「ほう、いさぎよいな」
チーシャが怒りと焦りを滲ませて叫ぶ。
「ちょ、ちょっと! 何を言い出すの! こいつを倒せば、反乱なんてすぐに鎮圧できるわ!」
はぁと、グレスギーは空虚なため息を吐く。
「やっても無駄だ。一度目は副司令官の地位まで登りつめたが、この男に部下はみんなやられた。今回は育てた兵士に裏切られた。信じていたゲアドルフ様は結局私情で動いていただけ。生きていてもむなしいだけだ」「きょきょ! むなしい!」
後ろのほうから可愛い声がした。
と言うかさっき後ろで光ってた気がしたが……今は無視だ。
「戦う気も起きないってことか。命乞いしたらどうだ? 故郷で静かに暮らすというなら見逃してもいいんだぞ?」
「そんなものはない」
「ほう?」
グレスギーは顔を持ち上げるとクッションを軽く叩く。ぽふぽふと柔らかい音がした。
「親の顔は知らぬ。どこで生まれたかもわからん。気がついたらこのクッションと手紙があっただけだ。『愛しい我が子よ、育てられなくてごめんなさい。このクッションを大事にしなさいね』と」
「……なら、願い事はあるか? 聞き届けてやってもいい」
グレスギーはまたクッションに寝そべった。たてがみが揺れる。
「クッションの上で死なせて欲しい。あとは何もいらん」
「……考えておく。どうやらお前のことは後回しで良さそうだな」
俺はチーシャへと一歩踏み出した。
彼女は玉座の前で立ちすくみ、華奢な体を震わせていた。拳を握り締めて俺を睨みつけている。
「チシャ。いや、チーシャ女王。観念したか?」
「私は独善的なあなたなど勇者として認めない」
「その言葉そっくり返すぞ。誰もお前を女王とは認めない」
チーシャはぐっと唇をかみしめた。
「それでも私が女王という事実は消えない」
「それも今このときまでだ――もう守ってくれる手下は一人もいない。あきらめろ」
「イヤよ!」
チーシャは猫のようなしなやかさで身を翻すと、玉座の上に飛びあがった。
片足を背もたれに乗せて、大胆な姿勢で俺を見下ろす。
ドレスの裾がめくれてすらりとした足が太股までのぞいた。
そして胸元から小さな瓶を取り出した。
俺をにらみながらふたを開けていく。
「なにをする気だ?」
「わたしはね、野良猫として生まれ、女狐として生きた。最後ぐらい、女王のまま死んでみせるわ!」
チーシャは、持っていた瓶をぐいっと煽った。
細い喉がこくん、と上下する。
溢れた液体が、唇の端から零れ、細いのどを伝っていった。
瓶を真理眼で見る。
【鉱物精製毒】胃酸と反応してもう毒ガスを発生させ死に至らしめる。即効性。
――青酸カリみたいなものか。
次の瞬間、チーシャの体から力が抜けた。
崩れるように玉座へと座り込む。肘掛にもたれるような姿勢になる。
青白い顔に笑みを浮かべ、弱弱しい声で言った。
「私は……女王よ。ただでは死なない、うふふっ――かはっ」
チーシャが喀血した。
そして目を閉じて動かなくなった。先だけ黒い尻尾がだらりと垂れる。
背中の開いたドレスから白い肌をさらしていた。長いスカートがめくれて素足が見える。
まるで眠っているかのようだった。
しかし念のため真理眼で見るとHPは0になっていた。
俺は太刀を鞘に収めた。
「利用され続けた女が自分の手で掴み取った最後か。美しいままで死ぬことを選んだな」
玉座を離れてセリカの傍へ行く。
彼女は顔を半分隠していた。俺の胸へと飛び込みもたれてくる。花のような香りがした。か弱く震える体をそっと抱き締めてやる。
あぁ、とセリカは腕の中で安堵と哀しみの溜息を吐いた。
「終わったのですね」
「もう大丈夫だ」
城内から響いていた戦う音は、もう聞こえなくなっていた。
反乱軍が制圧を完了したらしい。
ふと入口に目を向ければ、ラピシアだけじゃなく、ミーニャとシュバウワーまでいた。
他にもちらほらとレジスタンスや兵士、デモに参加した人々までいる。
ミーニャ以外、全員好奇に満ちた視線で抱き合う俺たちを見ていた。
見世物じゃないんだがな。
呆れつつもセリカの体を抱き締めた。背中やお尻の曲線がもつ柔らかさが手に伝わる。
ミーニャは無表情だが、立った尻尾がぶわっと毛羽立った。嫉妬しているのかもしれない。
――そんな緊張が解けた時だった。
突然、ウヲォォォン! とサイレンが鳴った。
「ん、なんだ?」
セリカが金髪を揺らして顔を上げる。
「これは、緊急城内放送ですわ!」
「何かあったのか?」
「いえ、これは王族が玉座から城内に声を届けるための仕組みです!」
「え!?」
俺は段上の玉座を見た。
チーシャのもたれた肘掛の当りがチカチカと明滅している。あそこに魔法具があるらしい。
止めるために二人で玉座へ向かおうとしたとたん、城内にチーシャの声が響き渡った。
『私はチーシャ女王。破れたことは認めるわ。しかし! セリカは王女にはなれない!』
「なにを!? ――まさか!」
止める間もなくチーシャの声は続く。
『彼女は咎人よ! セリカ王女は咎人なのよ!』
ざわ――っ!
城内の空気が一変する。
入口へ来ていた人々が驚きの声を上げる。
「う、嘘だろ!?」「咎人! セリカ王女が!」「なんてことだ!」
チーシャはどんでん返しを仕組んだことに、心底楽しそうにしているのが声の様子から伝わってくる。
『私を倒したものに女王の地位を奪われてなるものですか! おーっほっほっほ!』
高笑いとともに放送は終わった。
「くそっ。やってくれたな」
最後の最後で計画が台無しだ。
セリカが咎人だといつ知ったのか。今となっては尋ねようがない。
元々、咎人システムはどうにかするつもりだったが、魔王がやったという証拠がないので後回しにせざるを得なかった。
それを……。
セリカが泣きそうな顔で俺を見上げる。頬にはまだ新しい涙の跡があった。
「申し訳ありません、ケイカさま」
「気にするな。どうせいつかはバレるんだ。第一、ダフネス王国やファブリカ王国は知ってるはずだ。外交面で不利になっていた。この問題を何とかしないとどのみち、セリカの施政に未来はない」
「ケイカさま……」
俺はセリカの震える肩をしっかりと抱きつつ、玉座へと向かった。
ぐったりと倒れ込むチーシャの体を持ち上げて床に寝かせる。
――そういやチーシャの奴、俺が玉座の間に入る前、何かこそこそとやっていたな。
声を録音していたのか。どこまでも迷惑な奴だ。
いや、敵ながら天晴れと讃えるべきだな。ここまで面倒な問題を突きつけてくれた奴はそういない。
玉座を見ながら尋ねる。
「どうすれば城内放送ができる?」
「手すりの外側の青い宝石と、内側の赤い宝石を同時に押せば、玉座の周囲の声を届けます」
言われたとおりに肘掛を掴む。
ウヲォォン! とサイレンが鳴り響いた。
『聞こえてるか? 勇者ケイカだ。――今、チーシャの言った言葉は嘘だ、と言いたいところだが、残念ながら本当だ。セリカ王女は咎人だ。――だが、ここに誓おう。咎人という存在は魔王によって作られたものだと! なぜなら咎人は勇者になれる素質を持った人間を確実に殺すためのシステムだからだ!』
ここで一拍置いた。
城内からは驚きと戸惑いの、変な叫び声が聞こえてきた。
息を吸い込み断言する。
『嘘だと思うものはいるだろう。確かに今は証拠がない。だがすぐに証拠を持ってきて見せる。一ヶ月、いや一週間でいい。セリカ王女の優しさを知っているものは信じて待っていてくれ。そして誰よりも強いこの勇者ケイカを信じろ。必ず魔王の野望を打ち砕いてみせる!』
俺は肘掛から手を離した。
城内はいまだ紛糾していた。さっきまで戦いが終わってとても静かになっていたというのに。
セリカが心配そうに美しい顔をゆがめている。
「証拠がなかったら、どうしましょう」
「あるさ、必ずな――ただ、どこにあるかが問題だが……」
ふと、玉座近くでクッションに寝そべるグレスギーが目に止まった。
「グレスギー。魔王軍の謀略関係の書類がどこにあるか知ってるか?」
「さあてな。咎人システムが魔王自ら作り出したものなら、最重要機密だろう。副司令官では見れないところにあるな」
「ん、それはまさか」
「魔王城だ」
俺は思わず北に目を向けた。
千里眼で見れば吹雪が荒れ狂う氷原地帯を抜けた先、北極当りに城があった。
「ついに、行くしかないのか。――北極近くにある城がそうだよな?」
「そのままでは行けないはずだ。俺は夜魔伯爵領からゲートを使った」
「なるほど……グレスギーは利用価値があるな。いつかクッションの上で死なせてやるから、しばらくは捕虜になっててくれ」
「どうでもいい。好きにしてくれ」
グレスギーはふて腐れたように、クッションの上で寝返りをうった。
それから俺は眠るように死んでいるチーシャを見て、入口を見て、セリカを見た。
「ひとまず、戦後処理をしよう。チーシャをどうする?」
「お墓を建てましょう。少しの間だけでも、国民に良い暮らしをさせてくれたのは事実ですから」
「まあ、魔王軍のように徹底的に絞り上げなかったものな」
個人的には神に不敬を働いた以上、晒し首でもよかったが、国民の反感を買っては意味がない。
ここはセリカの優しさに従おう。
俺は玉座から離れた。
セリカが俺の腕に腕を絡めて寄り添って歩く。
入口まで来ると、集まっていた野次馬たちに言った。
「シュバウワーは被害状況をまとめてくれ。ミーニャは残党狩りを頼む」
「もう調べ始めています」「わかった」
ミーニャは巫女服を揺らして立ち去った。
シュバウワーの娘、ルイーゼがピョコッと手を上げる。
「わたしは何をすれば?」
「そうだな……権力を傘に来て横暴を働いていた者たちをみんなから聞いてリストアップしておいてくれ」
「わかったわ!」
手を大きく振る女の小走りでルイーゼは去っていった。
その後はセリカに案内されて城内を歩いた。
出会ったレジスタンスや人々に指示を出していく。
やはりセリカが咎人とわかったからか、よそよそしい態度を取るものは少なからずいた。
魔王の仕業だという証拠を持ってこない限りこの問題は解決しないだろう。
とりあえず、物資搬送のために妖精の扉を城内に設置して、救済措置や建て直しを図った。
あっという間に一日が終わる。
まだ残務があるので、村には帰らず泊まることになった。




