悪魔
39話目です。
よろしくお願いします。
「ぐぬ……」
「おっ?」
ダンタリオンがいくつもの顔で睨みつけてきた瞬間、オワルの全身を異様な不快感が襲った。
魔力を含んだ異質な空気にまとわりつかれるような感触に、オワルは口をぐいっと曲げて不満を露わにした。
「な、なぜ精神に干渉できぬのだ?」
「ああ、なるほど。これが精神攻撃ってやつか。痛くはないけど、気持ち悪いね、これ」
複数の顔が、さらに力を込めた視線を向けてくるが、オワルには効かない。
「吾輩の精神干渉はモンスターにも通じるはずが……貴様も王家の血を引いているというのか? なるほど、王家の力というのはこれほどの……」
「残念だけど、それは勘違いだよ」
オワルは芝居がかった唸り声をあげるダンタリオンに、申し訳なさそうに口を挟んだ。
「僕がこの世界に来た時点で、もう王家の血筋はスタートしてたからね。突然変異みたいに魔力が多くて強い奴だったよ」
髪を掻きながら、大昔に出会い、大昔に死別した友人を思い出す。
「僕がそういう催眠とか洗脳とか受付無いのは別の理由だよ」
そして、古い友人との別れを共に悲しんだ女性の姿が脳裏に浮かぶ。
「僕がもう、狐に憑りつかれているからね。僕の心の中は満席なんだ。悪いね」
「そんな理由で……」
「意外と、人間の心が許容できる範囲なんてそんなもんだよ」
ブルブルと震えるダンタリオン。その理由は怒りだ。だが、恐怖が少しも含まれないかと言えば、嘘になるだろう。
「殺せ! 二度と復活できないように、細切れにして火を点けろ!」
主の命令に、再び暗闇の顔をした兵士がオワルに向かってにじり寄る。
手に手に持った剣を振り回すのに、一切の躊躇がない。
「もうミンチにされるのはしばらくいいよ。最近しょっちゅうこんな目にあってるし」
パン、と破裂音が響き、オワルの腹から片車輪が飛び出した。
「イヤッホーッ!!」
飛び出した瞬間、全身に燃えさかる業火を纏い部屋の中を暴れまわる。
一気に三体ほどの兵士をなぎ倒し、他の兵士たちが何とか避けながら剣で斬りつけてくるのを、勢いよく体を回転させてはじく。
「お、提灯お化けじゃねぇか! ……なんでぇ、無視かよ」
「そいつ操られてんだよ。あの顔がいっぱいある奴を見るなよ?」
「へぇ、操られてんですかい……ぷっ」
行動を操られはしても自我は残っているのだろう、提灯お化けが口をパクパクさせて悔しそうな顔をしている。
「片車輪、あの提灯に火を点けてやれ」
「あいよっ!」
器用に体を跳ねさせて、片車輪はオワルの言葉に驚いている提灯お化けに触れる。
「うわぁー!」
断末魔の声をあげて、紙と木でできた提灯お化けの身体は燃え上がる。
あっという間に消し炭になって舞い落ちる灰を、オワルが垢舐めよろしく大きな舌を振り回して回収する。
「体を作り直したら、洗脳も解けるでしょ。今度は僕も攻撃に参加する」
「うぬ……そんな能力まであるとは……」
両手を巨大な一本の太い爪に変化させたオワルを見て、ダンタリオンが唸る。
「牛鬼の腕だよ。こいつを喰ったから、人間を喰うことも多少忌避感が減ったというのはあるね……ま、どうでもいい話か。行くぞ?」
大きな爪を振り回し、全力でダンタリオンへと走る。
その進路を妨害するため、兵士たちが素早く立ちふさがった。
「片車輪! 兵士たちを任せた!」
「あいよっ!」
オワルの前を横切るように片車輪が暴れまわり、兵士たちを弾き飛ばしていく。
再び開いた道を、オワルは悠々と走る。
「そらっ!」
杭を打ち込むような一撃が、ダンタリオンが持つ多くの顔のうち、一つを貫いた。
「ぎぃっ……!」
穴をうがたれた瞬間、残った顔が引きつる。
本来の辺境伯のものである老人の顔は、恐怖に彩られていた。彼は動けない。兵士たちが守っていなければ、されるがままなのだ。
「やめ……」
悲鳴にも似た制止の声を無視して、オワルはもう一つの顔を潰す。
大きな卵を乱暴に叩き割ったような音が響いて、また悲鳴があがる。
「化け物になったんだ。そう簡単に死んだりしないさ」
そう言って、再びオワルが爪を振りかぶる。
「仕事ができなくなるほど傷つけられるのも、困るのだがね」
振り下ろす爪は、声と共に止められた。
★☆★
「……あの時襲撃してきた、フルーレティとかいう女が作る水晶と同質……というより、これは彼女が作ったもので間違いないと思う」
ルーナマリーたちが持ち帰った、リィフリリーを封じている水晶に触れた魅狐は、しばらく閉じていた目を開いて呟いた。
皇女を保護した時点で、アムドゥスキアスが彼女の安全のために一時的に撤退することを提案し、ルーナマリーが同意した。
周囲の目を避けるため、辺境伯邸敷地内、塀の陰に集まっている。
「どうやって助けるんですか?」
リリリアの言葉には、魅狐ならばなんとかできるだろうという信頼がある。
だが、魅狐は首を横に振った。
「これは本当の意味での固有能力によるものよ。リリーを助け出すには、あのフルーレティ自身が解除しないと無理ね。ルーナマリー、念のため聞くけど、新しい治癒術式とかある?」
魅狐はウインクを加えて冗談ぽく尋ねたが、ルーナマリーは深刻な顔をして顔を伏せた。
「そんなに悲しいかおしないの。こうなったらやるべきは一つでしょ」
大幣を取り出した魅狐がにっこりと笑う。
ドーナやアムドゥスキアスが驚いた顔をしているのを、愉快そうに笑いながら、魅狐は大人の姿へと変身した。
「そんなに驚く必要ないじゃない。あなたたちの変化に比べたら、大したことないじゃない」
「いや、しかし……」
戸惑うアムドゥスキアスとは違い、人間形態に戻っていたドーナは目を輝かせて魅狐に近づいた。
「む、胸! 胸が大きくなってる!」
「ちょ、ちょっと……」
大声で胸胸と連呼されて、魅狐は恥ずかしくなって左腕で胸を隠した。
「それ、あたしも使えるようになるの? 胸だけとかもできるの?」
「できるわけないでしょ……」
どちらかといえばスレンダーなドーナは、密かにコンプレックスだったらしい。
「とにかく、オワルがフルーレティを殺しちゃう前に止めないと。術者が死んで解除されるならそれでもいいけど、絶対じゃないからね。この状態も長く持たないから、さっと行って捕まえてこなくちゃ」
「魅狐様。一、二階は探索済みです。いるとすれば三階でしょう」
「わかったわ。リリリア、ドーナ。それに、アムドゥスキアスもここに残って」
「私もか? オワル殿が戦っている場所に向かうなら……」
ついて行こうとするアムドゥスキアスだったが、魅狐は彼に残るように言う。
「リリーたちを守って頂戴。戦力を分けるのが危険なのは承知のうえだけど、リリリアたちだけじゃ、厳しいかもしれないのだから」
「わかった。我儘が言える立場でもない。役目は把握した。しっかりと果たそう」
「お願いね」
まるで子ども扱いだな、とアムドゥスキアスは苦笑する。
ルーナマリーと共にいたシスターたちも、ここで残留する。水晶に何か変化が起きた時、少しでも対応ができるように。
「それじゃ行くわよ、」
「はい!」
走りだした魅狐に、ルーナマリーが続く。
「オワルさん……」
緋袴を揺らして駆ける二人の女性を見送りながら、リリリアは今も一人で戦っているであろうオワルを思って、こぶしを握った。
★☆★
「……こいつは驚いた。本物の悪魔、か」
オワルの爪を止めたモノは、一言で言えば“混合獣”だった。
ダンタリオンの裏から姿を現した異形。顔は一つだったが、右半分は牛の顔で短く尖った角があり、左半分は羊の顔でくるりと巻いた節くれだった角がある。
そして、顔の下半分は人間だった。
「そういう君は、本物の妖怪……いや、人間も入った混じり物か」
人間の口と左右違った形の目が、オワルを見て笑う。
「こっちの世界にもお前ら日本の妖怪が入り込んでいるとはな。だが、混じり物なら邪魔にもなるまいよ」
足音も無く、混合獣が踏み出してくる。
恐ろしいまでの力に、オワルは押し戻されていく。
「混合獣に言われたくないね」
悪魔の身体が見えてくる。
人間の身体のように見えるが、足は鳥のようで、よく見ると蛇のような尾がある。
「そのような下等なものと同じにしないでもらおうか」
左手でオワルの爪を掴み、右手に大きな槍を掴む。
体はオワルの二回りは大きく、はち切れんばかりの筋肉が躍動していた。
「我が名はアスモデウス。有象無象も混沌も、我が名のもとにある」
「大きくでたねぇ」
軽い調子で受けたオワルだったが、実際に感じている力量は圧倒的にアスモデウスの方が大きい。
名乗った名前が本物ならば、名前のある大悪魔中の大悪魔だ。
「この者は我がこの世界で名を成すための礎を築くために必要なのだ。追い詰められ、世を呪い、力を欲したこの者が生み出す力が。島国の矮小な半妖怪ごときが、邪魔をするなど烏滸がましい」
掴まれた爪にひびが入った。
「オワルさん!」
兵士たちを片付けた片車輪が、アスモデウスへと迫る。
「邪魔だ、雑魚が」
アスモデウスが槍を振るい、片腕の力だけで片車輪を弾き飛ばした。
その間、オワルの爪をつかむ左腕は小揺るぎもしない。
悲鳴も上げずに吹き飛ばされた片車輪が、ドアを突き破って廊下へと飛び出していく。
「この世界で名を成すだって?」
「当然だ。我を、この我を無理やりこのような場所へ送った無礼者への復讐も必要だが、ザガンやベリアルのような邪魔者もおらぬのだ。ならばこの世界を我が支配するのは当然のこと」
ふん、と口をぐにゃりと歪めて笑う。
「日本の妖怪よ。貴様も同じことを考えただろうが、力不足だったな」
「妖怪を勘違いしているよ、悪魔さん」
「なんだと?」
トカゲのしっぽのように爪を外したオワルは、そのまま蛙のように飛びあがって距離をとった。
「妖怪ってのは、それはもう腹が立つほど個人主義の塊なんだ。世界なんてどうでもいいんだ。自分の手の届く範囲が、居心地が良いかどうかしか、興味が無いのさ」
「愚かな……そして矮小だな。つまらん」
「矮小で結構」
爪だった腕を元の形に戻し、キセルを取り出したオワルは笑った。
「それが妖怪の生き方で、人と共に在るもののカタチなんだよ」
「人と共に在る、か。あくまでそちら側に立つと申すか。ならば、禍根を残さぬようにここでしっかりと潰しておかねばな」
威圧感を前面に押し出した巨体が、オワルに迫る。
「さて、どうしたもんかね」
くせっ毛をひっかきながら、煙とため息を吹き出した。
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