第158話 ぐったりエトワールと王都貴族
レオと会って貴族と魔族とヴァーヌス教の関係を知った俺は、ケイカ村へと帰還した。
休む間もなくセリカを連れて村中央にある代官屋敷へと向かう。
2階の執務室にノックもなしに入ると、ドレスを着たエトワールが両手を前に出して大きな執務机に寝ていた。
「少し休憩と言いましたわ~。あとにしてくださいませ~」
「どうした? エトワール」
机に寝そべる華奢な体がビクッと震えた。しかし起きようとはしなかった。
「ケイカさまですか……いえ、ようやく書類が半分片付いたところですの」
「なかなか優秀じゃないか」
近付いて彼女のウェーブのかかった赤髪をわしゃわしゃと撫でた。
しかし、エトワールは寝そべったまま反応しなかった。
「も~。どうぞお好きにしてくださいませ~」
気の抜けた声で答えるだけ。華奢な肩や脇を触っても、されるがままの無抵抗だった。
手を止めて端整な横顔を覗き込む。
「ほんとにお疲れのようだな」
「申請が溜まりすぎなのですわ……言いたくありませんが、前任者は無能でしてよ」
「村長を責めるな。俺が報告せずにやってたことがほとんどだからな。しかたない」
するとエトワールがのっそりと顔を上げた。ジト目で俺を見上げてくる。
「そうでしたの……まさか、アタクシに全部押し付ける気で赴任させましたの?」
「そんなにイヤか? 俺は自分の力になってくれるものが大好きだ」
そう言うとエトワールが赤い唇を噛んだ。なだらかな頬が照れたように染まる。
「ううぅ……その言い方、ケイカさまはずるいですわっ」
「まあ、そう言うな。――セリカ」
「はい、ケイカさま」
「エトワールの仕事を手伝ってやれ」
「わかりました――こちらが残りの報告書と申請書ですね」
セリカが金髪を揺らして颯爽と歩いて傍へ来ると、机の上に積み上がった書類に目を通し始めた。
俺はエトワールの頭を労わるように優しく撫でる。
「それで、エトワールに聞いておきたいことがある」
「なんでございましょ~う?」
「領地貴族とヴァーヌス教の関係だ」
するとエトワールが上体を起こして背筋を伸ばした。細い指先で軽く赤い髪を整える。
「お答えできることでしたら、なんでも教えいたしますわ」
すみれ色の瞳に理知的な光を宿して、凛とした声で答えた。
大事なことがなにか、ちゃんと理解しているようだった。
――さすが王女さまってところか。
「まずヴァーヌス教には魔族の息がかかっている。それと領地貴族が手を組んで大きな悪事を働こうとしている」
「……本当ですの?」
「領地貴族が魔族に食料を提供している。貴族は権力を、ヴァーヌス教は信者を。ファブリカ王国の恭順貴族や、おそらく第3王子も絡んでいる」
「そんなことが……ッ! なんということでしょう! ――ハッ! 第3王子!?」
「そうだな。エトワールの婚約者だった相手だ」
エトワールはなぜか悔しそうに、ぐぬぬ、と唇を噛んだ。
「ということは、アタクシを利用してダフネス王国に幅を利かせるつもりだったのですわね……っ。許せませんわ!」
「まあ、そうだろうな――で、領地貴族のミルフォードは真っ黒だが、他の奴らも同じぐらいだろうか?」
エトワールは思案深げに、指を顎に当てて考え込む。
「ケルキラのオリスタルコス家との関係は、良好なはずですわ。母がオリスタルコス家ですもの。母の兄は家を継いで友好的ですから、きっと母の弟――叔父さまが企みに参加しておられるのでしょう」
「その叔父と、あとの4家が危ないってことか――調べるか」
「どうされるのです?」
「王都クロエが謀略の中心地と思うから、そこの貴族屋敷を教えてくれ」
「それは構いませんが……ケイカさま自ら調べられるのでしょうか? 時間かかりそうですから、誰か雇って調べさせた方が良いのではありませんか?」
エトワールの言葉にセリカも同意する。
「精霊を扱えるエルフさんや、姿を消せる妖精さんに頼んでみたら良いかもしれません」
しかし俺はニヤリと笑った。
「そこまで相手に合わせる必要はないな。尻尾を出さないなら、無理矢理引きずり出せばいい」
「きっと恐ろしい方法なのでしょうね……」
「いや、そうでもない。王に提案を1つするだけだ」
俺が内容を簡単に説明すると、王女2人は目を丸くした。
セリカが呆れたように首を振る。
「さ、さすがですわ。ケイカさま……たったそれだけですが、うまくいきそうです」
「こんな方法があるなんて……さすがケイカさま。敵対するなんて愚か者のすることですわ……」
「始めて出会ったときのエトワールそのものだな」
エトワールが赤い唇を噛んで涙目になる。
「うぅ……っ、ケイカさまはいじわるですわ。もうアタクシはケイカさまの信奉者ですのよ」
微笑みつつ、頭を優しく撫でてやる。ウェーブのかかった赤髪が柔らかい。
「わかってるさ。というわけで地図書いてくれ」
「はい、ケイカさま」
エトワールは紙とペンを用意すると、簡易な王都の地図をささっと描いて、俺に渡した。
「おお、早いな。絵が得意なのか?」
「ふえ? ――はい、たしなみ程度には習っておりましたわ」
俺は受け取った地図を折り畳んで懐に入れる。
「絵も才能と努力が必要か……そうだな。俺をデフォルメした似顔絵を描いておいてくれ。他の描ける奴にもな。それじゃ、行ってくる。引き続き仕事頑張ってな」
「はい。いってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
2人の王女の声を背に、俺は屋敷を後にした。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時の、王都クロエ。
冷たい風が吹いている。
俺はミーニャとともに50匹の飛竜たちを連れて来た。
王都の結界を壊さないよう、近くで降りて街へ入った。
結界術師を呼んでもらい調整をする。
それから飛竜たちを連れて大通りを歩いた。
「ど、ドラゴン!?」「勇者さまが……」「さ、さすが勇者さま!」
ざわざわと町の人たちが騒いでいた。
――まあ、驚くのが普通か。
ミーニャが巫女服を揺らしつつ、泰然と付き添っていた。
「この程度で驚く……みんな、ケイカお兄ちゃんの凄さを理解してない」
「まあ、しょうがない。王都ではガフを倒して以降、活躍してないもんな。噂ばっかりじゃ限度がある」
「むぅ……」
ミーニャは不満そうに、可愛く唇を尖らせた。
――とはいえ、そろそろ王都で活躍してもう1回、名前を売っておくべきだな。
俺の名前を人々の心に刻むためにも。
その後、飛竜を騎士団に引渡し、飛竜の取り扱い注意事項を伝えた。
俺は王宮騎士団の副団長に言った。
「注意事項は以上だ。まあ、飛竜を小隊長程度の扱いで接してくれればいい」
「わかりました。助言、ありがとうございます」
「それから、飛竜は本来寒くなったら冬眠する。が、それだと防衛力が下がるだろう?」
「そうですね……一応、厩舎の準備は整っておりますが」
「だから寒さを防ぐ魔導具を作って装備させる。3日後に持ってくる」
「本当ですか!? それは助かります」
「このことは周知しておいてくれ――3日後というのを忘れずに。俺も今から謁見して王様には伝えるから」
「はい、わかりました、勇者さま!」
わりと若い副団長は、俺の言葉に素直に答えた。
「お前たちも頑張って勤めろよ」
「「「きゅい!」」」
飛竜たちは声を揃えて頷いた。
続いて、ミーニャと別れて城に入った。
謁見の間へと一人で行く。
正面の段上に座る王様に向かって話す。
「飛竜たちを連れてきました」
「おお、ご苦労であった」
さらに俺は平静を装って言う。
「飛竜は寒さに弱いので、寒さを防いで冬眠しないための魔導具を3日後に持ってきます」
「なんと! そこまでしてくれるのか! さすがは歴代最高の勇者じゃ! 皆のもの、感謝の意を忘れるでないぞ!」
「「「はは~」」」
居並ぶ貴族や官僚、それに騎士が頭を深々と下げる中、領地貴族のデミトスと副司教のデヴォロは顔を青褪めさせていた。
「け、計画が……」
「今夜……」
二人はこそこそと囁いていた。
――ふふん。計画通り。
3日後に冬眠対策すると言っただけでこの慌てよう。
これでやつらの企みは大幅に狂うことになる。
どう動くか今から楽しみだ。
俺は内心でほくそえみつつ、城を後にした。
次話は1月3日頃予定。良いお年を。




