潜入、魔王城 ①
翌日。
朝になっても雨が降りそうなほどの曇り空は変わらなかった。
不穏な空気が流れる中、心配そうに眉尻を垂らすアイビーに見送られながら、シエナたち三人は彼の家を出た。
「こりゃ、本当に一雨来るかもな」
シエナはアッシュから借りたローブのフードを深くかぶり、灰色の空を見上げる。
「しっかし、久しぶりの外出なのにどこも歓迎してくれねえのな」
ぼさぼさの髪を搔きながら、アッシュもシエナの隣に並んで空を見上げる。
じめっとした湿り気と冷たい風はこれからのことを暗示しているようだった。
それでも、彼らは歩みを止める訳にはいかない。
「ところでこの袖、邪魔じゃねえの?」
だぼっとしたローブの袖口を横に振りながら、シエナは顔をしかめる。
「その袖口が落ち着くんじゃねえか」
「わからん。むしろ邪魔」
「しかも、お前とお揃いというのが気に食わん」
「へいへい。そりゃ悪うございました」
ローブを借りておいて口々に文句を言う二人にアッシュは不貞腐れながら頭の後ろに両腕を回した。しかし、そのやり取りが三人ともどこかおかしくて、同時に小さく笑った。
「……お前ら、準備はいいか?」
気を取り直すようにゼファが二人に告げる。
その言葉に応えるように二人も深く頷く。
「で、実際城の警備ってどうなのよ」
「まあ、案外あそこが一番手薄かもな。まさか反乱を起こそうとする奴がいるとは思ってもいないだろ」
シエナの問いにアッシュがあざ笑いながら答える。
実際、囚人のアッシュの見張りですらあれほど警備が薄かった。
おそらく、街の門の見張りで手いっぱいなのだろう。
それでもこちらの人数はたった三人。
それでも彼らはこの国を覆さなければいけない。
準備は整った。
覚悟は決めた。
「――行くぞ」
ゼファの声に合わせ彼らは円陣を作り、互いの手を重ねた。
すると、それに反応するように三人の周りからつむじ風が吹き出す。
無論、彼女の力だ。
「シルフ!」
アッシュの力強い声と共に、風に包まれた彼らは一瞬にしてその場からいなくなった。
その僅か数秒後。城の正門前。
突然吹き荒れた風に門番をしていた二人の兵士は咄嗟に顔面を守った。
「な、なんだこれは!」
突然のことに兵士の一人が声をあげる。
風は、まだやまない。
やがて風は彼らの前に立ちはだかるようにつむじを作った。
そのつむじの中には三つの人影が見える。
だが、フードをかぶっており、顔まではわからない。
いきなり現れた人影に兵士たちは息を呑んだ。
それが、彼らにとって最後の景色だった。
二つの人影が即座に二人に突っ込み、面を手で掴んでそのまま後ろの壁に後頭部をぶつけてきたのだ。
目で追えないその速さとパワーに兵士たちは声をあげる間もなく、ガシャンと音を立てて崩れ落ちた。
その勢いのせいで、顔を隠していたフードがハラリと落ち、青い結わえた長髪とブロンズ色の短髪が露わになった。
ゼファとシエナである。
「お見事お見事」
鮮やかな彼らの働きにアッシュが拍手をしながらニヤリと笑う。
「この調子なら楽勝なんじゃね?」
「馬鹿野郎。これからが本番だろ。油断するな」
軽い気持ちのアッシュに、ゼファが緊張した顔つきで戒めた。
「いいじゃねえか。先行きがいいことに越したことねえだろ?」
アッシュは口角を上げらながら、すっかり伸びた兵士を足蹴にする。
そんな彼の後ろでシエナは浮かない顔で空を見つめていた。
「どうした、シエナ」
無言で灰色の空を仰ぐ彼にアッシュもゼファも不思議がる。
そんな彼らに気づいたシエナは笑って「なんでもない」と誤魔化した。
ただ、なんでもないはずがないことは、シエナが一番わかっていた。
――どうして、こんなに胸騒ぎがするのだろう。
シエナはずっと引っかかりを感じていた。
その訳はこの空にあった。
どこまでも続くようなこの不穏な天気について思い当たる節があるのだ。
そう考えているうちに、ポツ……と、大きな雫が彼らの頭部に落ちてきた。
「……降ってきたな」
手を広げ、雨の気配を感じていると空から雨粒が降り注いできた。
「おい、さっさと入るぞ」
ゼファはフードをかぶり直し、先陣を切る。
そんな彼の背後で稲光がギラリと光った。
すぐさま雷鳴が轟き、雨粒は散弾銃のように地面を打つ。
シエナは思わず振り向いて、このデジャヴを感じる景色をじっと見据えた。
そして頭を振った後、深く深呼吸をして、先へ行くゼファとアッシュの後に続いた。




