第177話 レジスタンス接触
エーデルシュタイン王国の南西に廃坑になった第6鉱山があった。
高い山の麓にある薄暗い坑道に入ると、中は荒く削り出された壁や天井で湿っていて暖かい。
魔法の明かりの照らす中、俺たちはレジスタンスの隊長シュバウワーの案内で狭い坑道を進んでいった。
中を進むと少し開けた場所に出た。四角い部屋といったところ。
広間の奥には2本の坑道、広間の左右にも坑道が続いていた。
カンテラの光が照らす中、20名ほどのレジスタンス隊員たちがいた。みんな背負い袋を背負っている。
シュバウワーが口を開く。
「用意はできてるな」
「はい、おとうさ……隊長」
先頭にいた三つ編みの少女が答えた。そばかすのある幼い顔立ち。元気さを感じさせる健康的な少女だった。
――娘までレジスタンスに参加させているのか。
俺は《真理眼》で少女を見た。
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【ステータス】
名 前:ロッテルイーゼ
性 別:女
年 齢:15
種 族:人間
職 業:レジスタンス隊員 騎士見習い
クラス:騎士Lv3 盗賊Lv7
属 性:【土】【光】
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ほう。2属性で片方は光か。
ミーニャより1歳年上だな。
ロッテルイーゼをまじまじと見てから、チラッとシュバウワーへ視線を向ける。
シュバウワーは気まずそうに一つ咳払いをした。
「おほん。伝えたとおり、現在王国軍によって囲まれつつあるようだ。見張りからも続々と、その報告が入ってきている。ここからの逃亡は正念場だ。心してかかるように」
「「「はいっ」」」
隊員たちは声を揃えて返事した。坑道内に声が反響していく。
俺はミーニャを振り返った。
「で、どこが一番手薄なんだ?」
「東の出口」
「というわけだ。シュバウワー、そこへ向かおう」
「わかりました! ――皆のもの用意はいいか? ついてこい!」
シュバウワーはずしっと地面を踏みしめて歩き出した。
隊員たちがぞろぞろと続く。
俺たちはその後から軽い足取りでついて行った。
◇ ◇ ◇
湿った坑道を3時間ほど上り下りした頃、道の先がぼんやりと明るくなってきた。
シュバウワーが額の汗を拭いながら言う。
「そろそろ出口です。本当にこちらからで大丈夫ですか?」
「ああ、任せておけ、心配ない」
俺は《千里眼》を発動しながら言った。
――まあ、山の斜面に開いた坑道の出口を取り囲むように獣人兵士たちが待ち構えているんだけどな。
「ミーニャ、先頭になれ」
「わかった」
ミーニャは、ぴこっと猫耳を立てて巫女服をなびかせながら前に出た。華奢な手足を躍動的に動かして。
ミーニャを先頭にして坑道を出た。
寒い日差しが降り注ぐ夕暮れ。
冷たさを含んだ夕風が服と肌を撫でていく。俺の和服がはたはたとなびいた。
レジスタンス隊員が全員行動から出たときだった。
突然、大きな声が響いた。
「出てきたぞ! ――かかれ!」
わぁっと、坑道入口の上や脇から、鎧を着た獣人たちがやりや剣を振りかざしながら襲い掛かってきた。
シュバウワーが声を上ずらせて叫ぶ。
「うわぁ! そ、総員、逃げろ~! やられるな!」
「――俺たちに任せておけ」
「え?」
シュバウワーが一瞬、きょとんと目を丸くして俺を見た。
俺はセリカとミーニャに目配せすると、太刀に手を掛けて駆け出した。
踏み固められた土の道に、カッカッカッと下駄が鳴る。
一番近くにいた大柄な狼の獣人に、太刀を抜き払いながら一閃を浴びせる。
――ドゴォッ!
「ぐわぁ!」
大柄な狼獣人は盛大に吹き飛ばされて、他の兵士を巻き添えにした。
10人ほど巻き込んで積み重なり、動かなくなる。
――でも、気絶はしてないな。なかなかの演技力だ。峰打ちだから怪我もない。
横へ視線を向ければ、ミーニャが電光石火の早業で二刀流の包丁を振るっていた。
白刃が夕日に反射してギラリと光る。
「――ハッ! イヤァッ!」
鋭い気合とともに、舞うような一撃が繰り出された。すらりと細い足が太ももまでむき出しになる。
「うわぁぁぁ」「ぎゃあああ」
相手をしていた獣人たちは大げさな悲鳴をあげて地面に寝転がっていった。
――さすがに百獣女王を相手にして緊張しているのか、演技が硬いな。
セリカもまた健闘していた。
細身の剣を縦横無尽に振るう。時には凍りつく吹雪を発動させながら斬りつけていた。
「うわっ!」「なんだこれ!」「う、動けない!」
獣人兵士たちはなすすべなくやられていく。
夕日の下でセリカの美しい剣技が煌いた。
ただ赤い頭巾を被っているため、金髪は隠されていた。表情も見えない。
しかし、赤いスカートや白い上着がひらひらとめくれた。
巨乳を覆う銀の胸当てが、激しく上下に揺れていた。
数分もしないうちに襲ってきた獣人兵士たちは立ちすくんだ。
そこで俺が最初にぶっ飛ばした大柄な狼獣人が、むくりと起き上がって叫んだ。
遠吠えでもするような大声で。
「た、たいひ! 総員、退避~!」
その命令が響くや否や、獣人たちはこぞって逃げ出した。
ぐったりと地面に倒れていた獣人まで急に飛び起きて駆け出す。むしろ戦っているときより、揃って逃げ出すことに必死だった。
――ミーニャがどんな命令して脅したんだか。
まあ、いいか。
すぐに獣人兵士たちの姿は見えなくなった。
一応、確認のために千里眼で辺りを見回すが一人も残ってはいない。
俺は言った。
「どうやら追い払えたようだな」
シュバウワーは腰の剣に手を掛けたまま固まっていた。
「す、すごいです、さすがゆ……ケイさま!」
「まあな」
するとロッテルイーゼが傍まで駆け寄ってきた。
「ケイさま、大丈夫ですか? お怪我は!?」
「大丈夫。この程度の雑魚、怪我するはずもない」
「お父さんより強いなんて、ルイーゼ感激ですっ!」
胸の前で手を握り締めて、俺を見上げてくる。三つ編みが跳ねるように揺れていた。
「そうか。まあ、これからも頑張ろう」
気を取り直したシュバウワーが、周りを見渡して言った。
「皆のもの、これは我らの初勝利だ! そして決定的な勝利だ! ケイさまの助力に感謝を!」
隊員たちは驚きから目が覚めたのか、いっせいに声を揃えて叫んだ。
「なんて強さ!」「あの獣人兵士たちを子供のようにあしらうなんて!」「きょ」「すごい3人だ! レジスタンスは今日、歴史的転換点を迎えた!」
俺は落ち着いた態度で皆を見る。
「今まで大変だっただろう。だが俺が合流したからには、もう安心してくれていい。この国を、正しき方向へと導いてみせる。そのために俺は来たんだから」
「「「うわぁぁ!」」」
隊員たちから、言葉にならない喜びの声で絶賛された。
ふと、パーティーを振り返る。
ミーニャは無表情だが、嬉しそうに黒い尻尾がゆらゆらと揺れていた。
セリカは困った様子ながらも、顔を隠しながら人々の声に答えていた。
ラピシアは眉間に可愛いしわを寄せながら俺を見ていた。
――今の俺の発言を精査しているらしい。まあ、正しい方向に導くという俺の発言は嘘じゃないはず。
根本的には自分のためにきたんだけどな。
というか、途中で「きょっ」と反応した気がするが気にしない。
しばらく、う~っと、唸っていたラピシアだったが、うむっと頷いた。
「いい嘘。いい虚」
何かを納得したようで、一瞬、彼女の体がほのかに光った。
しかしレベルアップまでには至らなかった。
シュバウワーが言う。
「それではケイさま、安全なところまで逃げましょう!」
「ああ、そうだな。そろそろ日が暮れるな」
「はい、秘密の隠れ家はいくつか確保してあります。――皆のもの、続け!」
「「「はいっ!」」」
こうしてレジスタンスの危機を救った俺は、絶大な信頼を勝ち得たのだった。
ちなみに安全な隠れ家に非難したあと、俺たち勇者一行はケイカ村へと帰った。
一仕事したあとのご飯、味噌汁、焼き魚の夕食は格別だった。