突撃、自宅訪問 ③
「お待たせ。行くぞ」
階段口からシエナがひょこっと顔を出したので、ゼファは席を立った。
「それでは、行ってくる」
「おう。任せたぜ」
アッシュはヒラヒラと手を振りながら二人を見送る。無論、外までは見送る気はない。
そんなアッシュにゼファはため息をつきつつも、シエナと共にアイビーの家を出た。
「その前に……シエナ、これかぶっておけ」
裏口に当たる自宅の出入り口にて、ゼファはシエナにある物を投げた。ターバンだ。
「お前、数人といえども兵士に顔が割れてるんだ。兵士が血眼になって探してるかもしれないから一応頭隠しておけ」
冗談かと思っていたシエナだが、彼の表情は真剣だった。
気休め程度でもゼファはないよりはいいと思っているのだろう。
「へいへい。相変わらずお堅いねえ」
面倒臭く感じながらもシエナはターバンをかぶる。これで幾分かマシになったのわからない。
「でもよお、兵士たちが見回りしてるんならここにアッシュを置いて大丈夫なのか?」
シエナの疑問は当然だった。兵士が探すとしたら自分より脱獄したアッシュのほうに決まっている。
くまなく街を探しているのであればアイビーの店に兵士がやってくるのも時間の問題のはずだ。
けれどもゼファはきっぱりと言い切った。
「アイビーが俺の配下だということはあっちもわかっている。だから、ここが一番安全なんだよ」
そう断言されてもシエナにはその根拠がわからなかった。
だが、ゼファは深追いするなと言わんばかりに「さっさと行くぞ」と先を行く。
仕方なくシエナもゼファの後ろに続き、二人で薄暗い路地を抜けた。
路地を抜けると最初に井戸に出た。
周りには家も多々あるのでこの街の住宅街のように見えた。
ただし、辺りに活発さはない。
ここでも薄汚い格好で働いている物売りの子供。
塀によりかかってしゃがみ、死んだように動かない男。
井戸の前で暗い顔でひそひそ話をする主婦たち。
ゼファにとっては何度も見てきたいつもの光景だ。
――おかしい。
辺りを見回しながらゼファは眉間にしわを寄せる。
街中が静かだ。
それも「何事もなかった」とされているようなくらいに。
脱獄囚がいるのだ。
指名手配をされてもおかしくないはずなのに特にそんな様子もないし、聞き耳立ててもアッシュのこともブロンズ色の髪をした青年のことも聞こえてこない。
――ということは、アッシュとシエナのことは知らされていないのか?
そんな妙な感覚ですらゼファの脳裏に過る。
一方、シエナも不穏な空気を感じ取っていた。
滅んだアクバールで見た日記の内容が正しければ、今日がアッシュとゼファが「生きている」というタイムパラドックスが生まれる日だ。
果たして未来は本当に変わっているのか、彼も密かに緊張していた。
周りを警戒しながらゼファとシエナは街の奥でと進む。
中には見張りをしている兵士もいるが、ここで下手に逃げたら却って怪しまれるので敢えて堂々と前を通った。
しかし、兵士たちはゼファに敬礼するだけで特に変わったことがない。
シエナに至っては眼中にもないようだ。
「おい、ゼファ……これって……」
たまらず耳打ちしてくるシエナにゼファは「ああ」と頷く。
「昨日のことが……なかったことにされている」
真顔になるゼファにシエナもごくりと唾を呑んだ。
「でも、国王軍がそのつもりなら、こっちも好き勝手にやらせてもらうだけだ」
静かに息をつき、凛とした眼差してゼファは先を見据える。
しかしその視線の先にシエナは違和感を覚えていた。
「あのさあゼファ……俺たち、アッシュの家に向かってるんだよな?」
「ん? ああ。そのつもりだが」
唐突に聞いてくるシエナにゼファはきょとんとする。
シエナが怪訝そうな顔になるのも無理はない。
ゼファが行く先は街の外れ……しかも城に続くあの高い塀の裏手で、これまた塀で囲まれた緩やかな石段がさらに下っていくような場所だったからだ。
こんなところに人が住んでいるだなんてシエナには到底思えなかった。
それでもゼファはあっけらかんとしていた。
「まあ、あいつの家はちょっと珍しいからな」
そう言いながらゼファは迷うことなくその石段を降りていく。




