強権と恋心
32話目です。
よろしくお願いします。
オワルに依頼されて、リリリアは帝国諜報員であるムルルムとともに、辺境伯領内にある帝国軍駐屯地へと向かっていた。
「……諜報員って、馬くらいは乗れないといけなんじゃないですかね……」
「てへ」
「そういう誤魔化しは同性には通用しませんよ」
リリリアは、馬に同乗して後ろからしがみついているムルルムが全く気にしていない様子を見せたことにため息をついた。
「わたしですら、お城の職員になるための必須項目だったから、必死で練習したのに……」
自己紹介の時に、ムルルムが貴族令嬢だということは聞いていたので、直接確認したわけではないが、ムルルムが諜報員になれたのには、少なからず出自とコネがあったのは想像に難くない。
身分制度についてどうこう言うつもりは今さらないが、ちょっと不公平だと感じてしまうのは、仕方がないことだろう。
それよりも、リリリアにとっては道中ずっと頭のすぐ後ろで“帝国監察官”への憧れや、諜報員として苦労してきたことについて延々と語られることの方が辛かった。
城内での地位的には、平の諜報員であるムルルムと城内職員であり部下はいなくても監査室長であるリリリアでは、リリリアの方が格上ではある。それでも、貴族と平民ではやはり扱いが違う。軍ではそこまで影響は無いらしいが、文官の間では自分が上司だからと言って家格が上の相手にうかつな事を言えば、左遷されかねない。
ちなみに、帝国では諜報も監査も、文官のカテゴリとして扱われる。情報を統括して分析するのはあくまで文官である、という基本からだ。軍部内にも一部文官職員が派遣され、憲兵のような仕事をしている。
「だから、リリリアがうらやましくてしかたないの! お願いだから、わたしも監査室に入れるように、口利きしてもらえないかな?」
「そんな事言われても、私だってどうして監査室配属になったか知らされてないのに……」
ムルルムは監査室配属を強く希望していたらしいのだが、監査室だけは皇帝の意思が強く働くことと、基本的に平民しか配属されない不文律があるらしい。どんなルートを頼っても、希望を出すのが関の山で、これまでの転属希望はすべて却下されてしまったらしい。
「お願い! もうわたしの転属希望書、上司が受け取ってくれないのよ!」
「どれだけしつこく提出したのよ……」
どうやら、任務の合間ごとに転属願いを提出しては却下を繰り返されているらしい。
「お願い~!」
「わかったから! 今回の件が片付いたら、オワルさんに話をしてみるから……」
「本当に!? ありがとう!」
やたらと気合いが入ったらしく、掛け声と共に、腰に回された腕に力が入る。
「痛い痛い!」
「あ、ごめん」
諜報員としてそれなりには鍛えているらしく、女性としては結構な力だった。フルーレティ襲撃の際は、リリリアと共にあっさりとやられてしまったムルルムだが、対人であれば割と強いと自称している。
「とにかく、そういう話はあとにして、今は急ぎましょう」
「そうだね」
リリリアが腰に巻いている小さなバッグには、オワルが書き記した救援依頼書がきれいに畳まれて入っている。微妙に下手な字だが、しっかりと監察官の身分を記す印が押されている。
リリリア自身が持っている監査室所属の身分証と合わせて、軍へ出動依頼をするには充分な証明になるだろう。
町を出て三時間。リリリアにも疲れが見え始めたころ、ようやく砦が見えてきた。
似たような砦は国内あちこちに設置され、皇帝直轄地以外にある砦は、その砦がある領地を治める貴族が一部の維持費を負担することになっている。
だが、この辺境伯領の砦に対する維持費は、調査の結果、ディナイラー公爵が密かに負担していたことが発覚している。そのことについて、城から質問状を送る話が出ていたが、オワルの調査を待ってからということになっている。
砦に駐留する兵士の人数は約三百。それを統括する部隊長はフォルニウスという五十代のたたき上げで、この砦での任務が終われば引退するつもりらしい。頑固で厳しい人物であると有名で、ムルルムは辺境伯領へ配属される際に一度だけ挨拶したことがあるのだが、その時はニコリともせずに形式的なやりとりだけで砦を追い出されたらしい。
ようやく砦へたどり着いたリリリアたちが、身分証を見せて中に入り、面会が始まったときから、不機嫌を露わにした表情で、真っ黒に日焼けしたフォルニウスは腕を組んで黙っていた。
そして、リリリアが要請書を渡して現状の説明を行うと、じっと話を聞いていたフォルニウスの第一声は、拒否だった。
「断る」
「なんでよ!」
一言だけ言って、再び口を閉ざしたフォルニウスに、ムルルムが立ち上がって叫ぶが、フォルニウスは表情を変えることすらしなかった。
フォルニウスの後ろに立ったまま話を聞いていた二人の若い副官は、気の毒そうにリリリアたちを見ていたが、口出しはしない。
だが、リリリアは落ち着いていた。
ムルルムを宥めて、座るように言うと、フォルニウスの顔を真正面からしっかりと見つめた。
彼が部下を動かすのに度を越して慎重であり、自らが納得しなければ早々には要請に応じることはないだろう、とオワルから教えられていた。だからこそ、想定通りの反応であり、落ち着いていられたのだ。
ムルルムも同席して注意点を聞いていたはずだが。
「では、今回の辺境伯捕縛について、閣下は協力しない、ということですね?」
「二度も言わせるな」
「これが、命令だとしても?」
「……愚問だ」
「わかりました」
リリリアは立ち上がり、オワルから渡されていたもう一枚の書類を取出し、フォルニウスではなく、彼の後ろに立つ二人の副官へと開いて提示した。
「フォルニウス・クラウニアス。皇帝陛下の代理人たる帝国監察官の命令に背いた罪で逮捕します。貴方たち、帝国の兵士として、この愚か者を捕えなさい」
書類は命令状であり、しっかりと皇帝のサインまで入っている。誰が見ても、その内容を公的に確約したものだ。おまけに、淡く光を放ち、書かれている紙が単なる羊皮紙などではなく、魔法をかけた特別なものだとわかる。
一瞬戸惑いを見せた副官たちだったが、ここで逆らえば反逆罪となる。顔を見合わせて、すぐさまフォルニウスを後ろから取り押さえたのは、賢明な判断と言えた。
「こ、ここまでするほどの事か!」
「ここまでするほどの事なのです。説明しましたでしょう? 戦えば命がけになる。部下の事を思って慎重になるのは当然です。ですが、助けるべきを見捨てるならば、最初から軍など必要ありません」
しばらく牢で頭を冷やしておいてください、とリリリアは副官の一人に指示を出し、ぶつぶつと不満を漏らすフォルニウスを投獄した。
残った副官に、リリリアは笑いかけた。
「では、改めて部隊の出撃準備をお願いいたします。……それとも、何かご質問がありますか?」
「いえ! 一時間ほど時間をいただければ、最高の装備と最大の人数で出撃できます!」
「よろしくお願いします」
「失礼します!」
副官が編成のために全速力で部屋を飛び出すと、緊張の糸が切れたリリリアは、やわらかいソファに、小さな音を立てて腰を落とした。
★☆★
オワルたち教会に残ったメンバーは、ほとんど全員が怪我や魔力切れで動けなくなっていた。
一番元気なのがオワルで、次が無傷なイレーナと回復できたレーゲルという有様だ。
「準備が終わるまでは、油断はできなけれど教会に留まって回復しよう」
というオワルの提案によって、レーゲルとイレーナも自宅へ戻ることなく、一つの部屋を借りて寝泊りすることになった。
特に、元気になったイレーナは、今こそ恩返しをしたい、とはりきって食事の用意や壊れた部屋の片づけなどを率先してやっていた。
シスターたちもフルーレティの襲撃で全員が少なからず傷を負っており、イレーナの手伝いには申し訳ないと思いながらも、かなり助けられていた。
ストークスも、頬に薬を塗った布を当てた痛々しい姿で、イレーナと共に食事を作っていた。
「イレーナさん、ありがとうございます」
「いいんです。というより、この程度ではお世話になったお礼にもなりません……」
頬を染めてはにかむイレーナは、だいぶ顔色が戻り、本来の快活で朗らかな雰囲気を取り戻しつつあった。
「まだちょっと、力仕事ができませんけれど、どんどん体を動かして、力をつけたいんです。小さいときは、元気すぎて兄を振り回してたんですよ?」
えへへ、とイレーナは手際よく芋の皮を剥いていく。兄と二人で生活しているうちに、炊事は一通り憶えたという。貧しい下級貴族となると、使用人を雇うような余裕はない。生活は平民と変わらないのだ。
「それに、兄がシスター・ストークスにちゃんと言えるまでは、ここにいないと……」
「なんのこと?」
「なんでもないですよ」
にこにこと皮むきを続けるイレーナは、兄がストークスに想いを寄せていることに気づいていた。自分が足かせであったことにも気づいている。だが、自分が自立してもう心配いらないと兄にわかってもらえば、兄ももっと自分の気持ちに正直になるのではないか、というのがイレーナの狙いだった。
そのために、もう一つ兄を安心させるために、やっておきたいことがあった。
「それより、シスター・ストークスに教えてもらいたいことがあるんですけど……」
少しだけ、躊躇いがちにイレーナが尋ねると、ストークスは笑顔で「なんでも聞いてね」と請け負う。
「あ、あのですね……」
恥ずかしそうに、伏し目がちにしながら、顔を真っ赤にして話し出すイレーナ。
「兄と私を助けてくださった、あのオワルさんって方なんですけれど、お役人と言われてたってことは、教会に所属されている方ではないですか? あの、魅狐さんというシスターと親しいようなのですが……」
「え? ええっと……」
ストークスの戸惑いは、オワルという存在をどう説明するべきかについてだったが、イレーナはどう思ったのか、表情を曇らせながら慌てて言葉を重ねた。
「その、もちろん、あの方たちが親しくされているのはわかっていますし、それを邪魔したいというわけじゃないんです……ただ、少しだけでも、あの方の事を知りたくて……」
問題は、ストークスが考えていた方向では無かったらしい。
兄であるレーゲル卿の変身を目の前で見たせいか、手足が伸びた程度の事は気にならないらしい。ストークスが知る限り、オワルの能力はその程度ではないはずだが。
「わ、私もあんまり詳しくは知らなくて、ただ、魅狐様と旅をしたり、お仕事をされているとしか……皇帝陛下のご命令でお仕事をされている、という噂はきいたことがありますけれど」
「そうですか……」
結局、何もわからないという状況に、イレーナは小さく俯き、次の芋を掴んで皮むきにかかる。その手が、ふと止まった。
「皇帝陛下のご命令で動かれているのですか?」
「う、噂ですけれど……」
イレーナの表情がぱあっと明るくなり、心なしか皮むきの速度もあがっている。
「であれば、高位の貴族か、そうでなくても皇帝陛下の信頼が厚い高級官僚ということですね。……そういうことでしたら、問題ないですね」
「何がですか?」
「側室がいても良い、という事です! そういう方であれば兄も納得するでしょうし、我が家にも良い影響があるかも知れません!」
ウキウキと皮むきを続けるイレーナに、ストークスは混乱する頭で恐る恐る尋ねた。
「その……そのように、損得でお相手を決めて良いのですか?」
「得であれば兄が納得しやすいというだけです。それに、側室であれば魅狐さんの邪魔にもなりません!」
平民出身で、結婚は紹介してもらうか、恋人を見つけてという感覚が染みついているストークスにとって、側室でも良いというイレーナの考えは、すぐには飲み込めなかった。
それに、側室というものをオワルや魅狐が受け入れるか、どうか。
「夕食の後にでも、オワル様と魅狐様に相談してみますね。病気も治って、素敵な方を見つけて、とっても幸せです」
「そ、そうですか……良かったですね」
なるようになれ、とストークスは判断をしないことにした。全ては当人たちが決めることだ。
イレーナに向けた笑顔は見るからに引きつっていたのだが、腕によりをかけて、オワルが気に入るような料理を作ろうと張り切っているイレーナは、そんなストークスには目もくれず、どんどんと下ごしらえを進めていた。
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