堕ちた天才
「どうしてそんなこともできないんだ! クレジットカードのキャンペーンが使いたくて、ワシはここまできたんだぞ!? それをお前!」
「は、はあ……すいません。私どもとしても――」
高卒。フリーター。三十三歳。彼女いない歴年齢。言うまでもなく童貞。
今日もコンビニエンスストアで頭を下げる。
仕方がない。
仕事だからだ。
コンビニでもらったタダメシを、一人寂しく口にする。
仕方がない。
そんな人生を選んで、いや、こんな人生しか、選べなかったのだから。
「ゴホゴホ! ゴホゴホゴホ!! やべえ……。コロナに加えて、クーラーまでぶっ壊れてやがる……」
通常。
ここから巻き返すのは不可能に近い。
「ゴホゴホ! ゴホゴホゴホ! 水……水を……!」
奇跡が必要だ。
劇的という言葉でさえ、足りぬほどの。
「ゴホ! ゴホゴホ!!」
漫画的。
あるいは。
なろう的な。
そんな――
絵空事のような、変化でもない限り……。
ニュース速報。
〇〇県〇〇市在住。
三十三歳。
岡本修平。
孤独死。
遺体引き取り手なし。
行旅死亡人として処理。
自治体により火葬。
◇◇◇◇
「奥様。見てください。元気な男の子でございます」
「まあ」
女の声が聞こえて目を開く。
目を開いて見たのは、金髪の美しい女性だった。少し驚いた顔をするも、すぐに微笑む。
「あーよしよし。いい子でちゅねー」
母が俺のことをあやした。俺はこの時『やった、異世界転生したんだ』と思った。
状況確認として、周囲の子供らを見る。
一人は怯えながら俺を見ていた。二人目は目を鋭くしながら俺を見ていた。三人目の女の子は、目を輝かしながら俺を見ていた。
他に父親なのだろうか。大人が数人。
助産師なども何人かいたが、とりあえず割愛しておこう。
「あれ? この子、全然泣かないわねー」
「いけません、奥様! 赤ん坊は泣くことでまず呼吸するのでございます!」
「ええ! じゃあこういう時はどうしたらいいの? エリーゼ!」
「そうですね、こういう時は――」
そうか、こういう時、赤子は泣かなくちゃいけないのか。
初めて知ったな。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……」
俺はバカっぽく思いつつも、泣く演技をしてみせた。
ちょいとばかり恥ずかしい。
「まあ、泣いたわ、あなた、エリーゼ。この子、泣いたわよ。ああ男の子なのね。じゃあ前から決めていた名前。この子の名前はクロードにしましょう。いい名前でしょう? あれ? どうしたの? 二人とも。険しい顔して……」
そう俺は、異世界転生したのである。
それから俺が、異世界転生特典の一つ、前世の記憶と、子供ながらの吸収力を生かして、自分をひたすら磨き上げたのは、言うまでもないことだろう。
セオリーだからな。
そして三年の月日が流れる――
◇◇◇◇三年後◇◇◇◇
「無事か!! カトリ!!」
後ろから声がして振り返る。
アイン兄さんと、ベレト兄さんの声だった。
どちらもまだ子供だった。
アインが八歳。ベレトが五歳。カトリが四歳である。そして俺が三歳。
俺は男爵家四人兄妹の三男なのだ。
大人でさえ見つけられなかったこの場所を、どう特定したのかは知らないが、中々に大したものだ。伊達に、ローディス家の四俊と呼ばれていない。
俺はえんえんと泣きじゃくる、カトリ姉さんの頭を撫でながら、振り返った。
「ああ。兄さんか。遅いよもうー。盗賊なら全部俺が片付けちゃったよ」
ここは俺の父、ディスケンス=ローディスが治める鉱山跡地。
つまり廃鉱山だ。
男爵である父への恨みからか、あるいはゆすりのためにか、長女のカトリ姉がさらわれ、それを俺が犬に乗って救いにきた、という流れである。
もちろん鉱山にいた盗賊らは、出会った者全て、皆殺しにしている。
「てんで大したことなかったよ。この程度のことで、西ベルンツィア最強の剣士と呼ばれる、父上を倒せると思っちゃうとは。笑っちゃうよね。人質をとってるにしてもさ。三歳の俺に蹂躙される程度の力しかないのに。これじゃ自殺と同じだよ。ははは」
俺は空笑いを浮かべた。
まさに強者。
これこそ勝者。
俺はついに、勝ち組になったのだ。
兄であるアインが、恐ろしいものでも見たように、顔を青ざめながら俺を見ている。
ベレトは鋭く俺を見据えているが、それでも恐怖は隠しきれず、頬から冷や汗をたらしている。
「なあ? そうは思わないか?」
撫でていたカトリ姉の頭から手をどけた。
ポケットに手を入れる。
現三歳。
厳密には三十八歳の転生者である俺は、二人をこれでもかと見下しながら、口にした。
「兄さん」
そう。
あの時の俺は確かに転生者でありそして――
天才だった。
◇◇◇◇十年後◇◇◇◇
原野が赤黒く染まっていた。
そこかしこにモンスターの死体が転がっているからだ。
俺はそのモンスターの死体を、血まみれになりながら集めていた。
この数の死体だ。
燃やさないと蛆がわき、土地が死ぬ。伝染病の原因にもなる。
俺はそのためだけに、連れてこられたのだ。
担いで下ろし、汗をぬぐう。
その時。
「キシャアアアアアアアアアアア!!」
後ろから漆黒のモンスターが襲ってくる。
どうやらまだ生き残りがいたようだ。
それに対し俺はただ怯えた。
昔の俺ならこの程度のモンスター、秒殺だっただろう。
しかし今の俺ではどうすることもできない。
今の俺は、魔術が使えなくなってしまったからだ。
ズバ!!
その時。
大きな光の弾のようなものが現れ、モンスターを一刀両断に切り裂いた。
振り返ると、そこには黄金の粒子に包まれたアインがいた。
「よおクロ。俺に感謝しろよ? 俺が出なきゃお前今、死んでいたぜ」
「光の剣か……」
この世界には、魔術の他に能力と呼ばれる力がある。
十五年かけて望んだものが、特殊能力として顕現する。
アインの光の剣は『モンスターに対して全ての能力が二倍になる』というものだった
「光の剣か……。じゃねえだろ。アインさん。ありがとうございます。このような腰抜けを救っていただいて。だろ? ほらどうしたクロ? 助けてもらったのに、礼の一つと満足に言えないのか? お前は」
このカス野郎が……。
「助けていただきありがとうございます、親愛にして、敬虔なる最強のお兄様」
「ふ」
アインが俺の肩をつかむ。
そして。
「どういたしまして」
膝蹴りを、俺の水月にぶち込んできた。
魔力さえ込めた一撃だ。
俺は胃液を吐き出し、腹を抱えて悶絶した。
「ゲホッ! ゲホゲホゲホッ!」
「バカが。いつまで自分が天才だと思っていやがる。今や魔術も満足に使えない落ちこぼれが」
「ちょっとやめなさいよ」
そんな時。
アインの後ろから声がかかった。
アインの婚約者であるリリーシャ様だ。
侯爵家の孫娘であり、男爵家の長男であるアインとの婚約が確定している。
「かわいそうでしょ? あなたの弟なんじゃないの?」
「かわいがってるだけですよ、リリーシャ様。じゃなきゃ、いちいち助けたりしませんって」
「とにかくもうやめなさい。こんな――弱い子供を、イジメるのは」
多分リリーシャ様に悪気はゼロだろう。
何なら善意しかないはずだ。
しかしその言葉の刃は、深々と俺の胸に突き刺さった。
「わかったら、帰るわよ。供をしなさい。アイン、プルーニャ、ブライアン、ネルガル、ソードス!」
「「「「は!」」」」
「かしこまりました」
アインと、リリーシャ様の後ろの護衛三人。そしてメイドの女が言った。
スタスタと、リリーシャ様が戻っていく。
その時。
護衛の一人が振り返ったと思うと、ニヤリと笑ってツバを吐きかけてくる。
それはピチャリと俺の頬にかかった。
「おい何をしている! ネルガル」
「ああすまんすまん。せっかくの機会だから、ついな」
「くだらんことをするな。行くぞ」
ゴシゴシと、俺は頬にかかったツバをふいた。
もはや慣れっこである。
こんなことは。
そんな時。
ドカ!!
背中を蹴られる。
俺の身体が、死体の中に飛び込んだ。
ただでさえ血まみれだった俺の身体が、鮮血で真っ赤に染まる。
「楽しみにしておくぜ、クロ。数日後の、バーバラ侯の前でする御膳試合を。あーはっはっは!」
「ちょっと何するのよアイン! 大丈夫? クロ」
言ったのはカトリ姉さんである。
盗賊に捕まり、俺の胸の中でワンワンと泣いていたカトリ姉さんはもういない。
あれから十年経っているのだ。
カトリ姉さんもしっかり大人になっている。
とはいえまだ十四歳ではあるが。
「クロ。ケガとかはない? あれならあたしが再生をかけてあげるけど――」
「ないけど、あの野郎ー!」
「クロ」
また呼びかけられて、振り返る。
そこにいたのは、ベレト兄だった。
「ベレト兄」
「情けない。あんな奴らに言われっぱなしか?」
「なーこと言ったって、今の俺は魔力が――」
瞬間。
俺はその場から飛び退いた。
俺がいた場所を、炎の奔流が通り抜けていく。
地面がメラメラと燃え、俺の後ろの死体の山にも火がついた。
「チッ!!」
声を上げたのは、目が脂肪で埋まってしまうほどのデブ。
パイク=ヘンリーウッドだった。
西ベルンツィアの四伯爵と呼ばれる家の長子で、バーバラ侯に次ぐ権力を持っている。
「まさか今のを避けやがるとは! 相変わらず体術だけはイカれてる奴だ!」
「パイク様。もうやめましょう。ここは一度冷静に」
パイクの腹心であり、カルパス子爵の末っ子。ジョージ=カルパスが言った。
パイク以上に糸目だが、それはパイクに気を使ってしているのでは、という噂も流れている。
「何だジョージ。お前まさか、あんなゴミの肩を持つつもりじゃないだろうな?」
「ま、まさか。あのようなゴミ。触れるだけでも気持ちが悪い。ですが、あのようなスカベンジャーにしかできぬこともあります。死体集めや、見世物でもある御膳試合もそうです。今ここで再起不能にするのはまずかろうかと……」
パイクがしばしジョージを見据える。
そして。
「アッハッハ。確かにそうかもしれんな! 今ここで焼くのは惜しいか! ガッハッハ!」
「そうですよ。放っておけばよいのです、あのようなゴミは」
「しかし御膳試合に選ばれたのが俺ならな。即八つ裂きにしてやったものを」
「まあまあそれは――」
俺をバカにしながら二人が去っていく。
イラつくが、ジョージに救われたなと思ってしまったのは内緒だ。
典型的太鼓持ちだが、悪い男ではない。
本人も争いが好きではないと、俺以外の人間に語っていたのを聞いたことがある。
が、言葉の刃では俺をグサグサと刺してくる。
そんな男だった。
悪い男ではないが、嫌な奴。
ということだ。
「クロ」
ベレト兄が言うので、見上げた。
「お前は強く、何より賢い」
ベレト兄は、死体を担ぎ上げていた。
本来それは、落ちこぼれである、俺の仕事なのに。
モンスターとの戦でも返り血一つ浴びていない手を、真っ赤に染めながら。
「例え魔力を失ってもそれは変わらない。忘れるな。お前は天才であり、いずれは俺の片腕になる男だ。次の御膳試合。俺も楽しみにしている。もちろん――」
ドサリと死体を置いた。
ベレト兄が振り返る。
頬を汚い馬賊の血で染めながら。
「お前の勝利をな」
「はいはい。頑張って期待に応えますよ」
「もちろん! あたしも応援してるわよ! クロ!」
カトリ姉が抱きついてくる。
俺はそれに苦しみつつ、それでも笑って口にした。
「はいはい」
口にした言葉以上に、頬を緩めながら。
◇◇◇◇御膳試合当日◇◇◇◇
西ベルンツィア士官学校。
その一部区画に、訓練用として設けられた常設闘技場がある。
本来は、模擬戦や集団戦術の演習に使われる場所だが、年に一度だけ、その用途が変わる。
御膳試合。
士官学校に通うものが、己か力を示す場所だ。
闘技場は楕円形。
審判は主審一人と副審四人。
主審、副審の役割は、実は審判ではなく出場者にもしものことがないようにである。言っても俺らは貴族のボンボンだからな。
故に主審、副審は全て、出場者の家の部下から選ばれており、そのうちの一人に、ローディス家の剣術指南役、キルバルトが選ばれていた。
「出場者! 前へ!」
審判に言われ、俺とアインが前に出る。
使う剣は『刃止め』と呼ばれる刃に特殊な道具をつけた剣である。
刃が鉄の金具で覆われているため切れはしないが、それは鉄の棒の一撃と大差ない。当たりどころが悪ければ普通に致命傷である。
しかし魔術には再生という、目、鼻、口、耳、脳以外なら、心臓さえ完全修復する呪文がある。
故によほどのことがない限り貴族は死ぬことがない。
ちなみに、魔術は貴族の血に宿るものであるため、基本的に庶民は魔術を使えない。
「これより、御膳試合を執り行う! 魔術使用、原則禁止! 降参は認めない! 試合の終了は――侯の御意向次第とする!」
闘技場が揺れんばかりに沸いた。
そんな中、アインが刃止めをつけた剣を向けてくる。
「全員が見ている前で、ヘタれたカエルみたいにしてやるよ、クロ。いたぶってなー。ククク……」
「御託はいいからとっととこいよ、アイン。この大会では魔術が使えない。つまり立場は五分。魔術が使えなけゃ、てめえは昔のまま。臆病者のザコだってことを教えてやるよ」
剣を下段に構えて、俺は言った。
今の俺は確かに魔術が使えない。
しかしだからこそ、体術だけに傾倒してきた。
俺の体術レベルは、士官学校でも随一である。
今の状況ならば、このクソったれのアインとも、五分に戦える。
俺の挑発を受けて、アインがカッと目を見開く。
「予定変更! ――ぶち殺してやるよ!! クロ!!」
アインが殺意マシマシの刺突を俺に向けてくる。
俺はそれを下段から剣を振り上げて、迎え撃った。
設定説明。舞台編。
【世界名】エバーグリーン。約八百年前の神魔戦争において世界が砕け、大地も海も荒れ果てた時、邪龍ディオを討ったリーダーが命名した。曰く『いずれはこうなる』という気持ちを込めてのことらしい。そして八百年後。本当にそうなっていた。ただしどこも戦争は、絶えない。




