第18話 とわに…(美海視点)
祐司「おい、美海っ! やったぞ!!」
やけに弾む声と、ドアを叩く音が響いた。 外出する時、鍵を持たないのが癖の祐司は、私が中から開けない事には部屋に入れない。
美海「騒がしいなぁ…。 一体どうしたの?」
私は祐司に問いかけた。 どちらかと言えば活発な感じの祐司だが、ここまで騒ぎ立てるのは珍しい。
それに最近… 祐司は鬱ぎ込む事が増えていたから。
美海「はいはい、慌てなくても今…」
小走りでドアに駆け寄り、鍵を開けた私の目に、3年前よりずっと痩せた祐司の姿が飛び込んで来た。
祐司「美海、喜べっ!」
美海「だから何を?」
祐司「何をって、あの事だよ!!」
美海「だから、あの事って…」
祐司「あの事はあの事…」
説明もできないくらいに舞い上がった祐司を、何とか宥めて訊いてみると…。
祐司「前に話してた会社だけどな、俺の研究に出資してくれるそうだ!
それだけじゃない。 持ってるビルの1フロア、丸ごと貸してくれるらしい。 しかもタダで!!」
美海「ウソ?!」
この頃になると、滞っていた研究も進展し始めていた。 日々の生活は相変わらず苦しかったけれど、かつての大学の仲間達がこっそり協力してくれたりもし、何とか先行きが見え始めていた。
そこに、さらなる追い風となる出資話だ。 これなら祐司でなくても叫びたくなるだろう。
美海「おめでとう。 やったね」
喜ぶ私に、さらに祐司は思いもしなかった事を言い出した。
祐司「美海。 俺がここまでこれたのは、みんなお前のおかげだ」
美海「なによ改まって…」
祐司「こんな安物しか買ってやれなくて悪いんだけど…。
結婚してくれ!!!」
祐司が取り出したのは、一目でガラスと分かる石を使った、正直安っぽいデザインリングだった。
美海「祐司…」
涙が溢れた。
どこにでもある、誰にでも買えるガラス玉が、その時の私には、どんな宝石よりも綺麗に輝いて見えた…。
【2】
それからというもの、祐司と私は寝る間も惜しんで研究に没頭した。
出資はして貰ったものの、そうなれば結果も求められる。 そういう意味では、マンション研究室の頃より数倍ハードな生活になってしまったけれど、2人の心は充実していた。
美海「祐司。 私の担当してた部分だけど、何とか纏まりそうよ?
それとね? 研究に興味を持ってくれたコがいてね。 研究所に入ってくれる事になりそうなの」
私は嬉しさのあまり、自然に顔がほころんでいるのに気がついた。
祐司「おっ、そりゃ楽しみだな。 美海が抜擢しようって人間だ。 さぞかし優秀なんだろうな?」
美海「もっちろん。 祐司の10倍くらいは優秀だから、彼女が来たら、祐司はもうする事ないよ?」
祐司「そりゃ大変だ。 代わりに俺は、研究所の掃除でもするか」
私の冗談に楽しそうに笑ってくれる。 忙しいけど充実した日々。
美海「それでね、彼女なんだけど…」
祐司「そんなにか? じゃあ、今度ぜひ話をしたいな」
弾む会話。
美海「そうだね。 きっと彼女も祐司の事、気に入ってくれるんじゃないかな?」
祐司「こちらからお願いしたいくらいだよ。 実は今、客観的な意見を…」
ふと祐司が頭を押さえた。
美海「どうしたの? 大丈夫?」
祐司「…大した事ない。 いつもの偏頭痛だろ。 最近忙しいかったから、悪さをしだしたらしい」
美海「でも…」
祐司「美海は心配性だな。 もちろん薬は飲むさ。 どうしてもって言うなら、病院に行くから」
美海「どうしても」
祐司「ははっ、分かったよ。 じゃ、来週にでも行っておくよ」
美海「とりあえず、今日はもう寝よ?」
祐司「そうだな」
消える灯り。 そして…。
…………。
………。
……。
…。
。