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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第六章 勇者冒険編・北(仮)

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第131話 ねこのここねこ

 獣人地区の猫の村。

 セリカにはケイカ村へ毒対策に向かってもらった。


 サイクロプスを倒した俺は小屋へ戻ろうとした。

 すると中から二十歳ぐらいの華奢な猫の女性が出てきた。髪は白く、頭の上の尖った耳は黒い。手足は長く、肌は雪のように白い。手の先だけが黒い毛で覆われていた。胸もそこそこ大きく、気品あふれる女性だった。

 シャム猫の獣人だろうと俺は思った。


 彼女はしなを作りながら歩いてくる。年に似合わない妖艶さ。

「初めまして、勇者さん。チシャと言います。お会いできて光栄ですわ。しかも命を助けていただいて。本当にありがとうございます」

「珍しい猫だな。初めて見た」

「あら、ありがとう。チシャはとても高貴な血筋ですのよ」

 俺の傍まで来ると肩に両手を置いてしなだれかかってきた。香水のようなよい香りがする。



「そいつはどうも。会ったばかりなのに、大胆だな」

「ふふっ、獣人は強い男に、惚れてしまうものですのよ」

 チシャはそう言うと、美しい唇を赤い舌で舐めた。そして俺の首筋に音を立てて吸い付く。湿った感触が肌に伝わる。



「ふぅ――ッ!」

 突然、鋭い声が響いた。

 見れば道の向こう側に、ミーニャが尻尾の毛を逆立てて威嚇していた。噛み付きそうな勢い。


 くすっとチシャが笑いながら、俺に抱きついて柔らかい胸を押し当てる。

「あら。すでに飼い猫がいたのね」

「ケイカお兄ちゃんから離れて!」

「いいじゃない別に。減るものじゃないし。二人で愛して貰えばよくないかしら?」

 ミーニャの黒髪がぶわっと逆立った。黒い瞳が吊り上がる。



 次の瞬間、地を蹴って駆け出した。黒髪と巫女服が激しくなびく。黒い疾風となって俺へと迫る。

 容赦のない先制攻撃スキル【疾風迅雷】


 包丁をきらめかせて引き抜きつつ叫ぶ。

「そいつ危険! 猫だけど、人じゃない!」

「チ――ッ! くぅ!」

 鋭く舌打ちしたチシャは逃げようとした。しかし、俺は薄い腰へと手を回して引き寄せた。細く柔らかい肢体を腕に感じる。


 すぐに真理眼で見た。

--------------------

【ステータス】

名 前:チシャ

性 別:女

年 齢:18

種 族:魔貴猫人族

職 業:魔王軍輜重部隊隊員

クラス:獣戦士Lv15 魔法使いLv10 商人Lv18

属 性:【雷光】【幻魔】

--------------------

 やはり魔王軍か……。

 でも獣人なのに、属性が【魔】なんだな。



 ミーニャをチラッと見ると目が合った。

 すぐに俺の考えを理解してくれたようで、包丁をしまう代わりに全体重を乗せた渾身の一撃を繰り出した。

「しゃあああああ!」

 猫のように鋭い声。細い腕がチシャのみぞおちに食い込んだ。


「かはぁっ!」

 チシャはすべての空気を吐き出すと、白目を剥いて気絶した。ふにゃっと腕にもたれかかった。

 俺は軽い体をミーニャへ投げつける。

「縛っとけ」

「わかった」

 ミーニャは背負っていた大きな荷物を下ろすと、素材をまとめるためのロープを出してチシャの手足を縛った。



 それから俺は小屋の中へと入った。

 ミーニャはチシャを引きずってあとに続く。


 小屋は粗末なもので、かまどのある土間と板張りの床があるだけだった。

 床には猫獣人たちが毛皮を敷いて寝ていた。

 老婆が2人に老人が1人、あとは包帯を巻いた若い男がいた。

 真理眼で見たところ、魔王軍の関係者はいないようだった。


 ラピシアは女の子座りでぺたんとお尻をつけて、怪我人の傍に座っていた。

「怪我、治した! たぶん、病気も!」

「ああ、えらい。さすがラピシア」

「えっへん!」

 平らな胸を反らして偉ぶった。

 実際、治癒効果がすごいのでそのままにしておく。



 すると、ただ1人、目を覚ましていた黒猫の老婆が上体を起こした。

「あなたが勇者さまですか……わしはナランディ。助けてくださって本当にありがとうございま――ああっ! アムリタ!」

 ナランディはミーニャを見たとたん、目を見開いて驚いた。


「こいつはミーニャ。俺のパーティーメンバーだ」

 ミーニャが、こくっと頷く。

「私はミーニャ。……おばあさん、アムリタって誰?」

 ナランディはぶるぶると唇を振るわせながら呟く。

「ひ、人違いなのか……アムリタはわしの娘での。黒髪、黒目の、凛とした美しい女の子であった」

「ほう。その娘はどうしたんだ?」

 俺が尋ねると、ナランディは悲しげに眉を寄せた。

「20年ぐらい前に村を飛び出したのです。風の噂では山賊になったと聞きましたが……」

「山賊!!」



 ミーニャは無表情なまま、ぽつっと呟く。

「お母さん、かも……目の下にほくろがある?」

「おお! その通り! アムリタには泣きぼくろが一つあったのう! で、では、やはり! も、もっと顔をよく見せておくれ!」

 ナランディは黒い瞳に涙を浮かべて懇願した。

 ミーニャは戸惑い、耳がへにゃっと伏せられていた。


 俺は驚いてミーニャに尋ねる。

「ミーニャ、母親の記憶があるのか?」

「わからない。生まれたとき、とても綺麗な女の人に抱かれた。無表情だけど凛とした澄んだ目で、私をじっと見てた。何か言われたけど、わからなかった――でも、とても優しい匂いだった」

「だったらきっとそうだ。行ってやれ」

「ん」

 ミーニャはおそるおそるナランディへ近付いた。細長く黒い尻尾は怯えるように垂れている。



 ナランディは近付いてきたミーニャを、痩せた腕を伸ばして引き寄せた。我が子を抱くように、強く、強く抱き締める。巫女服が乱れた。

「ああ! アムリタそっくりじゃ! 黒目、黒髪、この匂い!」

「……懐かしい匂い……とても落ち着く、匂いがする――あのときと同じ」

 ミーニャは座り込んで、ナランディの胸に顔をうずめた。体から力が抜けて、されるがままになる。黒い尻尾だけが嬉しそうに、ぺたん、ぺたんと床を叩いた。



 ナランディは尖った耳を垂れて、涙をこぼしながら言った。

「もう二度と我が子には会えぬと思うておった。それが孫と会えるなんての……長生きしてみるものだのう……」

「お、おばあちゃん……」

「アムリタは、どうしたのじゃ?」

「私を生んだあと、すぐに死んだ」

 ミーニャは素っ気無く答えた。尻尾の動きが少し弱くなる。


 ナランディは体を離して、ミーニャの顔を覗き込んだ。

「そうか……それは辛かったのう。困ったことがあったら、なんでも言うんじゃぞ。わしがなんとかしてやるからの」

「ん。別にいい。――長生きさえしてくれれば」

「一番難しいことを望むのじゃの、この子は……頑張ろうぞ」


 ナランディは顔をくしゃくしゃにして微笑むと、手を曲げて猫のように手の甲で涙を拭った。

 それからもう一度ミーニャを抱き寄せて、今度は黒髪を毛づくろいするように舐め始めた。親猫が子猫にするように。宝物を磨くように。



 しばらくミーニャは気持ち良さそうに目を細めて身を任せていた。

 ところが、突然はっと目を見開いた。


 それから震える手を曲げて、手の甲で顔を拭った。さっきナランディがやったように。

 すると、黒瞳からぽたりと涙が零れ落ちた。

 手の甲で拭えば拭うほど、新たな涙があふれ出る。


 あぁ……と吐息を漏らすとともに、涙声で呟いた。

「そっか……こうすれば、よかったんだ……」

 二人は親猫と子猫のように身を寄せ合っていた。


 いつしかミーニャは自分の二の腕や手首を舐めていた。ナランディと同じ仕草で毛づくろいするように。同じように舌を出し、同じように首を振る。親子のようにそっくりだった。


 

 ――ああ、そうか。そうだったのか。

 二人の様子を見て、俺は自分のしでかした間違いにようやく気が付いた。


 ミーニャと初めて会ったとき、とても内気で自信のない子だと思った。力があるんだからもっと堂々とすればいいのにと思った。

 きっと人間たちの中で育ったから、獣人の自分に引け目を感じているんだと考えた。


 でも、違ったんだ。

 ミーニャは猫獣人として生まれながらも、猫獣人として必要な仕草や習慣を親から習えなかった。だから猫獣人としての自信や誇りが持てず、臆病に暮らすしかなかったんだ。

 猫獣人としてのアイデンティティを喪失していたんだ。



 俺は頭を掻きながら謝った。

「ミーニャ、すまない。自信を持たせようといじったけど、間違ってた。本当に必要なのは強さじゃなかったんだな」

 ミーニャは首を振った。つややかな黒髪が優しく揺れる。


「そんなことない。ケイカお兄ちゃんはいつも正しい。あの時は、自信を持つために生まれ変わるしかなかった。助けてくれてありがとう」

「そう言ってもらえると心が救われる。ありがとうな」

「うん」

 こくっと頷いた。



 ナランディはビクッと動いて体を離した。

「こ、これは、申し訳ない。孫がいとおしくてつい親愛の情を示してしまいました」

「いや、問題ない。むしろ、もっとしてやった方がいい。――しばらく2人で暮らしたらどうだ?」

「それは、まことにありがたい話ですが……」


 案の定、ミーニャが首を横に振る。

「私、ケイカお兄ちゃんと一緒にいる。旅を続ける」

「うん、それで構わない。ただいつも旅してるわけじゃなくて、たびたびケイカ村に帰るだろう? その時は一つ屋根の下で過ごしたらいいと思うんだ」

「それなら、できる――おばあちゃん、それでいい?」

「ああ、いいとも。孫が勇者さまのために頑張っておるのじゃ。わしも負けんようにしないとな」



 俺は言った。

「じゃあ、村へ行こう。ナランディ、歩けるか?」

「そこまで年寄り扱いしなくとも大丈夫かの。――ほれ」

 ナランディは素早く立ち上がると、部屋の中を歩き回った。猫のようにしなやかな動き。どことなくミーニャに似ていた。

 というか、先ほどまでの頼りなさが消えていた。精気が満ちていた。

 きっと守るべきものができて、生きる活力が沸いたのだろう。


「おばあちゃん、元気そう。よかった」

 俺を見上げてふうっと笑った。珍しいミーニャの笑顔。かわいいながらもどこか強さを感じさせた。

「じゃあ、他の奴らが目を覚ましたら行こうか」



 ミーニャが立ち上がる。

「おばあちゃんに会えてよかった。私、幸せだった」

 俺を見るミーニャ。雨上がりの夜空のように、黒い瞳は高く澄み渡っていた。


「そうだな。この生きづらい時代、肉親に会える確率なんてほとんどないものな」


 俺の言葉に首を振る。

「そうじゃない。私はずっと不幸だと思ってた。だって、お母さんを一度も見たことなかった。お母さんに一度も抱かれたことなかった。――でも違った。本当はお母さんをすでに知ってた。お母さんに抱かれたこともあった。……自分で気が付いていなかっただけで――私はずっと幸せだった」

 凛と澄んだ声。いつもと同じで抑揚は乏しいけれど自分自身の声だった。


 ナランディが独り言のように呟く。

「幸せほど、気付き難いものはないからのう……」



 ミーニャが近付いてきて胸に顔を埋めてくる。顔をこすりつけながら囁く。

「ケイカお兄ちゃん……私、どうして猫耳と尻尾があるんだろうって、ずっと思ってた。どうして人間じゃないんだろうって、悲しんでた」

「周りは人しかいなかったものな」

「うん。でも、間違ってた。人は人、猫は猫。猫人としての自分にもっと自信を持ってよかった。――だって私はお母さんの子なんだから」

 迷いのない、静かな声。

 猫としての自覚を得た、1本芯の通った声だった。

 

「それでいい。ミーニャはミーニャだ」

「ありがとう。これからもケイカお兄ちゃんに、猫としてできることを頑張る」

「ああ、頼むぞ」

 そっと抱き締めてやると、尖った猫耳が嬉しそうにピッピッと跳ねた。



 その時、包帯を巻いていた若い猫獣人が目を覚ました。

 大怪我が治っているので驚いている様子。


「目が覚めたか。それなら日が暮れないうちに村へ向かおう。若い男は老人を、ミーニャはもう1人の老婆を、ラピシアは全員の荷物を持ってくれ」

「あ、はい」「わかった」「うん!」


 俺はいまだ気絶しているチシャを抱え上げて外に出た。

 相変わらずの薄暗い天気。

 しかし村を吹き抜けるそよ風はどこか懐かしかった。

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何度も改稿してなろう版より格段に面白くなってます!
勇者のふりも楽じゃない
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