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襲撃

17話目です。

よろしくお願いします。

 オワルたちが宿を探している頃、ドーナが雇い主である商家の支店に売上金を返却し、事の次第を説明すると、支店の責任者は「兵士の調査を待ってから結論を出す」と言い、数日町へ滞在するようにと伝えた。

 謝罪を続けるドーナに対し、責任者は金だけでも持って帰ってきたのだから、とあまり責めるようなことは言わなかった。実際、こういった場合には口入屋や雇い主からの悪評を恐れて、生き残りが金を分け合ったり奪い合ったりして持ち逃げしてしまうケースの方が多いのだ。

「人的被害は痛いけれど、うちから君に何かペナルティを課すことはないと思う。それよりも、君と荷物を助けてくれた人というのは? 看板を背負って仕事をしている以上、お礼だけはしておかないといけない。我がアライスト商会は、そういう人的な繋がりを大切にしているのです」

 二十代の中ごろくらいの、好青年を体現したような見た目の責任者は、さわやかな笑顔を浮かべて尋ねた。

 なるほど、と納得したドーナは、思い出しながらオワルたちの名前と特徴を伝えた。助けてくれたと思われる大きな車輪については、信じてもらえなそうだったので、黙っていることにした。

「お役人さんらしいんだけど……。旅の途中ということだったから、今日はこの町に滞在してるんじゃないかな」

「なるほど。であれば、探すのは難しくないだろうね」

「あの、こんなこと言える立場じゃないけど、お願いがあって……」

 もじもじと言いづらそうにしている

「なにか?」

「その、お金のことが気になって、ちゃんとお礼も言えなかったんで、どこの宿にいるかわかったら、教えてもらいたいんだけど……」

 責任者は優しく微笑むと、いいですよ、と請け負った。

「あ、ありがとう! あたしは『アラプス亭』って宿にいるから。迷惑かけるけど……」

「いいんですよ。きちんとお礼をするなんて、良いことじゃないですか。見つかった時には、宿まで使いを出しますよ」

 改めてお礼を言い、手を振って宿へと戻っていくドーナを見送った責任者は、店の奥へと戻り、先ほどとは全く違う怜悧な顔で笑った。

「やれやれ、適当な賊に金を渡したのは失敗でしたか。ですが、ちゃんと戻ってきてくれたのは計算外の幸運でした。今度は、自前の駒を使うとしましょうか」

 あまり商会と繋がりがある者を動かすのは得策ではないが、また余計な経費がかかるよりは良いでしょう、とボヤくこの責任者の名はゲーデという。

「それよりも、お役人と言いましたか。オワル、ミコ、リリリア……。彼らを放っておくのは危険かも知れませんね」


★☆★


 魅狐が教会に顔を出したとき、出入り口近くにいた若いシスターは、ふらりと入ってきた彼女を巡礼の若いシスターだと思い、優しく微笑んで近づいた。

「ようこそ。ナッキの町の教会へ。どちらから巡礼ですか?」

 巫女服を抑えて膝を曲げ、少女サイズの魅狐と視線を合わせたシスターの様子が善意百パーセントだったため、魅狐は思わずたじろいだ。

「え、えっとね……ここの教会長に会いたいんだけど」

「あら、教会長のお知り合いなんですか?」

「まあ、知り合いといえば知り合いだと思うけど」

 この町にいる今の教会長が誰なのかまでは把握していなかった魅狐は、名前を聞かれても答えられないので、あいまいな返事をする。

 クエスチョンマークを顔に浮かべたシスターは、「あっ」と何かに気付いた様子を見せたと思うと、魅狐の肩をがっしりと掴んだ。

「わかったから、わたしに任せてね。ちゃんと守ってあげるから!」

「えっ?」

 待っててね、とだけ言うと、シスターは猛然と教会奥へと駆け出した。

「くぅおらああ!」

 先ほどの優しい声とは百八十度違う、怒りに満ちた低い怒鳴り声をあげ、袴をつまんで走るシスターを、魅狐は呆然と見送った。


 ほどなく、男性神主の耳を引っ張るシスターが戻ってきた。

 神主は痛みに顔をゆがめてはいるが、亜麻色の髪をオールバックにした、整った顔立ちをしている。

「なんなんだよぉ」

 顔に似合わない情けない声を上げる神主は、魅狐の前まで連れてこられると、涙目で解放された左耳をさする。

「この子が今、教会長を訪ねてきたんです! こんな小さな子が……どうせ教会長の隠し子とかでしょう? 白状しなさい!」

「そ、そんな覚えは……ええっ!?」

 魅狐の顔を見て驚いた教会長を見て、シスターは腕を組み、ふふん、と鼻を鳴らした。

「やっぱり見覚えがあるじゃないですか」

「クローセル……まさか、あんたがここにいたとはね」

「ご、ご無沙汰しております……」

 まさに土下座そのもので平伏している教会長を見て、ため息をつく魅狐と、状況がつかめずにキョロキョロしているシスターは、教会に訪れた信者の視線を一身に受けていた。


★☆★


「誰?」

 不意にドアをノックする音が聞こえて、ドーナは素早く剣を取る。

 胸と腰につけていた鎧は外し、寝る支度をしていたところだったが、武器は身体の傍から離すことはしない。彼女も、この世界の治安は熟知している。

 だが、知っている名前を聞いて、油断が生じたのは彼女のミスだった。

「アライスト商会から来た。あ~……オワル? とかいう人物についてだ」

 聞いたことのない声だったが、話している内容には覚えがある。

「今開けるよ」

 安心して簡単なカギを外し、ドアノブへと手を伸ばす。

 少し迷ったが、剣は持ったままだ。

 丸いノブを掴み、少しだけ回した。

「きゃっ!?」

 内側に蹴り飛ばされたドアに当たり、ドーナはかろうじて倒れることはなかったが、数歩たたらを踏むほどに体勢を崩した。

「殺すなよ!?」

「わかってる!」

 雪崩れ込んできたきた二人の男のうち、一人がドアを閉じて背中をあずけ、一人がドーナに襲い掛かる。

「くうっ!」

 剣を構えて対応しようとしたドーナだったが、ナイフで剣を押し込まれ、その勢いで後ろに倒され、剣を手放してしまった。

「へへっ。殺すのはダメでも、楽しむのはアリだろ?」

 下卑た笑いをする男にのしかかられ、あわてて武器を探すが、手に届く範囲には何もない。

「ちぃっ!」

 殴りつけようとした手を押さえられ、唾を吐きかけようとしたところで、仰向けになっているドーナの胸に、何かが落ちてきた。

「ひぇっ! なんだこりゃ!?」

 ドーナからは見えなかったが、男からは見えたらしい。

 驚いた男の腰が浮いたところで、ドーナは互いの身体の間に足を挟み込み、力いっぱい押し戻す。

 男が倒れているうちに、何とか立ち上がって剣を持ち直したドーナは、ふと自分の胸元を見る。

 むき出しの眼球と目があった。

「きゃああああ!」

 甲高い悲鳴を上げて、ドーナは目玉を左手で払い落とした。

 べちっ、と床に落ちた目玉を、男も尻餅をついたまま後ずさる。

 ふるふると揺れている目玉に気を取られていると、男の手が生暖かい液体に触れた。

「な、なんだ?」

 振り向いた男の視線の先には、ドアに背中を付けた男がいた。

 だが、その高さがおかしい。

「……あぁ?」

 よく見ると、同僚は腰までが床に沈み、白目をむいて気絶している。

 さらに視線を落とすと、床一面に血と肉が入り混じったものが広がっていた。

 仲間は、腰までそれに飲み込まれていたのだ。

 声にもならない悲鳴を上げ、男は立ち上がろうとするが、いつの間にか床についていた手が、手首まで飲み込まれていることに気付いて、悲鳴を上げた。

「う、うあああああああああああああ!」

 仲間と共に、ずぶずぶと血肉に沈んでいく。

 すぐ下は床のはずなのに、どうして身体が飲み込まれていくのか。不思議だが理解はしたくないと首を振りながら泣き叫び、沈んでいく。

「くそがぁ!」

 狂乱する男が、飲み込まれていない左手を振り回し、唖然とするドーナに何かが当たる。だが、ドーナは目の前の光景に意識を奪われて、二人の男が完全に沈んでしまうまで身体が動かせなかった。

「なによ、これ……」

 ふと見ると、床で震えていた目玉が、床を這うようにずるずると進み、血肉に飛び込み、飲み込まれた。

「やれやれ……って、しまった!」

 血肉から生首状態で顔を出したオワルは、目を見開いて凍り付いているドーナの太ももに、魔導具の針が刺さっているのを発見した。

「……え? オワルさん?」

「あれ?」

 何の変化も見せず、キョトンとしているドーナと、生首状態のオワルは、お互いにびっくりした顔をしたまま見詰め合っていた。


★☆★


「み、魅狐様とはつゆ知らず、失礼いたしました!」

「いいのよ。顔を知らなかったんだし」

 人目につくから、と教会長室へと移動し、シスターは教会長から魅狐の招待について説明を受けた。

 部屋に入るなり機械のようにぺこぺこと頭を下げているシスターをなだめ、魅狐は勧められたソファへと腰を下ろした。

「相変わらずお盛んなようね、クローセル」

「きょ、恐縮です」

「褒めてないわよ」

「はい……」

 シスターがお茶を用意するために退室した後、クローセルは魅狐の前で完全に委縮していた。

「あんたもういい年でしょ? いつまでフラフラしてるの?」

「い、いやいや! 僕はもう女性に手を出したりはしてませんよ。彼女がすぐ早とちりするだけで……」

 クローセルがこの町に教会長として赴任したのは二年前になるという。その前から在籍していたあのシスターに、ルーナマリーから手紙で“女性関係には充分注意するように”と伝えられたのだという。

「先ほども魅狐様が見られた通り、思い込みが激しくて行動的なもので」

「それはあなたの過去の行動が原因でしょ。心を入れ替えたというなら、まじめに過ごして信頼を回復するしかないでしょ」

「ですよねぇ」

 がっくりとうなだれたクローセル。

 彼はまだ十代のころ、本部で修行中に魅狐を見かけ、ナンパして玉砕。しかもルーナマリーにそのことが発覚し、特別稽古という名の折檻を受けた過去がある。

 以来、ルーナマリーと魅狐に指導された通り、真面目に信仰を続けて昇進したという。

「とにかく、久しぶりにお会いできまして光栄です」

「そうね。それなりに成長はしているみたいで、それはよかったわ」


 用意された緑茶を飲み名がら、魅狐は本部で依頼された件について説明する。

「ミヅディル辺境伯領に近いここなら、もう少し情報があるかと思ったんだけど」

「なるほど。その件でしたら、僕の耳にも入っています」

 ミヅディル辺境伯領の町から、すでに数名のシスターが脱出し、この教会でも保護しているという。

 クローセルは一枚の書類を魅狐に差し出した。

「今、ミヅディル辺境伯領には商人や旅人が出入りすることはできますが、辺境伯の屋敷やその周辺には、出入りの制限がかけられています」

「制限?」

「使用人は住み込みらしく、通いの者が一切いないようです。商人も、今までの御用商人がほとんど出入り禁止を言い渡されたようで……」

 書類に書かれていたのは、出入りする人物を調べたリスト。その筆頭にある名前を、クローセルの長い指が差し示す。

「商人としては、アライスト商会の者だけが、出入りしています」

「アライスト商会、ね」

「皇都に本店がある、大手の部類に入る商会ですね。食料品から武器、魔導具まで様々なものを扱っています。この町にも支店がありますよ。町を移動する商隊には口入屋から紹介された護衛をつけていますが、汚い仕事をするために自前の手駒を持っている、と思われます」

 それだけの規模がある商会は少なくは無い。

 だが、魅狐には引っかかるものがあった。

「……皇都に本社がある商会で、この町に支店があるのは?」

 魅狐の質問に、クローセルはしばらく考えた。

「アライスト商会を含め、三つだけです」

 それを聞いて、魅狐は素早く立ち上がり、「また来る」とだけ言い残し、宿へと走り出した。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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