第1話 ガラス森と神の塔
--神の塔
そこには、神様がいる。
遥か空の彼方、雲を越え、風を越え、星々の瞬く天の果てまで、一本の塔が伸びている。
人々はそれを、神の塔と呼んだ。
古き言い伝えは語る。
天を仰ぐ者に、道は示される。
道を歩む者に、光は与えられる。
そして、長き旅路の果てに塔の頂へ至った者は、神々の御許に迎えられるのだと。
そこには、悲しみも苦しみもない。
飢える者もなく、渇く者もなく、夜の寒さに身を寄せ合う者もいない。
望むものは満たされ、失われたものは慰められ、疲れ果てた魂は永遠の安息を得る。
そこでは、涙は乾き、別れは終わりを告げる。
昨日の苦しみは遠い夢となり、明日の不安はその名さえ失うだろう。
朝には尽きることのない光が満ち、夜には無数の星が天を飾る。
時は人々を追い立てず、死は人々を脅かさず、誰もが安らかに生き、安らかに眠る。
それこそが、神々の住まう楽園。
すべての旅人が憧れ、すべての疲れた者が望み、すべての失われた者が帰り着く場所。
されど、地上に生きる者の目には、天は遠く、道は険しかった。
塔は雲を貫き、雲は塔を隠し、その頂を見た者は誰ひとりとしていなかった。
人々は空を仰いだ。
幼き者は夢を語り、老いた者は祈りを捧げた。
ある者は愛する者のために、ある者は失われたものを求めて、またある者は、ただ安らぎを願って。
いつか、あの塔へ。
いつか、あの天へ。
いつか、神々の御許へ。
その願いは風に乗り、祈りは空へ昇り、人々は長い年月をかけて天への道を築いたという。
神の塔は、今日も静かに空へ伸びている。
地上の祈りを受け止めるかのように。
天の光を地上へ届けるかのように。
そして、遥かな高みから、いつか訪れる旅人を待つかのように。
--黒き影
そこには、悪魔がいる。
深く地の底より、闇を抱き、狂気を孕み、終わりなき悪意の果てまで、無数の影が這い広がっている。
人々はそれを、魔の障壁と呼んだ。
禍々しき言い伝えは語る。
道を示すものが、道を閉ざす。
光を与えるものが、光を奪う。
人々を支えたものが、いつしか人々を滅ぼすものへと変わったのだと。
そこには、悲しみと苦しみが満ちていた。
飢える者があり、渇く者があり、夜の寒さに震えながら、朝を迎えられぬ者たちがいた。
満たされたものは失われ、守られたものは砕かれ、疲れ果てた魂に安息は訪れなかった。
昨日の平穏は幻となり、明日の希望はその名さえ失った。
朝には暗雲が垂れ込め、夜には無数の影が地を覆った。
時は人々を追い立て、死は絶え間なく戸口を訪れ、誰もが明日を恐れて眠った。
それこそが、悪魔の敷いた障壁。
すべての旅人を阻み、すべての疲れた者を挫き、すべての失われた者から帰る場所を奪うもの。
門は開かず、道は途絶え、火は消え、水は涸れた。
助けを求める声は闇に呑まれ、救いを願う祈りに応えるものはなかった。
人々は空を仰いだ。
幼き者は夢を忘れ、老いた者は祈りを捧げた。
ある者は帰らぬ愛する者を待ち、ある者は失われた暮らしを求め、またある者は、ただ次の朝まで命が続くことを願った。
それでも、あの塔へ。
それでも、あの天へ。
いつか、神々の御許へ。
その祈りは風に散り、願いは闇に沈み、人々は長い年月をかけて、かつて自ら築いた道を失っていったという。
神の塔は、今日も静かに空へ伸びている。
地上の祈りを受け止めるかのように。
失われた光を地上へ届けるかのように。
そして、遥かな高みから、いつか訪れる旅人を待つかのように。
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「神の塔を見に行くわよ!!」
マリーはいつも突然だ。思いつきで行動しては、大人たちに叱られてばかりいる。
集落からは、遠くの空へ伸びる巨大な塔が見えることがある。晴れた日、それも空気が澄み渡った日だけだ。雲の向こうまで突き抜けているように見えるその塔を、僕たちは神の塔と呼んでいた。
雨季の名残を含んだ風が、木々の葉を揺らしていた。青々とした草が波打ち、濃い緑の枝葉から垂れ下がる蔓が、あたりを深い緑に染めている。
色とりどりの鳥が枝から枝へ飛び移り、水面では魚が跳ねて小さな波紋を広げていた。
今日は魚を取りに来たはずだったのに、神の塔を見たいと思い立ったマリーは、僕の返事なんか聞かずに歩き始めた。
「マリー、魚を取って帰らないと、またゴハン抜きになるよ」
マリーは腰に手を当てて振り返ると、ニカッと笑った。
「安心して、ルー。神の塔に上ろうとしてるわけじゃないわ。ちょっと見たいだけよ」
そう言うと、彼女は緑に覆われた遺跡を指さした。
そこには、ガラス森があった。
昔はこの辺りにも、たくさんの人間が暮らしていたらしい。今では、そんな話も年寄りたちから聞く昔話でしかない。
遺物探しにガラス森の探索には参加したことはあるけど、大人と一緒じゃないと駄目だといつも言われている。
それに、ここら辺の遺物は大体が回収済みだ。
「マリーはこの前、勝手に遺跡に行って夜になるまで帰って来なくて、大騒ぎになったのを忘れたの? さんざん怒られて締め出されて、『お家に入れてー』って泣いてたじゃない」
ムッとした表情を浮かべたマリーは、ツカツカと僕の方に歩み寄ると、僕の頭を一発、グーで殴った。
「うるさいわね、叩くわよ」
叩くわよじゃなくて、叩いてから言うのは本当にやめてほしい。
「塔ならここからでも見えるじゃない。どうしてガラス森なの?」
「いいから、ついてきなさい!」
そう言ってマリーは、ガラス森へ向かって歩き始めた。
ガラス森。そこは、かつてたくさんの人々が暮らしていたと言われる場所だった。
森の木々よりもはるかに高い遺跡が、いくつも並んでいる。灰色の壁はところどころ崩れ、むき出しになった骨組みには太い蔦が絡みついていた。枝葉の隙間から差し込む陽の光を受けて、残されたガラスがきらきらと輝いている。その光景が森のように見えることから、僕たちはそこをガラス森と呼んでいた。
昔の人たちは、こんなところに住んでいたらしい。
石でできた建物は冷たくて硬そうだし、とてもじゃないけど住めるようには見えない。
森の木よりも高くて、あんなところから落ちたらひとたまりもないだろう。
どうして、あんな高いところに住もうと思ったんだろう。
そもそも、どうやって上まで登ったんだろう。
考えても、僕にはさっぱり分からなかった。
「この前、見つけたの。あの遺跡、登れるの! あの上からなら神の塔が全部見えるはずよ!」
そう言ってマリーは、自慢げにガラス森の奥の遺跡を指さした。
その先には、ひときわ高い遺跡がそびえていた。壁の一部は崩れ、むき出しになった骨には蔦が絡みついている。上の方は木々の枝葉に隠れ、どこまで続いているのかも分からなかった。
マリーの言う「この前」というのは、夜になっても帰って来ず、集落全体を巻き込んで大騒ぎになった、あの日のことだろう。
……へえ。登れるんだ。
うん、そうなんだ。登れるんだね。
……いや、ちょっと待って。
今、登れるって言った?
あそこに? あの、森の木よりずっと高い、あの遺跡に?
まるで、ちょっと木に登ってくるみたいな言い方だけど、そんな簡単な話じゃないよね?
遺跡には悪魔が出る。だから、勝手に入ってはいけないし、ましてや上に登るなんてもってのほかだと、僕たちはいつも大人たちに言われている。
「マリーはバカなの? 遺跡の塔には悪魔が出るって言われてるのに、何で登ろうとしてるの?」
マリーは一瞬きょとんとしたあと、フフンと鼻を鳴らした。くるりと僕の方を振り向くと、得意げに口元を緩め、驚くべきことを言い放った。
「悪魔なんていないわ! だって、この前登ったけど何も出なかったもの!」
うわぁ……。
なんか、すごいこと言ってる。
だから遅くまで帰って来なかったんだぁ……。
そういうことだったんだ。
……バカだぁ。
「あのね、マリー。悪いこと言わないから、バカなことはやめようよ。ここら辺の遺跡は、上に行けないってみんな言ってるじゃない」
「まあ、そうよね。中を探しても、上る場所なんて全部崩れたりしてるからね」
そう言いながら、マリーは迷うことなく、ひときわ高い遺跡の前まで歩いていった。
そして、壁から垂れ下がった太い蔦に手をかけると、ひょいと足をかけた。
「ちょ、ちょっと、何してるの?」
「中はダメだけど、外は全然いけるのよね!」
そう言うなり、マリーは蔦をつかんで登り始めた。ギシッ、ミシッと、壁に絡みついた蔦が音を立てる。崩れかけた壁の出っ張りに足をかけ、まるでサルみたいに器用に身体を持ち上げていく。
僕はマリーのように器用でもなければ、バカみたいな体力があるわけでもない。あんなところを自分の手と足だけで登れるのは、マリーだからだ。
「マリー! 僕は無理だからね! サルじゃないんだから登れないからね!」
どんどん登っていくマリーを見上げながら、僕は下から声をかけた。
マリーは少し上まで登ると、壁に開いた四角い穴にするりと入り込んだ。そして、すぐにそこから顔を出して僕を呼んだ。
「アンタでもここまでは登れるでしょ。ちょっと来てみなさいよ、面白いから!」
面白いからって……。
先に帰ってやろうかと思ったけど、このままマリーを置いて帰ったら、また大変なことになりそうだ。
この前みたいに、夜になっても帰ってこなくて、集落中の人たちが探し回ることになるかもしれない。最後には、マリーの泣き声が集落中に響き渡るんだ。
それに、マリーのお母さんからも、一緒について行って危ないと思ったら止めるように頼まれている。
まったく、どうして僕がこんなことをしなくちゃいけないんだろう。
マリーは僕より2歳も年上なのに、まるで小さな子供の面倒を見ているみたいだ。
まだ太陽は空の上まで来ていない。これなら、きっと夜になる前には帰れるだろう。
遅くなる前に、どこかでマリーを止めなきゃと思いながら、僕も蔦に足をかけた。
マリーが登ったところまでは、僕でも何とか登れそうだった。手で蔦をつかみ、足をかけられそうなところを探しながら、ゆっくりと上がっていく。
途中で何度か足が滑ってヒヤッとしたけど、なんとかマリーが入っていった穴までたどり着いた。
四角い穴をくぐって中に入ると、そこには集落で見たことのある机のようなものや、見たこともない丸いもの、四角いものがたくさん置かれていた。
「ルー、こっちよ!」
マリーに手招きされて近づいていくと、その先に緑色の扉のようなものがあった。
似たようなものは、ほかの遺跡でも見たことがある。
でも、どうやって開けるのか分からなかったり、押しても引いてもびくともしなかったりするものばかりだった。
「見なさい、ルー。下にあったのは開かなかったけど、ここはね、開くのよ!」
そう言うと、マリーは緑色の扉に両手をかけて押した。
ギギギ……。
壊れた獣がうなるような音がして、扉がゆっくりと開いていった。
扉の向こうには、遺跡でよく見かける階段があった。
昔の人たちは、きっとこれを使って上まで行っていたんだろう。
石がきれいに並び、隙間もなく、同じ形の段がずっと上まで続いている。
壁に手をつきながら、おそるおそる階段の脇から上をのぞいてみた。
ずっと先の方に、小さな光が見える。
「あ……空が見える」
「でしょ! この前は来るのが遅かったから、上まで行けなかったけど、今日は上まで行けるわ!」
いやいやいやいや、ダメだよ、何言ってるの。
本当に上まで登るつもりなの? 止めなきゃ。絶対に止めなきゃ。
「あのね、マリー。悪魔が出るからダメだよ。神の塔を見るだけなのに、どうしてわざわざ上まで行こうとするの?」
「上の方には本もたくさんあったわよ」
「えっ、本? あるの?本当に?」
思わず聞き返してしまった。
「そうよ。きれいに並んでいたわ。嘘じゃないわよ。それに、この前は途中で暗くなっちゃって、神の塔は見えなかったの」
集落には、昔の話をたくさん知っているおじいさんがいる。
僕は小さい頃から、おじいさんのところへ行っては、いろいろな話を聞かせてもらっていた。昔の人たちがどんな暮らしをしていたのか、遠くの土地にはどんなものがあったのか。おじいさんの話は、聞いたこともない不思議なことばかりだった。
おじいさんの家には、たくさんの本がある。僕には読めない難しい文字ばかりだけど、おじいさんは本を開いて、そこに何が書いてあるのか教えてくれた。少しずつ文字も教えてもらって、今では簡単なものなら自分でも読めるようになった。
だから、僕は本が大好きだ。
本を見つけると、何が書いてあるのか気になって仕方がない。マリーが神の塔を見たいと思うのと同じくらい、僕にとって本は特別なものだった。
「マリー、本があるところまでだからね。上までは行かないからね。危ないと思ったらすぐ戻るんだからね。それで、本はどこにあるの?」
気がつけば、僕はすっかり行く気になっていた。
マリーは僕の話なんて聞いていないみたいに、さっさと階段を上り始めた。
「早く来ないと置いていくわよ!」
随分と時間が経ったような気がする。
最初は本のことばかり考えながら、夢中で階段を上っていた。でも、途中から何かおかしいと思い始めていた。
階段の床に「45」と書かれている。
登り始めたときは「3」だったはずだ。これが本の番号と同じように昔の人たちの使っていた目印なら、
僕たちはもう40くらい上がってきた事になる。
上に行けば行くほど、遺跡はひどく崩れていた。壁の色は変わり、表面はボロボロになっている。天井も所々剥がれ落ち、壁の一部がなくなっているところからは、外の景色が見えた。
階段も途中から半分くらいになっているところもあった。ここから落ちたら、絶対にただでは済まない。
僕は足元を確かめながら、ゆっくりと階段を上った。もう足も疲れて、息も苦しい。
少し先をひょいひょいと進んでいくマリーに、やっとのことで声をかけた。
「マリー、はぁ、はぁ……本は……本は、どこに……あるの?」
「えー、本? 一番下の方よ。帰りに寄って帰るから、早く来なさい!」
……え?
一番下?
帰りに?
僕は思わず立ち止まった。
本を見つけるために、登ってきたんじゃなかったっけ?
そう思いながら、やっとの思いで明るい場所までたどり着くと、僕はその場に座り込んだ。
どうやら一番上ではないらしい。でも、遺跡の上半分はどこかへなくなっていて、天井も壁もほとんどなく、青空がそのまま広がっていた。吹き抜ける風が、汗ばんだ顔をひんやりと冷やしてくれる。
先に上がっていたマリーは外がよく見える場所に立って、神の塔をじっと眺めていた。
長い髪が風になびき、真っ青な空を背にしている。その横顔はいつもよりずっと静かで、いつもの生意気な顔とは違って見えた。
その姿は一瞬だけ、そう、一瞬だけ、本の中に出てくるお姫様みたいだった。
……ん?んんん?
何も言わずに、理不尽なこともしなければ、お姫様とは言わなくても普通の女の子に見えるのかもしれない。
でも、僕はすぐに我に返った。
物語のお姫様は、もっとこう、いつもニコニコしていて、ウフフって笑うんだ。
けっして、あれじゃない。
「見て、ルーカス。神の塔の下はあんなに丸くてきれいだったのよ」
満足そうに満面の笑みを浮かべたマリー、いや、マリアナは僕の方を振り向いた。
風になびく髪を押さえながら、彼女はもう一度、にっこりと笑った。
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森のはるか向こうには、神の塔があった。
遠くにあるのに、とても大きく、白い山のように見える。山の頂からは、細く長い塔が空に突き刺さっていた。
どこまでも伸びるその先は、神々の住む天界へと続いていて、その先を見ることはできない。
下の方は大きく丸く広がり、そこには無数の細い遺跡が並んでいる。
雲の切れ間から光が差すと、塔の一部が白く輝いて見えた。
あのずっと上には、神様たちが暮らしている。
そこには食べ物も水もたくさんあって、誰もお腹を空かせたりしないらしい。寒い夜もなく、悲しいこともなく、みんな幸せに暮らしているのだと、おじいさんが教えてくれた。
いつか僕たちも、あそこまで行けるのだろうか。
昔の人たちは、いつか神様に会えると信じて、あの塔を作ったのだそうだ。
神様は、天までたどり着いた人を迎え入れてくれる。
そこでは、居なくなった人たちにも会えるのだと、おじいさんが話してくれた。
僕は、いつかあそこへ行ってみたい。
神様にも会いたいけど、それよりも、お父さんにもう一度会いたいから。
心地よい風に吹かれながら、僕とマリーは何も言わずにその場に座って神の塔を見ていた。
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「いつまで寝てるの。ルー、起きなさい」
マリーの声で目が覚めた。
自分が今、何をしているのか一瞬分からなかった。けれど、すぐに思い出した。あまりの気持ちよさに、僕たちは二人そろって眠ってしまっていたらしい。
気がつけば、もう夕方だった。
しまった。
慌ててマリーを見ると、ほっぺたには床の凸凹がくっきりと跡になって残っていた。
いつまで寝てるのと偉そうに言えるのか、と言ってやりたかったけど、そんなことをしている場合じゃない。
早く降りて帰らないと、夜になってしまう。
上ってくるだけでもあれだけ時間がかかったんだ。降りる頃には日が暮れてしまうかもしれない。
慌てて立ち上がると、足に力が入らず、僕はよろめいた。
気がつけば、海から吹きつける風が、さっきよりもずっと強くなっていた。崩れた壁の向こうから風が吹き抜け、足元の小さな砂やホコリを巻き上げている。
「ルー、帰るわよ」
そう言うと、マリーは何事もなかったかのように、スタスタと階段の方へ歩き始めた。
その時だった。
『ズトォォォオオン!』
地面、いや、床が大きく揺れた。
ズンッという衝撃が足元から突き上げてきた。階段の方から、何かが崩れ落ちるような轟音が響き渡る。壁が崩れ、かろうじて残っている天井から細かな破片が降ってきた。
大量の粉塵が一気に吹き上がり、階段のあった場所を白く覆い隠していく。
「うわっ!」「きゃっ!」
思わず目を閉じ、腕で顔を覆った。口の中にざらざらしたものが入り込み、息をするのも嫌だった。
ゴロゴロ、ガラガラと、何かが転がり落ちる音が続いた。やがて、その音も遠ざかり、辺りは急に静かになった。
風が吹き抜ける音だけが聞こえる。
「……なに?」
腕を下ろして目を開けたけれど、まだ粉塵でよく見えない。少しずつ白い煙のようなものが薄れていくと、階段のあった場所に、崩れた壁や床の破片が積み重なっているのが見えた。
粉塵の向こうに、マリーが立ち尽くしていた。
「ルー、階段、なくなっちゃった」




