第160話 深夜の暗躍
夜が深まる王都クロエ。
貴族とヴァーヌス教の関係を知った俺は、証拠を求めて人通りのない大通りを駆けた。
王城近くにあるミルフォード家の屋敷に忍び込む。
広い二階建ての豪邸。
ふかふかの絨毯を足音立てずに歩き、寝室や書斎を漁った。
主が出かけているため、従者たちはだらけきっていたので侵入は簡単だった。
千里眼と真理眼を駆使して屋敷を見ていく。
そしてゴミ捨て場から書き損じた手紙を発見した。
オークションでファブリカ王国の騎士団長を幾らで落札するから協力して欲しいという要請の手紙。
貴族や有力者たちに送ったと思われる。
――これは使える。
あと真新しいミルフォード家専用の便箋を何通か手に入れ、俺は屋敷を後にした。
続いて教会。
大通りに人気のなくなった深夜。
もう誰もいないだろうと思って教会へ行くと、副司教のデヴォロが老人と話していた。
千里眼と多聞耳を使って観察する。
「ガリウスさま、予定が早まりましたでございます」
「ほう。そうか」
「明日、貴族軍は行動を開始し、あさってには魔物の襲撃が開始されます。ただ、急な変更で、費用が……」
老人は大司教のガリウスだった。ヴァーヌス教における形式的には二番目、実質はトップの地位。
「うむ。よきにはからえ。ヴァーヌスさまが必ずやお守りくださるであろう」
「はは~。ガリウスさま」
デヴォロは深々とハゲ頭を下げると、部屋を出て行く。金庫のある部屋へ向かいつつニヤニヤしていた。
――いくばくかの金を懐に入れるつもりだろう。
一方、ガリウスはしなびた両手を合わせ、虚空を見つめて祈りを捧げた。
「ああ、わが神ヴァーヌスよ、偉大なる御心がすべての人々に伝わらんことを。わたくしめが次の教主となった暁には、すべての人々を信者にして見せましょうぞ」
目には揺るぎない信心が瞳に光っていた。
――ああ~、こいつは腹黒で打算的なタイプじゃなく、狂信的にヴァーヌスを神だと信じているタイプだな。
その上で、魔族を使ってマッチポンプをするのも必要悪だと信じている。
一番面倒くさいタイプだ。
なぜなら、自分は正しいことをしていると思い込んでるから、脅しが通じない。
信仰心はあるから殺すのもまずい。
……外堀を埋めて、失脚させるしかないな。
デヴォロはただの金に目のない俗物だが。
デヴォロが教会を出た後で、俺はこっそりと忍び込んだ。
そして、ヴァーヌス教と魔族や貴族とのつながりを示す証拠を手に入れる。
その後、さらなる証拠を求めて塔の管理室にも立ち寄った。
モニタールームのような場所。
――勇者試験のあれこれはここで操作してたのか。
これは使えるな。
その後もいろいろやって準備万端。
演出はこれでいい……あとは根回しだな。
俺は王都中央にある城へ向かった。
◇ ◇ ◇
王城の最上階にある王様の寝室。
窓から入ると、王様はナイトキャップを被ってベッドに入っていた。
明かりは付いているが、スヤスヤと寝息を立てている。
ベッドへ近付き、軽く揺する。
「王様、話があります――王様」
「んあ……? おお、勇者か。どうしたのじゃ?」
目をしょぼしょぼさせて王様が上体を起こした。
「大事な話です。領地貴族が反乱を企てています」
「なんとっ! 誰と誰じゃ!?」
王様は眠そうな目を一気に見開いた。
俺は落ち着いた声で話す。
「五大領地貴族、ヴァーヌス教幹部。それに魔族。ただオリスタルコス家は叔父が参加しているようです」
「ほう……詳しく話してみよ」
「まずは……」
俺は知っていることを話した。
領地貴族と、ヴァーヌス教と、魔族の関係。
そして、ファブリカの恭順貴族と第3王子と、彼らの作戦について。
王様は眉間に深いしわを寄せて、うぬぬ……と唸っていた。
「なんということじゃ……そんなに大きな企みが……四天王はすべて倒したのではなかったか?」
「倒しました。だからこそ暴走しているのかもしれません」
「なるほどのう。しかし、我らを亡き者にするつもりだったとは……」
「どうされます? 成敗してもいいですか?」
「しかたあるまい。魔王の息が掛かったものたちじゃ、処遇は勇者に任せよう」
「わかりました」
俺は深く頷いた。
すると王様が、首を傾げた。
「しかしまた無茶な作戦を立てるものじゃな。エトワールを無理矢理娶ったところで、子を生めなんだら、どうするつもりだったのであろうか」
「……そういえば、そうですね。では、また来ます。一応、襲撃の対策は明日やりますので」
「うむ。頼んだぞ」
王様の言葉を受けて、俺は寝室を退出した。
俺は夜の街を歩きながら次の一手を考えた。
――にしても、子供を確実に作るか。
サキュバスのステラなら、何か知ってるかもしれないな。
淫魔は夜型だからまだ起きてるだろうし、少し話を聞きに行くか。
◇ ◇ ◇
深夜のケイカ村。
屋敷に戻ると、ミーニャの部屋から声が聞こえた。
親父が来ているらしい。そういえば挨拶するって言ってたな。
いいことだと思いつつ、屋敷の外へ。
村の人々は寝静まり、吹き抜ける冷たい風の音がやけに大きく聞こえた。
村の南にある旅館へ行く。
千里眼で見通せば、ステラは自室にいるのがわかった。
ベッドの上で大股開きになりストレッチをしている。
紐のような下着だけなのでいろいろ見えそうでエロかった。
表玄関は閉まっていたので、裏口から勝手に入った。
一階奥にある部屋の扉をノックする。
中から明るい声がする。
「なぁに?」
「俺だ。入るぞ」
扉を開けて中へ入ると、ステラは開いた足に体をぺたっとくっつける姿勢のまま固まっていた。
大きな明るい瞳が丸く見開かれている。
「ケイカ……?」
「夜遅くに悪いな。ちょっと聞きたい事が……」
言い終わる前に、ステラが飛び起きた。
背中の小さな羽根をパタパタ鳴らして飛びついてくる。
先がハート型になった尻尾が喜びで激しく揺れていた。
「ケイカぁ……やっと、来てくれたぁ……ふぇぇんっ!」
ステラは俺の胸に顔を埋めると、和服に擦りつけるように泣き出した。
柔らかく震える胸が押し付けられる。
「え? どうした、ステラ?」
「アタシ、全然魅力ないのかと思ってたよぉ……よかったぁ……ぐすっ」
妖艶だけど可愛い顔で子供のように泣く。大きな瞳からは、ぽろぽろと涙が流れる。
――あ~。なんだこれ。
ひょっとして夜這いに来たと思われたのか……?
確かに誘惑が本分のサキュバスが無視され続けたら辛いだろう。
ちょっと反省する。
しばらく彼女の泣くままに、俺は桃色の髪を撫でてやった。誘うような甘い香り。
密着する裸同然の肢体は触れ合う肌がとても柔らかかった。
ようやく泣きやんだ頃、俺はぽんぽんと背中を叩いた。
「落ち着いたか?」
「うん……ごめん、嬉しくて泣いちゃった」
てへっ、と可愛く舌を出して笑った。細められた瞳からは最後の涙が頬を伝った。
「それなんだがな、話を聞きに来ただけだ」
「まあ、そんなことだろーと思ったけどさっ。もっと会いに来てくれていいんだからね?」
「わかった。ちょくちょく話をしにくるよ」
「ありがとっ――で、なにさ?」
首をかしげるステラ。
俺を見上げる小顔を見下ろしながら言う。
「ここに来る前はどこで働いていた?」
「ほえ? そんなこと? えっと、ファブリカの王子んとこだよ。なんか婚約者を孕ませろって話だったけど、全然相手が来なくてさー」
「やっぱりそうだったのか。……でもなんでだ? 子供作りにはサキュバスがいたほうが確実だろうに。契約更新をしなかったのか?」
ステラが肩をすくめた。
「あ~、別のサキュバス呼ぶんじゃない? アタシ、暇だったからさぁ、王子が手を出す女給やメイドを全部孕ませてやったのよね。そしたらバレてクビになった」
「何やってんだお前……ああ、オークションのとき仕事が出来ない奴みたいに噂されてたが、公式な仕事はさせてもらえず、非公式な仕事は全部もみ消されたからか」
「そのとーり! さすが、ケイカ、頭いいー!」
分かってもらえたのが嬉しいのか、ほぼ全裸でぎゅっと抱きついてきた。
というか、和服の裾を細い太ももで割って入ってくる。
俺を見上げる目が少し挑発的に潤んでいた。
「じゃあ、その辺りを調べてもらえるか? 実家帰ってくれていいから」
「えー、やだ! 家に居たくないから外に出てきたのにっ! 絶対帰らないっ!」
ぶーぶー、とステラは唇を尖らせた。
なんでそこまで頑なに帰りたがらないのか。
「まあいい。帰らなくても、知り合いとかに聞いておいてくれ」
「ん……それなら、いいかな?」
「あとは……人間の国から魔王軍に送られる食料ってどこに行くかわかるか?」
「ふぇ? アタシ、魔王軍とは関係ないからわかんないよぉ」
「そうなのか……知り合いで詳しい奴はいないか?」
「んー、んんん~、い、いないかなぁ~」
考えるそぶりをするが、視線を反らし、背中の羽根が焦ったようにパタパタ動く。
俺は華奢な肩に両手を置くと、彼女の瞳をジト目で覗きこむ。
「実家ならわかるんじゃないのか?」
「うぅ……どうして鋭いのよぅ。だって、帰りたくないんだもん」
「そんなにイヤか。まあ、仕方ない。奴隷たちは船で運ばれてたな。北にいる魔王軍が使用する港ぐらいは知らないか?」
「……実家のある街」
えへへ~、と舌を出して笑った。
俺もにこやかに笑い返す。
「イタズラするぞ?」
「むしろ犯して♪」
「だめだこいつ、強い――いや、逆にすればいいのか」
「え、お尻のほう?」
ステラは着物の裾を持ち上げて、桃のように魅力的な丸みを晒した。
「はいはい、そっちの逆じゃないから。協力してくれたらエッチなことしてやる」
最大限の譲歩をしたつもりだったのに、ステラはじとーっとした目で俺を見てくる。
「……絶対、おでこにキスしたり、胸揉む程度で誤魔化してきそう」
「よくわかってるな。とりあえず、調べておいてくれ」
「ぶふぅ~。……わかったぁ。詳しそうな知り合いに当っとく」
頬をぷっくりと膨らませた。背中の羽根が不満そうにパタパタと鳴る。
――まあ、これぐらいでいいか。
「頼んだぞ」
俺はステラの細い腰を抱き寄せて、おでこにキスした。
「はぅ……っ」
ステラが恥ずかしそうに喘いで、俺の胸に顔を埋めた。華奢な腕で抱きついてくる。
不満そうだった割には、火が付いたように頬が赤くなっていた。
とりあえず、これで下準備は完了だ。
あとは不運な出来事を演出して、貴族軍を間に合わせないようにし、俺が王都を助ければいい。
作戦は全部分かってるんだから、こっちのものだ。
重要なのは連絡を取らせないことだな。
この王都防衛によって、俺の名はますます高まるだろう。
そう考えると、頬が緩んで仕方がなかった。
またちょっと忙しくなりました。
次の更新は9日以降になりそうです。