第三十五話 魚醤作りを始めよう5。
「食べ終わったら作業に戻るよー」
「また扇ぐのー? もーいやだよ」
「ローゼ。穴掘るのと扇ぐのどっちがいい?」
うちはホワイト企業なので選択の自由があります。
「穴? どれくらいの?」
「この壺の2回りくらい大きいサイズかな?」
「穴掘る方が楽そうだね。穴にしよっと」
そうか助かるな。正直もう扇がなくてもいいし仕事が1つ減った。
ローゼには働いて貰ってばかりだけど美味しいもの作るから許してください。
魚屋で買った大きいの魚を3枚におろす。
「ユウタ様のが上手じゃないですか?」
横で見ていたルネさんがそっと呟く。
「まだまだですよ」
本当は魚を捌くのは自信がある方だったんだけど、やっぱり本職には勝てない。
まだまだ練習しないといけないね。
「まだお若いですから、もっと上手くなられるじゃないですか。羨ましいですね」
「ルネさんだって全然若いじゃないですか」
「私がユウタ様くらいの頃はそんなに上手くなかったですよ?」
「俺は料理を専門で学んでますからね。料理が得意だからってやってるんじゃなくて仕事にするためにやってるというか」
そのために専門学校に通って免許を取ってどっかに就職するつもりだったのに気づいたらこんなところで魚を捌いてますよ。不思議だね〜?
「仕事にするためですか。ユウタ様の世界では仕事する為にその分野を学べるんですね。ということは自由に仕事を選び放題なんでしょうね」
採用されるかは置いといてまぁ、受けたいところ受けれるし、学校にも進学できるけどこっちは学校とかないのかな?
「こっちって学校はないんですか?」
「学校が何かあんまりよく分かりませんが、子供の時にやりたいことを学ぶとかはないですね。大抵は親の仕事継いだり、何かに才能があればそれを活かせるところに行ったり。たまに憧れてやりたい事に就く人もいますが」
学校とかないんだ。まぁ時代の流れってのもあるから一概にいいとは言えないと思うけど。小さい子供からしたら毎日自由に街を走り回ってたほうがいいしな。
「まぁ、いずれはそうなっていくんじゃないですかね? 俺は自分の生活と食についてで精一杯ですからね!」
異文化を取り入れようとか特に考えてないから。食べ物さえ充実してればいいんだよ。
充実しきった後にどうするのかってのは今は考えないようにしてる。
「ユウタ様の満足する食生活が送れる世界になったらどうするんですか?」
考えないようにしてるって言ったばかりじゃんか! 心の中でだけど……。
「何も考えてないですよ。いつになるかわからないですからね」
「でも順調にいったらそう遠くない未来なんじゃないですか? その時のために少しでも考えておいたほうがいいですよ」
年上の声は刺さるなぁ。わかっちゃいるけど現実逃避したいよね?
こんな状況になってるだけでわけわかめなのにね!
「そうですね。少しずつ考えてみますか」
おろした切り身をお湯に突っ込んで煮る。だいたい1時間くらいかな?
魚を捌くだけなのにルネさんの心に突き刺さるお話で現実逃避度が薄れてしまった。
現実逃避度を補うために異世界の美少女の元へ行くとしよう。
「ローゼのところに行きましょうか」
ルネさんに作ってもらった壺をもってローゼのところへ。
「あ! ユウタ〜!」
「終わった?」
「これくらいでいいの?」
ちょっと小さいけど大丈夫だろう。入ればいいんだしね?
「おっけー。じゃあ木の板で囲ってくれる?」
「囲うってこの穴の中を?」
「そうそう。底と四辺を板で囲ってくれればいいよ」
「なんかいれるの?」
「これを仕舞うんだよ。だからきっちり囲ってね」
「雨降ったら詰まない?」
「めっちゃ板、乗せるからいけるいける」
いけないと困る。意外とこの世界は暑い日とかなくて過ごしやすそうな感じがするから家の中でもいいんだけど、魚醤って臭いから置きたく無いです。こっちに梅雨とかあるのかな?
「ねぇ、こっちって雨が続く時期とかってあったりするの?」
「ずっと雨が降る期間なんてないけど、ユウタのところはそんな時期あるの? 憂鬱になりそう」
「ジメジメしててかな。イライラしたなぁ低気圧のせいだけど。こっちには無いのか……最高だな」
あのねっとりとした湿った空気と上と下からの水の攻撃を受けずに生きていけるなんてそれだけで素晴らしい。まぁ、あっちでも梅雨のないところあるけど……。
「でも雨楽しいじゃん〜。濡れるけど」
「何日も続くと嫌になるよ。しかも蒸してるから最悪。洗濯物とかも乾かないし」
「メイドが困りそうな時期ですね」
メイドのルネさんは流石本職目線が違った。けどルネさんって洗濯できるの? 料理以外はダメダメって……。
ルネさんの名誉のために黙っておいてあげよう。
「板はめたよー。壺ちょーだい! 壺!」
ローゼに壺を渡す。それを穴の中に入れて蓋をしようと板を持ち上げようとする。
「あ、ちょっとまって?板の前にこれを被せよう」
そう言ってコンビニのビニール袋を取り出す。
「透明な袋?」
「土とか入らないように一応ね」
完成した時に開けたら泥だらけなんて嫌でしょ。ローゼも納得したようにうんうん。と頷いている。
ビニール袋を被せて板を2枚重ねて大石を1つ置いて出来上がり。
「はい終わったよ」
「ありがとう」
「今日は終わり?」
「いやこれから長い作業が待ってるよ」
「頑張ってね!」
手伝ってくれないで帰るつもりですか?薄情なやつだな。
「もう帰るの? まぁ、一人で出来るからいいけど……」
出来るけどめんどくさいのはめんどくさい。
「もーそんな悲しそうな顔するなよ〜! しょーがないからもうちょっと手伝ってあげようじゃないか」
ちょろ。少しそれっぽくすれば簡単に乗ってくれた。
「ありがとう。それじゃそこら辺で枝をたくさん拾ってきてよ。燃やすから」
「薪じゃだめなの?」
「焼くわけじゃないからね、集めたら小さく折って鍋で炒っておいて」
「いるって何?」
「ローゼお嬢様……。炒めるってことですよ」
「そこらへんはルネさん任せますよ」
「枝を炒めてどうするですか?」
「乾燥させてくれれば。そのあとそれを使ってさっきの魚を燻しますから」
「よくわからないけどりょーかい! ルネ行くよー」
「ちょっと! ローゼお嬢走ったら危ないですよ!」
ローゼはいつも元気だな、ルネさん頑張ってください。