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第116話 妖精宴会と始祖エルフ

 次の日は外輪船に族長を乗せて出港した。

 まずは一番近い東の部族へ向かうため川をさかのぼる。海峡のように広い川を上っていく。

 ルーナたちを乗せていないので海の魔物の襲撃はなく、川は聖金があるため川の魔物もいなかった。


 船室にいても暇なので、細かい雑用を済ませておこうと思った。

 念のため、お守りをミーニャに渡しておく。



 まずは妖精の扉でケイカ村まで行き、ラピシアに石の壁と外堀を作ってもらった。

 村の発展を見越して、かなり広く村を囲った。

 というのは建前で、今の柵にあわせて高さ7~8メートルの石壁で囲むと、俺の屋敷が東側ギリギリのため、早朝は日陰になってしまうから。

 それはイヤだった。俺は俺のために村づくりする!


 そして屋敷から外堀までの水路を作った。外堀からため池までも1本の水路を作る。

 俺が水を満たす。

 これで屋敷から外堀を通って池へと、クリスティアが泳いで行けるようになる。泳ぐ人魚を捕まえるのは至難の業なので、クリスティアの安全のためでもあった。

 ついでにビホルダーゲルの食事の世話をお願いするつもり。



 次に道具を作ってもらうためハーヤを探した。

 けれど屋敷の工房にはいなかった。


 妖精界にいるのかと思い、地下室を出て地下回廊、そして妖精界の地上へと出た。

 満天の星空の下、妖精たちは城跡の石畳の上で宴会をしていた。

 100匹ぐらいいそうだった。


「6番、膨れます! すぅぅ~」

 一段高い石の上に乗った20センチぐらいのスリムな妖精が息を吸い込み始めた。吸っては息を止め、吸っては息を止め、どんどん風船のように膨らんでいく。

「いいぞ~」「がんばれ~」「まだいける!」

「すぅぅ~――あ……っ」

 ブブブブブッ! と息を吐き出して、口の開いた風船のように螺旋を描きながら飛んでいた。

「きゃはは!」「いいぞいいぞ~!」「う~ん、記録50センチ」

 赤い顔して酒に酔った大小さまざまな妖精たちは、手を叩いて喜んでいた。



 ――と。

 俺に気付いた羽妖精が話しかけてくる。

「これは、勇者さまじゃありませんかー。さあさあ、飲んで飲んで」

「いや、今はいい。それよりハーヤを知らないか?」

「あっちのほうで鍛冶談義してましたよ。絡むから気をつけてくださいね」

「マジか」

 教えられたほうへ向かう。崩れた壁の影で3人の妖精が円座になって飲んでいた。

 1人は人と同じぐらい大きいヘムルじいさん。後の2人が30センチほどの小妖精だった。

 ハーヤ。そしてよく似た黒髪の長い小妖精。女の子かなと思った。


「ボクなんてもうだめです。道具作るしか能がないんです」

「まあまあ、ハーヤの道具は素晴らしいじゃないか」

 赤い顔したヘムルじいさんが宥めるが、ハーヤは酒瓶をラッパ飲みして、ぷはーと息を吐く。

「道具ばっかりで恋愛のお手伝いしたことないんですよ? 妖精失格です。みなさんより劣ってます。それに比べて……」

 ――あー、こういう絡み方か。たしかに面倒くさいタイプだ。



 さっさと用件を終わらせるため、比較的酔っていない妖精から紙とペンを借りた。

 頼みごとを書いておく。

 1.パーティーメンバーが妖精の扉をバラバラに移動したときに行き先が分かるような名札と掲示板的なもの。

 2.強力なポンプと腐食しないパイプ。

 3.リリールから聞いた魔王の命令を受けなくなる装身具。


 ハーヤに近付き、その紙を見せた。

「ハーヤ、ちょっと頼みがあるんだが。これを作ってもらいたい」

「おや、これはケイカさん。まあ、ちょっとそこに座りなさい。ボクはねぇ、ほんとにだめなんですよ、もうね、生きてる資格がないんです。妖精は恋の手助けが本分なのに――」


 ハーヤの肩に両手を置いて、目を覗き込んだ。

「やれる、やれる! できる、できる! お前ならきっとできる! お前が燃えてなくて、どうしてくっつけたい2人が燃え上がるんだ! 絶対諦めるな! ネバーギブアップ!」



 一気に言い切ると、勢いに飲まれたハーヤは頷いた。

「そ、そうですね。やれますね、ボクならっ! 燃えてきました! こんなこともあろうかと! ヒートスーツ着火! ふぉぉぉ!」

 そう言うなりハーヤは立ち上がって、気合を入れた。服が燃え上がり、髪は逆立つ。三角帽子が飛んでいった。まるでスーパーサ○ヤ人みたいに。

 そのまま服が燃え続けて、ついには全裸になった。


 ぷすぷすと煙を上げて、ばたんと地面に倒れこんだ。

 ヘムルじいさんが手を伸ばして様子を見る。

「寝たようじゃ」

「か、かっこいいです、ハーヤさんっ」

 小妖精の女の子が、口の前に両手を握って当てていた。背中まである長い黒髪が揺れる。


 俺は呆れながら頬を掻いた。

「……ああ、そう。じゃあ、起きたらメモ渡しといてくれ」

「はい、勇者さま!」

 可愛らしい声を背に、さっさと妖精界をあとにした。


       ◇  ◇  ◇


 妖精の扉のある地下室まで戻ると、エルフたちが木材を背負って新世界樹の扉から切り株の扉へ移動していた。あっちの大陸はまだ夜のはずだった。

 1人のエルフに声をかける。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「ケイカさま、扉をありがとうございます! 直通で運べるようになったので、切り株の宿泊施設をテントから木造の建物に変えようと、さっき話し合いで決まったのです」

「そうか。観光客を呼び込むにはそっちのほうがいいな」

「はい、できるだけ早く作って、軌道に乗せたいと思います!」


 ふと、ゲアドルフのことを思い出した。

 次、戦うまでに何か対策を立てないといけない。

「一つ聞きたいんだが、始祖エルフって知ってるか?」

「始祖エルフ、ですか? 話や伝承では聞いたことがありますが、詳しくは……長老に尋ねられたらよいかもしれません」

「ほー。どこで会える?」

「今、話し合いを終えたところですから、世界樹さまの傍におられるかと」

「わかった、ありがとう」

 俺は扉をくぐって新世界樹のところへ向かった。



 夜の闇に包まれた深い森の中。

 一際大きな闇を作る大木が聳えていた。

 木の根元に隠れるようにして小さな明かりがぼんやりと灯っている。

 遠方や上空から見つからないようにするためだろう。


 俺は覚えのある大木を見上げながら言った。

「やっぱりお前だったのか」

 木の右側の枝がわさわさ揺れた。

 その仕草に苦笑してしまう。


「お前には文句を山ほど言いたい気分だが、まあ感謝もしておく。相当頑張ってるんだから少しは恩に着ろよ?」

 一瞬、左側の枝がザワッと揺れたが、続いて右側がもそもそと弱く揺れた。

 たぶん言葉にすればこんな感じだろう「ええ~!? まあ恩に着ないわけじゃないけどさぁ……」みたいな。



 ふっと鼻で笑うと、大木の傍にいるエルフたちに近付いた。

 族長ヤークトが俺に気付いて慌てて傍へ駆けつけた。髪を揺らして頭を下げる。

「これはケイカさま! 妖精扉の便宜を図っていただき、ありがとうございます!」

「木の住居も頑張ってくれ。それで今日は長老に会いに来た。始祖エルフについて知りたい」

「始祖エルフ!? ……わかりました、長老はあちらにおられます」

 ヤークトに案内してもらい、世界樹の裏側に向かった。

 集会で使ったと思われるテーブル席に、髪も眉毛も顎ひげも長くて真っ白な老人が座っていた。見た目は仙人みたいだった。

 真理眼で見たところ、始祖エルフの直系だった。



 ヤークトがひざまずいて言う。

「長老さま。勇者ケイカさまが始祖エルフについてお聞きしたいということで、お連れしました」

「うむ、そうか。恩人を立たせておくのはよろしくない。まずは座らせてあげなさい」

「はっ。――ケイカさま、こちらに」


 俺は長老の向かいに座った。

 ヤークトが言う。

「すぐにお茶をお持ちします」

「それより、お前も話を聞いたほうがいいだろう」

「わかりました」

 ヤークトは長老の隣に座った。


 俺はテーブルに手を置きつつ尋ねる。

「それで、始祖エルフについて知っていることがあったら教えてくれないか」

「理由を尋ねてもよろしいか?」

「魔王四天王、最後の1人である死霊術師のゲアドルフが始祖エルフのハーフエルフだからだ」

 ガガーンと、太い幹を枝で叩く音がした。背後の世界樹が鳴らしたらしい。


 ヤークトが目を丸くする。長老も長い眉毛を上げて驚いていた。

「なんですと! そんなことが!」

「なるほどの。始祖エルフだから妖精界を滅ぼせたのかもしれん」

「俺もそう考える」



 長老は手を組むとじっと見つめた。

「始祖エルフとは文字通りエルフたちの先祖に当たる5人。はるか昔にこの世界に降り立ち、世界樹を守りながら各地に木々を育てていったという」

「神話に連なる話なんだな」

 しかし、ヤークトが首を傾げる。

「5人? 4人では?」

 ざわ……ざわ……と世界樹が枝を鳴らし始める。


 長老は髭を揺すって言う。

「いや、5人であった。男の1人が他種族の女性と結婚したのだ。そのためエルフの純潔を保つ役目ができなくなったとして存在を抹消された。亡くなるまで妻と一緒にエルフの村で一緒に暮らしておったがな」

「女性が死ぬまでか」

「違う。始祖エルフが死ぬまでだ。妻の女性は人でありながら全く歳を取らなかった。しかもエルフよりも美しい美貌の持ち主だった」

「は? 何千年も生きるエルフより長命!? 不老不死があるのか?」

 ざわ……ざわ……! と世界樹の枝が高鳴る。

 舌打ちしながら振り返ると、世界樹の動きがピタッと止まる。



 長老は、ふうっと溜息を吐く。 

「後年、世界樹が折られて人の街に避難したときに、気付いた。人々に崇められる女神の一柱があの始祖エルフの妻だったと。顔も名前も変えておったがわかった……大地母神ルペルシアであった」


「「えっ!?」」

 ――じゃあ、残された子供がゲアドルフなら、ラピシアとは兄妹、もしくは異父兄妹になるのか!!

 1人で来てよかったと本当に思った。

 というか、ラピシアの攻撃に耐えられたのも、アンデッドになったとはいえ大地母神の血を引いていたからか!

 じゃないと天地創造に使うスキルになんて、普通は耐えられるはずがないよな。


「そういうことか……」

 なんとなく想像がつく。

 木を植えるには大地が必要。

 つまり仕事の大半を終えて暇になったルペルシアが、一生懸命仕事を頑張る始祖エルフに恋心を抱いて結婚したと。



 ヤークトが恐る恐る口を開く。

「その始祖エルフはいつ亡くなったのです?」

「500年前、いや700年、千年前かもしれん、ついこの間のことだ」

 ――時間の概念が頼りない。

 とはいえ、直接血は繋がっていないということか。


「で、その子供はどうなった?」

「冷たい迫害を受けたが両親は子供を暖かい慈愛で守り続けた。その子は音楽に秀で、美しい声で村のものを喜ばせた。名はジークと言った。ジークの境遇に同情したのか、はたまた声に惹かれたのか、1人の女性エルフと仲良くなり、恋仲になった。その子の名は確かノクティスだったかの」

「ほう」

「しかし、正式な結婚は認められなかった。種族が違うといって」

 ざわ……ざわ……と再び世界樹が枝を鳴らし出す。


 無視して尋ねる。

「始祖エルフは結婚したのに?」

「始祖エルフだからしぶしぶ認められたのだ。ペアを作ると一人余ってしまうしの。それでもジークとノクティスは2人で生きた。両親も擁護した。しかし、ノクティスに不幸が襲った。大怪我をして死んでしまったのだ。そこからジークはおかしくなった。周りが止めるのも聞かず、闇の魔術に手を染めるようになった」

 ざわ……ざわ……と、枝の音が重くなっていく。



「……死者蘇生か。神の禁忌に触れる魔術を求めたんだな」

「その通り。しかし、無条件に生き返らせるようなものはこの世にない。悪に手を染めるようになり、精霊たちに嫌われ、ついには村を追放された。いや、むしろ自分から出て行った。保存された恋人の遺体を持ってな」

 ざわ……ざわ……っ! と枝の鳴る音が高まる。

 俺がキッと睨んで背後を振り返ったが、世界樹はぴたっと止まっていた。


「母親のルペルシアは?」

「我が子を守り、そして立ち直らせようとした。けれどジークはすべての原因はエルフじゃないのにエルフと結婚した母が悪いと暴言を吐き続けておったな。お前のせいだ、と。闇の力に手を染めて出奔したあとは、母ですら見つけられなくなったそうだ」



 向き直って溜息を吐きつつ言う。

「で、始祖エルフの血を引く長寿を持ってしても死者蘇生はできず、不死のアンデッドになってまで研究を続けた。そこで魔王ヴァーヌスに出会ったのだろうな」


 事情がわかって少し気分が重くなる。

 悲しいまでに狂ってしまったとは。

 セリカが聞いたらなんていうだろうか。悲しげな顔をするだろうか。

 妹のラピシアはどう思うだろう。ルペルシアは我が子をどうしたいだろう。

 それでも倒さなくてはいけなかった。



「ともあれ、死者蘇生の魔法なんて存在しないわけだ」

「限定的なものなら、かつて勇者が仲間を生き返らせたという話を聞いたことがある」

「え?」

 チャッチャラー! と硬質な枝をぶつけてファンファーレのような音を世界樹が出した。

 無視。


 俺は懐から銀色のメダル【勇者の証】を出してスキルツリーを表示した。残りは2つ。

非運蘇生リザレクション】【魔王撃滅閃アルテマスラッシュ

「ほんとだ。あるな。定められた寿命に達せず不慮の死を遂げた聖なる使徒を復活させるのか。つまり死亡前から勇者パーティーに入っていた者にしかできない……失敗すると灰になる、だと」

 ――定められた寿命ってのが曖昧だな。運命の神が、魔物によって死ぬと定めていたら復活しないわけだし。

 ……とりあえずゲアドルフに対する交渉に使えそうだ。



「あと、ゲアドルフの持つ【不滅蘇生】に対抗したいが、何か知恵はないか?」

「なんと! 禁忌の死霊魔法も使いこなせるのかっ。指定した方法以外で死んだ場合、復活する魔法であったな」

「俺のパーティーは、水と風と土と光、打撃、刺突、斬撃、がある。あとは氷か」

「火がないというのか。あとは元エルフだから、できれば木が欲しいところではあるか」


 カツッ、コロン……。

 突然、テーブルの上に枝が落ちてきた。1.5メートルほどの長い枝。少し反りがあり、木刀に似ていた。

【世界樹の枝(神硬化)】鋼より硬い。薬、魔除け、武器、様々な用途がある。(神硬化によりダイヤモンドより硬い)

 テッテレーと世界樹から音が響く。

 器用な奴だ。



 振り返ると世界樹の全体が踊るようにわさわさ揺れていた。

「これで殴れってことか?」

 すると左側の枝を振り、続いて頂上付近の枝を揺らした。

 ヤークトは言う。

「……世界樹さまは、油に浸して燃やして殴れ、と言っておられるかと」

 世界樹の右側の枝がざわざわ揺れた。正解らしい。


「なるほど。ありがたく受け取っておく」

 俺はテーブルの枝を持ちつつ立ち上がると、長老が言った。

「不滅蘇生は現在の指定が色で示されているはず。よく注意なさい」

「わかった。ありがとうな――またな」

 俺はエルフに礼を言い、世界樹に手を挙げて別れを告げると、枝を持って立ち去った。



 次はどうするか。

 人魚のことをなんとかしようか。


 背後では妖精の扉をくぐる瞬間まで、わさわさと枝の鳴る音が響いていた。


 ……それにしても、よく鳴る枝だ。

 世界樹が効果音を出して遊んでいたのは、きっとまだ子供で、真面目な話はつまらなかったからだろうなと思った。

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勇者のふりも楽じゃない書籍化報告はこちら!(こちらはまだ一巻)
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