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勇者のふりも楽じゃない――理由? 俺が神だから――  作者: 藤七郎(疲労困憊)
第五章 勇者冒険編・東

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第106話 ヘムルじいさん

 次の日。

 俺は辺境大陸の港町を出発して妖精界へ向かった。


 出発するときには人も出入りできない、強力な結界を張った。

 聖金よりも信者よりも、今は味噌の技術と酵母を失いたくなかったから。

 クラリッサに頼んだ塩豆漬けは案の定、毒性のあるもろみにしかならなかったので。



 ジャングルの中を歩いていく。

 マージリアは隠れながら進むことを望んだが、俺は魔物を倒しながら進んだ。

 町が襲われる可能性を減らすため。

 そして、防衛に協力してくれる魔物はいないかの調査も兼ねていた。

 まずは話しかけ、聞く耳持たない場合は少し力の差を見せ付けて、それでも従わない場合は倒した。


 しかしなかなか協力は得られなかった。

 どの魔物も問答無用で襲い掛かってきた。

 にらみ合いにすらならない。

 返り討ちにするしかなかった。

 セリカたちのレベルだけが上がっていく。



 結局、人と魔物が分かり合うなんて幻想だったのか。

 ルーナも強くなったら問答無用で切りかかってくるようになってしまうのだろうか。

 地獄侯爵のところを見学して夢を見すぎてしまったのかもしれない。

 自分にできることだけをやらないと。気を引き締めないとな。


 ただ気が付いた事がある。

 大きいのは群れのボスで、小さい眷属を率いていた。

 ボス同士は交戦しない。むしろ連携して襲ってくる。

 ボスたちからはこの地を制圧するという意志が感じられた。

 魔王ヴァーヌスが洗脳のような力を使って命令を遂行させている可能性があった。

 


 ――解除できればいいんだが。俺では格が低くてまだ無理だな……リリール。起きてるか?

 心話で呼びかけると、張り詰めた声が聞こえた。

『なんでしょうか、ケイカさん』

 ――ヴァーヌスって魔物を強制的に従わせたりできるのか? 辺境大陸にいる魔物をどうにかしたい。

『あー。それはどうにもできませんね。私でも。ヴァーヌスの命令は絶対です。辺境大陸の魔物は確か、人を殲滅するように命令されています』


 それだと辺境大陸を取り戻すためには、殲滅するしかないな……時間があればやってただろうけど。何ヶ月、あるいは何年かかるかわからない。

 魔王を倒すしかないか。

 それまでどうするか、だな。

 ……って、ルーナも命令されたら! レオたちの仲間も。



 ――解除はできなくても、防ぐことはできないか?

『命令前なら、できますね。特定の神の影響を無効にする装身具を装備させていれば』

 ――あるのか。教えてくれないか?

『あとでいいですか? 今、時間がないので』

 ――忙しいのか?

『今、旧ブリザリア王国に進入していますから』

 ――北から降りてきた魔王が最初に制圧した国だな。大陸のかなり北にある。

『そうです。ゲアドルフの所在を掴もうとしていますが、瞬間転移を使用しているらしく、私でも把握できないのです』

 ――それはやっかいだな。


『そうそう。ゲアドルフが近いうちに魔王軍を率いて総攻撃をかけるそうですよ』

 ――なに! どこの国へだ?

『全世界同時に、だそうです』

 ――無茶苦茶だな。そこまで切羽詰っているのか? ……魔王復活まで待たなかったのか。

『もう限界でしょう。……なにかあったらまた連絡します』

 ――ああ、ありがとう。



 心話終わり。

 最後は焦ったような早口だったので、危険が迫ったのだろう。


 それにしても総攻撃か。

 早いところ、妖精界を取り戻して、対策を考えないとな。


 しかし、それだけの軍勢、動かせるのだろうか。

 ただでさえ統制が取れなくなっているのに。


 黙りこんだ俺にセリカが話しかけてくる。

「ケイカさま、どうされました?」

「いや、ゲアドルフが魔王軍を率いて全世界に総攻撃を開始するらしい」

「えっ!? 本当ですか?」

「ああ……聖女リリーが言ってたから間違いないだろう……早とちりでなければ」

「おそろしいことです。なんとか防がなければ……」

 セリカが沈鬱な表情で俯いた。



 すると男装をした妖精マージリアが言った。

「注意するのだ。もうすぐ巨人の村につく」

「わかった、みんなは警戒態勢を取れ。……この魔物たちも話し合いできなかったら、もう妖精界へ向かおう」

「承知した」


 マージリアは弓を握り締める。

 セリカやミーニャも柄に手を置いて、すぐ抜けるようにする。

 ラピシアだけがのんびりとたまごを抱えて歩いていた。


 千里眼で見ると巨人たちも気付いたのか、武装を始めている。

 やる気満々だな。


 また交渉は失敗に終わりそうだと溜息を吐きつつ、俺は進んだ。


       ◇  ◇  ◇


 数日後。

 俺たちはジャングルの中の広場にいた。

 二階建ての家ぐらいある大きな岩が目の前に立っている。


 マージリアが言う。

「ここが妖精界の入口。ヘムルじいさんがいるのだ」

「ほう」

 俺は岩に手を触れた。

 すると表面が水のように波打った。


「妖精と、加護を持つ者だけが通れる」

「勇者パーティーのメンバーも大丈夫だろうな?」

「いけるはずだ」

 マージリアが先に入った。続いて俺が手を前に出しながら通る。水面を通り抜けるような感触。

 中は小部屋、というかエントランスだった。奥へまっすぐに廊下が続いている。

 岩壁にはところどころ明かりが灯っていた。


 しばらく待つと、セリカミーニャラピシアが入ってきた。

 セリカが言う。

「不思議な感覚ですわ……岩を通り抜けるなんて」

「面白い! 家にも欲しい!」

 土と岩が大好きなラピシアが、一番喜んでいた。



 岩をくりぬいた薄暗い廊下を進むと小さな部屋に出た。ベッドと机とイスがあるだけの粗末な部屋。

 ベッドにはひからびた老人が寝ていた。真っ白な髪。人間に似ているが少し耳が尖っている。

--------------------

【ステータス】

名 前:ヘムル

性 別:男

種 族:妖精

職 業:鍛冶屋

クラス:魔封鍛冶師Lv99 精霊術師Lv50

--------------------

 凄腕の鍛冶屋に間違いないらしい。

 見た目では全然そんな感じはしないが。



 マージリアが近付いて老人を揺する。

「ヘムルじいさん、起きてくれ。客人だ」

「んあ……お迎えかの」

「寝惚けてないで起きるんだ。勇者さまだ」

「ほう! いや、これはすまん」

 老人は起き上がってベッドの端に座った。服を正す。


 俺は言った。

「俺は勇者ケイカだ。妖精界に用があってきた」

「そうかい。だが妖精界は亡霊だらけじゃ。危ないかもしれん」

「それなら大丈夫だ。それと、ヘムルじいさん、鍛冶の力を貸してくれないか?」


 ヘムルじいさんは首を横に振った。

「それは無理かのう」

「どうして?」

「もう、わしは鍛冶をやめたんじゃ。一生涯かけても、満足のいく武器は打てなんだ。わしはもう疲れたのだ」

「そうなのか? 魔封鍛冶師を極めているように見えるが」

「最良のものなら幾らでもな。しかし生涯最高のものは打てなんだ。武器が欲しいなら別の人に頼むがいい」

 ヘムルじいさんは、疲れたような溜息を吐いた。


 マージリアが端整な顔をしかめる。

「ずっとこの調子だ。聞く耳を持たない」

「……ミーニャ、いいほうの包丁を見せてやれ」

「うん」

 ミーニャは腰から魔法の掛かった【天下の包丁】を抜いて柄を向けて差し出した。


 

 ヘムルじいさんが受け取って眺める。

「悪くはない腕じゃが、まだまだだの。叩きの密度が一定していない。わしならもう3割、素材の力を引き出せたはずじゃ」

「ほう。だったら、これは?」

 俺は腰の太刀を鞘ごと抜いて渡した。


 ヘムルじいさんは気だるそうに受け取る。

「ふん……細身の片刃の曲刀……んなっ!?」

 寝起きでボーっとしてたヘムルじいさんの目が、くわっと見開かれる。


「な、なんじゃこの剣は……っ!? どうなっておる!? 合金? いや、違う素材を張り合わせて……はっ! 硬い金属と柔らかい金属を張り合わせて、硬さと柔らかさを……な、なんという気持ちの悪い剣じゃ!」

 ヘムルじいさんは、慌てて太刀を鞘に収めて、ふうっと息を吐いたが、また鞘を少し抜いて眺めて、また閉じる。



 ヘムルじいさんは愕然とした表情で何度も首を振った。白髪が力なく揺れる。

 それから俺を見上げて言う。

「こ、こんな方法があったとは……どこでこの剣を?」

「俺の故郷で作られた剣だ」

「すごい鋳造の仕方じゃ。恐ろしいほどの手間がかけられておる」

「同じものを作ることはできるか?」

「半年……いや、三ヶ月あれば」

「これ以外にも、お前の知らない製法はいくつか知ってるぞ。ダマスクス鋼とか」

「な、なに! それは本当か!? ……いや、その剣を持っているのならあるのであろうな」


 俺は真剣な目をして言った。

「生涯最高の武器をを打ちたいなら、教えてやる。代わりに力を貸してくれ」

「……言っただろう。もう、わしは打たんと」

「残念だ。もう少し、腕に自信と誇りがある奴かと思っていたが。志を持たない二流以下の三流鍛冶師だったとは。他の奴を探すことにする」

「な、なんじゃと! わしはこれでも世界屈指の鍛冶師じゃ! よおし、おぬしの挑戦受けてやろうではないかっ!」

 勢い込んでガバッと立ち上がるヘムルじいさん。


 ――ちょろい。

 俺は笑いを隠して言った。

「ああ、いいだろう。じゃあ、妖精界の掃除をしてくるから、それまで待っててくれ。すぐに終わる」

「いやいや、何ヶ月もかかるじゃないか。その間に練習しておこう」

「俺の考えが正しければ1日あれば終わるはずだ。まあ待っててくれ――マージリア、案内頼む」

「はい。ケイカさま――ではヘムルじいさん、腰に気をつけて待っていてくれ」


 マージリアが先頭に立って、部屋の奥にある廊下へと向かう。

 俺たちも続いた。



 廊下を歩いていると、背後からヘムルじいさんの声が聞こえた。

「早く帰って来るんじゃぞぉ!」


 思わず苦笑してしまう。

「ひからびてるわりに元気だな」

「あの人は鍛冶一筋で生きてきたからな。鍛冶を極めるという一度は失った夢を再度見出したのだから高ぶっているのだろう」

「なるほど。……それにしても薄暗い廊下だな。妖精界へと続く道とは思えないな」

「当然だ。ここはお城からの非常用出口。魔物が潰しきれなかった唯一の道だ」

「なるほど」


 俺たちは妖精界へと廊下を急いだ。

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勇者のふりも楽じゃない
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