第133話 チシャ猫
屋敷に入って空き部屋へ行く。
チシャは何もない部屋に寝転がされていた。
尻尾を緩やかに振って警戒している。
手足がすらりと長いため、縛られて転がる姿も気品があった。
「起きたようだな」
「……私の正体に気付いたんでしょう? 殺しなさい」
「なぜ?」
「あなたは勇者。私は魔物。殺すのが筋でしょう?」
「魔物だっていい奴はいる。協力してくれる……それにお前は魔物である前に猫じゃないのか?」
「くっ……! 殺しなさい」
床に寝転がったまま気丈にも俺を睨んでくる。
「お前、何を隠してる?」
傍にしゃがむと首筋や尻尾を撫でた。とてもすべすべした手触り。毛も柔らかい。
「ふなぁぁああお! ちょ、なにするのよ、触らな――ふにゃあああ!」
尻尾の付け根辺りをぐりぐりすると、背を仰け反らせて鳴いた。
しばらく鳴かせてから手を離す。
チシャは、はぁはぁと顔を真っ赤にして荒い息を吐いた。
「さあ、何を隠してる?」
「ど、どうしてそう思うのよ……」
「お前の態度がちぐはぐだ。色仕掛けするようなタイプじゃないしな。きっと怪我を治してもらって俺に惚れました、そして俺に取り入るみたいな展開を考えてたんだろ。ラピシアが治して意味なくなったけど。だから取り入るために色仕掛けに変更した。俺の信頼を得て何をする気だったんだ?」
「……絶対、言いません」
青い瞳には強い意志の光が宿っていた。
「お前は魔物として生きたいのか? それとも猫人として生きたいのか?」
「……」
「家族が人質にでも取られているのか? ――それとも何か目的があるのか?」
ピクッとしなやかな尻尾が動いた。
「そうか。目的があるのか」
「ちっ、違う――」
「ふむ。そうか。なんとなくわかった」
俺は立ち上がった。
「な、何がわかったというの」
「猫としても魔物としても生きたくないという気持ちがな。チシャはチシャとしてありたいんだな」
「……っ!」
青い瞳を見開いて、チシャは固まった。
――たぶん、チシャから事情を聞きだすのは無理だな。
俺は部屋を出てミーニャの部屋へ向かった。
ベッドと机があるだけの部屋。
巫女服を着たミーニャがベッドの上で丸くなって寝ていた。猫のように尻尾を枕にしている。初めて見る格好。手足を胎児のように丸めてるから、黒の袴がめくれてパンツが思いっきり見えていた。いやたしか水着だから、問題ない。
傍には祖母のナランディがいて、ミーニャを撫でていた。
「昨晩は遅くまで話し込んでしまってすまんのう。1時間ほど寝かせてあげてくださいな」
「ああ、いいんだ。そのまま寝かせてやってくれ。それに猫の仕草をもっと教えてやって欲しい」
「もちろんだとも。猫のこと何も知らなかったようでな、この子。辛かったであろ」
ナランディはミーニャを優しく撫で続けた。ミーニャは安心しきっているのか、涎をたらして寝ている。珍しい。
猫を起こさないように、抑えた声で尋ねる。
「あの猫なんだが、親の片方が魔物のようだな」
「そうじゃのう。父親は行商人で魔族相手に商売をしておりましたからのう。いろいろな出会いがあったようで……あの子は猫人族を恨んでいますのじゃ」
「恨む?」
「猫が魔王に反旗を翻したから、あの子の父は取引先の魔族に裏切り者として殺された。母と子は魔族の血を引いていたので見逃された。あの子にとっては猫が余計なことをしなければ、と考えておるようじゃ」
「なるほど。俺に色目使ったのは勇者を倒すためじゃなく、猫獣人たちに復讐するためか」
んー、面倒くさいな。
かといって野放しにするのはもっと面倒だ。
ナランディは、はぁっと溜息を吐く。
「あの子は自分の矛盾に気付いておらん。でもわしらにはどうしてやることもできんのじゃ」
「わかった。もう一度話してみる」
「すまんのう、勇者さまや」
ナランディは頭を下げた。
俺はミーニャの部屋を出て、またチシャの閉じ込められた部屋に入った。
床に寝転がったままのチシャ。しかしさっきよりも衣服が乱れている。
手足の縄を解こうとしたらしい。
「元気そうだな」
「何か御用でも?」
青い瞳に怒りを称えてきっと睨んでくる。美しい怒りの光。
「猫獣人に復讐したいんだってな」
「うるさいのよ。あなたには関係ない」
俺は太刀を抜いた。研ぎ澄まされた白刃がぎらりと光る。
「殺せと言ってたな? その願い、かなえてやってもいい。ただし、猫獣人にどんな復讐がしたかったか、それを聞かせろ」
「なぜ?」
「ひょっとしたらお前のほうが正しいかもしれないだろ」
「絶対嘘だわ……まあ、いいかしら。冥途の土産に教えてあげるわ。魔王軍の侵攻に合わせて結界を壊して、村に火を放つつもりだったよ。父さまを殺した猫は皆殺しにしてやるんだから」
俺は顎に手を当てて頷いた。
「見抜かれなければいい作戦だったな。――でもな、1つ思うんだが、父親も猫獣人なんじゃないのか? 猫のすべてが憎いのなら、父親も憎むことになってしまうぞ」
「き、詭弁だわ! 父さまは関係ない!」
「なあ、チシャ。不思議に思わないか? なぜ父親は魔族と関係を持ってまで商売してたんだろうな」
突然の質問に、チシャはきょとんと目を丸くする。
「え? それは……儲かるから?」
「それだけか? 猫人族として魔族と良い関係を築きたかったんじゃないのか?」
俺の言葉に、はっとするチシャ。
「そうよ! 父さまが頑張れば、みんな恩恵を得られたのに! それなのに、あの汚らしい猫どもはっ! 謀反を起こして……父さまは、父さまは!」
ぎりっと歯を噛み締めた。端整な顔が歪むほど。
俺はチシャの縄を切った。
「え?」
「だからといって魔王軍の力を借りて復讐なんて本末転倒な気がするがな……まあ、今から言う一つの質問に答えてくれたら、あとはどこへでも行っていいし、もしくは復讐とやらを開始してくれても構わない。俺は傍観する」
「え、え?」
チシャは手首をさすりながら身を起こす。
俺は青い瞳をじっと見つめて言った。
「お前の大好きな父親が、本当に守りたかったのはなんだろうな?」
「そ、それは……」
チシャの赤い唇が開くが、言葉は続かなかった。尖った耳がしゅんと垂れる。
「――今から用事があるから答えは今晩聞く。それまでに考えておけ」
俺は部屋を出た。チシャの身動きする音は聞こえてこなかった。
廊下にリィがいた。緑の髪を揺らして、心配そうに俺を見る。
「大丈夫だった?」
「まだわからない。見張りを頼みたいが、疲れてないか? フィオリアと交代で見張ってくれ」
「召喚した精霊さん自体はお母さんのだから、大丈夫ですっ!」
ぎゅっと拳を握って気合を入れていた。整った顔立ちが真剣な気持ちで張り詰める。
自分の精霊魔法ではないらしい。だったらそこまで疲労はないか。
リィをその場に残して、俺は自室へと向かった。
狐の村に行くつもりだが、ミーニャが起きてからにしようと考えた。
二度寝したミーニャはまだ寝ている。
今日ぐらいは、ゆっくりさせてもバチは当たらない。
俺はゆるゆると屋敷の中を歩いていた。
――と。
白いワンピースをひらひらさせてラピシアが跳ねるように廊下へ出てきた。
そう言えば、回復の熟練度がカンストしてたな。
「なあラピシア。他の魔法を覚えてみないか?」
「う? 回復するやつ?」
「ああ、そうだ。大回復ってやつだ」
俺は《快癒》を持っているので使っていなかったが、勇者のスキルツリーの中でいくつか治癒師の覚える魔法も修得していた。
ラピシアは両手を挙げて喜ぶ。
「覚える!」
「そうか。じゃあ、部屋に行こう」
「うん!」
自室にラピシアを連れて入り、ベッドに座らせた。
「いいか、こうやって……こうやるんだ。呪文はこんな感じで……」
魔法を教えると、ラピシアは笑顔で頷いた。
「わかった! やってみる――んんん~、きゅあぁああ!」
ラピシアの手のひらが白く光った。
「いや、だからそれはキュアだろ――って!」
《真理眼》でラピシアのステータスを見た。
すると。
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【治癒師スキル】
回復:味方を回復させる。(熟練度:101/250)
幻惑:体をぼやけさせて攻撃を当たらなくする。(熟練度:18/100)
防御低下:相手を柔らかくする。(熟練度:26/100)
睡眠:相手を眠らせる。(熟練度:89/100)
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な、なんだと……! 熟練度の最大値が増えた。
「ほ、ほう……これ、全回復覚えたらどうなるんだ?」
「なぁに? ケイカ」
「次は全回復だ。使い方はこうやってだな……」
魔法を教えると、すぐに覚えた。
「きゅあぁぁああ!」
なんとかの一つ覚えな魔法を唱える。しかし何も変わらない。
「熟練度MAXにしないと覚えられないということか……やっぱりラピシアだけ育ち方が違うな。神だからか」
「ラピシアへん? だめ?」
首を可愛く傾げるラピシア。でもどこか不安そうだった。『いい子』ではなくなってしまうのが、怖いのかも知れない。
俺はラピシアを抱き寄せて、頭を撫でてやった。子供らしい温かい体温。
「賢いぞ、ラピシア~。いい子だ」
「えへへ~、ラピシアいい子」
満面の笑みでにやけるラピシア。
「それにしても。睡眠が上がってるが、よく使ってるのか?」
「寝れないとき、自分にかけてる」
「神にかけてるから熟練度が跳ね上がってるのか、なるほど。その調子で頑張れ」
「うん、がんばる!」
きゅあ! きゅあ! と叫びながら部屋を出て行った。
解毒や麻痺解除、病気快復も覚えさせるといいかもしれないな。
どこかで知ってる人があればいいんだが。
ミーニャがまだ起きてこない。
屋敷をうろつくと食堂でお茶をするセリカとファルに会った。セリカは防具を着込み、ファルはいつもの修道服を着ていた。
ついでに尋ねておく。
「高ランクの治癒師を知らないか? ラピシアに治癒魔法を教えたい」
「あたしが教えられるのは全部教えちゃいましたから」
「この辺ですと、ロニ村の村長がルペルシア教の高位司祭で、治癒魔法に熟練していると聞きます」
「その人すごいらしいですね。貴族さんたちとも懇意にしてるとか」
「なるほど。だからあんなに潤っていたのか」
ロニ村は石畳で舗装されていて建物もお洒落だった。
普通はお金がないと出来ないよな。
暇になったら習わせに行こう。
屋敷の向こうの方で、バタンッと扉の閉まる音がした。
見るとミーニャが起きてきた。
「ミーニャが起きたみたいだ。セリカ、狐の村へ行くぞ」
「はいっ、ケイカさま!」
セリカは金髪を手で払いつつ優雅に立ち上がる。
「お気をつけて」
ファルがベールを揺らしながら頭を下げた。
「ああ、行ってくる」
俺は【勇者の証】でメンバーがどこにいるか見つけて、というかヘムルじいさんのところへ遊びに言ったラピシアを連れ戻して、妖精の扉をくぐった。




