第126話 親父と飲み、親父の生きる
王都の深夜。
俺は親父の店にいた。
薄暗い店内。営業の終わった酒場は気の抜けた炭酸のように味気ない。
親父と並んでカウンターに座り、酒を飲んだ。
ネクタイを外し、シャツの胸元を開けた親父がうまそうに酒を飲む。
「ケイカとこうして飲むのも久しぶりだな。忙しいか?」
「まあな。あちこち行ってきたから。今日ぐらい、ゆっくりお酒でも飲んでくださいとセリカに言われたよ」
「そいつはいい。――いい嫁さんになる」
親父は無精ひげの生えた顔で、ニヤッと笑った。
俺は答えに迷ったので話を変える。
「――で。たまごの行方を頼んでたが、何かわかったか?」
「フェニックスのたまごと呼ばれてるアレか。最初に売り歩いていた商人は盗賊に襲われて殺されたな。それから持ち主を転々としてなぁ。なかなか足取りがつかめねぇ。宝石のように赤い玉らしいから、すげぇ高額だって話は聞く」
「それで盗賊を警戒して余計に情報が出てこないってことか」
「そうなるな」
「まあ引き続き頼む。ドライドにもよろしく言っといてくれ」
俺はグラスに口をつけた。今日の酒は蒸留酒らしく、喉が焼けるように熱くなった。
どこかで犬が吠えていた。脚を組みかえるとイスの軋む音が客のいない酒場に響く。
親父がぽつりと言う。
「リオネルは元気でやっていけそうか?」
「今日、遠くの村へ連れて行ったよ。初日からうまく指導していたな」
「そうか。さすが賢い子だ……この店任せようと思ってたんだけどな」
「ん? 引退でもするのか?」
「お前の作ったケイカ村。そこに支店を出してもいいかなって考えてたんだよ」
「なるほど。そいつはすまなかった」
「いいってことよ。魔王を倒すのに必要なんだろ。最優先事項だ」
「そう言ってもらえると助かる」
――ケイカ村に来てくれるなら作った旅館を任せてもよかったな。
ちょっともったいなかったと思いつつ、つまみをつまむ。野菜の塩漬けだった。
親父はグイッと酒を煽る。
「でも、寂しくなっちまったよ、この店も」
「繁盛してるように見えたが」
「ありがたいことにな。でもよ、ミーニャもリオネルもまだ子供だったからな。子供がいると、なんだか頑張れたんだよ」
「なるほど。父親だものな――再婚しないのか?」
「それはできないな。今はまだ充分だ」
「今はまだ? さみしくないのか?」
「全然。あいつ――妻の与えてくれた思い出が大きすぎてな、10年たっても受け止められねぇ。むしろ迷惑がかかっちまう」
「誰に?」
「そりゃ、新しい人だよ。こんな中途半端な気持ちで接することはできねぇよ」
「元山賊頭なのに真面目なんだな」
「あほう。山賊の頃から真面目に山賊やってたんだぜ?」
ふん、と親父は鼻で笑いながら酒を飲んだ。
俺は漬物を食べつつ言う。
「未練があるって訳じゃなさそうだな」
「まあな。ちょっと違うな」
「妻を理解したいってことか。――受け止めるのにどれぐらいかかりそうなんだ?」
親父は目を閉じて考え込んだ。
「一生、かな。死ぬまでに、あいつの思いを全部受け止められたら、それでいい気がしてる」
「思い続けるのはいいが、美化しすぎるなよ」
「そいつぁ無理ってもんだ」
がははっと笑ってまた酒を飲んだ。
俺も釣られて苦笑した。
強い風が吹いた。木の窓がカタカタと鳴る。
酒場の中の静けさが増したように思った。
親父が、ふうっと何気なく言った。
「ミーニャ、変わったな。強くなった」
「……そうだな。初めて会った頃は自分に自信がなくて、びくびく怯えている子だった」
――まあ強くなりすぎて百人相手にまったく動じず、ボコボコにするようになったけどな。
「亡くなった妻に似てきたよ。芯が強くて、頑固で一途。何事にも動じないところも」
「へぇ。奥さんに似てるのか」
親父が酒をちびっと飲んだ。手酌で酒を注ぐ。
「意志の強い目に惹かれたんだよ。無口だが耳や尻尾でよくわかったしな。気高さと可愛さが同居していたというか……ミーニャも似てきた」
「なんかわかるな、それ」
「俺はよぉ、ミーニャをどう育てていいか、正直分からなかった。母みたいに強くなれと言ったところで、母の顔すら知らないだろうしな」
「そうなのか」
「だからケイカには感謝してる。娘を立派にしてくれて。……本当にありがとうな」
「俺は手助けしただけだ。立派になったのミーニャ自身だ」
この言葉に嘘はなかった。
親父も答えず、無言のまま酒を飲んだ。
薄暗い酒場の中に静かな一瞬が訪れる。
――と。
どたどたと騒がしい足音が店の奥から伝わってきた。
「ケイカ!」
飛び出してきたのは白いワンピース姿のラピシア。青いツインテールが元気に揺れている。
「どうした?」
「そろそろ寝たほうがいいって、セリカが言ってた!」
「そうか。そうだな」
親父が、へっ、と変な声で笑った。
「もう尻に敷かれてんだな」
「気遣ってくれてると言え」
するとラピシアが親父の傍に立って見上げた。
「生きるってなに?」
――親父にまで聞くのか。
親父が口を半開きにして俺を見た。
「なんだ?」
「今ラピシアは『生きる』ってなにか考えてるんだ」
「ほう。生きる、ねぇ……まあ、生きるってのは、自分に取って特別な人を、一生かけて理解しようと努力するってことだろうな」
ラピシアは体を横に曲げるようにして悩む。
「特別な人? だあれ?」
「それは人によって違うだろう……俺なら妻と子供だけどな」
ラピシアの体がますます横倒しになる。ツインテールが床に着くぐらい垂れる。
「理解せずに結婚したの? 自分の子供なのに理解できないの?」
親父は寂しそうに口の端に笑みを浮かべた。酒をちびっと飲んで言う。
「相手を100%理解するなんてありえないんだよ。人間は日々成長するからな――まあ、大人になったらわからぁな」
「ふぅん……でも、ミーニャのお父さんは、生きてる」
腕組みをして唸りながらも、うむっと力強く頷いた。
俺はイスから立ち上がると、ラピシアと手をつないだ。小さな手のひらが温かい。
「それじゃ親父、今日は帰るわ」
「おう。また飲もうぜ」
親父は髭をじょりじょりと撫でながら笑った。
そしてラピシアを連れて屋敷へ戻った。
セリカが出迎えてくれる。すでに寝巻きを着ていた。
「お帰りなさいませ、ケイカさま」
「まだ起きてたのか。悪かったな」
「いえ……あっ」
俺はセリカの手を取って歩き出す。
ラピシアを寝かしつけると、自室へ向かった。
真っ暗な部屋。
そのまま二人でベッドに倒れ込む。
セリカの華奢な肢体をギュッと抱き締めたら、大きな胸がたゆんと潰れるように揺れた。
「あぅ……け、ケイカさま……?」
「一生かけて相手を理解する、か」
俺は柔らかく温かい体を抱き締めた。
はぅぅ……とセリカが変な声で喘いでいた。
これも実は嫌がってたりしてな。
セリカのこと、知ってるようで全然知らなかった気がする。
――いつかもっと深いところまで理解しないとな。
頬擦りをしながら揺れる金髪のくすぐったさを楽しんでいたら、いつしか眠りについていた。
短いけれど今日はこれまでです。書き溜めてた分がPCフリーズとともに消えてしまったので。
しばらく消えた分の書き直しを頑張るため、感想返信できません。申し訳ないです。




