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48 赤星の魔力

「なあ、聖也(まさや)は魔力を持っているのか?」

 食事の後、桜海は後片付けをする赤星に尋ねた。


「う~ん。どうなんだろうね。霊に影響されるのが魔力なのかな?」

 赤星は曖昧に答え洗った皿を拭いて片付ける。


「俺に見えるのは聖也のオーラだけど、強い輝きを持っているのはわかる。姫と同じだ。でも、魔力なのか?」


「魔力って魔法が使えるってことなのかな?」

 赤星は肩を竦めた。


「俺にはちゃんと本当のことを言ってくれよ」

 桜海はテーブルを布巾で拭く赤星を見つめた。


「俺、別に嘘は吐いてないけど…?」

 赤星は桜海の視線を背中で受け止めた。


 桜海は赤星を振り向かせ両腕を掴んで、

「頼むよ…」

と懇願した。


 桜海は、前世の記憶でさえ、それが真実だったのかどうか怪しく思えてきた。

 彼女を手に入れようとした大国の王の目的は、ただの政略結婚ではなく、魔力を手に入れるのが目的だったのだろうか。


 彼女は前世で魔法使いだっただろうか?

 桜海の記憶の中にそんな情報はないように思えた。


 ただ大まかな事しか覚えていない。

 彼女を愛した強い想いが、桜海の前世の記憶、桜海の心の大半を占めていた。


 桜海は自分の目に見えていた物事が実は全く違った側面を持っていることを片岡によって思い知らされた。

 自分を死に追いやった弟を庇っていたはずの(たける)は、実は(ひろし)が殺意をもって殺していた。

 桜海が知っていたはずの出来事は全く違うイメージに置き換えなければならなかった。

 博は自らを転生者だと名乗り、健の野望を食い止めたと言った。

 それはある意味、結果的に赤星を護ったことになる。


 だがそんな片岡から、赤星には魔力が隠されていると聞き、桜海は戸惑っている。


 桜海は今まで信じていた世界が足元から崩れるような、大きな不安に駆られていた。


 せめて赤星にだけは裏切られたくないのだ。


「そんなこと言われても、前世の記憶ですら半信半疑で、テンの記憶と重ね合わせて…」


「姫が俺の後を追ったなんて赤星自身の記憶だし、もし、前世において俺が知らない事実があったとしても、ちゃんと知っておきたいんだ」


「い、痛いよ」


 桜海はつい、赤星の腕を握る手に力を込めていた。


「ゴメン。でもこの際だから、ちゃんと教えてほしいんだ。でないと、俺…」


 赤星は桜海の哀しみが押し寄せるのを感じた。

「放せ。放せよっ!」

 赤星は逃げ出そうとするが、桜海は赤星の片方の手首を掴んで離さない。


「聖也…?」


 赤星の目からは涙が零れていた。


 泣きたいのはこっちだと言おうとして桜海はハタと思った。

「もしかして、まだ…」

 …治ってない。


 赤星の肩で、タマコが自分のおでこに手を当てた。


「テンの泣き虫! バカッ。放せったら」

 そう言ったが、実際に泣いているのは赤星だ。


 桜海は仕方なく手を緩めた。

 赤星は椅子に座り、テーブルに顔を伏せ両腕で隠した。


 タマコは赤星の肩から、ヒョイとテーブルに移ると、

『バレちゃったわね』と赤星の頭を撫で、

『ほら、慰めなさいよ』

と桜海に叫んだ。


 桜海は左手で耳を押さえ、右手で赤星の肩に触れた。

「ゴメン」

 桜海に巧い慰めの言葉など思い浮かぶわけはなかった。

 椅子を寄せ、隣に座って赤星の肩を抱いた。

「俺のせいで…」

 桜海は泣きたくなるのを我慢した。


「あの時も、そうだったね」

 赤星が顔を伏せたまま呟いた。


「お母様がお隠れになった時も、こんな風に黙って抱きしめていてくれた」

「!!」

 前世でのエピソードだ。

 姫がまだ幼少の頃に彼女の母親は亡くなったのだ。

 桜海は薄っすらと思い出した。


「ありがとう、大好きって言ったのに、寝てたし」

「えっ!?」


「昔から泣き虫だったから仕方ないのかもしれないけど、生まれ変わっても変わらないんだね」

 赤星は横目でチラッと桜海を見て言った。


「前世のことなんて言っても仕方ないのにね…」

 驚きっぱなしの桜海に赤星が顔を上げて微笑んだ。


「ひょっとして、俺より鮮明に覚えてるんじゃ…」

 桜海は前世の事をまるで昨日の事の様に言われて、恥ずかしそうに呟いた。


「俺は多分、巫女というかシャーマン的存在だったんだと思う。だから、魔力とか言われても、わからない。霊力が強いとは、当時ずっと言われていたけど、それも今のテンみたいな霊能術を使えたわけじゃないんだ。だから自分の事だけど、正直わからない」

 赤星は桜海を見つめて前世の自分について語った。


「俺たちのいた時代って…」

「かなり古いよ。歴史勉強したけど、どこにも出てこない王国みたいだし、それ以前にあまりに昔過ぎて国名どころか、自分たちの名前すら忘れちゃったよ」

 赤星は苦笑いした。


「俺は記憶も断片的にしか残ってない」

 桜海が覚えているのは、如何に姫が見目麗しかったか、どんなに彼女を愛していたか。

 そして幼少の頃なぜか一緒に育ち幼馴染のようだったが、身分の違いにより彼女への想いは届くことがなかった。

 それなのに諦められず求め愛し続けていたことくらいだ。

 しかも現世でもずっと記憶の中の姫を愛し続けていた。


「どうして俺たちは、今のこの時代、この日本に転生したんだろう?」

 桜海は前世の世界観と現世との違いが気になっていた。


「そうだよね。俺が使った記憶のある刀はどう見ても西洋風の剣だし、異文化のこの国を狙って転生するはずはないからね…」

 赤星も首を捻るばかりだ。


「それに俺たちってもし片岡の気に入らない転生者だったら、排除されていたかもしれないし、今後もわかんないよな…?」

 桜海は片岡が敵か味方か判断しかねていた。


「俺たちって、前世の記憶があることで何か得してるかな?」

 現在の赤星らしい発想だ。


「俺は未だに姫を忘れられないだけでも苦しかったのに、現世は男同士で、どうにもならない。こんな風に囚われているだけなんて…」

 赤星には言えないが血のつながりまであるのだ。

 桜海が嘆くのも無理はない。


「あ、もう。この俺がこの世の可愛い娘ちゃんを全部振って、テンの側に居るって言ってんじゃん! 何で泣くんだよ!」

 赤星は顔を赤くしながら言った。


「うそ…。だって、マユコさんとは…」


「あの人には振られた。言ってなかったっけ?」

 赤星は不貞腐れた。


 だからといってお互いが恋愛の対象になるわけはない。


「聞いてない」

「だから、そういう事」


 桜海は感動で身体が震えた。

 現世での赤星からの告白は、先日語られた前世での姫の想いも重なり、自分の想い以上に姫の愛情が深いものなのだと桜海は感じさせられたのだった。


『アンタたち、真っ赤な顔して、キモイわ~』

 タマコがテーブルに突っ伏した。


「ホント、シャーマンだったなんていっても、テンのおじいさんやタマコさん達の姿を見るどころか声すら聞く力がないなんてさ。もしあったとしても俺の魔力なんて意味ないよ」

 赤星がぼやいた。


『封印してるからでしょ。でもそれを解いた方がいいのかどうか考え物だわ』


「何でだ、タマコ」


『狙ってる輩がいるみたいだし、現在のマサヤがコントロールできるかどうかもわからないでしょ?』


「なに?」

 タマコと話している桜海に赤星が尋ねた。


「愛し合う俺たちがキモイってさ」

 桜海は苦笑いした。


「酷いな、タマコさん…」


『ちょっと、そんな事、言ったけど言わなくていいでしょうが』

 タマコはツンと怒って赤星の肩に戻った。


『なぜ封印してしまったのかは、本人に聞かなくてはわかるまいのぉ』

 一多(いちた)が会話に加わった。


聖也(まさや)は自分で力を封印したのか?」

「封印?」


「俺たちは恐らく何世紀もの間、転生しなかったんじゃないかと思うんだ」


「それは…」

 赤星は桜海の言葉に狼狽えた。


「もしかして心当たりがあるのか?」


「わ、わからない…」


「じいちゃんから術を教わった時、そのための呪文を聞いたんだけど、俺、念ずるだけでほとんど呪文が要らないんだ」

 桜海は肩を竦めた。


「へー」


「聖也も、自分で魔法を使ったつもりがなくても術をかけてしまってるってことはないかな? と思ってさ」


「いつ?」

「もちろん前世で…」


「そんなこと言われても…」

「聖也が前世で最後に思っていたこととか、気持ちとか…」

 戸惑う赤星に桜海がヒントを言った。


「俺、何かそれ、思い出したくない」

 狼狽(うろた)えていた赤星がきっぱり言い放った。


「聖也のその気持ちが一つの封印だな」

 桜海にはすんなり理解できた。


「え?」

 赤星にはちんぷんかんぷんのようだ。


『なるほど』

『呪文の無い魔法ね…』

 一多とタマコには、桜海の言いたいことがわかった。



「もし、俺にそんな力があったとして、封印が解けたら、片岡さんに排除されるのかな?」


「うん?」


「だから片岡さんの依頼を受けないのかな、と思ってさ」


「それとこれとは、ちょっと違うというか…」

 桜海は赤星の魔力の封印と片岡の件を結び付けられ、返答に困った。


(たかし)、この際じゃ。姫さんにも自分が狙われているという自覚を持ってもらうべきじゃ』

 一多(いちた)が提案した。


『そうね。でないと、マサヤが無謀な行動を取っても困るものね』

 タマコまでが言いだした。


「無謀って…」


『封印が解けたらどうなるかわからないでしょ?』

『敵を知らなければどう身を守ればいいかわからず、危険が増すと言っておるのじゃ』


「敵…」

 桜海は思わず呟いた。

 ハッキリとは掴めていない相手だが、確かに赤星を狙う誰かが存在する。


「敵!?」

 赤星は不安そうに桜海を見つめた。


「俺が片岡の依頼を断ったのは、相手が黒霧神社(くろぎりじんじゃ)だから」

 桜海は掴めてはいなくても敵のビジョンを赤星に伝えておくことにした。

「黒霧神社には、聖也(まさや)の魔力を狙うヤツがいるようなんだ」


「地縛霊に深く関わってるみたいで、嫌だとは思ってたけど…」

 勘のいい赤星は不穏な雰囲気を感じ取っていたのだ。

 ただ、自分がターゲットだとは思っていなかったようで目を丸くした。


「だから、俺は近づかない方が身のためだと考えたんだ」

 身のためというより赤星のためだ。


「でもさ…。俺も一度神社には行ったことがあるよ?」

 タマコの火事の時だ。


「今考えると、怖い」


「池の水が掛かってすぐに帰ったとはいっても、敵の本拠地に居たんだよね? あの時は特に何も無かったよ?」

 赤星は不思議そうに言った。


「隣の家にだって…」

 赤星は疑問に思った。


 桜海もその点については首を傾げた。


『あの子に悪意が無かったから、運が良かったのよ』

 タマコが言った。


「桜に火をつけたのに?」

 桜海は呆れた。


『そうよ。もし術者ならとっくに…』

『そうなると、当時同じように子供だった双子の姉が怪しい』


「つまり未熟だったから手を出せなかった?」

 タマコと一多の説から、桜海は答えを導き出した。


『神主が死んだということは、その子供が成長し、指導者が必要でなくなったのかもしれぬ』


「母親が埋められているというのも不自然だし、あの子供も俺たちと会ったその日に死んでるし、今回は神主まで…」

 桜海は黒野家の3人が殺害された可能性が高いと考えた。

 赤星は一多やタマコの言っていることがわからないので、桜海の言葉だけで推測すべく聞いている。


「つまり自殺ではないって事?」


 赤星の言葉に桜海が頷いた。


「ヘタに近づいたら…」

「テンが殺されるなんてヤダ!」


「何言ってんだよ。狙われてるのは聖也の方…」


『あながち間違いではあるまい』

『そうね。お姫様を守って殉職した騎士だったんだし』

 タマコが赤星の肩で倒れて見せた。


「わかった。よく、わかったから。今回は引き受けないでいい」

 赤星は自分たちにとって如何に危険な事か十分理解したのだった。


『しかし、力をつけてきたとなると、こちらが近づかなくとも相手が攻撃してくる可能性があるのぉ』


『イチタ、暢気ね』

 仕事を片付け社務所へ戻る赤星の肩からタマコがあっかんべーと舌を出した。


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