3層目⑪:月乃について
ヒカルの後ろから、めぐるが小走りで駆け出した。つられてヒカルもついていく。
ツキノと呼ばれた人物は、この場を去ることをあきらめているのか、立ち上がる様子はない。
めぐるはツキノの前に立つと、大きく一息ついて声をかけた。
「ツキノ、こんなところで何してたの?」
「まいったな。もう少し先で会うつもりだったんだけど……。」
ツキノは、照れくさそうに頬を人差し指で小さく掻きながら続ける。
「とりあえず、二人ともそこのベンチに座りなよ。立ち話もなんだし。」
ヒカルとめぐるは、視線をそばにあったベンチに移した。
ベンチにはやや蒼い蔦が絡まっており、座り心地が悪そうだ。
「あぁ、蔦を払った方がいいかな。気が利かなくてごめん。」
ツキノは立ち上がり、二人に近づくと、右手を淡く光らせた。
右手の光をそっとベンチに寄せると、絡まっていた蔦は数秒で干からびていった。
右手の淡い光が消えると、ツキノはサッと蔦を払う。
枯れ切った蔦はパキパキ、カサカサと乾いた音を立て、払われるままにベンチの表面から退いていく。
「どうぞ。」
ツキノは、二人分のベンチの蔦を払うと、着席を促しながら自分のベンチに戻って腰を下ろした。
ヒカルがめぐるに視線を送ると、めぐるはそれに気づき小さくうなずいて、先に腰を下ろした。
少々の困惑とともに、ヒカルもベンチに腰を下ろす。
「さて、まずは自己紹介からかな。初めましてだね?」
「あ、あぁ。」
「さっきめぐるが呼んでたから、もう知ってるだろうけど、まずは名前から。初めまして。月乃って呼んでよ。」
そっと差し出された右手。先ほどと違って淡く光ってはないことを確認し、ヒカルはおずおずとその手を取る。
「俺はヒカル。よろしく。」
「ありがとう。そしてよろしく。」
柔和な笑みとともに握手を交わすと、手を放して月乃は続けた。
「警戒しなくていいよ。能力はめったに使う気はないから。」
「ならいいが……。あんた、何者なんだ?どうやらめぐるとも知り合いみたいだが……。」
ヒカルがめぐるに視線を送るのに合わせて、月乃もめぐるを見る。
いきなり二人に見られる形になり、めぐるは「え?」と小さく漏らしたあと、二人から目をそらす。
「ふふ。めぐるからは答えづらいかな。」
少々いたずらっぽく笑う月乃に、めぐるが小さくうめき声をあげる。
「で、ヒカルは何が知りたい?」
「えぇっと――」
知りたいこと。改めて問われ、ヒカルの中にいくつもの疑問が浮かぶ。
めぐるとの関係、不思議な能力、「もう少し先で会うつもり」、何か「先」を知ってる?、夢で会った気がする、中性的な声、性別は。
「――まずは、そうだな。めぐると知り合いみたいだけど、どんな関係なんだ?」
「そっか。まずはそこからか。さて、どう答えようかな。」
あれでもない、これでもないと言葉を探しながら、しばらく悩んだ結果、月乃は答えた。
「ちょっと違うけど、一番近いのは、双子とか同位体とか。似てるけど違うものって感じかな。」
「見た目は似てないけど、そうだね。それが近いかも。」
めぐるの同意を受けて、月乃は続ける。
「人間の双子とは違うけど、似たような存在というか。そんな感じだね。例えば――」
そして、言葉を途中で切り、右手に淡い光を集める。
「――こういうの、とか。」
言い終えると、右手に集まった光は宙に散った。
「その力についても聞きたい。なんなんだよ。それ。」
「めぐるからはなんて聞いてる?」
ヒカルはめぐるを一瞥し、月乃に視線を戻して答える。
「確か、『生きていた時間を少しだけ再生する』とか。あと、使いすぎると疲れるとか。」
「なるほどね。じゃあ、概要だけ伝えようか。めぐるの能力を『再生』『巻き戻し』とするなら、この能力は『早送り』って感じかな。」
月乃が続ける。
「さっきのベンチの蔦みたいに、触れたものの時間を早送りするんだ。もっと言えば、『終わりに向かわせる』って感じかな。」
「それはつまり――」
「――ヒカル。」
めぐるがヒカルの言葉を制止する。
だが、月乃がその先を答えた。
「かまわないよ、めぐる。間違いではないからね。そう、この能力を使えば、生きているものを『殺す』こともできる。」
一瞬、沈黙とともに重い空気が三人の間を通り抜ける。
「ヒカルは、めぐるとも似たような会話をしたみたいだね。」
「似たような会話?」
「めぐるは、『死んだものを生き返らせることができるのか』って。」
ヒカルは驚きに目を見開いた。なぜそんなことを知っているのかとハッとした。
「あぁ、驚かせちゃったかな。昨夜、めぐるの様子を見に来た時に、ちょっと話を聞いてね。」
「ほら、"そういうの"が私にはないって言ったじゃん?眠る必要もないの。だから、昨夜はお散歩してて。」
両手を顔の前で合わせ、「黙っててごめんね」と伝えながらめぐるが続いた。
「じゃぁ、昨夜から近くにいたのか。」
「監視してたわけじゃないよ。めぐるが能力を使ったのに気づいて、ね。」
「そんなこともわかるのか。何というか、双子って言ってたのはそういうところか?」
月乃は、「そんな感じだね。」と軽く肯定した。
会話に一区切りがついたのを感じ、めぐるが大きく伸びをすると、場の空気も少し緩んだ。
ヒカルは、中庭に来た目的を思い出す。
「後回しになってたが、休憩も兼ねて『この先のこと』を考えようと思ってここに来たんだったな。」
「そういえばそうだったね。月乃のおかげで忘れてたけど。」
「それは悪いことをしたね。」
めぐるの言葉に、月乃がクスリと笑う。
「この階は住宅と病院と……、あと何があるんだったか。」
「商業区画と、娯楽区画があるね。」
「じゃあ、商業区画で食べ物探して、娯楽区画に行こうよ。」
「めぐるにしては堅実なプランだな。」
ヒカルの言葉に若干腹を立てたのか、めぐるがヒカルと言い合いを始める。
二人のじゃれあいが終わるまで、月乃は穏やかな目で黙って眺めていた。




