20 理由探し
独断と偏見キャスティング(敬称略)
片岡 博:櫻井 翔
桜海 天:大野 智
赤星聖也:二宮和也
会社役員がビルから落ちて死亡した。
家族に何の相談も無く遺書も無かった。
警察の判断は、自殺だろうということだった。
家族は何もわからないまま葬儀を済ませ、一年が経とうとしていた。
彼は会社受け取りの生命保険に加入していた。4~5年前に契約されており、自殺による死亡の免責期間も過ぎていたので、保険金は会社が受け取っていた。
ただ自殺の理由が不明のため調査対象とされ保険調査員が動く事になった。
当初は会社側に意図的な策略がなかったかも視野に入れていた。
会社の業績が思わしくない事を苦に自殺した、もしくは殺害されたものという視点で調べたのだが、業績は低いながらも安定しており、この役員の自殺・他殺の理由になるとは考え難いと結論付けた。
そこで調査員は、妻に不倫などが無いか、夫婦仲に問題があったのではないかと本格的に自殺原因を調査した。
しかし、夫婦仲は円満で、健康状態も良好だったため、彼が自殺する動機が見つからなかった。
やがて、家族も彼の死に対する疑問が大きくなっていった。
担当した保険調査員の片岡 博は、途方にくれた。
そんなとき、ふと不思議な同級生の事を思い出していた。
「確か、桜海神社だったよな」
さっそく片岡は、相談するため桜海の元を訪ねた。
「除霊、交霊術などがありまして、ご依頼内容、一つにつき、最低5万円からとなっております」
赤星が明るく軽やかに告げた。
「桜海、同級生のよしみで安くならないかな」
片岡が桜海に頼んだ。
「よしみなんてあったっけ?」
桜海は真面目な顔で言った。
「面白半分で依頼されると困りますので、料金のお支払いが無理でしたら他を当たってください」
赤星も真剣な顔で言った。
「仕方ないな。払うよ。でも本当に調べられるのか? 死人に口無しって昔からいうじゃないか」
「大まかにどんな用件か話してみて」
桜海は面倒くさそうに言った。
「それで5万とかいうなよ」
片岡が釘を刺した。
「相談のみはタダです」
赤星が片岡の事を半分睨みながら言った。
「篠田って人が自殺したんだけど、その理由が分からないんだ」
片岡が渋い顔で言った。
桜海は少し考え込むような顔をしただけで、何も言わない。
「自殺した理由を死んだ本人に訊いて欲しいって事?」
代わりに赤星が依頼内容を的確に表現し桜海の顔を見た。
片岡も桜海の顔色を窺いながら、
「簡単に言えばそうなるな」
と言った。
「どうする桜海さん」
桜海は赤星が入れたお茶を一口飲んで、
「いつ、亡くなったんだ?」
と尋ねた。
「去年の冬だな。12月2日」
片岡は手帳で確認しながら言った。
「もし、本人が覚悟の自殺の場合は、何も分からないよ」
「何で?」
桜海の言葉に思わず片岡が声を上げてしまった。
「この世に未練も遺恨も無いと霊が居ないからね」
「何も分からない場合でも5万?」
腕組みして片岡が尋ねた。
「勿論」
赤星がすかさず、
「本人に未練も遺恨も無いって事がわかるんだから」
と、続けた。
片岡は一つ溜息を吐いて言った。
「遺書も無い」
「え?」
桜海もさすがにひっかかった。
「家族の居ない人?」
赤星も確認した。
「嫁も子も居る会社役員」
「遺書が無いのは変じゃない?」
そう言いながら赤星は桜海と顔を見合わせた。
「保険調査員としては理由無き自殺では報告書にならないわけですよ」
そう言って、片岡はゆっくりとお茶を飲んだ。
「依頼しますか?」
赤星が尋ねた。
「く~。厳しいな」
「お金は後でいいですよ。5万円であがらない場合もありますから」
赤星が説明するのを桜海は黙ってみている。
「ええ?」
「それ以上の調査価値が出る場合があるので」
「調査価値?」
赤星の言葉に、片岡が聞きなおした。
「いわゆる、謝礼ですね」
「はぁ。ナルホド」
片岡の表情は、赤星が言った以上の事を想像しているようだった。
「これから現場へ行こう。その人の霊が居るかどうかで、依頼を受けるかどうか決める」
桜海はそう言って出かける仕度を始めた。
「俺はどうしようか?」
赤星が不安そうに桜海に尋ねた。
「勿論、一緒に行く」
片岡も立ち上がった。
「じゃあ、案内するよ」
3人は、篠田さんの遺体発見現場にやってきた。
そこは篠田さんの勤務していた会社が入っているビルの地下駐車場の入り口付近だった。
「確か、この辺り」
片岡が指し示した。
「桜海さん、どう?」
「いや、何も」
桜海はしゃがんで、じっくりと辺りを見回した。
「遺恨の無い自殺だったというのか?」
片岡は納得しがたいようだ。
「遺書が無い、という事は、衝動的に自殺しちゃったって事だよね?」
赤星が確認するように続けた。
「篠田さんはそんなタイプの人だった?」
片岡は、
「穏和で真面目。気配り上手だったって社員の何人かから聞いている」
と、思い出しながら言った。
「そんな人が、遺される家族の事考えなかったのかな?」
桜海が不思議がると、おどけるように赤星が言う。
「遺書は秘密の場所に隠してたりして」
「ナルホド。有りかもな」
赤星が冗談で言ったことを片岡が真に受けたようだ。
「へ?」
「ありがと。その線で当たってみるよ」
片岡はそう言い、張り切って駆け出した。
「つまり、依頼無しね」
片岡の背中を見送りながら赤星が確認するように呟いた。
「遺体のあった場所に居るとは限らないけどさ」
桜海はゆっくりと立ち上がりながら言った。
「え?」
「アイツとは昔っからだけど、お互い信用してないんだよな」
「じゃあ、最初から依頼を受ける気、無かったの?」
桜海は薄っすら笑った。
「さて。昨日、誰かさんが昼寝してたときにかかってきた、電話での依頼主の所に行きますか」
桜海が言うと、赤星は昨日のことをチラッと思い起こした。
「嘘。ゴメン。依頼者ってどこの誰?」
赤星は申し訳なさそうに小声で尋ねた。
「篠田さんの奥さん」
「うわ~鳥肌立っちゃった。偶然?」
赤星が両腕を自分で擦りながら言った。
「必然かもな」
二人は現場のビルの6階にある篠田の会社を訪ねた。
「桜海と申します」
横から赤星が桜海の名刺を差し出した。
「桜海さま。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
受付嬢が、二人をオフィスの奥にある応接室へ案内した。
「あれ? 桜海?」
片岡が張り切って社内であれこれ調べて回っているようだったが、二人は素知らぬ顔で過ごした。
応接室に入ると、恐らく依頼主と思われる女性と、年配の男性と若手の男性社員が中で待っていた。
「社長、桜海さまです」
二人を案内した女子社員が言った。
「ああ。どうぞ」
年配の男性が応えた。
若手男性社員が言う。
「まず、ご紹介します。わが社の2代目社長、篠田 一雄です。こちらはそのお嬢さんで専務取締役の篠田 尚子さん。私は取締役の篠宮 功と申します」
「桜海です。彼は秘書兼助手の赤星です」
応接のソファにそれぞれ、会釈を交わしながら座った。
「早速ですが、尚子さんの夫、篠田義雄さんの自殺の件でして…」
篠宮が言いにくそうに話を切り出した。
「大まかに片岡から聞きました。彼は同級生なもので」
桜海が言うと、篠田社長も肩の荷が少し軽くなったように、
「そうでしたか。それなら話は早い」
と、言った。
「理由、ですよね?」
桜海が確認すると、
「そうです。私たちも調べたり考えたりしたんですけど、やはり主人が死にたくなる理由は見つからないので、桜海さんにお願いする事にしたんですよ」
と、妻の尚子が首を捻りながら言った。
「どこか秘密の場所に遺書を隠してないですか」
赤星が片岡に言ったのと同じ意見を述べた。
「ああ、それは今、片岡君が調査してくれていますが、特には思い当たらないんですよ、ね?」
篠宮は篠田親子に投げかけた。
「ええ」
「そうだな」
全員がシンと静まり返った時、
「わっ?」
と赤星が声を上げた。
赤星は自分の頭を両手で庇うみたいにして、髪の毛を整えた。
「こら」
桜海は、赤星の後ろ側の見えない相手に向かって言った。
『何でわかるんだ?』
赤星の髪の毛を引っ張る悪戯をした霊が驚いた。
「見えるから」
と桜海が言うと、霊は慌てて逃げ出そうとした。
だがすぐに桜海が、
「ちょっと待ってください」
と、霊を呼び止めた。
霊は退屈していたのだから、自分と話せる桜海に興味を示し、立ち止まった。
会社の人間は、桜海の言動を不思議そうに見つめるばかりだ。
「あなたは誰ですか?」
『おらは清掃員』
「お名前は?」
『忘れた』
「いつからここに居るんですか?」
『4,5年前からだな』
「じゃあ、ここの篠田義雄さんを知っていますか?」
『さあね』
「そうですか。では、ご退室ください」
桜海が残念そうに言うと、
『ビルから落ちた人なら、いつも屋上に居るよ』
と、清掃員なる男の霊が重要な情報を教えてくれた。
「ありがとう」
霊はにこやかに退室した。
桜海の言葉だけしか聞こえない周りの人たちから、?マークの表情が浮かんだ。
「今のは何だったんですか?」
社長が尋ねた。
「ああ、すみません。篠田義雄さん(霊)の居場所がわかったので、行ってみます」
桜海が答えると、
「ええ? どこですか?」
と、他の二人に比べて、桜海の見える能力を信じ切っている尚子が聞いた。
「屋上らしいです」
桜海が答えると、
「鍵がかかっていて、入れないはずですが…」
と篠宮が言った。
当然だが、幽霊に鍵は必要なくても、会いに行く桜海には必要だ。
「では、鍵を開けていただけますか」
「わかりました」
桜海と篠宮が立ち上がった。
「俺は?」
赤星が尋ねると、
「ちょっと待ってて」
と桜海に言われ、そのまま待機した。
桜海と篠宮取締役が出た応接室では、赤星が質問攻めにあった。
「桜海さんは、あんな感じで幽霊と交信できるんですね」
尚子は感心しているようだ。
「ええ、まあ、そうですね」
「ワシにはよくわからん」
「多分、俺にイタズラしてきた幽霊に、篠田義雄さんの霊の居場所を教えてもらったんでしょう」
赤星は状況からできた推測を話した。
「そういう事でしたか」
社長もようやく少し理解したような口ぶりだった。
「鍵を守衛室で借りてきますから、屋上出口の前でお待ち下さい」
篠宮はそう言って、エレベーターで1Fへと下りて行った。
桜海が別のエレベーターを待っていると、清掃員の幽霊がそっと寄ってきて告げた。
『今の若い人には気をつけな。あんたも殺されるかもしれないぜ』
「も? じゃあ、篠田義雄さんは…」
『あの若者に突き落とされたのさ』
「見たの?」
『見た。おいらも』
「あなたも?」
『おいらは、イタズラして楽しんでいるが、奴さんは真面目だからさ。なんとかしてやって』
「わかりました。ありがとうございました」
清掃員の話を聞いて、桜海は屋上で篠宮と二人きりになるのは危険だと判断した。
そこで、応接室に戻って声を掛けた。
「すみません。皆さんも屋上に来て欲しいのですが、1つ後のエレベーターでお願いします。赤星、頼む」
「ラジャ」
社長親子は顔を見合わせて、よくわからないが、
「わかりました」
と返事をした。
桜海はすぐにエレベーターに乗り、屋上の出入り口の前へ行った。
すると、既に篠宮が待っていた。
「あれ? 早いですね」
桜海には、1階下りてから屋上まで上がったにしては、短時間だったような気がした。
「遅かったですね」
しかし逆に応接室へ戻った桜海の方が遅いように言われてしまう。
「ちょっとトイレに行ったんで」
桜海は適当にあしらった。
「じゃあ、開けますよ」
篠宮が屋上出口のドアの鍵をガチッと回した。
桜海はゴクッと息を飲んだ。
「開きましたけど…?」
桜海は篠宮が自分の後ろに立つのを避けたいと思った。
「どうぞ」
一瞬強い風が吹き込んだ。
「わっ。俺、高い所苦手で。しまったなぁ。屋上なんて言わなきゃ良かった」
桜海は風に煽られた振りをして一芝居打つ事にした。
「何ですか? それ」
篠宮は桜海のビビリ様をクスクス笑いながら言った。
「俺の一人芝居。巧かったでしょ?」
桜海は喋りながら篠宮の腕を掴んで寄りかかるようにして屋上へ出た。
「幽霊が見えるように思えたでしょ?」
「何だ。詐欺師か」
「シッ。適当に理由、無いですかね?」
桜海は、屋上の真ん中くらいに来たとき、屋上の一番端の手すり辺りに篠田義雄さんらしき霊を見つけた。一瞬だが目が合ったような気がした。
「小遣い稼ぎか?」
「いいじゃないですか。それで皆さんがウマくいくなら」
桜海は、篠宮から一歩離れて、伸びをしながら言った。
篠宮は桜海が先に立った途端、後ろから殴ろうとした。
『危ない』
篠田義雄が、叫んだので、桜海は自分の身の危険を察知し、
「やっぱり、怖い」
と、しゃがみ込んで攻撃をかわした。
篠宮は、襲おうとしたのを上手く誤魔化し、タイミングを計るために、
「内緒話はもっと向こうでしようぜ」
と言いながら、桜海をビルの端の手すりの方へと向かわせた。
そして、桜海が手すりを掴もうとした瞬間、いつの間にか手に入れていた鉄パイプで殴りかかってきた。
桜海は手すりに背中を預けた状態で攻撃をギリギリかわした。
篠宮がもう一度大きく鉄パイプを振り回してきた瞬間、桜海は避けようとして足を滑らせてしまう。
よろけながら見上げた桜海の目に、大きく空振りした篠宮がバランスを崩し、そのまま、ビルの外側へと落ちていく様が、スローモーションのように映った。
一足遅れて屋上にやってきた、赤星と篠田親子も出入り口付近から、その光景を目の当たりにした。
さらにダメ押しのように、篠宮の持つ鉄パイプを篠田義雄が引っ張るのを、桜海は手すりの側に横たわった状態で下から見つめた。
コンクリートの床面に突っ伏したままの桜海の所へ、3人がかけつけた。
「大丈夫? 桜海さん」
赤星は桜海の側に膝をついて、篠田親子が恐る恐る下を覗くのを見上げた。
「ちょっとこの手すり、低すぎて怖いわね」
下を覗いた二人の目には、地上に、落ちた篠宮の身体の周りに血が広がっていく様が鮮明に映っていた。
桜海は上半身を起こして、屋上の端っこから篠田親子と同じように、眼下を覗く霊に声を掛ける。
「篠田義雄さん、あなたは篠宮さんに殺されたんですよね? どうしてですか?」
桜海の言葉を聞いて驚いたのは篠田親子だ。
「殺された?」
「はい」
篠田義男は、桜海に話しかけられ、ちょっと驚いたが、
『さあね』とはにかむように微笑んだ。
「理由、わからないんですか?」
桜海が、義雄と話しているので、親子は口を噤んで様子を凝視した。
赤星は会話の邪魔にならないように、そっと立ち上がってよけた。
『はっきりとはね』
「なんでこんなフェンスが低くくて危険な屋上に上がったんですか?」
『時々気分転換にコッソリね』
「篠宮さんがそれを利用したんですね」
『ああ、そうかもな。もしかしたら私が死ねば、彼が次期社長になれたのかもしれないね。そんなになりたいなら譲ってあげたのに』
「彼は4~5年前に清掃員も殺していたようです。その人からあなたがここに居ると教えてもらったんですよ」
『殺人鬼だったのか、彼は』
それまで淡々と話していた篠田義雄もさすがに驚きを隠せない。
「多分、その殺人がバレなかったことをいい事に、今度はあなたを自殺に見せかけて殺したんでしょう」
『私も同罪かもしれないな』
義男は鉄パイプを引っ張ってしまった自分の両掌を見つめながら言った。
「今のは俺を守るため、ですよね」
桜海はゆっくりと立ち上がりながら言った。
『きっかけはそうだけど、篠宮君の持っていた鉄パイプに、なぜかスッと手が引き寄せられたんだ』
「どちらにしても、俺はあなたのおかげで殺されずに済みました。ありがとうございました」
誰もいない空間に向かって頭を下げた桜海を篠田親子は不思議そうに見つめた。
「ありがとうございました」
篠田義男の霊が桜海を助けてくれたとわかった赤星も桜海が見つめている方向へ丁寧にお辞儀をした。
「あなたは自殺したことになっています。今から他殺で捜査をし直してもらうのは難しいかもしれません」
『自殺でいいよ、私も、篠宮君も』
義男は寂しそうに言った。
「理由が必要です。どんな理由にすればいいでしょうか?」
桜海はせめて理由は本人の納得いくものにしたいと願っていた。
『まあ、無難に、うつ病でいいんじゃない?』
「うつ病、ですか」
『私はそんなタイプに見えないかもしれないが、人は見かけによらないからねぇ。優しそうな篠宮君が実は殺人鬼だったりしたわけだし。問題ないでしょう』
「篠宮さんもうつ病で自殺ですか…。わかりました。最後に、ご家族に遺言は?」
『元気で幸せに。私も幸せだったって伝えてください』
「わかりました」
桜海の言っている言葉しか他の3人にはわからないので、尚子が尋ねた。
「義雄さんは何故殺されたの?」
桜海は、フェンスから離れながら答える。
「次期社長の椅子を狙ったのではないかと、ご主人はおっしゃっていました」
義男の言葉を桜海が伝えた。
「でも、義雄さん以外に、私も父も、それに叔父もいますのよ?」
尚子は合点がいかないようだ。
「次々と殺害するつもりだったのかもしれませんね。初対面の俺まで殺そうとしたくらいですから」
桜海は肩を竦めた。
「篠宮君がそんな人間だとは知らなかったよ」
社長は、彼の歪んだ人格を見抜けなかった事を悔やんでいるようだ。
「本当は殺されたのに、自殺だなんて…。義雄さんが不憫だわ」
尚子は拳を握り締めて声を震わせた。
「義雄さんは幸せだったそうです。ご家族への遺言は、いつまでも元気で幸せに、とのことでした」
尚子は堪えきれず大きな声を上げて泣き出してしまった。
桜海は赤星を促して、屋上から引き上げることにした。
父親である社長は、娘の肩を抱いて、ビルの中へと戻って行った。
オフィスに戻ると社内が大騒ぎになっていた。
「しゃ、社長。大変です。篠宮君が!」
「篠宮君がどうしたって?」
社長は何も知らない素振りで、騒ぎの対応に向かった。
尚子は桜海たちに一礼すると、オフィスの奥に入って行った。
桜海はごった返す会社から目を逸らしてオフィスから出た。
「あ、帰るの? ちょっと待って」
赤星は、受付の女子社員に、素早く調査料金の振込票が入った封筒を託けてから、桜海の後に続いた。
桜海たちがオフィスのある階から降りてビルの外に出ると、篠宮の遺体が救急車で運ばれようとしていた。
その時桜海は、遺体から霊がスウッと起き上がるのを目にした。
「ねぇ、もしかして、篠宮も転生するの?」
「うん、多分」
「うわっ、クッ…」
赤星の首を絞める篠宮の霊を桜海はとっさに術を使って消滅させた。
「ごめん!」
「ゲホッン、ゲホッ…」
「大丈夫か?」
桜海は赤星の背中を擦りながら、
「俺が側に居ながら、悪かった」
と言った。
「桜海さんの所為じゃないでしょ?」
「アイツが起き上がるのを見たのに、防御が間に合わなかった」
桜海は拳を震わせながら言った。
「でも、助けてくれたし」
「当たり前だ」
「俺が苦しめられてるの、すぐ気付いてくれた」
「当然だ」
赤星は自分よりも桜海の方が真っ青になっていることに気付いた。
「桜海さんの方がよっぽど怖かったんじゃない?」
「あたり、いや」
「やっぱりね」
「違っ…」
『自分よりこの子が殺されそうになる方が怖いんだから、テンは』
「怖くて当たり前なんだから」
桜海は、赤星の、タマコの居ない方の肩におでこを乗せて、
「なんか、今頃足が震えてきた。おんぶして」
と縋った。
「何、甘えてんの。タクシーまで肩貸すから…わっ、こら」
桜海は赤星の首に腕を回して寄りかかった。
「仕方ないな」
肩で泣く桜海の頭を赤星は優しく撫でた。
『よしよし。いい子だ』
タマコも慰めた。
「何をそんなに泣くの?」
「だって…」
桜海は咄嗟に霊を消滅させてしまったことを悔やんでいた。
『二人とも無事で良かったわ』
「アイツが転生できなくなったから?」
桜海が頷くと、赤星は桜海の両肩を両手で掴んで言う。
「悪いヤツなんだから、転生なんてされたら、皆が困るでしょ!」
『そうよ』
タマコも賛同した。
「それに、悪い魂は浄化されて戻ってくるのかもしれないじゃん」
赤星の意外な言葉に、桜海だけでなくタマコもハッとした。
「…ポジティブだね」
「うん。ネガティブは止めて、帰ろう」
『帰りましょう』
タマコもニコニコしながら言った。
「腹減ったな」
「テンのお腹だけはポジティブだね」
赤星は大笑いしながら歩き出した。
「うるせ~」




