夏祭りの雨の日、ヤンデレな彼女と相合傘することになった話
『結婚相手が決まったら、◯クシィ』
テレビから流れるCMに大きな溜め息をつく。
『私、君と結婚する!』
まるっきりゼ◯シィのcmに使えそうな言葉を、薬師丸ナオコ先輩はまっすぐ僕に向かって言ったのだ。
そこで僕は・・・何も言えなかった。
しどろもどろとしているうちに、先輩は「じゃ、また学校で」といつもの調子で帰ってしまった。
あれから、ずっと考えている。
僕は、薬師丸ナオコ先輩が大好きだ。
そのはず。
なのに何故か、素直に『はい』と言えないんだろう。
答えようとすると、どうしてか胸の奥の大事なところが、ぎゅうと切なくなって言葉が出なくなってしまう。
こんな状態でダラダラしていたら、夕方の国民的アニメがはじまり、明日の学校を嫌が応にも意識してしまったところに、今のCMというわけだ。
学校。
また、ヤミコさんと登校か。
あれ目立つんだよなぁ。
嫌だなぁ。へへっ。
・・・ふと、笑顔になっている自分に気づいた。
「なぁ、ヒロト頼むよ!」
「またかい。」
「今度の町内会の七夕祭り、丁度7日なんだよ!」
「あの、7月7日が重なったとき神社の笹に短冊飾ると願いが叶うってやつ?」
「よく知ってんじゃん!だからさ、ほら、雨だとさ?」
またそれかい。
僕はヤミコさんの方を見る。
ヤミコさんは僕に気づくと頬杖ついたままバチカンと音がするほどのウィンクをしてくる。
溜め息。
「あまり期待しないでよ?」
「サンキュー!恩に着るぜ!」
こいつ、いつか罰あたりますように。
ヤミコさんのところへ歩いていくと、待ってましたとばかりに
「お祭りのお誘い?」
と、子供のようだ。いや、散歩行く前の犬?
「うん。雨だと嫌じゃない?」
「相合傘したいなぁ・・・」
そうきたか。
「それは、登下校の時にしようよ。」
「え!また一緒に帰ってくれる?」
「傘はそれぞれね。」
「ヒロくんのケチンボー。あーあ。お祭りで相合傘にしようかな?」
「・・・わかったよ。あまり人目無いときにね?」
「えへへ。ありがとう。」
そこでチャイムがなり、教室はそれぞれの形に戻っていく。
昼休み、友人と弁当を食べようと教室を出ようとしたところで、
「おい、ヒロト。ちょっと顔貸せ。」
バレーの時の黒ギャルから声をかけられた。
え、怖。
「ど、どうしたの?大林さん。」
「キョウコでいい。」
大林、もといキョウコさんは、廊下の奥の方に僕を連れてきた。
やばい・・・財布教室に置いてきたんだけど。
「ヒロト、オマエさ。」
「な、なんでしょう?」
蛇に睨まれたカエルの気持ち、凄いわかるなぁ・・・
「ヤミコにちゅーしてやったん?」
「は?」
出たのは驚きの内容。
「バレーの奴。うやむやになったけど、あれ最後ちゃんと相手コートに落ちたんよ。つまり、勝った。」
正確には、1ゲームづつの同点なのだが。
「ヤミコの頑張り見てたろ?オマエさ、あれ見てなんとも思わんの?」
「・・・僕は」
思ったさ。
思ったとも。
あのなかで一番手に汗握ってたのは、僕だ。
「でも僕は」
「でももストライキもねーべ。ヤミコは筋通した。今度はオマエの番なんじゃねーの?」
「あーしもヤミコのことあんま知らないけど、あそこまで出来んのは多分、ヒロトのためだからでしょ。」
「さっきみたいにさ、お天気の都合だけで仲良くすんの、違くない?」
キョウコさんは、そういうと来た道を戻っていった。
僕は・・・何も言えなかった。
その日の帰り道、雨が降った。
予報どおりで、僕は傘を持っているのだが、
「相合傘したいなぁ。」
「待て待て待て待て待って!するから!するから傘折ろうとしないで!!」
という顛末で、ヤミコさんは傘を持ってるのに差してない。
「ねぇ、ヤミコさん?」
「なぁに?ヒロくん♡」
「最近、楽しそうだよね。」
時々暴走するのは変わらないけど、楽しそうなときが増えた。
キョウコさん達ともよく話すようになったし。
「だって、ヒロくんと一緒だもん!」
一瞬も考えずにそう答えるヤミコさん。
・・・頭の中で、前にナオコ先輩が言ってた言葉が聞こえる。
『取っ替え引っ替え』
この瞬間もそうなんだろうか?
すぐ、無くなってしまうのだろうか?
「ヒロくんは、雨が降っても降らなくても、側にいさせてくれるから。」
いつもの甘々ではない、真剣な声色。
先輩のあの言葉への回答なのかな。
「ヒロくんも、最近楽しそう♡」
「え、そうかな。」
「いつも見てるからわかるよ!・・・ナオコちゃんといるときは特に・・・」
雨足が強まる。
「せ、せせせ先輩は関係ないでしょ!!」
「うん、そうだね。」
ヤミコさんは急に立ち止まると
ちょっとだけ背伸びをして
僕の頬にキスをした。
「ここに、ナオコちゃんは居ないもんね。」
すると、ヤミコさんは自分の傘を差して相合傘から飛び出す。
「私、こっちだから。また明日ね♡」
雨はいつの間にか止んでいた。
日曜日 7月7日。
雨。
「なんだよー!雨じゃねーか!」
「仕方ねーよ。そんなこともあるって!」
カッパを来て準備する大人達を横目に、傘を差すいつもの面子と僕。
「折角短冊書いてきたのになー。」
幾人かで短冊を見せあっている。
「オマエ、キョウコとなん?マジ!!?」
「いいだろうがよ!」
何だか友達の声が遠くに聞こえる。
「ま、病み子の力も大したことなかったってこった。」
「そんなことない!!」
急に大声を出す僕に、驚く友人達。
「どうしたんだよ、ヒロト。」
「ヤミコさん、探してくる!!」
「えぇ!?」
「あ、おい!!」
僕は傘を差したまま走り出す。
まだ、会場には来てないか?
そうだよね。祭りは午後6時からだ。
今は・・・午後3時。
どこにいるんだろう。
こういうときって、どこにいるんだろ!?
やばい全然わからん!
とりあえず僕は最寄り駅に走った。
ヤミコさんの家につく。
呼び鈴を押すが、誰も出ない。
そもそも、ヤミコさんの家族って、どんなだろ?
そんなことも知らないんだなぁ、僕は。
ええい、邪魔だな。
僕は傘を閉じて走った。
まさかと思い、いつか遊んだ映画館、喫茶店、シルバーアクセサリー屋にも行ったが、いない。
シルバーアクセサリー屋さん、顔覚えてくれてた。
頑張れって何をだよ!
走る走る走る。
学校、開いてはいた。
でも誰も居ない。
全部の教室見た。でも、いない。
・・・ん?
何か、学校に入った時から変だ。
かつかつかつ・・・
かつかつかつ・・・
かつ・・・
かつ・・・
足跡ひとつ多くない!!!?
怖!夕方の学校って怖!!
・・・待てよ。
そういうこと?
だから、見つからなかったのか?
僕は、ゴクリと息を飲んで後ろを振り返る。
そこには
「そこにいたんだ、ヤミコさん。」
「あ、う、あ、ひ、ヒロくん。」
ヤミコさん、ずっと後ろから着いてきてたんだ。
「どうして声かけてくれなかったの?」
ヤミコさんはいつもと違い、何だか怯えている。
「わ、私も、短冊書いたの。ヒロくんと、いつまでも、一緒に、て。」
手が震えている。
「晴れにしようと思ってた!!ヒロくん、約束、ちゃんと守ってくれた。相合傘してくれた!恥ずかしくて、嫌だったのに、約束守ってくれた。」
「だから、私も、約束守ろうって、今日は、雲ひとつないお天気にしようって、思ってたのに・・・」
ヤミコさんは下を向いてしまう。
でも、その表情は手を取るようにわかった。
「どうして晴れてくれないのぉ・・・?」
嗚咽混じりの声。
消え入るような声。
「ヒロくんに嫌われちゃう。ヒロくんに嫌われちゃうよ。だから、声、かけれなかった。ヒロくんに嫌われちゃうから。嫌われちゃうから。嫌われちゃうからぁ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・駄目な子で、ごめんなさい・・・。」
そして、嗚咽は泣き声に変わる。
雨女?
違う。ただの同級生の女の子だ。
「それじゃあ、さ。」
「お祭り、相合傘で回ろうよ。」
この時、初めてわかった。
ヤミコさんの肩、こんなに小さかったんだな。
「おーう!ヒロト!病み子!こっちこっち!」
「病み子でも無理だったかこの雨は!」
「じゃあテメーで晴らしてみろよ。」
いつの間にか合流していたのか、キョウコさんも集まっている。
そこからは、皆でワイワイ言いながら祭りを回る。
みんな傘を差してるから狭い。
みんな肩やら頭やら濡れながら笑ってる。
寒いやら、冷たいやら言いながら。
「別に雨でも良かったんだよ、ヤミコさん。」
そういって、ひとつの傘の下で手をぎゅっと握る。
「うん、うん!」
ヤミコさんは首が取れそうなくらい頷いてた。
最後、神社の境内の中へ。
「これが、例の笹ね。」
「今年は7日だからご利益あるぞー?」
雨の中でも友人達はテンションが高い。
「僕たちも短冊飾ろうか・・・ヤミコさん?」
見ると、ヤミコさんは少し後ろの方でウンウン唸っている。
「晴れろ・・・晴れろ・・・」
顔を真っ赤にして空を見上げている。
ぶっちゃけ怖い。
「お!病み子頑張るん!?」
「雨乞いの逆か!何て言うんだ?」
「晴れ乞い?」
そんな馬鹿話の間にも、ヤミコさんは顔真っ赤、血管が切れそうだ。
「ちょっとヒロト、あれ、大丈夫なん?」
キョウコさんが心配そうに聞いてくる。
「僕もわかんない・・・ヤミコさん、何してるの!?」
「晴れろ・・・晴れろ!!!!」
「おい、みろよ!!」
その声に空を見上げると
厚くて黒い雲が、サァーと東の空に飛んでいき、満天の星空が現れる。
「おおー!!」
「マジかよ!!」
「すげぇじゃん病み子!!」
ヤミコさんは汗だくで肩で息をしながら、小さくガッツポーズをしてみせる。
「ヤミコさん・・・」
「ヒロくん、私、約束守れた!!」
頭を上げて見えたその表情に
僕は心を奪われた。
数日後、生徒会室に1人でいた薬師丸ナオコ先輩に声をかける。
「先輩、すみません。僕は先輩と結婚出来ません。」
「律儀だなぁ、君も。」
先輩はカラカラと笑う。
「それで、君は私をフリに来ただけかい?」
「ええ、すみません。」
もう、自分に嘘はつけない。
だから、先輩にも誠意を示さなきゃ。
「あんなもの、迷信だと思っていたんだがね。」
「え?なんのことですか?」
「念には念を、ね。」
今、7月。
梅雨もまだ開けてないのに、妙に寒い。
「折角、雨を降らせたのに、意味がなかったな。」
「先輩、何をそんな、笑って・・・?」
僕は一歩後退る。
「まぁいいさ。若さゆえの気の迷いということもあるんだろう。」
先輩が近づいてきて、僕を壁際に追い詰めると、
ドンッ!!
両腕を壁について僕を捕まえる。
「最後に私の側にいるのは、君だ。」
先輩の真っ暗な瞳には
僕の姿は写っていなかった。




