025:「これはただのボディーガードの仕事じゃねえ。命を張る覚悟がいる」
[家の近くに不審者。電線にスニーカーをかけていった。意味を調べてくれ]
送信した後、ジョージはもう一度だけ電線を見上げた。
あの男が単なるチンピラなのか、それとも——
何かの警告なのか。
ジョージの目は、夜の闇の奥を捉えようとするかのように細められていた。
ジョージはスマホを見つめながら、じっと次の一手を考えていた。
電線に引っかかったスニーカー。
あの意味を知る者は、この街では限られている。
しばらくして、スマホが振動する。
ヴィンセントからの電話だった。
『ジョージ、今のメッセージの件だけど……』
電話口のヴィンセントの声は、いつもより低く抑えられていた。
『そいつ、ガキのイタズラじゃねぇな』
ジョージは椅子に腰掛け、片肘をついた。
「やはりな」
『その辺の縄張り争いは知ってるが、住宅街の電線にスニーカーをかけるのは珍しい』
ヴィンセントは一呼吸置いて続ける。
『お前の依頼人……ナンシーに対する、何らかの警告かもしれねぇ』
ジョージの指が、机の上で静かにトントンとリズムを刻む。
「ターゲットは俺かもしれないな」
『……そうかもな』
ヴィンセントは短く吐息を漏らした。
『それで、どうする?』
ジョージはわずかに目を細めた。
「嫌な予感がする。キングスリーのナイトクラブに潜入する。
盗聴器を仕掛ける。動向を知りたい」
電話越しに、一瞬の沈黙。
次の瞬間、ヴィンセントの声が低く響いた。
『マジか……』
「マジだ」
ジョージは断言する。
『……お前、本気で言ってるのか?』
ヴィンセントの声が、いつになく低い。
『分かってるよな? これはただのボディーガードの仕事じゃねえ。
命を張る覚悟がいる』
「分かってる」
ジョージは淡々と答えた。
「ナンシーが証言した現場、そしてキングスリーのクラブ。
どちらも繋がっている可能性が高い。
だが、今のところ、こっちには何も無い」
ヴィンセントが鼻を鳴らした。
『だから、探りに行くってわけか』
ジョージはタクティカルナイフが入っている胸を無意識に撫でた。
「まずは慎重に行く。
キングスリーが不在の日を調べてくれ」
『……了解』
ヴィンセントの声には、どこか苦笑が混じっていた。
『お前がそう決めたなら止めねぇよ。
だが、単独潜入はやめとけ。サポートがいる』
ジョージは短く答えた。
「必要なら手配する」
『おうよ。お前がそう言うなら、こっちも準備しとくわ』
ヴィンセントの声が少しだけ軽くなる。
『でもよ……クラブでお前が踊るとか、想像できねぇな』
「俺もだ」
ジョージはわずかに口角を上げた。
通話が切れ、ガレージに静寂が戻る。
天井を仰ぎ、目を閉じた。
夜の空気が、ひんやりと肌を撫でる。
――キングスリーが俺に対してどこまで警戒しているのか、まだ確信が持てない。
――ここでスニーカーを回収したら、俺が脅威だと確信させる可能性がある。
――それよりも、相手の次の動きを観察した方がいい。
キングスリーの縄張りに足を踏み入れる。
何が待っているかは分からない。
だが、行かなければならない。
ジョージに迷いはなかった。




