こんな日は誰も彼も落ち着かない ②
* * *
一方、「リビングで一服する」と嘘をついたシエナはアイビーが買い出しに行っている間に彼の部屋に忍び込んでいた。
彼の日記を見るためである。
怪しまれないうちに即座に彼の日記に手を伸ばし、パラパラとページをめくる。
最新の日記は彼の丁寧な字でこう書かれていた。
『B.H.715.6.22
こうして朝のうちに日記を書くのはいつぶりだろうか。
昨晩、私はゼファ様の自宅に招かれた。
久しく訪れるセレスト家はあの頃と比べ随分と寂しくなっていた。
公爵が殺され、奥様が亡くなる……立て続けに来る不幸にどんよりとした空気が流れていた。それでも、ゼファ様だけは相変わらず逞しい。
だが、彼もついにあのことにお気づきになってしまった――我々が生涯隠し通さなければならないあのことだ。
しかし、私は真実を彼に話した。
過去から背ける訳ではなく、未来に目を向けたいと思ったからだ。
それに、このままではいずれこの国は亡ぶ。
それならば、若きものにこの老いぼれの未来を託したいと思った。
ゼファ様はウィスタリア様を止めるおつもりだ。
ならば、私にできることはなんなのだろう。
若き公爵の手札は私を除きあと二つ。
生き残った召喚師。そして、謎多き旅人の青年。
この国の行く末は一体どうなるのだろうか』
読み終えたシエナは日記を閉じ、深く息を吐いた。
確実に未来は変わっている。
それなのに、彼は不穏な空気を感じていた。
それに、日記に書かれていた「あのこと」というのも気になる。
謎は深まる一方だが、あまり長居するとまたアッシュに怪しまれる恐れがある。
ひとまずシエナはアイビーの部屋を出て、屋根裏部屋へと戻ることにした。
シエナが部屋に戻るとゼファとアッシュが話し込んでいた。
ほくそ笑むアッシュと頬を引き攣らせているゼファの様子から異様な空気を感じる。
「なんかあったのか?」
思わずシエナが尋ねると、ゼファが途端に厳めしい顔つきなった。
「昨日、国王が召喚師だということがわかった」
「なんだって?」
つい声をあげるシエナだが、ふと、頭にアイビーの日記のことが過った。
経緯はさておき、これがアイビーの言っていた「あること」だとすぐに察しがついた。
「きっとあいつは召喚獣を使って戦争を仕かけるだろう。そうなる前に俺はあいつを止めないといけない……シエナ、お前も手伝ってくれないか?」
真剣な眼差しで見つめるゼファにシエナは二つ返事で頷く。
乗りかかった舟だ。
彼も最初からそのつもりでいた。
それにしても国王も召喚士だとはシエナも想像しておらず、彼も緊張のあまりつばを飲んだ。
相手は召喚士となると、これから激しい戦いになるはずだ。
「……召喚士?」
疑問に思ったその言葉を口にした途端、シエナは自分の顔が青ざめるのを感じた。
彼は気づいた……いや、思い出してしまったのだ。
「どうした?」
いきなり様子が変わるシエナにゼファとアッシュも戸惑う。
だが、シエナの手は動揺で震えており、目も愕然とするように見開いていた。
「俺……馬鹿だ……なんでこんな大事なこと忘れていたんだろう」
シエナは自分の愚かさにとにかく嘆いていた。
この街の未来を知るのは自分だけで、しかも国が滅亡する「きっかけ」を知っていた。
「最初は『ヴァ』で……最後が『ン』のつく獣……」
――それこそが、おそらく国王が召喚した召喚獣。
あの日記にそう書かれていた。
それなのに、彼は今の今まですっぽりと抜けていたのだ。




