第161話 王都防衛!(その1)
すべての下準備を終えた俺は、貴族と魔族とヴァーヌス教の計画を粉砕するために行動を開始した。
夕暮れ時の王都。
街の上空には黒い雨雲が立ち込めていて、街路は夜のように暗かった。
建物の間を吹き抜ける風はいつになく肌寒い。
人々は身を縮めて家路を急いでいた。
魔物たちにしてみれば、絶好の襲撃日和と思うことだろう。
俺は親父の宿屋にセリカ、ミーニャ、ラピシアを連れてきていた。
ミーニャの部屋でセリカが緊張した面もちで座っている。
腰に下げた細剣の柄を、小さな手でぎゅっと握りしめていた。
ミーニャは相変わらずの無表情でベッドに腰掛けている。尻尾がはたり、はたりと動いていてくつろいでいる様子。
ラピシアは床に座り込んで絵を描いていた。
「ふんふんふーん、がーいこっつ、どーん」
と、よくわからない自作の歌を歌っている。
楽しそうでなにより。
俺は《千里眼》で王都の外を見ていた。
が、腕組みを解いて一歩踏み出す。下駄が、カッと鳴った。
「――きたな。手はず通りにな」
「はい、ケイカさま」
セリカは金髪を揺らして立ち上がる。
ミーニャは「ん」とだけ、言った。
ラピシアだけがまだ絵を描いている。
「ラピシア、行くぞ」
「わかった!」
元気に答えると、紙を筒状に丸めて部屋の隅に置いた。
「片づけができるなんて偉いな」
「ラピシア、いい子なの!」
ツインテールを揺らして笑う。
今から大変だというのに、いつもどおりの様子だった。
――まあ、俺もなんとも思っていないけど。
計画全部知ってる上に、俺は神だからな。
ただし、舐めてはかからない。
失敗すればまた信者0になりかねない。
気合を込めて俺は言う。
「さあ、いくぞ!」
「はい!」「任せて」「がんばる!」
三人の声を背に受けて、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
王都の南門。
近隣の村へと向かう商人や、農作物を運び込む村人たちが大勢いた。
すると、王都の南から土煙が上がった。
南門を守っていた衛兵が眉をひそめる。
「おい、あれなんだ?」
「キャラバンか? それにしちゃ早いな――って!」
衛兵が槍を手に取りながら叫ぶ。
「魔物だ! 魔物の群れがきたぞ!」
その声をきっかけに、人々が悲鳴を上げて逃げ出した。
「ものすごい数だ!」「助けて!」「逃げろ!」
商人風の男は袋を抱えて駆けだし、母親は子供の手を引いて走る。
人々は必死の形相で王都へ駆け込み、大通りを逃げ惑う。
その様子が伝播して、またたくまにパニックが王都へ広がった。
しだいに魔物の群れが迫ってくる。
外にでていた人々が王都へ逃げ込もうとする。
まだ多数の人が避難できないでいた。
しかし、無情にも街門は閉じられていく。
「うわああ! 待ってくれ!」「いやぁ!!」「まだ外に子供たちが!」「中へ入れて! お願いよぉ!」
子供が転び、母親が駆け寄る。
門は半分以上閉じられていた。
もう間に合わない。
人々の顔が絶望でゆがむ。
――いい頃だ。
俺は街壁の上に姿を現した。風で和服がひるがえる。
足を挙げ、下駄で街壁の上を強く踏む。
カツンッという鋭い音が王都に響きわたった。
風の魔法で増幅してあるおかげ。
人々が聞きなれない音に目を向ける。
「な、なんだ!?」「魔物!?」「あ、あれは――!」
俺は大声で叫んだ。
「慌てるな! 俺がいる! 俺がいるかぎり大丈夫だ!」
その時、雲間が切れて、俺の辺りだけ斜めに光が射し込む。
暗い夕暮れの中、俺が神々しく照らし出された。
もちろん神の力で雲を動かした。これも演出。
見ていた人々が、おおお! と言葉にならない歓声を上げる。
「勇者だ!」「勇者ケイカさまだ!」「なんであんなところに?」「いや、いくらなんでもこの数は……」
確かに魔物の数が多い。千匹はいるか。
一騎当千の強力な悪魔、漆黒邪霊、骸骨黒騎士。
先頭を疾駆するのは巨大な爪や牙を持つ魔獣たち。
ふっ、と俺は鼻で笑う。
――この程度、さすがに神の相手になるわけがない。
「見ていろ、勇者の力を! ――蛍河比古命の名に従う、神代の時より谷間を渡りしそよ風よ、一束に集まり烈風と成せ――極大《轟破嵐刃斬》!」
俺は太刀を鞘に収めたまま、力を溜める。
居合い抜きのような姿勢で待つ。
魔物がさらに押し寄せてくる。
――まだだ。
待って待って、極限まで待って。
全体が把握できた頃、太刀を一気に振り抜いた!
ズァァァン――ッ!!
切っ先から放たれた衝撃破が、巨大な暴風となって魔物の群れに襲いかかった。
数万の風の刃が嵐となって平原に吹き荒れる!
「「ギャアアア!!」」
「「「グォガアアア!」」」
魔獣が、魔族が、亡霊が。
細切れになりながら、断末魔を合唱した。
一瞬にして8割が消えた。
生き残った魔物たちが慌てふためく。
「いったいなんだ!!」「なにが起きた!!」「足が、俺の足がぁぁ!」
勢いを失った魔物たち。
しかも、また範囲魔法をくらうの恐れて各自ばらばらになった。
生き残った魔物たちは、浮き足立っている。
――これなら、兵士たちでも個別撃破が可能だな。
俺の足下にうずくまっているミーニャが、頭の上の尖った猫耳をピコピコの動かせた。
心なしか興奮した声で言う。
「やっぱり、ケイカお兄ちゃんはすごい……好き」
獣人はやはり強い者が好きらしい。
「あとは任せた。人命救助を最優先でな」
「わかった」
ミーニャが巫女服をはためかせて飛び降りた。
すらりとした足で平原を駆ける。
先頭の魔獣に近付き包丁を一閃して首をはねた。
――余裕だな。
よし、これで一つ目の作戦はクリアした。
風が吹き、俺の黒髪を揺らす。
ふと、辺りがいやに静かなのに気がついた。
周囲を見下ろすと、城壁周辺に集まっていた人々が、ぽかーんと口を開けていた。
――あ、やりすぎたかも。
やばいぞ、これは。
化け物と思われるかもしれないっ。
俺は、笑顔を作って、高らかに言った。
「これが大地母神ルペルシアに祝福を授けられた勇者の力だ!」
一拍置いて、人々が歓声を上げる。
「「「おおおおお!」」」
「そういえばケイカ村の収穫祭で地母神さまが降臨されたらしい」
「その話、聞いたぞ。本当だったのか」
「ケイカさまこそ、神に愛された真の勇者だ!」
人々が感激して俺を称え始める。
ようやく強すぎる力の出所に納得して歓声を上げた。
俺は、太刀を掲げつつ応え、さらに小さめの衝撃破を飛ばして魔物を倒していく。
――とりあえず、うまくいってよかった。
困ったときの神頼み。
微妙に意味は違うが。
まあ、人は自分の理解を越えた力や出来事を拒絶してしまうからな。
何事もこじつけの理由が肝心。
収穫祭でルペルシア呼んでおいてよかった。
すると、王城のほうから集団の足音が響いてきた。
見れば城に詰めていた騎士団。
騎士団長が南門の下まで来る。
「ケイカさま! 我らも助力いたします!」
俺は内心、舌打ちしつつ彼らに言った。
「ここはだいたい片づいた。あとはお前たちに任せよう」
「ははっ! ――みなのもの行くぞ! ケイカさま一人だけに負担をしいらせるな! 王国騎士の意地をみせるぞ!」
「「「おおー!!」」」
騎士たちが剣を抜いて駆けだした。
4~8人の小隊で魔物へ立ち向かっていく。
魔物はバラバラのままなので、各個撃破されていく。
魔族が協力しようとしても、騎士団長が的確に指示を飛ばして連携させない。
強い魔族には、どこからともなく黒い疾風――ミーニャが駆けつけて二刀流の包丁をきらめかせる。
白衣と黒袴が優雅に舞った。
戦術的には圧勝だった。
しかし俺は騎士たちの戦いを見ながら、顔をゆがめる。
――まずいな。
魔物の襲撃は、王城の警備を手薄にする意味もあったのか。
俺はこの場を騎士たちに任せて、高速飛行の呪文を唱えた。
そのとき、王都の西のほう、試練の塔のある辺りで悲鳴が上がった。
――くっ! 作戦の予定を早めてきたか!
間に合え!
俺は全力で飛んだ。
王都の空を横切って飛ぶ。和服が風にはためく。
いくつもの悲鳴がする方へと急いだ。
遅くなってすみません。
次話はできるだけ早く投稿します。たぶん、明日。