21 山科先生からの依頼
「この前は助かったよ。これ、俺からの気持ち」
そう言って片岡が桜海の所へ持ってきたのはスモモだった。
「へぇ。珍しいな…」
桜海が厭味っぽく言ったのだが、
「ホントだ。美味しそう」と、赤星が続けて言ったので、桜海の云いたい「珍しい」とは違う意味になってしまった。
更に、複雑な気持ちで苦笑いを浮かべた桜海のことを、喜んだと勘違いした片岡が得意げに言った。
「これな、小学校の校長だった山科先生んとこのスモモなんだ。先生入院してるからさ、俺が代わりに収穫したんだぜ」
赤星は器を持ってきてスモモを入れ、テーブルに置くと、お茶の準備を始めた。
「山科先生?」
桜海は、どんな先生だったか、すぐには思い出せなかった。
「理科のじいさん先生だよ。忘れたのか?」
片岡は半ば呆れつつ言った。
「思い出した。じいさんだった」
「白髪頭だったからな」
「確か小学校1年の時の担任だろ。いまだに付き合いがあんの?」
桜海は、少し感心したように尋ねた。
「まあな。俺の親父も教師だったし、兄貴の事とか、色々あるからな」
「で? 何か俺に用か?」
桜海は片岡と馴れ合うつもりが無いので、話題を切り替えた。
「あ、いや、別に」
「仕事中じゃないの?」
赤星も心配して言った。
「まあ一応」
「昔話ならまた今度。俺も仕事あるから」
桜海はそっけなく言った。
「ああ割りィ。山科先生、もうあんまり長くないって。見舞いに行けよ。これ入院先。じゃあな」
片岡はメモをテーブルに置いて帰って行った。
赤星は3人分入った紅茶ポットを手に、
「どうしよう」
と、ぼやいた。
「1人分は常温になってから、桜の木にやっておいて」
桜海は飲む気がなくなったようだ。
「あんな事言ってるけど、いいの? タマコさん」
『紅茶は好きだからいいけど。昔話が嫌だからって、追い返したりして、しょうがない子ねぇ』
「タマコさん、何て?」
タマコの声が聞こえない赤星は桜海に通訳を頼んだ。
「紅茶OK。俺、出かける」
「じゃあ、俺も一緒に」
「え?」
「パトロールでしょ? 買い物連れてって」
「ハイハイ」
桜海は渋々承諾した。
『つまり紅茶は3人分頂けるのね』と、タマコが呆れて言った。
「あーあ。タマコさんの声が聞こえるといいのにな」
タマコは、ぼやく赤星の頭を撫でた。
数日後の夕方。
赤星はいつものように夕食の仕度に取り掛かっていた。
桜海は風呂の湯張りスイッチを押してから、自室の椅子に座ってウトウトし始めた。
しばらくして、ご飯が炊ける匂いで、ゆっくり目を開けると、桜海の前にぼんやりと人が立っていた。
「あれ? 山科先生? 元気になったんですね?」
『馬鹿者』
「うん? あ…」
『お前に訊きたい事があるんじゃ』
「訊きたい事?」
『一つは今分かった。どうやらお前は昔から霊が見えておったんじゃの?』
「まあ」
『ならば、行方知れずの片岡の兄貴の健がどこでどうなったか、わかるか?』
「どうかな。わからない。忘れた」
『なんじゃと?』
「だってあの時、俺、小学校1年生だったんだぜ?」
『あの日お前は、片岡の兄貴が弟の教室に遊びに来ている、と言ったんじゃぞ』
「なんで今更、そんな事思い出したんですか?」
『わしの長い教師生活で唯一の汚点なのじゃ』
「先生の受け持ちじゃなかったじゃん」
『お前は知らなかったかもわからんが、当時わしは教頭も兼任しておったんじゃよ』
「へー」
『方々探しても見つからないもんだから、学校へ来る途中、神隠しにあったんだろうと決め付けて、当時の学校も警察も、有耶無耶にしてしまったんじゃ』
「ご飯できたよ」
赤星の呼ぶ声に、
「来客中。後で」と断ってから、桜海は山科に尋ねた。
「片岡の兄貴の事件を調べろとでも言うつもりですか?」
『弟に、桜海が何か知っているかもしれんから頼んでみろと、ずっと前から言っておったんじゃが、頼みに来たか?』
「いいえ」
『では、代わりに依頼したい』
「あの時、あいつの兄貴が死んでる事はわかってるし、調べるのはあんまり意味がないような…」
『馬鹿者』
「どうせ馬鹿だよ」
『片岡の家族は、死んだとは知らん。今も、いつか帰ってくるかもしれんと思っておるのじゃ』
「嘘~」
『今、お前の能力がわかって、尚更、あの時のお前の言動の根拠を突き止めておかなかった事が心残りで仕方ない』
コンコン、とノックの音。
赤星が桜海の部屋のドアを遠慮がちに開けて、
「お客さん、どこ?」と尋ねた。
「ここ」
桜海が、手の平で何もない空間を指して答えた。
赤星は部屋の中に入って尋ねる。
「どちら様なの?」
「小学校の先生」
「あ。そう、ですか。何もお構いできませんが、ごゆっくり」
赤星は数日前に、桜海と片岡が話していた先生の霊が来ていると察しその場を辞した。
柔らかく微笑んで退室した赤星を見て、山科が言った。
『なかなかできた女房じゃの』
「うん?」
『なんとかならんかのぉ』
「帰ってくるかもしれないと思っているご家族に、実はあの時既に亡くなっていたと知らせるのが、本当に良い事なんですか?」
『確かに嬉しい話ではないのぉ』
「知らない方が幸せな事もあるよ。タダ働きで、恨まれたんじゃ引き合わないし」
『片岡が望むようなら調べてやってくれ。金はわしが出す』
「ひょっとして俺から片岡に望むかどうか訊けというつもり?」
『わしはもう、ヤツと話せんから仕方ない。なんなら、さっきの娘さんにでも訊き出してもらってくれまいか』
「ひとつ確認するけど…」
桜海は赤星が入ってきたドアを指差して続けた。
「娘さんて、赤星のこと?」
『赤星さんというのか。綺麗なお嬢さんじゃないか』
嬉しそうな山科の顔を見ると、彼には全くなんの疑いもなく赤星が女性に見えているのだと感じ、否定するのを止めた。
「片岡にとって兄貴の事件は、ヤツから頼むんでなきゃ、無理だな」
『しまったのぉ。生きとるうちに、片岡と一緒に訪ねるべきじゃった』
「ごめんな。俺、今回は役に立てそうにない」
『片岡の祖父は、健が帰ってきたときの事を考えて、家業の造り酒屋の跡継ぎを弟に、博に任せられないんじゃよ。博が、ずっと跡取りになるべく酒造りに携ってきたものを、高校卒業したとたん、他所に就職させたんじゃ』
「片岡の両親は?」
『2人とも教師じゃが、博はお世辞にも勉強はできるとは言えんからのぉ。2つ上の優秀じゃった健が帰ってくる事を期待してしまったんじゃろうな』
「なんか現実的じゃないな。行方不明になってからの方が、生きた年齢より長くなってるのに…」
『彼らの時間は、あの時のまま止まっておるのじゃ』
「可哀想だけど、やっぱり無理だよ、先生」
『また来る』
「お客さん、帰ったの?」
食卓にやってきた桜海に赤星が尋ねた。
「うん」
「どんな話したの?」
「依頼」
「へ? 依頼?」
「断った。無理だから」
「そりゃ、無理でしょ。お金払えないもん」
「うん?」
「片岡さんが言っていた先生でしょ? 亡くなったんだね」
「ああ」
桜海は赤星の勘のよさに感心した。
「でも、この世に気がかりがあるって事? じゃあ、先生はあの世に行けないかな」
赤星が心配そうに言うと、桜海が溜息混じりに言った。
「また来るって」
「あー…」
二人は黙って夕飯をほおばった。
「出掛ける」
食事が終わるとすぐに桜海が言った。
「分かった」
赤星は片岡が置いていったメモを手に取った。
「以心伝心? 凄いな」
「でしょ」
赤星は誇らしげに言った。
「行こう」
二人は山科の入院先へと急いだ。
「どうして行ってみるの? 依頼を受けるつもり?」
「まず確かめる」
「何を?」
「先生が死んだかどうか」
「え?」
赤星は姿無き山科と話しておきながら、確かめるも何もないのではないかと思った。
「俺には先生の姿は見えなかったけど?」
桜海は少し不安そうに言った。
「俺、生霊も死霊もあまり見分けがつかないんだ」
「へ? そんなものなの?」
「うん。もっと言えば生きている人か死んだ人か見分けるのも夜は難しい」
「じゃあ、うっすらとかじゃなくて、ハッキリクッキリ見えてるんだね!」
赤星は驚きの声を上げ、続けた。
「桜海さんには人口密度が高い世の中なんだね」
それを聞いて桜海は大笑い。
「そんな密集してないよ」
「じゃあさ、地縛霊はどんな風に見えるの?」
赤星は桜海に見える世界を想像しながら尋ねた。
「地縛の念は、見えたり見えなかったりする」
それであの時、自分で試されたんだと赤星は納得した。
「じゃあさ、タマコさんが捕まったときのは?」
思い出すように、
「なんて言うか、そうだな、黒い雲というか、霧?というか…」
と言った桜海も聞いた赤星も、
「あっ!」と大きな声を出してしまっていた。
「じゃあ、地縛霊の神社ってこと?」
赤星は恐る恐る小さな声で言った。
「地縛霊を祀っているのか? 考えた事も無かったな」
桜海が黒霧神社への認識を改めた瞬間だった。
病院へ着くと桜海は自分にも赤星にも結界を張った。
「703号室だ」
赤星が病室の番号を確認し、二人は急いで向かった。
「病院は人口密度が高くなるスポットの一つじゃない?」
「うん。あ…」
703号室には、面会謝絶の札がかかっていた。
「ちょっと聞いてくる」
赤星はナースステーションに小走りで訪ねていった。
「すみません」
赤星は背中を向けている看護師に声を掛けた。どうやら、電話をしているようだった。
「はい、すみません。何でしょうか?」
すぐに、電話を終えた看護師が振り返って赤星の用件を尋ねた。
「703号室の山科さんですけど、お見舞いに来たんですが面会謝絶になってて…」
赤星の質問に、看護師は、あっと息をのんでから、
「山科さんは今朝方、亡くなられたんですよ」と気の毒そうに告げた。
「先生、亡くなられたんですか?」
赤星は努めて初めて知った風を装った。そして、桜海を手招きした。
「そうなんですよ。すぐに、お身内の方にご連絡差し上げたんですけど…」
桜海も側に来て看護師の話を聞く。
「海外にお住まいとの事で、ちょっと連絡が取れてないんですよ」
「片岡さんに連絡する?」
赤星が桜海に尋ねたのだが、
「片岡さんでしたら、先程電話しましたよ。お客様がお見えになる直前です」
赤星の方を見ながら看護師が答えた。
「山科先生は今どこに」
桜海が尋ねた。
「霊安室です。お会いになりますか?」
「はい」
「では、こちらです」
看護師は二人を霊安室へと案内した。
「病院の地下ってこんなになってるんだね」
「密集地帯だ」
「マジ?」
「見えない振り、見えない振り」
桜海が呪文のように言うのを聞いた赤星は声を出さずに笑った。
霊安室と聞いて暗くて狭いイメージを持っていた赤星が、
「以外だね」
と呟いた。
「後ほど、片岡さんもお見えになると思います。それまで、こちらにいらっしゃいますか?」
「いえ。先生のお顔を拝見したら帰ります」
桜海は山科の顔に掛けられた白い布を取り、手を合わせた。
赤星も桜海にならって、手を合わせた。
「お忙しいところすみませんでした」
赤星は、看護師に一礼して霊安室から出た。桜海も看護師に挨拶をし、一言付け足した。
「ありがとうございました。片岡さんには、僕らが来た事は言わないで下さい」
「どうしてですか?」
「片岡さんに見舞いに行くよう言われてたのに、間に合いませんでしたから…」
「そうだったんですか。わかりました」
「どうもすみません。失礼します」
「どうして、片岡さんに内緒にするの?」
「先生の依頼はアイツに関する事なんだ。早く帰ろう。会いたくない」
二人はそそくさと、病院の建物から出てなるべく早く離れようとした。
『何故じゃ?』
二人の前に山科が現れた。
桜海が立ち止まり身構えたので、赤星も足を止めた。
「だから言っただろ。知らない方がいいって」
『つまり、お前は知っておるのじゃな』
「…」
『何故本当の事を片岡に言わない』
道路の反対側を、訃報を聞き病院へと急ぐ片岡が早足で歩いてきているのが見えた赤星は、山科との話しに夢中になっている桜海をわき道に引き入れて囁いた。
「片岡さんだよ」
桜海は赤星の背中に隠れて、片岡が通り過ぎるのを待った。
『お前、誰かを庇っているんじゃないだろうな?』
「病院に入っていったみたいだね」
赤星が小声で言うと、桜海はほっと息を吐いた。
「かくれんぼみたいだ」
赤星が言った。
「先生、あれは片岡の家族の問題で、先生も俺たちも部外者だろ。色々立ち入らない方がいいよ」
『しかし…』
「帰るぞ、赤星」
「え? いいの? 先生は?」
「そこ」
赤星は、桜海が指し示した方へペコリとお辞儀をして、
「先生、さようなら」
と挨拶をした。
「また来られてんの?」
桜海の様子が気になった赤星が尋ねた。
「ああ。しつこいな」
「どうしてまたここに来るの?」
山科は黙ってただ桜海のそばに立っている。
云いたい事聞きたい事は、今までに何度も告げたので、無言で姿を見せて桜海にプレッシャーをかけているのだ。
「何度来ても同じ」
桜海はプイと神社の中庭の方へと出て行った。
「先生?」
赤星は山科が立っているであろう方向に声をかけた。
「桜海さんがどうして知っている事を話してくれないのか、代わりに聞いてみますので、先生は桜海に見られないように隠れて話を聞かれますか?」
そう提案した赤星に対して、山科は嬉しそうな顔をして、
『お願いしたい』と言った。
当然ながら赤星には、山科の姿も見えなければ言葉も聞き取れない。
だが、山科が自分の言葉を聞いていると信じて続けた。
「ただし、桜海さんの口からどんな話が出ようと、途中で声を上げたり、姿を見せたりしないでください。もしも話の内容に納得がいかなかったとしても、もう二度とここへは来ないと約束してください」
赤星はキョロキョロ見回して桜海が近くに居ないのをもう一度確かめてから、それでも小声で言った。
「明日は姿を見せず、明後日、桜海に見つからないように、台所に隠れていてください」
桜海の足音が聞こえてきたので、赤星は携帯を取り出して、
「午後3時です」
と告げた。
「何?」
桜海が戻ってきて赤星に尋ねたが、赤星は携帯を指差して、桜海にゴメンとジャスチャーで断り、
「もしもし、どうしたの?」
と、携帯の相手に話すようにしながら、席を外した。
桜海は山科の姿が見えないので、
「やっと帰ったか」
とため息をついた。
翌日は山科が全く姿を現さなかったので、心なしか寂しそうに、
「先生、来なかったな」
と桜海が呟いた。
「そうなの? 俺には見えないから、いつもと変わらないけど」
赤星は穏やかな笑顔で言った。
「先生、毎日朝から晩まで来てたから、なんか習慣になりつつあったけど…諦めてくれたのかな?」
「えっ? そんなに毎日一日中? 俺のドジも見られたのかな?」
「かもな。先生の採点は厳しかったぞ」
懐かしそうに桜海が言うと、
「げっ。洗濯物干してこよう」と恥ずかしそうに赤星は裏庭に出て、洗濯物を広げる。
「いい天気だ」
太陽の光を浴びて伸びをする赤星を眩しそうに桜海が見つめた。
翌日も山科の姿は桜海の目に映らなかった。
「ちょっと買い物に行ってきます」
「俺は修行する」
「分かった。じゃ後で」
2人はそれぞれの時間を過ごして午後2時半には帰宅していた。
それは2人の暗黙の了解で、午後3時はティータイムになっているからだ。
「今日のおやつはチョコクッキー。飲み物はダージリンにしよう」
赤星は暢気な表情で言った。
「いいけど、ちょっと」
桜海は、赤星の肩からタマコを手に取り、裏庭の桜の木まで運んだ。
「何か疲れてるみたいだから、少し休んでて」
『ありがと。あの子は色々と引き寄せる才能がありすぎて、祓うのが大変なの』
「すまない」
『テンのせいじゃないわ。私が小さくなったから』
「ありがとう」
タマコは赤星の企みを知っているが、桜海に告げ口するつもりはなく、様子を見守る事にしていた。
桜海は、軽く桜の木に結界を張ってから、3時のおやつが用意されたテーブルに戻った。
「この前の、篠田義雄さん事件の謝礼が入ってきてたよ」
「へ~」
「いくらだと思う?」
「さあ」
赤星の嬉しそうな表情からすると、設定してある依頼料より多い金額だったのだろうと推測できるが、桜海は具体的な金額を思い浮かべられなかった。
「興味ないの?」
「そうじゃないけど、見当つかないよ」
赤星は桜海の言葉尻を捕らえ、展開して話題を変える。
「ふーん。俺も、見当つかないんだけど、山科先生の、片岡さんに関係ある依頼って何だったの?」
赤星は、山科がコッソリ隠れて聞いているかどうかは分からないが、桜海に質問してみた。
「キミまでそんな事言う?」
「だって、立派な先生が、あの世に行けないくらい気になっている事でしょ? 俺も興味あるもん」
赤星は、自分の興味を前面に出して、なんとか桜海に話させようと思った。
「だから、知らなくていいし、その方が幸せな場合だってあるだろ」
桜海は面倒くさそうに言ってチョコクッキーを頬張った。
「じゃあ、聞くと俺、不幸になるの?」
紅茶をスプーンでゆっくりかき混ぜながら赤星が尋ねた。
「そういうわけじゃないけど、あんまり愉しい話じゃないからさ」
「片岡さんも?」
「アイツはわかっている事だと思う」
「先生は片岡さんの事を調べて欲しいの? 桜海さんは、彼の同級生だから、調べたくないの? 俺には、何の事なのか概要すら分からないんですけど?」
赤星は、わけの分からない事で振り回されているのを歯がゆそうに言った。
桜海は、苛立つ赤星の気持ちもわかった。
「そうだよな」
「そうだよ。先生の死を確かめに行ったり、片岡さんから逃げ隠れしたり、せめて、わけを知りたいよ」
桜海は紅茶を飲んで、一つ溜息を吐いてから、話し始めた。
「俺が小学校1年生の時、片岡の2つ上の兄貴がいなくなったんだ」
「片岡さんにお兄さんがいたんだ」
「俺は当時担任だった山科先生に、熱出して休んでた片岡の席に兄貴が遊びに来てるって、言ったんだ」
「え? じゃあ…」
桜海は赤星に無言で頷いて、
「先生は、馬鹿者、嘘をつくなって、俺の事怒ったんだ」と、ぼやくように言った。
「あちゃ」
「片岡君のお兄さんが行方不明だからって嘘を吐くなってね」
桜海は溜息を吐いた。
「桜海さんが見えるって事、知らなかったんだね」
赤星は気の毒そうに言った。
「俺は、俺に見えるものが、他の人には見えない事があるって、わかってなかった」
「ありゃ」
赤星はふと、桜海に尋ねた。
「その時は死霊だって、見分けがついたの?」
「ああ、昼間だったから」
「昼間だと、分かりやすいの?」
「まあ、霊だと、影が無いから」
「…はぁ、そうなんだ」
赤星は桜海の見る不思議な世界を垣間見た気がした。
「当時から、片岡の兄貴が死んだ事を知っている俺の事を、片岡は遠巻きにしてきた」
桜海は片岡との関係を嫌そうに言った。
「それで、よしみなんて、なかったんだ」
赤星はようやく桜海の片岡に対する冷やかな態度のわけを理解した。
「まあね」
「先生は何で桜海さんに今更、依頼したかったんだろ」
「そこだよ。なんで今頃俺を信じるかな」
「死んでみて、桜海さんの才能が分かったって事?」
「そうらしい」
桜海は拗ねたように言った。
「つまり、片岡さんのお兄さんの事を調べて欲しいんだね」
「いまだにどこかで生きているかもしれないと思っている片岡の家族に、実はあの時既に死んでいたという事を証明してどうなる?」
桜海の問いかけに、赤星は息を吸っても、言葉が出ない。
「長い間行方不明というのは、死んでしまったのと、あまり代わり映えはしないし、あの時、聞かされた事情を、二十年も経ってから検証するのは難しいよ」
桜海はチョコクッキーを二つに割って、片方を口に入れた。
「行方不明じゃなくて死んでいるなら、その真相を先生が知りたいんじゃないの?」
「そうだろうね。ただ、それは、謎のままの方がいい」
「桜海さんは、そう判断して、先生の依頼を断ったんだね」
「うん。だから、何度来てもらっても、話すつもりはないよ、先生」
「え? 先生、来られてるの?」
赤星は作戦がバレたかと焦ってキョロキョロした。
「うん。片岡の事を思いやるなら忘れてやってくれないかな? 山科先生」
『そうか。弟が兄の死に関わっていたんじゃな。それなら仕方ない。わしの出る幕はないな。桜海、お前の事を信じなくて悪かった』
急に俯いてしまった桜海に、赤星が尋ねる。
「先生、何て言われたの?」
「先生、俺当時小学校1年生だぜ。霊が見えて話せても、誰も信じてくれないし、どうすることもできなかったんだ」
「先生、桜海さんを責めないでくれよ」
赤星はどこに山科がいるかわからないので、天井に向かって言った。
『すまなかった桜海。片岡に何か聞かれたら、約束した、と答えてくれ。もう逝くよ。ありがとう。さらばじゃ』
「先生、ごめん」
桜海は頭を下げて心から詫びた。
そして顔を上げると、赤星の頬に涙が光っていた。
「うん? 何、泣いてる?」
赤星は自分のせいで、桜海を傷つけてしまったと思い、涙が止まらない。
そして桜海の目を見れず裏庭に駆け出していた。
「聖也!」
桜海は、赤星の後を追って外に出た。
このまま遠くへ行ってしまうかと心配した桜海は、赤星が桜の木の側で立ち尽くしているのを見てホッとした。
「なんで泣く? 俺、なんかした?」
『もう、鈍感ね』
タマコは赤星の肩に飛び移った。
「ごめん」
二人は同時に謝った。
タマコは、赤星の頭を撫でた。
「悪いけど、今度片岡が訪ねてきたら、なんかわからないけど、約束した、って言っといてくんない?」
「え…? 何、それ」
赤星は涙を拭いて、桜海を見つめた。
「山科先生の遺言? 俺別に先生と約束した覚えは無いけど、先生の最後の言葉だから」
「最後?」
「うん。もう、逝くってさ」
二人は夕暮れの空を仰いで、山科の面影をなぞった。
後日赤星は、何の事かわからない桜海から言われたので、尚更意味はわからなかったのだが、やってきた片岡に「約束した」と伝えたのだった。
「桜海さんの言ったとおり約束したって言ったら、これ、置いてかれたんだけど」
そう言って、赤星が指差したのは、テーブルに置かれた、一振りの洋刀と、畑の権利書だった。
「どういうこと?」
不思議がる桜海に、
「俺が聞きたい。畑を貰う代わりに、刀の管理を引き受けるという約束をしたんでしょ?」
と、赤星は要領よく説明した。
「そんな約束してねえ」
桜海は、難しい顔で腕を組む。
「約束したって言えって、言ったのは誰?」
赤星はあきれながらも笑顔で言った。
山科が桜海に託した刀は、イワクつきのものだった。
その事に気付くのにそう時間は掛からなかった。
「とにかく、ここに置いておくわけにいかないよね」
そう言いながら赤星が刀に触ろうとした。
すると、刀が妙なオーラを放った。
「待て、触るな」
桜海が赤星を止めた。
桜海は刀を結界で厳重に囲んだ。
そして、そのまま宙に浮かせて、移動させようとしたのだが、結界の中で刀が震動し始めた。
「やっぱり妖刀かよ」
「もしかして、先生が本当に依頼したかったのは…」
二人は顔を見合わせた。
「これかも」
道理で桜海に託すはずだと、赤星は思った。
いきなり鞘に入ったまま結界を破り、赤星に切りかかってきた。
「痛っ」
刀はまるで使い手が在るが如く、しなやかに赤星にその鞘先を振り下ろしてきた。
桜海は、とっさに鍋の蓋を取って応戦した。
かなりの使い手が使っていた刀のようで、何度か防いだものの、鍋の蓋が弾き飛ばされてしまった。
刀は方向を変えて、何故か赤星をターゲットに真っ直ぐ飛んできた。
桜海は、赤星を庇うように抱きしめ二人を瞬時に多重結界で囲んで防御した。
「やめろー」
叫んだのは赤星だ。
桜海は、身体が強張る以上に、心が硬く張り詰めた。
それはまるで、姫を庇って背中から刺されてしまった桜海の前世の記憶とそっくりだったからだ。
だが、刀が鞘に入っているためか、床に落ちてカタカタ震動してやがて静かになった。
「先生にも困ったもんだ。こんな妖刀を押し付けやがって、なあ」
「やめて。殺さないで」
そう呟いて赤星は、桜海にしがみついたまま、気を失った。
「おい。赤星。嘘だろ。聖也! しっかりしろ」
『刀を社に納めて。今よ、早く』
タマコの進言が聞こえる。
桜海は、赤星をそっと床に寝かせて、刀を手に取ると、ダッシュで社に持っていった。
御神体の前に刀を置いて固定結界と包囲結界を張り、扉を閉めた。
「大丈夫かな…」
桜海は急いで家に戻り赤星をベッドへ運んだ。
赤星は夢を見ていた。
自分を庇う男性を刀が貫いていくのを、スローモーション再生を見るように見つめた。
先程の桜海に庇われたシーンとそっくりだ。
愛する者を殺され、自棄になって刀を振り回して、沢山の兵士を切って切りまくっている自分がいた。
追っ手を全て殺した姫は、最後に、愛する人を、貫いた剣ごと抱きしめた。
「うわっ」
赤星は、叫んだ自分の声で目を覚ました。
「大丈夫?」
桜海が、濡れタオルを絞って持ってきた。
「うん。ごめんね、桜海さん」
「え? 何が、ごめん、なんだ?」
濡れタオルを受け取った赤星は、目元をタオルで覆って、
「ごめん。俺のせいで…」
と言った。
「もう、大丈夫。刀は封じたから」
桜海はあまり封じ切れた感はなかったが、赤星を安心させたかった。
「このまま少し休んどく?」
「もういい。ご飯作る」
赤星はベッドから降りて、
「あの刀、俺、知ってるような気がする」
と言った。
「知ってる?」
「多分、使ったことがあるんだと思う」
「いつ?」
「わからない。けど、だから、ごめん」
そう告げて台所に行く赤星の背中を桜海は見つめた。
刀がやってきてからというもの、桜海の日課が増えてしまった。
朝晩、封印が解けていないか、盗まれていないか確認するようになったのだ。
使い手の記憶を持つ刀は、それがどんなに凄い腕の持ち主だったかがわかる代物だ。
もしも、鞘から抜け、その刃が誰かに向かったとしたら、恐ろしく美しく切り裂いてしまうだろう。
赤星が使った事があるというのは、もちろん現世の話ではない。
遠い前世で使ったのだろう。
つまり、前世で赤星は相当の剣の達人だった可能性が高くなる。
「想像つかないな」
桜海は首を傾げた。
山科が託したかったのは、刀そのものだけではなく、刀の持つ記憶なのかもしれない。
「そういえば、篠田さん事件の依頼料は、いくら入ったんだろ?」
桜海は、大きな欠伸をしながら身体を伸ばした。




