第159話 夜の密談
俺は貴族たちの動揺をうながすため、飛竜に冬眠対策を施すと王やその周辺に進言した。
それが功を奏し、領地貴族たちが慌てふためいた。
夜の王都。
街路を吹き抜ける風が氷のように冷たい。
日が暮れるとますます寒くなり、行き交う人々はマントやコートの襟を立てて小走りに急いでいた。
試練の塔の裏手にヴァーヌス教が所有する建物があった。
教会ではなく、試練の塔を管理する建物らしい。
俺は路地裏から息を潜めて見ていた。もちろん《千里眼》と《多聞耳》で。
中には豪華な応接間があり、そこには特別祈祷会と称して関係者が集まっていた。副司教デヴォロと、領地貴族たちもいる。
裏通りを馬車が静かにやって来た。特別製の馬車らしい。
入口に停車すると中から人が顔を隠すようにして降りた。
すぐに建物へと入っていく。
――と。
傍に人の気配がした。
ミーニャだった。俺に抱きついて甘えてくる。
巫女服の上に黒いフード付きローブを着ていた。
「今の馬車が、カトウィッチ家」
「これで全員揃ったか、見張りありがとうな」
「簡単」
たんたんと言うなり、ぶるっと体を震わせた。
「寒いか?」
「ケイカお兄ちゃん、あったかい」
「じゃあ、あたためてやる」
建物の監視もあるため、ミーニャの背後から腕を回して抱き締める。
華奢だけど引き締まった体、ささやかな胸。直接触れた肌が指先に温かい。
ついでに頭の上に顎を乗せた。猫耳がぴこぴこと動いて頬に当る。
「ん……好き」
ミーニャは細い吐息とともに呟く。
細くて長い尻尾がしきりに動き、足に当ってくすぐったかった。
お互いを体温で温めつつ、建物の監視を続ける。
寒い夜とはいってもまだ人通りがあるので、周囲への警戒は怠らない。
中の応接間では副司教を中心にして貴族たちが丸いテーブルに座っていた。
「どうする? 計画がめちゃくちゃだ」
「前倒しして進めるべきだ」
「飛竜がいては返り討ちにあうのではないか?」
副司教の横に座る浅黒い男が言う。
「対策を取られる前に寒さで眠らせれば良い。その方法は魔王軍なら知っている」
「しかし飛竜対策に力を割きすぎると肝心の王族を……」
「しっ、声が大きい!」
応接間は一瞬、静まり返った。
――ほう。王族を皆殺しか。
だからエトワールと婚約して子供が生まれたら、自動的にダフネス王国を手に入れられるってわけか。
また声を潜めて貴族たちが話し出す。
「心配ない。城を狙う魔物の増援は試練の塔に補充しておいた」
「それならいけるか」
――ほほう。外からの襲撃にあわせて、試練の塔から魔物を出すのか。
結界の中で暴れられたら対処できずに大変だろうな。
副司教の部下らしい、司祭が尋ねる。
「救助に駆けつける貴族軍は間に合いそうでしょうか?」
「助けるだけだから少しぐらい遅れても問題ないのではないか」
「甘いぞオリスタルコス。あまり遅れると勇者が来るぞ。あちこちを移動できる魔法があるらしいからな」
よく謁見の間にいるデミトス・ミルフォードが言った。
ある者は舌打ちをし、ある者は顔をしかめた。
「本当に勇者ケイカは厄介な存在だ。これほどの切れ者は見たことがない」
「周りを攻めても防がれる。村を潰しそこねたのが惜しい」
「しかも飛竜を奪われてな」
貴族が浅黒い男を見て鼻で笑う。男は何も言い返さなかった。
――ということはこの褐色肌の男が魔族か。
《真理眼》でステータスを見た。
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【ステータス】
名 前:ガルゥ
種 族:邪土魔族
職 業:魔王近衛隊騎士
クラス:魔法騎士Lv70 悪魔Lv45
属 性:【魔】【腐土】
攻撃力:2100
防御力:2400
生命力:1500
精神力:3500
【スキル】
スラッシュ
大地斬:縦一列攻撃。確率で行動不可(小)にする。
重破腐食撃:防御値無視攻撃。確率で武器破壊(中)。
暗黒砂塵:真っ暗闇の砂嵐で攻撃する。
地震撃動:大地震による範囲攻撃。確率で行動不可(中)。
魔魂使役:邪悪な存在を意のままに操る。
土人形生成:人型の無機物をゴーレムにする。
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強くはないが、スキルが厄介だな。
するとデミトスが苦々しげに口を開いた。
「勇者は、貴族と魔物の関係に薄々気付いたと息子から連絡があったぞ。油断ならない奴だ」
「愚息がへまして気付かれただけだろうに」
「なにっ!?」
デミトスと魔族がにらみ合う。
――やはり魔族のほうが立場が上なようだな。
副司教が両手を広げて仲裁する。ローブのような祭祀服が揺れた。
「まあまあ、教団との関係は知られてはいないのだから。まだまだ大丈夫ではないかね」
痩せて青い顔をした男、ザラゴンが言う。ドルアースの貴族だったか。
「ドルアースも勇者のせいで、蛇の化け物が溢れかえる町になってしまった……私の美しい町が……」
「苦労して町長の息子ジャンを懐柔したのにな。勇者のせいで全部ご破算だ。頭だけじゃなく腕も立つ。どうしろというのだ」
と、別の貴族が言う。
応接室内に抑えた笑いが響く。
「あの豚はまだ利用価値がある」
「ほう、とんでもないクズだと聞いたが」
「クズだからこそ、周りを巻き込んで自滅するものだ」
「それはいい。放置が一番か」
――さんざんな言われようだな。同意見だが。
副司教がハゲ頭を撫でつつ言う。
「むしろ飛竜を利用してはいかがかな?」
「どういうことだ?」
「飛竜を配備したためドラゴンが結界を通れるようになり、王都が襲われたとすれば、勇者ケイカの名声も地に落ちましょうぞ」
「なるほど」「それはいい」「だが都合よくドラゴンを手配できるか?」
浅黒い男が頷いた。
「アイスドラゴンは手配できる。むしろ、追加の魔物を用意したらどうか?」
貴族たちが一斉に顔を向ける。
「追加だと?」「どのようなものだ?」
浅黒い男は顔色を変えずに言った。
「ゲアドルフが残した秘密兵器がある。巨人の死霊だ。勇者が出てきてもそうは負けはしない」
「ほう?」「危なくないか?」「我が軍では勝てないのではないか?」
「大丈夫だ、命令通りに動く。むしろ貴族軍が駆けつけたときに退治の演出をしやすいだろう。亡霊なら倒した証拠が残らなくても疑われない」
「なるほど」「それはよいな」
――俺の強さを知った上で、負けはしないと言うのか?
気になるな。
副司教が手を叩いて注目を集める。応接室に良く響いた。
「では、細部を煮詰めましょうか」
その後は細かい計画が話されていった。
だいたいの流れは。
1.魔物が王都を襲撃、王族皆死亡。
2.貴族の軍が駆けつけ王都を救助して発言権を高める。
3.大貴族たちで政治を取り仕切りつつ、ファブリカ王国の第3王子と貴族たちへ援助をおこない国を乗っ取る手伝いをする。
4.ヴァーヌス教は影響力が高まり、信者を増やす。
5.両大国を統一する帝国の完成。
どうやら教団トップの大司教も魔族の件を知っているようだった。
あとはデヴォロの息の掛かった実行部隊の司祭たちか。
それにしても貴族たちの暗い欲望にまみれた発言を聞いていると呆れてくる。
精神的に疲れた俺は、ふーっと息を吐いた。
すると猫耳に息がかかったため、ミーニャがビクッと体を震わせた。
「ケイカ、お兄ちゃん……?」
「ああ、すまない。貴族たちはまだ話し合うようだ」
「今のうちに、乗り込んで、倒す?」
「う~ん、それでもいいんだが……共犯者がもっと多い可能性が高いからなぁ。だから今の間にさっき行った貴族の家を調べてくれ」
「どのへん?」
俺は千里眼で貴族の家を見る。
「カトウィッチ家は書斎の机にある赤い表紙に挟まれた紙。パストリアス家は執務室の引き出しの手紙だな」
「ん。わかった」
ミーニャは俺の腕からするりと抜けた。
しかし名残惜しそうに振り返ると、背伸びをして俺の顔をペロっと舐めた。舌が心地よくザラザラしていた。
猫のような仕草に、状況を忘れて少しかわいいと思ってしまう。
「くすぐったいぞ」
「ん……行ってくる」
「気をつけてな」
無言でこくっと頷くと、音を立てずに跳躍した。黒いローブを風になびかせて建物の上に飛び乗る。
そして屋根の上を足音を忍ばせて走っていった。
――スキルの【隠密】が役に立ってるな。
俺もまた、ミルフォードの王都別邸へ向かうことにする。
ここまでの流れを見て、ミルフォード家がファブリカ王国の騎士団長を競り落としたのは、偶然とは考えにくい。
実は当初から予定された案件だったのではないか? あとはヴァーヌス教も調べないとな。
――まあでも敵の予定は完全にわかった。
むしろ最大限に利用してやろうじゃないか。
そのためにはまず証拠だな。
俺はニヤリと笑って、寒い夜の裏通りを下駄の音を消して走っていった。




