約束
40話目です。
よろしくお願いします。
アスモデウスの戦い方は、槍を使った攻撃に特化していた。
旋風を巻き起こすほどの速さを誇る槍先は、残像をすら見せるほどだ。かろうじて躱しているオワルの姿を、二つの異質な目が捕えている間は、とても逃げられそうに無い。
「おおっと?」
煙管を打ち当てて、わずかに軌道を逸らすことで避ける余裕を作り出す。だが、膂力の強いアスモデウスの攻撃は完全に弾くことができず、オワルは肩や顔の一部を何か所も、削るように斬り飛ばされていた。
「真正面からじゃ、ちょっと厳しいか……ぼえ」
ちょっと間抜けな声と共に、オワルは口から煙を吹いた。
黒々とした、蛸の墨にも似た煙はアスモデウスの上半身に纏わりつく。
「小癪な……」
一言つぶやいたアスモデウスが行った反撃は、口からの火炎放射だった。
「うわちゃ!?」
怪獣さながらに噴き出された炎は、煙など簡単に吹き散らし、オワルの足元に炎の絨毯を広げた。
床に燃え移らないあたり、魔法か特殊能力による炎なのだろう。だからといって、オワルにとって有害な事には変わりないが。
足先を焦がしながら逃げまどうオワルに、追撃として槍が突きこまれた。
肉を叩くような大きな音がして、生首が飛ぶ。
「おっと」
首だけになっても、重たい瞼もそのままに、舌を伸ばして天井の梁にぶら下がった。
残った身体が倒れていないのを見て、アスモデウスはオワルの心臓をめがけて槍を繰り出す。だが、ひょろりとこんにゃくのように揺れて、オワルの胴体は攻撃を躱した。
「ぬ?」
二度、三度と繰り出した槍が、先ほどよりも楽に躱されるのを見て、アスモデウスはふと上を見上げた。
オワルの生首と目が合う。
「貴様……」
「上から見てるとわかりやすいね」
「うぬっ!」
ぎりりと音がするほど奥歯を噛みしめたアスモデウスが、天井にぶら下がる生首へと槍を振るう。
「おっとっと」
長い舌でぶら下がり、右へ左へと揺れ動き、槍先を毛ほどの距離で避けていく。
数回の突きが当たらず、焦れるアスモデウスの腹に、生暖かい何かがべちゃりと張り付いた。
「あ?」
それは、首の切断面を押し当てていたオワルの身体だった。
アスモデウスは一瞬、何をやろうとしているのかわからなかったが、すぐに焼けるような痛みを感じてわかった。
「貴様!」
瞬間、短く持ち直した槍で、自らの腹の表面ごとオワルを切り離し、振り回した槍で殴りつけた。
弾き飛ばされたオワルの身体は、二回転ほどして壁にぶつかって止まった。逆さまになったまま、首に貼りついていたアスモデウスの肉を喰らう。
「ん~……悪魔を喰ったのは久しぶりだけど、人とも妖怪とも違うなぁ」
天井から、頭だけのオワルが感想を述べる。
「悪魔の肉すら喰らうというのか……
「僕自身は半端者だけどね。これでも神をも喰らったこともあるのさ」
ヘラヘラと嗤うオワルに、アスモデウスは怒りを押し殺した顔を見せた。
「貴様程度に喰われるとは、日本にいる有象無象の神らしい脆弱さよ。我のように本物の悪魔であれば……」
簡単な布を纏ったような服を食い破り、抉られた腹の肉。
気合一閃、アスモデウスが声を上げると、その腹から虫のような外骨格の腕が生えた。ぬるりと粘膜を纏う緑色の腕は、先端に鋭い鎌と、腕全体にびっしり小さな棘を持っていた。
「うわ、気持ち悪い」
自分を完全に棚に上げた発言をするオワルを見上げ、アスモデウスは無言で槍を繰り出した。
ひょい、と先ほどまでと同様に避けたが、新たな腕が槍を押し込み、奇妙な軌道を描いてオワルの頬を引き裂いた。
たまらず、梁を離して床を転がるオワルの生首。
慌てて立ち上がった身体が拾って首に挿げ直した。ところが、肉がつながるまで妙に時間がかかる。
「ちぇっ、あの槍はちょいとマズいか。おっと」
すっかり忘れていたが、部屋の隅に放置されていたフルーレティの身体に躓きかけて、オワルは首を揺らしながら、その細い身体を飛び越えた。
「貴様の能力は判った。このまま、近づけずに肉塊に変えてやろう。二度と戻れぬように、焼き尽くしてくれる」
牽制として再び炎を噴き出そうとしたオワルは、一瞬ためらいを見せたが、フルーレティの身体を抱えて、迫る炎から飛び退いた。
「うっ!?」
だが、水晶を纏ったフルーレティは重くて持ちにくく、完全に炎の範囲を離れることができない。
水晶がどの程度炎に耐えられるかわからないと判断し、オワルはフルーレティを取り込むことを考えたが間に合わない。肉体の表面が焼けている間に脱出するつもりで、身体を張って止める覚悟で覆いかぶさる。
「耐えられるかな?」
迫る業火を目にしたオワルは、実はちょっと自信が無い。焼き尽くされたらそれまでかな、と冷や汗を垂らしているところで、緋袴姿の女性が二人、オワルの前に躍り出た。
「防御符術!」
「はい!」
いくつもの呪符が舞い、魔力の層を作る。
床を這う業火を押しとめはしたものの、押されているのは変わりなかった。
「あー、もう! 片手じゃやりにくいったら!」
「魅狐様、ここはお任せを。展開はともかく、維持だけならしばらく持たせられます!」
「うん、任せた!」
大幣を宙に浮かせたまま、魅狐が振り返る。
水晶を挟んでいるとはいえ、女性に覆いかぶさっている姿のオワルに眉を顰めるが、それどころではない。
「フルーレティは回収するわ。皇女を助けるのに、彼女の力が必要かも」
「そうなんだ。わかった」
オワルが立ち上がる。
大人状態の魅狐は、オワルより少しだけ背が低い程度だ。目線が、合う。
「助かった。ありがとう」
「お礼は後でたっぷりもらうから。……改めて見たけど、あれって」
「本物の悪魔、アスモデウスらしいよ。『ゴエティア』では悪魔の王様のひとり。別のところじゃ神様扱い……だったかな?」
おどけて話すオワルだが、魅狐の目には余裕の無さがありありと見えた。
「強がっちゃって……ほら」
魅狐が左手を突き出したのを、オワルは握手して誤魔化した。もちろん、魅狐が自分を喰らうように勧めたつもりなのは、彼にもわかっている。
「ちょっと! んっ……」
素早く唇を奪って離れ、魅狐の肩を掴んでフルーレティへと向ける。
「両手を奪って平気でいられるほど、僕は妖怪になりきれないよ。いや、妖怪らしい自分勝手、かな?」
フルーレティの身体を抱え上げ、魅狐が抱えやすいように渡す。
「何とかする。大丈夫だから、マリーと一緒に脱出してくれ。ついでに、下の連中も追い出してもらえると助かるね」
「……わかった。ちゃんと帰ってきなさいよ」
「あいよ」
軽く受けたオワルに「真剣にやりなさい」と魅狐が胸に額を当てた。
「待ってるわよ……マリー! 一気に脱出するわよ!」
「はい!」
符術による防壁を維持したまま、ルーナマリーが長い大幣を床に突き立てた。
大きな音を立てて突き刺さった大幣は、ルーナマリーが手を離しても、天を衝くようにまっすぐ立っている。
「オワルさん」
ぐるり、と振り向いたルーナマリーは、魔力的に限界が近いのだろう、目が真っ赤に血走っている。
「これで防壁は数分もちますわ。この大幣は、魅狐様が見立ててくださった大切なものです。ぜっっっっっったいに回収するように!」
返事も聞かず、魅狐の後ろを追って、ルーナマリーが部屋を駆け抜ける。
「逃すか! 雑魚が!」
「おっと」
ルーナマリーの背を狙い、槍が投擲された。
だが、それはオワルの体当たりで逸れる。
壁に穴を開けた槍は、逆再生のようにアスモデウスの手に戻る。
「逃したか……まあ良い」
炎が止まり、槍先がオワルに向けられた。
「援軍は去った。貴様をゆっくり屠ってから、残りの者どもを我が配下とするとしよう」
「残念だけど」
オワルはようやくしっかりくっついた首をひねった。
「約束を守らないと、後が怖いんでね」
炎の余韻か、ひどく気温が上がった室内で、オワルとアスモデウスは再び対峙した。
★☆★
「退避! さっさと出なさい!」
階段を転がるように駆け下りながら叫ぶ魅狐に「何故?」と問う者がいないあたり、優秀な部隊と言える。
部隊長が一声かけると、出入り口に近い者から駆け足で外へと飛び出す。怪我をした者は、すでに建物を出ているので、その動きに淀みは無い。
「シスター殿、敵の逃亡を防ぐため、玄関前で待機しておくべきかと思いますが」
「最上階で暴れているのは化け物よ。充分に建物から距離を取らないと危険だわ。周囲の住民の退避を徹底する方を優先しなさい!」
「わ、わかりました!」
帝国兵士たちの中で最後まで残っていた部隊長の質問に、魅狐は走りながら答える。
入り口前で待機していた兵士たちに指示が回っていくのを確認して、リリリアたちにも退避を伝えるために、魅狐は邸を飛び出した。
「ほんとに、戻ってこないと酷いんだから」
一瞬だけ、館を見上げる。
「魅狐さん! ルーナマリーさん!」
兵士たちが脱出してくるのを見て、状況を確認するために館に近づいてきたのだろう。リリリアの叫び声が聞こえた。
「大丈夫よ、リリリア。後はオワルがやるから」
「そうですか」
安堵した顔で息を吐いたリリリアを見て、魅狐はちくりと胸が痛んだ。こんなふうに、素直に信じてあげるべきだったかも知れない。
「建物から離れましょう。敵は強かったから、さすがにオワルも周りまで気にしてられないから」
「わかりました! ドーナさーん!」
「マリー、ちょっといい?」
リリリアが待機場所へ駆け戻るのを見送り、魅狐は左肩に担いでいたフルーレティの身体をルーナマリーへ渡した。
「他のシスターたちと一緒に、リリリアと待機していてね。フルーレティが目を覚ましても、ちゃんと捕まえておくのよ?」
「魅狐様? 一体……」
「信じて待つのも良い女なんだろうけどね」
あは、と魅狐は笑う。
今の大人状態で、充分な力を振るえるのはあと二十分かそこら、と魅狐は自覚していた。
「やっぱりね、オワルの隣には私がいないと駄目なのよ。苦労をするなら、特にね」
「魅狐様、そこまでする必要は……」
「彼は、私に憑りつかれているのよ。眷属は守らなくちゃ。彼って変なところで間が抜けてるから。マリー、貴女の大幣のことを忘れちゃうかも知れないわよ?」
お願いね、と念を押し、魅狐は館へと引き返した。
「魅狐様……」
後を追いたい気持ちを必死で押える。自分には大切な任務を任されたのだ。放っていくわけには行かない。
「魅狐様に何かあったら、未来永劫恨みますわ、オワル」
館を見上げていたルーナマリーは、後ろ髪を引かれながらリリリアたちの元へと向かった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※お盆の夜用に、短くてそんなに怖くないホラー掌編オムニバスを書きました。
良かったら、ご一読くださいませ。
http://ncode.syosetu.com/n1853cv/




