こんな日は誰も彼も落ち着かない ③
シエナが呟いた言葉に、ゼファとアッシュはハッとした。
「それってもしかして……『ヴァルヴェルン』か?」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も……この国では伝説の生物の扱いになっている」
ゼファは真顔のまま腕を組む。
しかし、これはアッシュの管轄のようで、珍しく彼がゼファの言葉を紡いだ。
「ヴァルヴェルンは特別な召喚獣だ。シルフのような自然を司る精霊でもなければ、聖獣でもない。どこにも属さない……言わば『無』の召喚獣だ。いや、召喚獣なんて可愛いもんじゃねえ。あいつは……破壊するために生まれた魔物だ」
淡々と語るアッシュに、シエナは胸騒ぎが止まらなかった。
「そいつを……国王が召喚しようとしているなら?」
破壊するために生まれた魔物。そのヴァルヴェルンの生態がシエナの知る未来を作り出しているように思えて仕方がない。
冷や汗を流し、不安に打たれるシエナに二人にも不穏な空気が流れ始めた。
ーー空はそれに答えるかのようにさらに雲行きが怪しくなった。
ポツポツと雨が屋根を叩き、風で窓は激しく揺れる。
思えば、未来の日記にもヴァルヴェルンが召喚される直前は悪天候だと書かれていた。
それを知るシエナにとってはこの空模様ですらもうヴァルヴェルン召喚の兆しとしか捉える事ができなかった。
「……明日、城に乗り込むぞ」
腹を括ったゼファが低い声でそう告げた。
シエナもそれは賛成だった。
アッシュとゼファが死んでからヴァルヴェルンが召喚されるまで何日か分の日記が記されていた。
つまり、召喚までまだ日はあるということだ。
だが、それは淡い願いだった。
彼は、彼自身が変えた未来の影響がどこまで及んでいるのかを知らなかったのだ。
* * *
その日の夜のこと。
誰も彼もが寝静まった時間帯だったが、アッシュは眠れないでいた。
窓の縁に座り、外の景色を眺める。
空は厚い雲で覆われており、星や月は見えない夜空だ。
そんな物思いに耽る彼を心配するように彼の周りに色取り取りのオーブが飛び交った。
彼が契約した精霊たちである。
「なあ、お前ら……」
アッシュが小声で彼らに問うと、オーブは反応するようにピタリと止まった。
「お前ら……この街が好きか?」
ふわふわと浮いていたオーブは肯定するように縦に揺らぐ。
その反応にアッシュは安堵するように笑い、続けて問うた。
「ならゼファと……シエナは?」
その問いに緑のオーブ……シルフはすぐに縦に動く。
だが、他のオーブはシエナのことがよくわからないのか、眠っている彼の周りをふよふよと浮き始めた。
中にはシエナの顔を凝視するように目と鼻の先まで近づく者もいる。
その様子がおかしくて、アッシュは頬を綻ばした。
「本当、幸せな顔で眠るよなこいつ」
オーブたちも同意なのか、納得するように上下に動く。
「でも……正直、こいつのことは俺もよくわかっていない」
突然声のトーンを変えたアッシュにオーブたちの動きはピタリと止まる。
それでも、アッシュは構わず話を続けた。
「よくわからねえし、ゼファも相変わらず頭かてえ奴だけど……それでも僕はこいつらの力になりたいと思ってる」
その言葉にオーブたちは何かを察したのか、アッシュを見つめるように静まり返った。
アッシュは深く息を吸った。
本当はわかっていたのだ。
相手が召喚士なら、それに対抗できるのは召喚士である自分しかいない。その力を最大限に発揮するには彼ら精霊たちの力が一番必要だった。
「俺はこいつらのために戦う……お前らも手伝ってくれないか?」
いつになく真剣なトーンのアッシュにオーブたちも注視するように動きが止まる。
やがて、オーブはアッシュの元へ来て、彼の周りを飛び交った。
それは、彼らの肯定を意味していた。
「……ありがとうな、お前ら」
その答えにアッシュはホッとするように微笑み、静かに息をついた。
そして、そっと目を閉じ、ゆっくりと夜空を仰いだ。
徐に目を開けた時、彼の目に飛び込んだのは彼と同じ灰色の曇り空だった。
彼は覚悟を決めないといけないと思っていた。
この街の……いや、自分の運命を受け入れる覚悟を――……。




