第1話 漂着
VR対応のMMORPG「エターナル・エンパイア(Eternal Empires:EE)」は、文明を発展させ国を作っていくゲームだ。小さな町からスタートし、住人を増やし、技術を開発し、領地を広げ、他の国と戦い、あるいは交易し、より強く、より繁栄した国を育てていく。スタート時点は青銅器時代。文明が発展するにつれて、鉄器時代、中世、植民地時代、産業時代、近代、現代を経て、やがて未来の文明に至る。俺がこのゲームをはじめたのは、まだクローズドベータだった10年前。以来、毎日欠かすことなくプレイしているうちに、トッププレイヤーの一角にまで昇りつめることができた。
ゲームを始めたばかりの頃は歩兵や騎馬兵を率いて平原で戦っていたというのに、今では宇宙戦艦どうしの艦隊戦すら日常になっている。かつて「部族長」だった俺も、いまや「宇宙艦隊司令」だ。
そんな「エターナル・エンパイア」も、今となってはあちこちにほころびが目立つ、旧式なゲームになってしまっていた。少しずつ顔馴染みのプレイヤーが減り、戦場は閑散とし、放置された帝国が増えた。そしてついに、今日の24時をもってサービスが終了することとなった。サービス終了の告知を目にした時には、自分の人生の一部が失われるような、寂しいとも悲しいともつかない喪失感に打ちのめされたものだ。高校生だった10年前から、文字どおり毎日欠かさずプレイしてきたのだ。
「このブリッジも見納めかー」
無数のパネルやコンソールが並ぶブリッジを見回す。感慨深い。
「エターナル・エンパイア」はフルVRのゲームであり、俺が今見ている情景はVRゴーグルが投影する仮想空間だ。それでも、VR技術の進展によって、見た目や音響は現実と区別がつかないくらいのレベルになっている。
ここ1年ほど、俺は宇宙戦艦ではなく、宇宙輸送艦の艦隊を率いて、友軍の艦隊に補給してまわるという、地味な役割をプレイし続けていた。自分が前面に出て戦うのには、もう飽きた。むしろ、いかに補給路を整備し、効率的に友軍へ必要な物資を届けるかという兵站が楽しくなっていた。けれども、支援する友軍は少しずつ減り続け、今では最盛期の2割程度まで落ち込んでしまっているらしい。
「23時58分です。あと2分、ですね」
いつの間にか俺の傍らに立っていたクレアが俺に話しかける。
「司令、長い間、お世話になりました」
「──俺の方こそ」
もっとほかに言うべきこと、言いたいことが山ほどあるはずなのに。言葉が喉の奥につかえて出てこない。
クレアはAIが作り出したキャラクターだ。それぞれのプレイヤーは、1名~数名のサポートキャラクター(サポーター)を選び、任務や戦闘においてプレイヤーを補助させることができる。秘書のようなものといえばいいだろうか。雑多なオペレーションを彼・彼女らに任せることによってゲームをより効率的にプレイできるようになるので、たいていのプレイヤーは複数のサポーターを抱えている。中には20人以上引き連れているやつもいるらしい。
そんな中、俺のサポーターはクレアただ一人だ。
将官向けの白い軍服を着た彼女とは、もう10年の付き合いになる。シルバーブロンドの長い髪とダークブルーの瞳が印象的な美少女。やや幼い見た目とは裏腹に言動も所作も落ち着いていて、理知的な印象を見る人に与える。
しばらく目を伏せていた彼女は、ゆっくりと顔を上げて俺を見つめた。今までに見たことのない、思い詰めたような表情だった。
「司令、私……」
その瞬間、視界が暗転した。24時になったんだな、と思うと同時に俺は意識を手放した。
気がつくと床の上に仰向けに倒れていた。しばらく気を失っていたらしい。瞼を開けると、見慣れた司令室の天井パネルが目に飛び込んできた。そういえば昔、司令室で寝たこともあったなあ。何度か寝落ちしてしまって、クレアに叱られたっけ。
そこで気がつく。エターナル・エンパイア、サービス終了したんじゃないのか?
横たわったまま首を横に回すと、すぐ近くに倒れているクレアが目に入った。
「……クレア!?」
飛び起きてクレアの肩を掴んで揺さぶる。とっさに手を伸ばしてしまったが、よく考えたらVRだよね!?なんでアバターにさわれるの!?いつの間にか触覚機能がサポートされていた!?
「……司令?」
何度か揺さぶるとクレアが目を覚ました。良かった。サービス終了で機能停止したかと思った。
クレアの手を取って助け起こす。クレアの手から伝わる温かさも、腕に感じる重さも、とてもVRとは思えない。
「とりあえず現状を把握しようか」
「了解しました」
クレアはすぐに司令室内の自席に座り、コンソールを操作し始めた。
「本艦および艦隊に損傷はありません。ただ、すべての広域通信がオフラインになっていて、どことも連絡がつきません。航宙システムは正常に動作していますが、現在位置をロストしています」
「位置がわからない?」
エターナル・エンパイアでは、敵からジャミングを受けた場合や次元断層エリアに迷い込んでしまった場合に現在位置がわからなくなることがある。意識を失う前の時点では、敵はどこにもいなかったし、近くに次元断層エリアも存在しなかった。
「敵影は?」
「ありません。進路および周辺宙域すべてクリア……いえ、待ってください」
クレアがコンソールをあわただしく操作する。正面の大型スクリーンに宇宙空間が大きく映し出される。
「ここからおよそ2,000万キロの位置に地球型惑星を発見。データベースに照会をかけましたが、特徴に一致する惑星はありません。方位024-010」
未知の惑星か。開拓イベントで未知の惑星を見つけて入植したことがあったのを思い出す。
「とりあえずそこに向かってみようか。そういうイベントなのかもしれないし」
とは言ったものの、その可能性はないと気づいている。エターナル・エンパイアは終了したはずだ。何よりも、VRとはまるで違うリアルな感覚が、これはゲームではないと告げている。
12隻の艦隊とともに俺たちは未知の惑星へと向かった。
「見た目は地球とそっくりだね」
地球型惑星の衛星軌道に到達。目の前の大型スクリーンには、発見した惑星が大きく映し出されている。青く輝く惑星は地球そのものに見える。もっとも、大陸の形には見覚えがないので、地球ではないとわかる。
「無人探査機を射出。調査を開始します」
本艦ミネルヴァと強行偵察艦プレストから数十機の探査機が次々と打ち出され、光の筋となって大気圏に突入していく。15分ほどすると、探査機の映像が届きはじめた。ブリッジ正面の大型メインスクリーンに、探査機から送られてくる映像と分析データが表示される。陸地を飛ぶ探査機からの映像には、森や平原、山、荒地、湖などが写っている。実は地球の映像だと言われても納得しかねないくらい、地球の風景とそっくりだ。
「気圧および大気組成は地球とほぼ同じです。わずかに二酸化炭素濃度は低いですが」
「スーツなしで上陸できそうだね」
「それは危険です。有害なウイルスや細菌がいるかもしれません」
そうかもしれない。ゲーム内のキャラクターはバイオテクノロジーによって強化されているという設定なので、基本的に病気とは無縁だ。ただ、俺が現在進行形で体験しているこれがゲームの中なのか、それとも現実なのかは、いまだに確信が得られないでいる。
やがて平原の彼方に集落のようなものが見えてきた。
「街っぽいのが見える。やはり人が住んでいるのか」
さらに近づくと、人工的な建造物がいくつも判別できる。高層ビルのような現代的な建物はなく、石やレンガ、木材等で作られているように見える。中世ヨーロッパを舞台にした映画のセットみたいだ。
「これ以上接近すると探査機が発見される恐れがあります。小型ドローンでの探索に切り換えます」
クレアが探査機に指示を出すと、探査機は町から少し離れた場所に着地し、内部に搭載されている数機の小型ドローンを発進させた。
光学迷彩を展開したドローンが町に近づく。石造りの城壁が見える。大きな門があり、人が出入りしているのが見える。




