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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第七章 勇者地固め編・貴族動乱

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第168話 エルフの塩問題

 貴族たちの陰謀から王都を守り、勇者ケイカの名は国中へと広まった。

 あちこちで勇者ケイカの噂がささやかれる。


 おかげで信者数が急速に伸びた。

 王都防衛の夜には信者1万だったが、今見ると2万超えている。

 フィーバー状態。

 やはり名前を売るには成果を上げ続けることが重要なのだと実感した。


       ◇  ◇  ◇


 ケイカ村の朝。

 冷たい大気の中、琥珀色の優しい日差しが降り注ぐ。


 けれども、俺は自室のベッドで寝ていた。

 ベッドと机と棚があるだけの質素な部屋。


 もう朝食の時間は過ぎていたが、ぐうたらに寝転んでいた。

 そして次をどうするか考えていた。


 熱狂が冷めぬうちにもっと大きな討伐をして、名前の拡散に力を注ぐか。

 それとも地道な仕事をこなして、名前の定着に主眼を置くか。



 大きな討伐をすればよさそうだが、四天王をすべて倒してしまった以上、次は魔王でないと民衆は納得しない。

 小さな討伐をしても「勇者ケイカならできて当たり前」だと思われる。

 人々の熱狂に水を差すことになりかねない。


 こういったときは、別の分野で成果を上げると「魔物討伐どころか、こんなことまでできるのか、さすが勇者!」という評価が得られる。


 ただ、すでにケイカ村や港町ドルアースでいろいろやってきたため、これ以外で人々に名前を売り込む方法が思いつかなかった。

 

 うーん。

 まあ、大きな仕事を終えたばかりだし、すぐに動かなくても大丈夫か。

 


 そんなふうに考えていたら、部屋の扉がノックされた。

「ケイカさま、入ってもよろしいでしょうか?」

 返事をしないでいると、扉が開けられた。


 セリカが、そうっと足音を忍ばせて部屋に入ってくる。

 白い上着と赤いスカートの、静かな衣擦れの音だけが室内に響く。

 ベッドまで来ると俺の顔を覗き込んできた。


「朝食、どうされますか? ……珍しいですわ。こんなにぐっすり――ふふっ」

 セリカが金髪をふわっと揺らしつつベッドへ腰掛けると、俺の頬を指先で突つこうとした。


 すらりとした指先が頬に触れる瞬間、口を開けて喰らいつく!

「――はむっ!」

「ひゃあ!」

 指先に食らいついたら、セリカが悲鳴を上げてのけぞった。

 口に残る、すべすべした指の余韻。


 目を開けつつ口の端を歪める。

「俺を寝込みを襲うなど、百年早いな」

「起きてたのなら、返事してくださいませっ」

 よほど驚いたのか、青い瞳に涙を浮かべて訴えてきた。



「返事したら驚かせられないだろ」

 そう言いながら、セリカの手を取って引き寄せた。

「あうっ」

 されるがままに、俺の上へとしなだれかかってくる。金髪が広がり、大きな胸がのしかかるようにつぶれた。


 さらに華奢な腰を抱き寄せた。暖かな丸みが布越しに感じる。

 セリカの頬が染まっていく。

「……ケイカさま。朝から、そんな……」

「しばらくセリカを傍に感じてなかったからな」

「はい……ここのところ忙しかったですから」


 村の設備の申請や、貴族の陰謀への対処。

 元王女だけあって、かなり動き回ってもらった。


 ふにふにとした胸の感触を感じつつ、言った。

「次は、エーデルシュタインに行くか」

「……そうですね。もうケイカさまの背後を脅かすものはこの国にはいないでしょう」

「セリカが支えてくれたおかげだ」

「ありがとうございます、ケイカさま」

 はうっ、と甘いため息とともに、ささやくようにセリカが言った。

 そして彼女のほうから体をますます密着させてきた。



 ――と。

 部屋の扉が突然、ノックされた。

「お休みのところ申し訳ないです、ケイカさま。困った事態が発生いたしました」

 エルフのフィオリアの声だった。


 セリカが慌てて体を起こした。

 急いで乱れた金髪を手で整える。


 俺は冷静な声で答えた。

「どうした?」

「いえ、ヤークト族長が至急お会いしたいと」

「もう来たか! まあ、そうだろうな」


 セリカが不思議そうに首を傾げた。

「なにが起きたか、ご存じなのですか?」

「だいたいはな。エルフ塩のことで問題が起きたはずだ」


「――え? 国や商人ギルドに許可を取って、完璧に終わらせたはずでは?」

「そこに穴がある。許可を取っただけではな。人は罪深いものだ」

「……どういうことでしょう?」


 俺はニヤリと笑った。

「まあ、会えばわかる。急ごう」

「わかりました」

 セリカを連れて俺は部屋を出た。


       ◇  ◇  ◇


 隣にある応接室にて、エルフの族長ヤークトと会った。

 テーブルに向かい合って座り、俺の隣にはセリカ、ヤークトの隣にはフィオリアが座った。


 美しい中年男性のヤークトが、眉間に品よくしわを寄せ、深刻な表情で言った。


「ケイカさま。大変な問題が起きました」

「エルフ塩のことだろう?」


 俺の言葉にヤークトが目を見開く。

「もう知っておられたのですか! さすがケイカさまです――実は、偽物が出回り始めたのでございます」


「「ええっ!?」」

 セリカとフィオリアが声を揃えて驚いた。二人とも美しい瞳が丸くなっている。



 俺は人間の業の深さをわかっていたので、冷静にうなずく。

「どうせ、見た目だけ似せた粗悪品だろう」

「その通りです。しかし、値段は半額以下で売られています。村を出たエルフから秘伝を聞いた、と宣伝しているようです。そんなはずはあり得ませんのに」


「確かにな。最近作ったものだからな」

「いったい誰が……」

 セリカが整った顔を曇らせた。


「いや、そんなエルフなんて本当はいない。ただの作り話だ――で、その偽物は今あるのか?」

「はい、こちらでございます」

 ヤークトは鞄から小さな瓶を取り出した。


 塩の入った木製の瓶。

 見た目は似ているが、作りは雑だった。


 俺は手に取って、真理眼で見た。

【緑の塩】くず野菜と煮込んで色を付けただけのだだけの塩。


「なるほど。なんの薬効もないな」

「見ただけでわかりますか……どうしたらよいのでしょう。このままでは本物の塩が売れないばかりか、エルフに対する評判が下がってしまいます」


「ただの塩を売りつけられるぐらいならまだいい。毒性があるものになったら大変だ……俺にいい考えがある」

「本当ですか、ケイカさま!」

 ヤークトは目を輝かせて声を上げた。



「簡単だ。ヤークトたちの作る塩こそ本物のエルフ塩だと証明すればいい」

「と、言いますと?」


 俺はしたたかな笑みを浮かべて彼を見る。

「瓶に注意書きを書くんだ。そして『勇者ケイカが認めた本物の塩はこれだけ!』という文字とともに、俺をデフォルメしたイラストを描いておく」


 ヤークトは顎に手を当てて唸る。

「そんなことで偽物の製造は止まるのでしょうか」

「止めるんだ。止めるためのイラストだ」


 セリカが、眉を寄せて首を傾げた。

「ケイカさま、それだけでは止まらないように思えますが……」



 ここからは対応を間違えないようにしないといけない。

 ヤークトをじっと見つめつつ、慎重に口を開く。

「いいか、俺の名前を貸してやってもいいぞ?」

「どういうことでしょう?」


「つまり、エルフ塩の瓶に『勇者の名を許可なく使用する者は、魔王の手先として勇者ケイカが直々に処罰する』と書いておく。もちろんそれを無視するものがいるだろうが、当然俺が捕まえてやる」


 ヤークトが目を見開いた。

「そ、そこまでしてくださるのですかっ! ――しかし、名前を使用するというのは大変なこと。お礼に何を差し上げたらよいか……」

「なに、気持ちだけで構わないさ」

 聖人君子のように穏やかな口調で言った。内心はそのまま同意されたらどうしようと冷や汗ものだったが。


 ヤークトは強く首を振った。緑の髪が激しく揺れる。

「それではエルフの立つ瀬がありません。塩の売上の3割、いえ4割ではいかがでしょう?」


 俺は大げさに顔をしかめた。

「何を言うんだ。そんなに貰ったらエルフの未来が先細りになってしまうぞ。……ただ、金の支払いはいい案だな」

「勇者さまの冒険にはお金が掛かりますでしょうから、是非受け取ってくだ――」


 俺は手のひらをヤークトに向けて、彼の言葉を遮った。

「いや、そうじゃない。名前の使用料を払っていることにすれば『エルフだけが勇者の恩恵を受けているのは、ずるい!』という人々からの嫉妬を回避できるだろう? 偏見や迫害を未然に防げる――1割でいい」


 ヤークトは感激して瞳を潤ませた。

「エルフの境遇を含め、そこまで考えてくださるとは! 本当にありがとうございます。この族長ヤークト、ケイカさまの恩は一生涯忘れません!」


 隣のフィオリアも、頬を染めて俺を見ている。

「さすがケイカさまです。素敵ですわ。私からもよろしくお願いします」

 そういって彼女は深く頭を下げた。



 ――ちょろい。

 塩に色を付けただけで高く売れるようになるのだから、偽物は山ほど出てくるだろうと思っていた。

 しかも塩は国の専売だが、エルフ塩は薬として許可されてしまっている。 

 偽造してくれと言っているようなものだった。


 ともあれ、これでエルフ塩とともに俺の名前がますます広まる。

 また、定期的な収入も確保できた。


 一石二鳥の計画通りっ!



 顔がにやけそうになるのをこらえながら、鷹揚に頷く。

「乗りかかった船だ。困ったことがあればいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます、ケイカさま!」

 ヤークトの感激は収まらない。美しい声を震わせ、目は赤くなっていた。


 ……なんか、ここまで感謝の念を向けられると、少し後ろめたくなってくるな。

 でも、なんだろう。嫌な気持ちはしない。


 前にエルフを助けたときもそうだし、ナーガ族を助けたときもそうだ。

 やはり、神として人々を救済するというのは、未来を含めて救ってやらなければいけなかったんだな。

 


 俺は照れくさくなって頭をぽりぽりと掻きながら話を変えた。

「それにしても一生、覚えていてくれるのか。長寿のエルフが言うと迫力があるな」

「誰にでも言う言葉ではありません。他の種族に対して最大の敬意を表するときにだけ使います」

「そうか……ありがとうな」

「いえ、こちらこそ」


「では、新しい瓶を作っておいてくれ」

「はい、すぐに! 今日中に持って参ります」

「わかった。頼んだぞ」


 ヤークトとフィオリアは感激しきりだったが、セリカはなにも言わず、大きな青い瞳でじーっと俺を見ていた。


 それからヤークトとフォリアはファブリカ王国へ献上するための瓶を作りに行ってもらった。

 ヤークトは部屋を出るまでの間、何度もお辞儀をしていたのが印象的だった。



 その後、静かな部屋でセリカと二人きりになる。

 じーっと見ていたセリカがようやく口を開く。

「まさかとは思いますが、こうなることまで予想されていたのですか?」


「前に言わなかったか? 金を定期的に手に入れ、俺の名前を広めるチャンスが来る、と」

 セリカは、はっと息をのんだ。

「まあ! この結果までケイカさまの思惑通りだったのですね!」


「エルフ、人、塩、偽物。金のためなら魂だって売る奴もいる。それらを考えれば結果はわかってた」

「さすがですわ……少し恐ろしくもありますが」

「俺がか? それとも人の業か?」


 セリカは軽く首を振りつつほほえんだ。

「どちらもですわ。でも、ケイカさまを敵に回すのが一番恐ろしいのでしょう」

「わかってるじゃないか」

 俺は手を伸ばしてセリカの頭をなでた。

 彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


 

 その時、ふと窓の外へ目を向けた。

 すると屋敷の庭の入口で、ヤークトが深く頭を下げているのが見えた。

 俺が見ているかどうかもわからないのに礼を尽くすとは。


 ――いや、違うな。

 俺に感謝している姿を見せるためじゃない。

 きっと助けられた気持ちがつのって、頭を下げずに入られなかったのだろう。


 ここまでの感謝を向けられたことはあっただろうか。

 エルフたちの期待に応えるためにも、ファブリカ王国との折衝は頑張ろうと思った。

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勇者のふりも楽じゃない
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