4-29 エクシリオス騎士団
日が登る。俺は左腕を縛るテラスの拘束をほどき、外に出る。ビビがいつもの鍛練をしながら汗を流す。マリアも起きており、水鉄砲の訓練に余念がない。
「おはよう。」
「おはようございます、ソーイチ様。」
「はよ。今日は起きれたのね。」
この二人はいつも朝が早い。ビビはわかるが、マリアの早起きはちょっと意外だ。
「いつもは私、日の出起きよ。最近ようやく体が慣れてきたから起きれるようになったの。それに、夜更かししなければ良いんだからね。」
夜更かし、ね。確かに、マリアの夜更かしは相当な体力を使うだろうな。
「今、スケベな事考えたでしょ!朝から発情は止めてよね!」
何故わかる!いや、もういいや。
「さて、どうするか?ビビの鍛練か、マリアの補助か。」
「今はビビさん優先で良いわよ。私はまだこの銃に慣れていないから。」
「そうか?なら、ビビと鍛練するか。」
「はい!お願いします!」
鍛練を開始する。ちょっと疎かになっていたのを思いだし、身体を慣らすように、ゆっくりと動かす。
今回は基本だけにした。下半身の強化。体幹の強化を主にした。基本は確りとしないと、直ぐに劣化するからな。
振脚をしながら、身体を流れる動きをする。大地に振動はさせずに、下半身は剛に、上半身は流に。その動きをもって柔に。ゆっくりと、確りと。
ほんの少しの動きだが、体から汗が滴る。熱が籠り、身体の目覚めを呼び起こす。
今や、俺の動きと連動するビビ。楕円の動きは変わらないが、それは彼女の利点である。崩す必要はない。
マリアも四苦八苦しながら、水鉄砲を試射する。威力は三分位にしているようだ。少し腰が引けているから、まだまだ恐怖感があるのだろう。こればかりは慣れと訓練の積み重ねだ。頑張ってもらいたい。
「おはようございます!」
「やう、ブライアン。おはよう。」
従者のブライアンも来た。レンとイトの世話に来たのだ。流石に慣れたのか、素早い動きで世話をするブライアン。少し中腰なのは、下半身強化の鍛練も同時にしているからだろう。
下半身強化は基本中の基本だ。彼なりの努力なのだろう。動きが能のようになっているが、見た目より遥かにきつい筈だ。
足運びにまだまだ不備があるな。膝かな?いや、まだ早いか。確りとした筋力は必要だからな。
ブライアンの動きを観察し、次のステップも考える。享受する以上は中途半端は却って危ない。日数は残り少ないが、初手位は教えておきたい。
「そろそろご飯の準備ね。私は抜けるわ。」
「わかった。」
「お疲れ様です。」
マリアが抜ける。朝食の準備だ。ビビはまだまだ鍛練に勤しむ。ブライアンは横目で此方を伺いながら、馬達の世話をする。
今日はゆっくりと時間が流れている感覚になった。それだけ身体を疎かにはしたのかもしれない。いや、精神的な面かもしれない。それとも余裕が生まれたか?いやいや、油断は禁物だな。だが、平静も大事だ。余裕があっても隙間は作らず、だ。
「あの、黒狼爪を使っても宜しいですか?」
「ああ、構わないよ。重いから慎重にな。」
「はい。」
ビビが黒狼爪の槍を持ち、鍛練を再開する。あの重い物を軽々と振り回す。いや、ゆっくりと回している。確認するかの様に、馴染ませるかの様に。
汗の量が半端なく流れる。ビビは薄着だ。衣服が身体に張り付き、その素敵なラインが現れる。
ブライアンの視線が反れた。やはり、若者には、刺激が強すぎるようだ。いや、貴族の妻に惚けたら、不敬としたのかもしれないな。いや、どっちかわからんが。まあいいや。あまり見られたくはないし、結果オーライだ。
「ご飯出来たわよ!」
「さて、飯にするか。ビビ。」
「はい、わかりました。」
朝の鍛練は終了だ。ブライアンはまだ世話があるため一緒には食べない。いや、貴族と従者は共に食べない習わしだ。剛に入っては、だ。その習わしは甘んじて受けよう。
「おはよー。」
「おはようテラス。眠れたかい?」
「うん。まだ眠いけど、ちゃんと起きるよ。ご飯だし。」
最近は、俺の起こしがなくとも起きれるようになったテラス。それでも寝坊助なのは変わらない。
「では、」
「「いただきます。」」
★
「今日はどうするの?市内観光でもするのかしら?」
「そうだな・・・。」
マリアの疑問に俺が答える。そうだな、どうしよう。
「病院はどうするの?行ってみたいって言ってたじゃない。」
「あれはパスで。エクシリオス教の、それもラフレの息があるとなると、訪問しづらいからな。ロイド男爵随伴なら心強いけどな。」
「それは流石に無理ね。彼女はかなり忙しいわよ。誰かさんのお陰で。」
「確かに。悪い事したとは思ってるよ。」
「そう思うなら、手伝ってもらおうかな。」
背後に現れる、ロイド男爵。その声にマリアはびっくりする。
俺やビビは気配で感知していた。テラスは、まあ、いつものアレだろう。うん。
「で、何を手伝うんだ?」
淡々と話を進ませる。
「話が早くて助かるよ。そうだね、書類整理でもしてもらうかな。」
「馬鹿いえ。従者の邪魔になるのが目に見える。おちょくるな。」
「ははは。」
彼女の冗談には慣れてきた。
「今日はどうするんだい?予定が聞きたくてね。」
「まだ決まっていない。市内観光はしようかとは思っているんだがね。」
「なら、闘技場に行ったらどうだい?今日は騎士団が訓練を御披露目する日の筈だから。」
その言葉に耳をピクッと動かし目を輝かすビビ。あ、確か騎士団の訓練の見学を約束していたっけ。
「またエクシリオス関係か。」
「この街はエクシリオス教の息は沢山あるからね。でも今回は騎士団だからね。」
「その騎士団は大丈夫なのか?宗教特有の狂戦士とかいないだろうな?」
「それは大丈夫。騎士団はエクシリオス教とは別枠と考えて良いから。それに立ち位置がわかれば笑えるよ。」
「別枠?笑える?」
「行ってみればわかるよ。」
確か、騎士団の団長はダッドという脳筋だったっけ。一度会ったな。強さはわからなかったが、脳筋のイメージは浮かばなかったな。それに笑える?意味がわからん。まあロイド男爵の言葉だ。あまり深く考えるのはよそう。
「そうだな。ビビと約束していたし、今日は皆で闘技場に行くか。」
「はい!ありがとうございます!」
「行こー。」
とは裏腹にマリアは、
「私はパスしようかな。」
と否定的だったが、ロイド男爵が、
「なら、ヒルリー婦人の相手はどうだい?暇だと伝えるけど?」
「闘技場に行きまっす!」
と即答していた。そんなに嫌か、ヒルリー婦人の相手は。いや、俺も嫌だ。
「よし、風呂で汗を流したら、闘技場に向かうとするか。」
「朝風呂か。羨ましいね。」
「お前には天然温泉があるだろうが。そっちの方が羨ましいがね。」
「朝に入る暇は無いんだよ。じゃ、俺はもう行くから。」
「お勤めお疲れさん。」
と言って、ロイド男爵は小屋から出ていった。
「さて、風呂だな。」
「わーい!お風呂ー!」
「本当にテラスちゃんはお風呂好きよね。ま、私も好きだけど。」
朝の鍛練で流した汗を洗い流す。これがまた気持ちいいんだよな。
柔らか幸せサンドを堪能しながら、俺は今の幸せを噛み締めた。
★
本日の格好は、動きやすさ重視にした。まあいつものスタイルなんだが、貴族の軽装もあるので、それにした。
テラスはワンピース、今回はビビとマリアもワンピースを着てもらった。三人とも上品なフード付きのローブを身につける。これは高級商店で購入した物だ。
ブライアンの行者で、闘技場に到着する。外からでも聞こえるその声は、声援?にも聞こえる。
今日は人が多い。闘技場の入り口に列を作っていた。
俺はその脇を抜ける。貴族特権だ。こういうのがあるから、特権というやつは、人をおかしくするのだろう。
「アオバ男爵様。お待ちしておりました。」
学芸員のロッセが対応する。もう俺達に慣れたのか、堂々とした態度で対応してくれていた。
「今日は騎士団の訓練日と聞いてね。見学に来た。」
「では、貴賓席に案内いたします。」
貴賓席?何故に?
「それは当然と思いますが?」
あれ?ロッセにも心読まれた?
「あなたは分かりやすいのよ。」
とマリアが言う。もういいや。
「こちらです。」
案内された貴賓席に入る。闘技場一面見渡せるその場所は、確かに見晴らしが良い。椅子やテーブルといった調度品も一級品だ。
その椅子に座り、闘技場の中央をみると、騎士団がいた。五十人程だろうか。訓練を、訓練?
「なに、あれ?」
「俺に聞くな。」
そう、その訓練とは、演舞だった。しかも、実践的ではなく、演芸的な演舞だった。
今は集団演舞を披露している。一子乱れぬその動きは洗練された何かを感じるが、何か違う。
テンポ良い掛け声に、太鼓の合図。フラッグもある。それは正に。
「アイドルのコンサート?」
そう、それだ!歌はないが、やっている事は、アイドルと変わらない。ロイド男爵が言っていた笑えるとはこの事だったか。
けど、よく見ればその動きは洗練されており、見る目を惹き付ける。刀や片手剣の振り方は確りとしており、無駄な動きを省けば、それなりの技術であろう。よく訓練されている。あれ?今日は訓練の日だよな?
「訓練の御披露目、ですよ。」
ロッセに聞いてみると、そう答えた。序でに聞いてみたが
「はい、入場券は販売されております。また、売店もありますので、お飲み物や軽い食事は出来ます。」
これは完全に騎士団の興行だな。そして生まれる疑問。
「俺達は入場券を購入していないが?」
「いえ、ロイド男爵様から、前金を頂いておりまして、もしアオバ男爵様が来られましたら対応してほしいと言われておりました。」
あ、そうですか。準備万端か。はいそうですかそうですか。
「なら、ついでに軽食を頼もうか。買ってきてくれ。種類は、肉が良いな。」
「はい、畏まりました。少々お待ち下さい。」
と言って、ロッセに買い出しを頼んだ。
それにしても、エクシリオス騎士団は実はアイドルグループだったとはな。一般席は満員か。余程人気があるんだな。確かに、ローブを羽織ったエクシリオス信者もいるが、一般市民も混じっているな。そして殆どが女性だ。騎士団が男性グループだからだろうな。
テラスは楽しそうに鑑賞している。
ビビは真剣な眼差しでなにやらぶつぶつと話している。
マリアはこの光景がツボに入ったのか、腹を抱えて笑っていた。
まあ、楽しそうで何よりだ。
そういえば、プログラムみたいなのはないのかな?
「あ、これじゃない?テーブルの上にあったけど。」
「そうだな、今は集団演舞か。次はなんだ?」
「何々?見せて。」
マリアが覗き込む。
「えっと、個人演舞らしいな。個々の技量が知れる良い機会だな。」
「皆で派手な服装だから、騎士団かなんて一瞬わからないわね。」
「胸の十字はお約束だな。それに、俺が知る騎士団のイメージはこれで完全に崩壊した。」
「それは私も。もっと汗臭いむさいものを考えていたから、この催し物は私の予想の遥か上だわ。」
「ビビ、どうだい?これを見てどう思う?」
「無駄な動きが多過ぎて、逆に翻弄されそうです。ですが、隙はかなりありますので、一撃を入れるのは容易いかと思います。」
真面目なビビだ。演芸なんだから、楽しめばいいのに。
「テラスは、どうだ?」
「うん、楽しいよ。皆で一生懸命。応援したくなる。」
いつもの如くテラスは素直だ。声は出さないが、心で応援をしているようだ。その仕草が何とも可愛い。
個人演舞が始まり、一人一人が剣の舞いを始めた。
実践的に見れば、人は殺せない剣の扱い方だが、これは演芸。それも演舞。魅せる剣術なのだから、楽しむのが正解だろう。
「ビビ、これは楽しむのが目的だ。あまり深く考えなくて良いぞ。」
「そう、何ですか?」
ビビも期待とは裏腹にイメージと違う現実に落ち込んでいるようだ。尻尾に元気がない。
「暫くは様子見しよう。後半は実力者が出るみたいだぞ。」
「そうなの?」
「まあ、ラスト前には団長のダッドみたいだからな。それは見てみたいかな。」
「じゃ、それまではゆっくりと観戦しましょう。ほら、お肉食べて元気出しなさい。」
「はい。」
明らかにテンションの低いビビ。もう少し余興を楽しむ余裕があっても良いと思うんだかな。
そして個人演舞も終盤。団長のダッドが出てきた。一段と沸く会場。その声援にダッドが手を降って答える。
装備はプレートアーマー、ガントレット、グリープと準重歩兵の装備だ。これで演舞をやるのか?と思ってしまった。
だが、実際は違った。
手に持つは大型の両手剣。グレートソードだ。それを抜き、正中に構える。
上段に上げ、気合いと共に一気に振り下ろす。その風圧が目に見えてわかる。その轟音で、ビビは真剣にダッドを見る。
軽快な動きではなく、最小の動きで、最大の威力を見せるダッドは、そのグレートソードを軽々と振るい、風圧を生み出す。近くによれば、剣圧で身体を支える必要がありそうな位の風圧が襲いかかるだろう。
「どうだい?ビビ。」
「彼は、凄いですね!手合わせをしてみたい程です。」
明らかにビビのテンションのが上がっている。尻尾もブンブンと振っており、ダッドの動きを確りと見いっているようだ。
十分程だろうか。大剣を振り回すダッドの演舞が終わり、場内は拍手の嵐が起こる。アンコールか?だが、ダッドはそのまま闘技場中心部から出ていってしまった。
次はラストの演舞のようで、目的を果たした俺達には観戦のようはない。
「そろそろお暇するか。目的は果たしたし。」
「あら、もういいの?」
「次は何処に行くの?」
テラスが問いかける。そうだな。
「折角だ、ダッドに会いに行くか。そんなわけでロッセ、控え室に案内してもらいたい。」
「は、はい、わ、わかりました。」
慌てるロッセを尻目に、俺達は貴賓室から騎士団の控え室に向かう事にした。
★
俺達は闘技場の一階に戻る。人が多少溢れていた。ここは露天が軒を連ねる。ここを目当てに来た人達だろう。
人々も様々いるが、やはり白のローブを来た人達が多い。この人達はエクシリオス教の信者だろう。
本日の騎士団の興行が終わるまで、少しばかり時間がある。ここで時間を潰す事にした。
ビビからめずらしくリクエストがあり、肉串を多めに買う。一口食べる。美味しいが、マリアの手料理の方が断然美味かった。
「お祭りの味よね、大した事ないのに、美味しく感じるアレね。」
「雰囲気がそうさせるんだよな。」
「そうですか?十分美味しいですよ。」
ビビが次々と肉串を頬張る。やはり肉好きだと感心する。
「これも美味しいよ。」
テラスは麦芽飴を舐めている。甘味、砂糖や蜜は少し高い代物だが、麦芽は値段もお手頃だ。庶民の味方なのだろう。
それにしても、何やら視線を感じるのはなんなんだろう。やはり、市井に混ざり貴族がいるのは物珍しいのだろう。萎縮するのは間違っているし、堂々としていよう。
大きな歓声が沸く。多分だが、フィナーレを迎えたのだろう。拍手と歓声が嵐の様に襲ってくる。
「さて、混みだす前に移動するか。ロッセ、案内任せる。」
「はい、畏まりました。」
そう言って、露天場所がら移動する。移動場所は、騎士団の控え室だ。
関係者以外立ち入り禁止の札に、見張りの若者が二人。
「ここは関係者以外立ち入り禁止となっております。」
そう言ってきた。まあ、お約束の仕事だ。さて、試してみますか。
「私はケルト侯爵に列なるアオバ男爵である。騎士団団長のダッドに用がある。通してもらうぞ。」
と言って、錫杖を見せる。身分の証明したし、どう動くのだろう。
「男爵様、ですか?何故このような場所に?」
「うん?通さない、のか?」
「いえ、違います。確認いたしますので、少々お待ちしてもよろしいでしょうか?」
「確認が必要なのか?」
少しだけ睨む。まあ、今は貴族だ。横暴も仕方ないね。
「い、いえ、ど、どうぞお通り下さい。」
「ん。」
若者をすり抜け、俺達は奥へと進む。もちろん、ロッセも一緒だ。若者は青ざめていたが、気にしないでいよう。
「権力様様ね。」
「使える物は使うもんだろ。」
偉しいことは俺の肌には合わないから、そう何回も使う事はないだろう。
先へと進む。廊下には、エクシリオスの騎士団の面々が此方を見る。視線が痛いがお構いなしだ。
さて、目的地に到着した俺達。騎士団の団長は個室の控え室だった。やはりこれも権力だろう。
ノックをし、中に入る。
「失礼する。」
控え室には一人の男。筋骨隆々の長身。籠る汗臭さ。なんというか、男子部活の部室みたいな臭いだ。正直臭い。そして、
「なんだ?」
エクシリオス騎士団の団長、ダッド・ゾード。その男がいた。
全裸で。




