表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

1章・1話

 学校の裏手へ回る帰り道は、表の通学路よりもずっと静かだった。


 正門前の明るい道から外れると、空気の温度まで少し下がったように感じる。校舎の側面に沿って細い舗道が伸び、その片側には夜の窓列、もう片側には低い塀と植え込み、古びたフェンスが続いている。駐輪場の屋根が闇の中に鈍く沈み、等間隔の街灯だけが、道をぶつ切りみたいに照らしていた。


 人通りはほとんどない。


 部活帰りの生徒がたまにこの道を使うことはあるが、今日はそれも見えなかった。

 自販機の白い明かりがひとつ、道の途中で妙に浮いている。昼間なら何でもないその光が、夜になると、周囲だけ少し現実から切り離されたみたいに見える。


 女子生徒は制服の袖口を指先でいじりながら、その道を一人で歩いていた。


 特別遅い時間ではない。

 けれど、学校を背にした瞬間から、どうにも落ち着かない感じが続いていた。背中がむず痒い。誰かに見られているような、気のせいで片づけるには少しだけ生々しい違和感だった。


 足を止める。

 振り返る。


 誰もいない。


 校舎の窓は黒く、植え込みは風もないのにじっと息を潜めている。フェンスの向こうには、使われなくなった器具庫の影が沈んでいた。

 いるわけがない。そう思って、女子生徒は小さく息を吐く。


「……やだな」


 独り言は、自分を安心させるには少し弱かった。


 歩き出す。

 数歩進んだところで、自販機の脇にできた水たまりへ、視線が落ちた。


 そこに、人影が映っていた。


 思わず息を呑む。


 自分の後ろ。少し離れた場所に、誰かが立っている。

 小柄な、人影。髪の長い、少女のような輪郭だった。


 女子生徒は反射的に振り返った。


 だが、そこには何もない。


「っ……」


 喉の奥で、声になりきらない息が引っかかる。


 もう一度、水たまりを見る。

 今度は何も映っていない。ただ街灯の色が滲んで揺れているだけだ。


 気のせい。

 疲れてるだけ。

 そう思おうとして、足を速める。


 そのとき、今度は校舎の窓に映った。


 黒いガラスの中、こちらを向いて立っている。

 さっきと同じ、小さな人影。制服姿の女子生徒にも見える。夜の窓に薄く貼りついたみたいに、じっとこちらを見ている。


 女子生徒の背筋に、冷たいものが走った。


 また振り返る。

 やはり誰もいない。


 なのに、窓の中のそれだけが、そこにいる。


 しかも今度は、さっきより少し近い。


 女子生徒はもう、走る一歩手前の速さで歩き始めていた。靴音が乾いた舗道に細かく響く。

 視界の端で、自販機の側面が白く光る。嫌な予感がして、見ないようにした。見たら、きっとまたいる。


 それでも見てしまうのが、人間だった。


 銀色の側面に、少女が映っていた。


 今度ははっきりと。

 すぐ後ろ、とまではいかない。だが、もう“遠く”ではない。顔の細部こそまだ見えないのに、近づいてきていることだけは嫌というほど分かる距離だった。


 女子生徒の呼吸が浅くなる。


 足を止めたくない。

 けれど確かめずにいられない。

 恐る恐る、首だけで後ろを振り向く。


 いない。


 誰も。


 街灯の明かりに切り取られた道だけが、空っぽのまま続いている。


 なのに、窓にも、水たまりにも、自販機の側面にも、それは映る。


 ついてきている。

 姿は見えないくせに、反射の中にだけいる。


 女子生徒はとうとう歩くのをやめ、半歩よろめいた。

 喉の奥が熱い。嫌な汗が背中を伝う。


 そのときだった。


 校舎脇の細長い窓に映った少女の輪郭が、ふっと揺らいだ。


 最初は光の加減だと思った。

 だが違う。輪郭そのものが崩れている。髪と肩の境目が曖昧で、顔の下半分だけが妙に濃い。口元だけが、そこに貼りついているみたいに見えた。


 女子生徒は息を止める。


 少女はまだ、少女の形をしていた。

 けれど、その“少女らしさ”が、外側から無理やり作られているみたいに歪んでいる。


 そしてまた一歩、近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ