第103話 人魚島の交渉!
数日後の海上。
船は暗礁地帯を進んでいた。
船首にいる船員が旗を持った手を斜めに挙げて叫ぶ。
「右に岩!」
「左低速、進路まっすぐ」
左の外輪がゆっくりになり、船は左方向へ回頭する。ちなみに旗を上げた角度が暗礁の方向だった。
その様子を船尾の辺りから眺めつつ俺は呟く。
「外輪船でよかったな」
外輪船は海を進むときは波のために左右で水深が変わってしまい、どうしてもエネルギーロスが出てしまう。
そのかわり旋回性能が非常に高いので、細かな進路を取るのに適していた。
しかし、いっこうに島影は見えてこない。
傍にいるルーナに尋ねる。
「本当にこの先に人魚が住んでるのか?」
「う、うん……たぶん。あたいたちは水の中を進んだから……」
心配そうな顔をして俯いた。頭の赤いクラゲがぷるんと揺れた。
その時、空を斜めに小さな影が横切った。
「お。海鳥が飛んでる。陸地が近い証拠だな」
「ほんとに!? よかったよのさ」
ルーナは小さく飛び跳ねた。何が楽しいのかラピシアもぴょんぴょんとマネして跳ねていた。
◇ ◇ ◇
数時間後。
太陽が西に傾く頃、何かの幕をぬるりと突き抜ける感覚がした。特殊な結界を抜けたらしい。
すると目の前に突然、緑の島が現れた。
1時間あれば1周できてしまいそうな小さな島。
島の中央はこんもりと森が広がり、周囲は白い砂浜だった。
砂浜や岩の上にいた美女や美少女の人魚たちが悲鳴を上げる。
「きゃー! 人間よ!」「人間が入ってきたわ!」「誘拐されるわ!」
人を化け物みたいに言いながら、次々と海へ飛び込んでいく。
俺は甲板の上からその様子を眺めていた。
「これは、少人数で行った方がいいな」
「そうですね、ケイカさま」
セリカが隣で頷いた。
「船長、錨とボートを下ろしてくれ」
「任しときな!」
威勢のいい返事とともに、手際よく停船してボートが下ろされていく。
するとマストの上から細長い体を巻きつけながら、するするとナーガのナナが降りてきた。
「わたしが先に行って、お話ししてきましょうか?」
「ナーガ族と人魚族は仲がいいのか?」
「えっと……たぶん、だいじょうぶです」
「すまないが、軽くパニックになってるみたいだから、頼む」
「はい。行ってきます」
ナナは茶髪をふわりと流して、船べりから海中へと飛び込んだ。そのまま海面を蛇体をうねらせて泳いでいく。
念のため、《千里眼》と《真理眼》で人魚のステータスをチェック。
ほぼ全員魔法が得意だった。
魔法攻撃や状態異常魔法が充実していたが、防御力や魔法防御力はナナの方が上回っていた。
――これなら、襲われても助けが間に合うな。
《多聞耳》も使って様子をうかがう。
ナナの姿を見た人魚たちが、驚きの声を上げる。
「ら、ラミアだわ!」「もうダメ――みんな殺され……あら?」「あの子、ナーガじゃなくって?」
砂浜に上がったナナは、ざわざわと話し合っている人魚に近付いて頭を下げた。
「はじめまして、ナーガ族のナナです。わたしたちは勇者一行ですので安心してください」
「「「勇者さま!?」」」
人魚たちは驚きの声を揃えた。
その様子を見て、続々と逃げた人魚たちが白い砂浜に集まってくる。
「うまくいったようだな」
「誤解が解けてよかったですわ」
「ちなみに人魚はさらわれるということだが、どうしてだ?」
「人魚の肉を食べると若返る、と聞いたことがあります」
「なるほど。どこかで聞いたことがある話だな。だから警戒しているのか――う~ん」
事実だとすれば人魚は隠れ住むしか生き延びる道はない。
迷信だとしても誤解を解くのは相当難しいな……。
助けて信者にするのは難しいかもしれない。
「とにかく、行くか」
「はい、ケイカさま」
用意されたボートに乗って俺たちは島へ向かった。ルーナたちは泳いで後ろを従った。
◇ ◇ ◇
海辺に着いた頃、人魚の集団がやって来た。筋骨たくましい男の人魚たち。
水しぶきを豪快に上げて泳いできた。網や銛を持っている。漁に出かけていたらしい。
全員が波打ち際へ来ると、先頭にいる最も体格の良い男が椅子に座って話し掛けて来た。波打つ長髪に鍛え上げられた筋肉。
「勇者だそうだな。私は人魚の王、ガーランドだ」
「俺は勇者ケイカ。この子たちの親が囚われていると聞いて助けに来た」
俺は自分の後ろにいるルーナたちを指差した。
ガーランドは、いさましい顔をしかめた。
「それには同意しかねる。魔族に加担したのだぞ。しかもあの四天王の妻になるなど許しがたい。子供たちもいずれ恐ろしい魔族となるだろう」
「魔族だっていいじゃないか。今のうちから恩を売っておいたほうがいいと思うぞ?」
「どうしてだ?」
俺は胸を張って答えた。
「なぜなら、俺はルーナを大海支配者にするつもりだからだ」
「なんだって!? 魔族に手を貸すというのか、勇者が!」
ガーランドは目を剥いて怒鳴った。
しかし俺の決意は揺るがない。
ルーナのステータス【神獣】を見たときから、エビルスクイッドとは築けなかった関係を構築できるのではないかと考えていた。
ラピシアに仲良くするよう頼んだのも、人と魔族の間を取り持ってもらうため。
まあ、言わなくても、歳の近いラピシア、ルーナ、ナナの3人はよくおしゃべりしていたが。
俺は言った。
「だからルーナの母親を自由にしてくれ。そうすれば悪いようにはしない」
ルーナが傍へ来て、不安そうな声で言った。
「ど、どうしてなのさ……?」
戸惑うルーナのクラゲ頭に手を置いた。ぷにっとした触り心地が気持ちいい。
ひゃうっと頬を赤らめてしゃがみこんでしまう。
俺は微笑みつつ言った。
「人のため、海のため、魔族のため、そしてお前のため、だな」
「あたいのため……」
「人と魔族はきっと分かり合える。それは言いすぎかもしれないが打算的になら付き合える。魔王の影響がなくなればな。実例をつい最近見てきたばかりだ」
地獄侯爵の作り上げた地獄は、考えれば考えるほどよくできていた。人とゴブリンが肩を並べて草刈をして、オーガと獣人がハンマーを握って鍛冶をして、人と妖精とヴァンパイアが一緒にチーズを作る。そんな光景。
それを話すとガーランドは顔を渋く歪めた。ルーナは口をポカーンと開けていた。
「そ、そんなことが現実にあるのか……」
「すごいっ。あらゆる種族を従えるなんて! 魔王になれちゃうのよさ!」
「その発想はやめるんだ……でもそうか。メインスキルがアサシンだったな。侯爵かその部下なら教えてもらえるかもしれない」
「ほんとに!? ……あ、会ってみたい。今のままじゃ、あたいはかたきうちできないっ」
ルーナはクラゲを揺らして勢い込んで言った。
ガーランドが深く頷く。
「それは我々も助かるな」
「助かる?」
「今は日夜、魔族たちが決闘をおこなっている。ルーナがいると、この島も魔族に襲われる危険が高い」
「あ……。そっか」
ルーナは悲しげに俯いた。
「それでルーナたちだけを追い出したってわけか」
「すまない勇者よ。私も一族を守らねばならんのだ」
「同じ立場なら俺もそうしただろう。わかった、母親に会わせてくれたらルーナたちは連れて行く。支配者が決まって落ち着いたら、その時は迎え入れてやってくれ」
「ありがとう、勇者よ」
ガーランドは深く頭を下げた。ウェーブのかかった髪が揺れる。
「ルーナもそれでいいか?」
「あたい、もっと強くなりたい! ゆーしゃ倒したい!」
「その意気込みだ」
ガーランドが口の横に手を当てて叫んだ。
「誰か、クリスティアを牢から連れてくるんだ!」
遠くの方で槍を持った男が「はい!」と返事した。
ガーランドはルーナに言った。
「すまなかったな、ルーナ」
「ありがとうです、王様」
「とりあえずよかったな。――ん?」
ミーニャが尻尾を揺らして近寄ってきた。
「ケイカお兄ちゃん。ご飯できた」
砂浜を見れば、獲れたての新鮮な魚や貝、海草がずらっと並べられていた。
それをミーニャが調理したらしい。
いい匂いがここまで漂ってくる。
「そうか、ありがとうな――じゃあ、みんなで食べようか」
「うむ」「はい」
俺たちは砂浜に用意されたテーブルに向かった。
◇ ◇ ◇
黄昏時の浜辺は賑やかな宴会場となっていた。
男性の人魚が楽器を弾き、女性の人魚たちが美しい声で歌う。
酒が出されてみんな笑顔で酒を飲んで、料理を口にしている。
ミーニャの料理は摩り下ろしたつみれのスープや、ムース状にした貝をパイ生地で包んだもの、蒸して柔らかくした魚。海草サラダ。
人魚の料理は焼くか煮るしかなかったらしく、この料理は食べたこともない美味しさとして大好評だった。
褒め称えられるミーニャはいつもどおり無表情だったが、耳が嬉しげにピコピコと動いていたのを俺は見逃さなかった。
楽しい歓談は続く。酒のおかげか打ち解けていた。
ラピシアとルーナを含む子供たちはソーセージを食べて喜んでいる。
ナーガのナナだけは別の場所でマスコットのように可愛がられていた。特にドルアースで特注した魔法銀の胸当てとパレオスカートが話題の的だったようだ。可愛らしい花柄でナナに似合っている。
そんな浜辺の賑やかな宴会場へ、男人魚に連れられて美しい女性の人魚が現れた。
紫の髪を波のように揺らしている。ルーナを髣髴とさせる整った顔立ち。
気付いたルーナが赤い触手と髪を後方へなびかせて駆け出した。
「おかーさん!!」
「ルーナっ!」
砂浜で2人は抱き合った。母の胸に顔をこすり付けてルーナは泣く。
すぐに幼い弟妹も駆け寄ってしがみついた。
母――クリスティアは涙を流しながらも、子供たちのクラゲ頭を優しく均等に撫でた。
――これで少しは協力してくれるようになったら助かるが。
まあ、恨まれてるほうが気楽だとも言える。
なぜかラピシアも駆け寄って抱きついていたのは謎だった。
俺は自分の手元に視線を戻して食事を再開した。
ふと思いついてガーランドに尋ねる。
「人魚の肉を食べると若返るって本当か?」
「そんなもの迷信に決まっている。しかし、私たちを狙う者が絶えんのだよ……」
ガーランドは苦々しげに顔をしかめる。
――迷信なのか。これは信者を増やすチャンスかもしれない。
顎に手を当てて考えつつ言う。
「ふむ。だったらその誤解を解いてみないか?」
「ど、どうやってだ!?」
「人と交流して訂正していくしかないな」
「危険すぎる! できるならとっくの昔にやっている!」
髪を振り乱し声を荒らげるガーランド。
しかし俺はニヤッと笑って言った。
「別に若返りを否定する必要はない」
「え? どういうことだ?」
「まずは人と親しくなるんだ。すると今みたいに人魚を食べて若返るのか尋ねられるか、もしくはこちらから食べて若返った者がいるかを逆に尋ねるんだ。きっと噂程度しか答えられない。そして、こう言うんだ」
ガーランドはごくりと唾を飲んで言った。
「なんと言うのだ?」
「信頼するお前だから言う。肉を食べても若返らない。人魚たちが祭りのときに食べる、ある料理に若返りの効果があるんだ。きっと祭りが終わってすぐに捕えられた人魚を食べた者が若返っただけだろう、これは俺たちだけの秘密だ。誰にも言うなよ、と言えばいい。あとは勝手に噂が広がっていくことだろう」
俺が言い終わると、ガーランドは信じられないものを見る目付きで俺を見てきた。
「お前、本当に勇者なのか……確かにその方法なら人魚は今より安全になるだろう……どれだけあくどいのだ……」
「ふふん。人の欲望を否定するより利用した方がうまくいく。それに迷信を信じたり、騙されるほうが悪い」
しかし――、とガーランドはたくましい腕を組んで考える。
「そんなに都合よく騙せる料理があるだろうか……」
ふんっと俺は鼻で笑った。
「牡蠣だな。精力がつく効果がある。疲れた中年男性に食べさせれば、若返ったと勘違いするはずだ。それを人間が食べたことのない食材と一緒に調理すれば、まあ誤魔化せるだろう。何種類か用意して、1人の人魚は1つしか教えられていないとでも言っておけば身の安全も確保できる。魔法を使ってもいい」
ガーランドは唖然としていた。開いた口が塞がらない様子。
「……勇者とはおそろしいものだな。敵対しなくて本当に良かった」
「あとは、俺と交流がある、保護下にあると目立たせれば完璧だ」
「どうすればいい?」
「簡単だ。俺に関係する場所に人魚を配置しつつ、ここには勇者ケイカの銅像を置けばいい」
「そう上手くいくか……? いや、勇者の保護があれば、人はおいそれと手は出せないか……うむ。試してみる価値はありそうだな」
「ああ、頑張ってくれ。俺も協力する」
「ありがとう、勇者ケイカよ」
ガーランドと俺は固い握手を交わした。彼の男らしい笑みに白い歯が光っていた。
よしっ、これで信者を増やせるはず。
その後、夜も更けてきたのでお開きとなった。
俺たちはボートに乗って舟へ戻ることになる。
別れ間際、俺はガーランドに尋ねた。
「なあ、1つ教えてくれ。人魚の数が多く感じるが、海の魔族に人魚は襲われていたか?」
「いいや。ここ十年は平穏だったな」
「つまり、エビルスクイッドはみんなが思う以上に海を支配していたんだろうな」
「まさか! 守ってくれていたというのか……ッ!」
「人も魔族も獣人も人魚も、みんなが暮らせる世界の構築はそこまで不可能ではないと思う。――じゃあ、またな」
「ああ……良い夢を」
俺たちは人魚と別れて船へと戻った。
甲板にはルーナが待っていた。心細そうにクラゲ頭が揺れている。
「ゆーしゃ……」
「どうした、闇討ちか?」
「ちがうっ! あの……許せないけど、でも……おかーさん助けてくれて――ありがとう」
ルーナは深く頭を下げた。
「別に自分のためにしたことだ。気にすることない」
「でも、あたい……もう会えないと思ってた。――本当にありがとうっ」
ルーナは何度もお辞儀した。月の光で涙が光る。
心からの涙に驚きながらも、ふと思う。
ひょっとしたら死に場所を探していたのかもしれないな、と。
父が殺され、母は囚われ、幼い弟妹を守って必死に逃げ回る日々。新種なので身寄りがなく、決闘進化バトル真っ最中で誰にも頼れない。
果てしなく広い海の中で八方塞がり。
幼い子供ではへとへとに疲れてしまっただろう。
――情状酌量の余地あり、か。
俺は頭を掻きつつ言った。
「――そっか。それじゃ敵討ち、頑張れよ」
「う、うん……」
ルーナの頭を一撫でした。ぷるんと手の中で震える柔らかさ。でも彼女は恥ずかしそうに顔を赤くするだけで嫌がらなかった。
それから俺はその場を離れた。
セリカと並んで廊下を歩く。
酔ったセリカが嬉しそうに頬を染め、俺にもたれかかってきた。吐息が熱い。
「ケイカさま……お心遣い、ありがとうございます」
「ん? ああ、人魚たちを助けたことか。上手く行くかどうかはこれからだ」
「それだけじゃないですわ……幼い子供たちを差別せず……ケイカさまが優しい方で、ますます好きに……あぅ」
セリカは耳まで真っ赤になった顔を俺の腕に押し付けて隠そうとした。
俺は歩きながらセリカの薄い肩を抱いた。
「セリカ……俺は間違ってなかったか?」
「ん……ケイカさまはいつも正しいです」
「そうか。――ありがとうな」
「お礼なんて……ケイカさまの傍にいられるだけで、わたくし幸せです」
その後は無言で歩いた。
彼女を抱いたまま部屋に入り、抱き締めながら一緒に寝た。
しばらく毎日夜更新になりそうです。




