第110話 ケイカハーバー
妖精の扉を使い、辺境大陸にある崩れた港町を訪れた。
午後の日差しが斜めに降る。
扉は町外れの使われていない家を設置場所にしていた。
町へ出て歩いていると、すぐに族長が走ってきた。頭の羽飾りが揺れる。
「ケイカさま! 感謝する!」
「どうした?」
「魔物、ほとんどいなくなった。被害、なくなった!」
「ああ、町周辺の魔物は退治しておいた」
「おお! ありがたや!」
族長はひざまずいて俺を拝んだ。
「さて。族長は今後、どうしたい?」
「人、増やしたい。このままでは滅ぶ」
「まあ、定期的に魔物を狩りに来るしかできないが……」
すると族長は膝立ちで近付き、和服の裾を掴んできた。
「ケイカさま! 我らの王! 導いて繁栄!」
「え、俺がリーダーになれって? それは無理だな。魔王退治しないといけないし」
「太陽の砂、全部、ケイカさまのもの! 我々の命、ケイカさまのもの!」
「うーん。そうは言われてもな……俺の言うことなんて聞くか? 太陽神の信仰はどうする?」
族長は身振り手振りを交えて必死に喋る。
「太陽、我らを見捨てた。ケイカさま、我らを救った。ケイカさま、太陽を使う。太陽よりケイカさま偉い。ケイカさま、みんな信じる」
まあ直接救ったよな。彼らから見れば船の外輪として太陽を使役してるよな。
太陽神より、俺が偉いか。
ふふっ。
ちょっと嬉しい。
外輪船作ったのは偶然とは言え、太陽に勝てたのは嬉しい。
セリカがつんつんと俺の背中を突いてくる。
「ケイカさま……顔が緩んでます」
「おっと。……そうだな……まずは他の部族と合流はどうだ? 仲が悪かったりするか?」
「皆、滅びかけ。合流できないだけ。助けてくれたら、みんな集まる。喜ぶ」
「よし、助け出そう。そしてこの町で暮らそう。町の名前を付けた方がいいな」
「名前? ケイカさま町、では?」
「うーん。ケイカタウン、ケイカポート……避難させてくるからケイカハーバーのほうがいいか」
「ケイカハーバー! わからないが、いい!」
族長は両手を挙げて喜んだ。
ケイカハーバーで決定と言うことになった。
俺はセリカを見た。
「町を作るに当たって、やっておくことはあるか?」
「そうですね……国はないですから届出は必要ないですが。見たところまずは衣食住を安定させるところから始めなければなりません」
「次は防衛だな。周りの敵が強すぎる。普通の冒険者どころかレオたちでも苦戦する。しかもすべて数十匹の群れを作るから、雑魚1匹に20人、ボスに100人としても……1グループ相手に1000人は欲しい、2~3グループ相手だと5000人の常駐騎士団がいる。維持費がすさまじいことになるな。それでも10グループぐらいが連携してきたら滅ぶが。……町を高い壁で囲うぐらいしかないか」
「そもそも人手を集めるのが大変でしょう。正直、向こうの大陸に移住したほうが……」
セリカが族長を見た。
族長は激しく首を振った。
「ここ、先祖の住んできた土地の端。完全に離れる、苦しい」
「俺も強制移住には反対だな」
「おお! さすがケイカさま! 神の子!」
「ではどうなさいますか? 壁だけではどうも難しいような気がします……」
セリカが難しい顔をして言う。
「そうだな……族長、あの魔物、砂以外に対処法はないのか?」
「川に飛び込めば追って来ない」
「今度は川の魔物に食われそうだが」
「川にも海にも魔物いない」
「ん? なんで? ――ああ、そうか! 聖金があるから寄ってこれないのか……ほほう」
俺は顎に手を当てて考え込む。
セリカが微笑む。
「何か思いつかれたようですね」
「やってみる価値はありそうだ」
俺は微笑み返すと族長に言った。
「今から大工事するぞ。みんなを避難させておいてくれ」
「ケイカさま! すぐに! ――ヲ~ロヲ~!」
族長は雄たけびを上げた。
にわかに港町が騒がしくなった。
◇ ◇ ◇
まずは港町を囲むように高さ15メートルほどの頑丈な壁をラピシアに作ってもらった。
農地も含めたいため、かなり大きく取った。半円で長さ2キロメートルはあった。
続いて川へ行く。
川といっても河口に近く、汽水の状態。幅も広く、時々波が入ってくる。海峡と間違えそうな広さ。
見てみると、魚が非常に多い。魔物に襲われないから安全なのだろう。
俺は隣にいるラピシアに言った。
「じゃあ俺が川の水を割るから、ラピシアは川底を盛り上げて島を作ってくれ」
「わ、わかった……!」
眉間に可愛いしわを寄せ、ちょっとだけ不安そうな顔をした。ラピシアにしては珍しい。
すぐに理由に気付く。
「あ、そうか。もう魔力がないからか……分けるぞ」
「うん!」
俺は手に力を集めてラピシアのお腹に触れた。
すべすべしたワンピース生地に包まれた、平べったいお腹。
手のひらに青い光を満たして、ラピシアへと注ぐ。
するとラピシアが、ぎゅっと拳を握り締めて大股開きで中腰になる。
「ふぉぉぉ……熱いの! いっぱい入ってきた! ――栗ご飯なのー!」
体から黄色のオーラを放ち、青いツインテールを逆立てた。
――お前はスーパー野菜人か。
「大丈夫か? さっきもやっただろ――って、さっきは気絶してたな」
「ふぉぉぉ……ラピシア改! エボリューション!」
「それは言ってはいけない」
「ふぇ? ラピシアよくわかんない」
ラピシアは、可愛らしく小首を傾げた。
神として無意識に言ったのか? さすが神の子だと思っておこう。
「――ほら、もう終わりだ」
「ん~、うん! 元気でた!」
ラピシアが、ぴょこんっと飛び跳ねる。白いワンピースの裾がめくれて、細い素足が見えた。
セリカが感心した様子で俺を見上げる。
「さすがケイカさまですわ。手を当てただけで元気にさせてしまうなんてっ」
魔力を移したことは気付けないか。
「まあな。あれだ、勇者だからだ」
「さすがですわっ」
セリカは目をキラキラさせていた。なんだか騙しているようで気後れした。
それから魔力が失われないうちに、工事を開始した。
俺は呪文を唱える。
「――《瀑布分割》」
川岸から川の水が割れていく。開いた幅は2メートルぐらいで、両側が滝のように水が流れ落ちる。
逃げ遅れた魚が川底でぴちぴちと跳ねた。
見に来ていた住民達が「おおおお」と大げさに騒ぐ。
俺とラピシアが歩いていく。
一番大きな魔物でも水に入らなければ届かない位置まで行く。
そこに三角州のような島を作るつもりだった。
ただ島を作るなら岸壁からでもできる。わざわざ出向く理由は2つ。
岸から30メートルほど離れたところで立ち止まる。
川底は砂金がキラキラと光っていた。
「だいたいこの辺か。あまり離れすぎても橋が大変だからな。ラピシア、盛り上げて島を作ってくれ。形はこんな感じで。できそうか?」
「がんばる!」
ラピシアは地面に手を付いた。
ぐぐっと盛り上がっていく。水面を越えて上に出る。
土の操作はもう完璧に近い。
そして平らな島ができた。周りを高さ5メートルほどの壁で覆う。1辺に1箇所出入り口を開ける。橋の予定地だけは馬車も通れるぐらいにする。
島の縦幅は200メートルほど。住居だけなので小さめ。
ただし上流および下流は、川の流れと高波の威力を和らげるため、三角に尖らせてもらった。形を正確にする、これが出向いた理由の1つ目。
さらに聖金の砂は魔法を掛けて島の周囲に固定する。
その時、意外と量が多くないと気付いた。3トンあると計算したが、実際には普通の金がかなり混じっていた。
まあ、普通の金が3トンあるだけでもすごいのだが。
そして聖金を固定する結界を張るためだったのが出向いた理由の2つ目。
岸のほうから住人達の盛大な声が上がっていた。
「すごい!」「奇跡!」「神!」
全員ひれ伏して、神の偉業を称えている。
俺はラピシアの頭を撫でた。
ぺたっと俺にしがみついてくる。
「よくやったな。これでみんな助かる」
「うん……ケイカ」
「どうした?」
「また熱いの欲しい!」
金色の瞳を熱血色に輝かせて見上げてくる。
……俺は何かまずいことをしてしまったのかもしれない。
ぽんぽんと優しく頭を叩いた。
「また今度な」
「うう~。フュージョンする~」
ぎゅーっと抱きついてきたので歩きづらい。
「ていうか、お前、わかって言ってるだろ」
するとラピシアは可愛く小首を傾げた。ツインテールがさらりと流れる。
「ふぇ? ラピシアよくわかんない」
――またか。
付き合ってられないので、ひょいっと抱え上げて水の上を歩いて帰った。
住人達の称える声が、割れんばかりの驚き声に変わった。
岸に着くと、ひれ伏す族長に言う。ラピシアを抱えたまま。
「これからはみんな、あの島で暮らすんだ。この町の崩れた家の石を運んで家の材料にしたらいい」
「わかる。でも川、渡るの大変」
「技術者を呼んで橋を架けてもらうしかないな。あとこの町はいくつか建物残して、あとは更地にして農地にする」
「わかる。ただ我ら作物うまくない。豆ぐらい。漁は得意」
「畑作りが得意な部族はいないのか?」
「北と南にいる。とうもろこしといもを作る」
「ほう。荒地でも育ちそうだな。――よし、助けに行くか。外輪船に乗って」
族長が言った。
「一緒に行く。交渉する」
「そうか頼む。まあ、向かうとしても明日だな」
「わかる」
「じゃあ、またあとでな」
俺が言うと族長は難しい顔をした。
「ケイカさま、また旅立つ……?」
「ずっとはいられないからな」
「困る。助け、欲しい」
「自分たちだけで生きていけるようにするから、それまで待て」
「ケイカさま、信じる」
――とは言え、誰か住み込みで指導できるリーダーを置くべきかも知れないな。
ナーガか? 人魚か? すぐには思い当たらなかった。
少し考えていると住民達が口々に言った。
「太陽も川も従えるケイカさま、1番偉い!」
「大地の少女、2番目に偉い」
「ケイカさま、1番!」
「祈る!」「毎日、祈る!」
……完全に神格化された。
「ああ、頑張って祈ってくれ。あとでお守りと銅像を届けさせるから」
「おお! さすが神!」
住人たちは泣いて喜んだ。信者ゲット。
あっちの大陸の人らもこれぐらい素直なら楽だったんだけどな。
セリカが言った。
「あとは服ですわね」
「そうだな。セリカ、服を揃えてきてやってくれないか?」
「わかりました」
頷くと族長から聖金を受け取り、金髪をなびかせて去っていった。
俺はラピシアを抱えたまま、外輪船へ向かった。
というか急に静かになったと思ったら、和服をしっかり握り締めたまま眠っていた。
真理眼で見ると魔力がほとんどない。
――さっきのおねだりは本当に魔力が枯渇しかけていたのか。
悪いことをしたと思いつつ、俺は運びながら魔力を分け与えた。




