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文通

 君の首を絞める夢を見た。

 何て言ったら君は笑うでしょうか。

 ええ、そうでしょうとも。これはただの夢。わたくしという人間が見てしまった一つの幻想であります。

 けれど君、わたくしの友である君、それがただの夢だと笑う事が、君は出来てもわたくしには出来ないのです。

 ここのところ、わたくしのレディオはそういった内容の音ばかりを受信するのです。世界の全てがそういった好意を持った上での悪事を奨励するかのように。

 ところで君は原子炉に侵入出来る容易さをご存知でしょうか。

 それでしたら、教えて頂けると助かります。




 君がそんな夢を見たという事は何かしらの欲望の表れか、それとも不安の表れだと思う。

 前者であるとするならば僕達の今の距離感は正解であると言えるだろう。後者であれば間違いだと言わざるを得ない。

 出来る事なら君に何が起こっているのかを側で見聞きしたいが、君が本当に僕の首を締めるとも限らない。

 それに今ここを離れる事は僕には困難だ。電話でも出来ればいいのだが、僕が電話をかけられるのはいつも夜遅くになる。君を叩き起こしてしまってはいけない。

 そのために手紙のみの意思疎通と励ましのみになる事を許していただきたい。

 僕は君を信じている。それはただの悪い夢だと信じている。

 ところで原子炉の件だが、それは不可能というものだろう。あの施設は国の管理下にある。まず進入出来ないと考えた方がいい。

 君がはやまった行動に出ない事を祈る。




 ありがとうございます。君からの励ましが何よりわたくしの支えとなります。

 出来る事ならば君と電話で話せるという時間帯まで起きていたいのですが、何分夜間は眠く、いつもするべき事を済ませた後は泥沼のように眠る日々です。

 君があんまり遅くまで起きて体調を崩していないか心配です。身体の不調を感じましたらお医者様へとすぐに行きなさいますよう。

 わたくしもお医者様にかかるとすぐに不調が治りますので、信用されてもいいと思いますよ。

 原子炉の件ですが、そうですか。やはり厳しいのですね。教えて頂きありがとうございます。

 大丈夫、わたくしはまだ正常です。




 僕は大丈夫だ。遅く、と言っても日付が変わるまで起きなければならない事はない。その日の内には眠りにつけるようにしている。

 こちらに来てから医者は何度か行ったが、どれも些細な風邪だった。薬を用いるまでもなく完治した。

 風邪は万病の元という言葉がある。君が風邪になどかかって病院と言う閉鎖空間に囚われる事のないよう願っている。

 僕にはまだいいだろうが、君には酷くつまらなく毒のある空間である事だろうから。

 ところで原子炉に忍び込む、というのならば、むしろ原子炉の職員になってしまった方が早い。

 君には困難だろうが。




 それを聞いて安心しました。君が病気になり寝込むと言う事わたくしにとっても恐るべき事態であります。

 もしそうなりましたら即座にわたくしへと電報を打って頂ければと思います。そちらへと舞い飛び、昼も夜も君の看病に徹しましょう。

 わたくしは幸いにも持病以外は病気を抱える事なく健康に生活しております。

 寒い夜などは独り寝の寂しさを噛み締める日もありますが、レディオから流れる音楽がそれを払拭してくれています。

 少々暴力的な内容の歌詞も最近ではすっかり馴染み、夢の中にまで浸透する事はなくなりました。きっと君と言葉を交わせなくて不安だっただけでしょう。

 原子炉の件ですが、確かにわたくしには不可能な方法ですね。

 潔く諦める事にします。




 その言葉はとても嬉しいが、同時に君に迷惑をかけたくないとも思う。

 寝込むなどという事になれば僕はとても弱っているだろうから、君を勇気付けられる自信がない。病気をうつしてしまわないとも限らないから、出来る限り健康でいるように心掛ける事にする。

 健勝で過ごしているようで安心した。君の無事が何より僕の支えだ。

 夜寂しいのは僕も一緒だ。かと言って君以外の誰かに夜の友を頼める気もしない。君に倣ってラジオを買おうかと思っている。

 ところでその流れてくる歌詞とはどのような内容なのだろうか。それによっては別の物を買った方がいいのではないかと検討中だ。

 返事を待っている。




 君のためならばそのくらいなんて事ありません。迷惑だなんてとんでもない。

 けれど君が弱っているところを見たくない、というのも本心です。何より君がご健康である事がわたくしの幸福であります。

 このくらいの事で君を喜ばせられるというのなら、いくらでも健康でありましょう。

 君も是非、亡くなるその日までご健康であられる事を願っています。

 レディオから流れる歌詞ですが、以下のような内容が多くあります。


愛とはなんて便利な言葉だろう

何をしても許されるなんて

愛とはなんて便利なものだろう

暴力すら肯定される


 基本的には恋愛を歌う物が多いと感じています。中にはごく普通の歌もありますが、やはり暴力的な内容が多めなのでは、と思います。




 君にそう言ってもらえるととても嬉しい。

 しかしながら今の距離を取ろうと決めたのは僕達なのだから、病気の一つで約束を破ってしまいたくはない。

 命の灯火が消えてしまいそうならば君に勇気付けてもらいたいが、そうでない場合はやはり離れていてほしいものだ。

 君の健康と共に自らの健康も神仏に願う事にする。

 さてラジオだが、そのくらいなら問題ないだろうと買ってみた。大きな音は出せないが毎夜楽しく聞いている。耳に心地良い音楽が多く、ぐっすりと眠る事が出来ている。

 君と同じ音を聞いているのかと思うと感慨深いものがある。




 約束の事をはっと思い出しました。折角二人で決めた事なのに忘れてしまっていた事を恥ずかしく思います。

 君の事が心配だという気持ちはきっと神聖な物ですが、君と交わした約束もまた神聖な物です。

 ふと思い立って、君と過ごした日々を収めたアルバムを押入れから出してきました。

 写真の中のわたくしは君の隣で幸せそうでした。あの頃はお互い離れるなど想像もつきませんでしたが、今は離れていても幸福を感じる事が出来ます。

 君は何時も通り、写真の中でも仏頂面でしたけれど。

 レディオ、お買いになられたのですね。何だか嬉しくなりました。

 先日、久しぶりに夜更かしをして、満月を見ながらレディオを聞きました。数年前に君と流星群を見た事を思い出しました。あの夜は本当に美しかったです。




 約束を忘れてしまうぐらい君が僕を思ってくれているという事だろう。それはある意味で素晴らしい事だ。

 僕もまた、君が入院したと聞いてそちらへ飛んでいってしまわないよう気をつけようと思う。

 アルバムを持ってこなかったようなので、君との約束の証を出してきた。時が経ち、多少くすんでいたが美しい輝きを今も保っていた。

 この証のように僕達の友情もいつまでも硬く続くようにと、つい懐古の思いに浸ってしまった。

 いつか君と僕が普通に会えるようになったその時は、最初にこの証を交換し合おう。

 流星群の夜は僕も素晴らしい日だったと記憶している。夜の学校に忍び込んだのも今では良い思い出だ。

 次、流星群が降る夜は、僕達はお互い会えるようになるだろうか。




 約束の証をわたくしは机の上に飾ってあります。美しい輝きはわたくしの心を癒してくれます。

 時折烏等が狙いに来ますが、窓を開けなければどうって事ありません。

 アルバムを持っていかなかった、と言う事なので、君とわたくしが映った写真を何枚か送ります。

 フイルムが手元にありましたので焼き増しを行ってみました。中々に面白い作業でしたよ。

 次の流星群は何時頃だったでしょうか。時期を調べておきます。


追伸 先日レディオから流れてきた印象的なフレェズを書いておきます。


あなたは言ったわね

「友情は愛に変わらない」と

それが本当なら私達今も

いつまでも友達でいられたはずなのに




 来客に見られると恥ずかしいので引き出しの中に大事にしまってある。何故だろうか。これを君以外の人に見せたいとは思わない。

 鳥は光り物が好きだと聞いた。外出時に襲われないよう気をつけた方がいい。

 写真をありがとう。君が焼き増しを行った物か、それともあの時印刷してもらった物かは分からないが懐かしい気持ちになった。

 あの頃はお互いいつまでも共にあるもので、そうでなければ生きていけないとすら思っていたが、いざ離れてみるとこうして手紙を交わすだけでも大分平気だと分かった。

 自分で思っているよりも僕は君に依存していなかった、と言う事だろうか。

 ラジオからの歌詞を見て、直接は関係ないのだが和歌を思い出した。以下に書き写しておく。


玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする




 人が来ない部屋ですので、見られる心配はわたくしの方はありません。けれどたまにはお医者様が来ますので、そういう時は戸棚の奥に隠してしまいます。

 今のところわたくし自身を狙っている気配はありません。けれど襲われるのも嫌ですので、光り物を身に着けないよう控えておきます。

 喜んでもらえたようで嬉しいです。送った物はあの時印刷してもらった物です。

 わたくしもそう思っていました。離れてから数日は心にぽっかりと穴が空いたようでしたが、最近は随分と慣れました。

 けれどやはり、たまには君の声を聞きたいと思う夜もあります。

 和歌は美しいですね。レディオから流れる歌詞は率直で耳に心地良いのですが、和歌のような独特の色彩は中々ありません。




 返信が遅れた。まずはその事を詫びよう。

 持病の方は大丈夫だろうか。病状が悪化してない事を祈っているが。

 環境の変化は心に大きな負担を強いるという。君の環境はまだあの頃のまま、急な変化はないだろうか。

 先日事故に巻き込まれ、両足の骨を折る大怪我となった。腕は無事だったのでこうして君へと手紙を書いている。

 白い病室は暇極まりない。ラジオの持ち込みを許可してもらったのでまだいいが、これで何もかも駄目だったら、今頃僕は何とかして病室を抜け出しているだろう。

 命に別状はないという事なので大人しく完治まで寝ている事にする。君は変わらず日常を過ごしてほしい。




 環境に変化はありません。強いて言えば君と離れた事が唯一の変化です。

 ああ、でも数日前にお医者様が代わりました。前のお医者様が遠方へ旅立つと言うので。

 怪我をされたという事でとても心配です。しかし、命に別状はないという事なのでほっとしました。

 何かしら暇を潰せたら、と言う事で本を送ります。ここ数年でわたくしが読み終わった本です。

 中には既に読まれた本もあるかも知れませんが、これで多少は君の退屈が潰せればと思います。


 最近また君の首を絞める夢を見るようになってきました。




 新しい医者は君と合っているだろうか。長い付き合いになるのだから、合わなければ次の医者を探した方がいい。

 こちらは順調に治っているようだが、時間がかかると言われた。数ヶ月ほどになるようだ。君の持病の事を思えば短い期間だが、やはり早く治ってほしい。

 本をありがとう。送られた中には読んだ事のある本がなかったので、ありがたく思う。

 今は銀河鉄道の夜を読んでいるところだ。主人公の少年二人がまるで僕達のようだと思いながら読んでいる。


 君の慰めになるかは分からないが、思い出した和歌を書き写しておく。


思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを




 新しいお医者様はとても優しく、わたくしを思って下さいます。相性が悪いという事はなさそうです。

 とはいえ、人と人との付き合いは難しいものですから、これから分かる部分もあるかとは思います。

 君の怪我が早く治れば、と天に願いかける日々です。レディオから流れる音楽もこの頃耳に入りません。

 銀河鉄道の夜は好きな本の一つです。語ってしまうと楽しみを奪ってしまうかもしれませんから、胸に秘めておく事にします。

 また何か暇を潰せそうな物を見つけたら君に送る事にします。


 最近耳鳴りが聞こえるようになって来ました。お医者様はどこにも悪いところはないと言います。




 何か君に危害が及びそうな事があれば言ってくれればと思う。僕は今動けないが、信頼出来る人物に君の事を守らせたいと思う。

 こちらは相性も何もないが、病院食は不味くてかなわない。かといって食物を差し入れてもらうわけにもいかない。病院内に余計な要素を持ち込んではならないと言うのだ。

 銀河鉄道の夜はまだ読んでいる最中だ。一つ一つの言葉が美しく、噛み締めるように読んでいるとあっという間に時間が過ぎてしまう。

 君と話せるぐらいには早く読めるようになりたいのだが。


 耳鳴りに効果があるかは分からないが、思い出した和歌を書き写しておく。


君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る




 ありがとうございます。その言葉だけでも本当に嬉しく思います。

 新しいお医者様は外国の最新鋭だという治療法を盛んに試したがります。悪い事ではないのですが、少々怖いので遠慮させていただいています。

 美味しいお菓子でも送れれば、と思うのですが、病院側で禁止されているのでしたら仕方がありませんね。

 君と銀河鉄道の夜を語り合える日を楽しみにしています。何回読んでも面白い、本当に良い本です。

 わたくしは近頃万葉集を読んでいます。君から送られる和歌が本当に素敵なので理解したいと思ったのです。

 古代の日本人が描いた世界は美しく、目を閉じればすぐにでも浮かぶかのようです。


 近頃気が付くと服に赤い斑点が付いている事があります。




 新しい物を取り入れるのは悪い事ではないが、一概に良いとも言えないだろう。

 強制してくるような事があれば構わず反発して良いと思う。何よりも大事なのは君の身体と心なのだから。

 君と共にいた頃、君が作ってきてくれたマドレーヌが恋しい。退院出来たらよければ送ってほしいと思う。

 銀河鉄道の夜はようやく半分を越したところだ。星屑に点在するかのような、曖昧な悲壮感が透けて見えて少々物悲しくなってきた。

 日本古来の文化は素晴らしいと僕も思う。君とまたそういう事を勉強するのも楽しそうだ。


 本当はすぐにでも君の元へ行きたいが、出来ない。君のために包帯と消毒液を送る事にする。

 何よりも自分の身体と心を大切にしてほしい。




 君に気遣ってもらえる事が心地良くて仕方ありません。もう少しがんばれそうです。

 新しいお医者様にその旨を伝えましたら、納得してくれたようでした。

 これまでの変調はお薬の副作用かもしれないので、量を減らして少し経過を見る、と言われました。少々不安です。

 銀河鉄道の夜、順調に読み進めていられるようで嬉しいです。宝石を例えに持ってくるところが好きです。カムパネルラの事を思うと、宝石の輝きはより一層の強さを増してきます。

 是非とも君とまた勉学に励みたいものです。そういう日がくればと願います。


 包帯と消毒液、ありがとうございます。

 早速使っています。君の温もりが伝わってくるようです。




 肩肘張らずに気を抜いてほしい。君はこれ以上頑張る必要などない。君自身を押し殺してしまっては元も子もない。

 関係は良好へと向かっているようで少し安心した。薬の事は僕には分からないが、良い結果が出る事を祈っている。

 もう少しで銀河鉄道の夜を読み終わる。感想はきちんと読了してからにするが、読み進める度に胸が締め付けられるようだ。

 君と勉強出来れば楽しいだろう。君は頭がいいから。君と勉学を共にすると僕の進みも良くなる。


 先日夢に君が出てきた。

 君の夢に出てくる僕は、君の心を癒せているだろうか。




 もう駄目です。限界です。

 耐えていましたが、耐え切れそうにありません。

 君に会いたい。君を殺したい。

 日に日にその思いが強くなります。

 原子炉に身を投じればこんな君への害意にしか過ぎない思いごとわたくしを消せると思ったのに。

 お薬を減らしたら耳鳴りが酷くなりました。起きていても君の首を絞める夢を見ます。赤い斑点が増えていきます。

 お医者様は君と関わっているからだと言いました。君からのお手紙を燃やされそうになりました。

 そんなの認められません。わたくしは君の事が好きで、君がいなければ生きていけないのです。

 君を失ったわたくしは何を支えに生きていけばいいのでしょう。

 君しかわたくしを支えるものはないというのに。

 君に会いに行きます。約束を破ります。こんなわたくしを許してくれとは言いません。けれど今君と会えなければ、本当にわたくしがわたくしでなくなる気がしたのです。

 もしも夢の通り君を殺してしまった時は、どうかわたくしを恨んで下さい。

 わたくしは君以外に失いたくないものなどないのです。




 この手紙を君が読む事はないかもしれない。けれど僕はこの手紙を送ろうと思う。

 銀河鉄道の夜を読み終わった。未完の大作に涙がこぼれる思いだった。もしもこれが君と僕だったらと思うと身震いする。

 君と共に過ごした日々は僕にとっても宝だ。それは今もこれからも変わらない。

 そして僕が失いたくないものは君だけだという点においても、僕と君は一緒だ。

 本当は僕だって君と会いたかった。約束など破ってしまいたかった。その欲を抑えていたが、裏目に出てしまったようだ。

 君がこんな風になってしまった原因は僕にもある。詫びさせてほしい。

 君は優しい人だから、結局僕を殺せずにいるかもしれない。それはそれで素晴らしい事だ。

 そして君が僕を殺してしまったとしても、それはそれで素晴らしい事だとも思う。

 僕にとって君は唯一無二の存在であり、君が僕の最期を決めるというのならそれはとても素晴らしい事だ。

 君に殺されるのならば僕は構わない。君を恨む事なんてない。幸福の内に僕は死を迎えるだろう。

 どうか君のこれからの生に幸多からん事を。

 僕が望むのはそれだけだ。

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