咳をしても一人
自由律俳句と言うものがこの世にはあるらしい。俳句は五七五という決まりをあえて破りまくる俳句らしい。それは俳句という定義でいいのか単なる短い詩とは違うのか学んだ事はないのでよく分からないが、多分言葉のリズムが俳句だから俳句なんだろう。ただまあ、今は冒頭の句が頭から離れないのだ。咳をしても一人。まったく侘しいものだ。
三学期が始まったばかりだというのにインフルエンザにかかったので学校に行けない事になった。具体的には1月17日の夜は体調に関してまるで何の問題もなかった。しかし翌日の朝、なぜか早起きしていた。あたりは真っ暗で今が何時何分かさえも分からないほどだった。この時点でもまだ予兆は一切なかった。
「おかしな事もあるもんだな。今日も学校あるんだしさっさと寝よう」
その時は何も考えず、ただすぐに眠ろうとした。しかしすんなりとはいかなかった。元々眠りにつくのは遅いほうな上に、寝よう寝ようと考えすぎると逆に意識がはっきりとしてくるような感覚に襲われて、現状は眠っているのではなくただ目を閉じて横になっているだけという有様だと体中で感じるだけなのだ。毛布に包まれた体を折りたたんで読み終えた小説のエピローグを考えたりするうちにいつしか眠っていた。
次に目を覚ましたのは朝の7時だった。目覚めた瞬間、体内の異常を感知した。まず頭が重い。鼻もおかしい。気持ち悪い汁がダラダラと締まりなくあふれ出すようだ。布団から出るために動こうとすると頭にズンとした痛みが走ってとても嫌な気分になった。
「まずいな、これは多分風邪引いたな」
自分の免疫力の弱さにうんざりしつつも、寝室からテレビのある部屋へと移動して壁にある下の左から2番目のところにある棚を開き、プラスチック製の小物入れの中から体温計を取り出した。これの診断結果によっては今日は学校を合法的に休めるかも知れない。しかしここまで移動するだけで早くも息が上がってハアハア言いながらの計測となってしまった。相当悪い風邪なのかとは思いつつ、それでも「学校を休むとして、それから何しようかな」とかそういう事も考えていた。
結果は、39度とか出てしまった。やばい。平熱は35度台なのに明らかに上がりすぎだ。これは嫌な予感しかしない。しかも動けば動くほど肉体がきしむ振動が脳を刺して頭をグルグルに回す。もう駄目かも知れない。おじいちゃんとおばあちゃんに事の次第を話すと「それインフルエンザかもしれんねえ」と言われた。言われて見ると単なる風邪のレベルを超えているし、そうかも知れないと思った。
朝ごはんはほとんど食べることが出来なかった。ご飯をほんの少しだけ齧って、それと温めた牛乳を舐める程度が限界だった。学校にはおばあちゃんが電話をかけてお休みとなった。そして病院に行く事に決まった。仕方ない。本当に苦しいから。棚の中に入っている葛根湯とかでどうにかなるならそれに越したことはないのだが、インフルエンザ相手では荷が重いだろう。
病院まではおじいちゃんのバイクの後ろに乗せてもらった。思い返せば普通の体調であれば当然の如く自転車を使うわけで、乗せてもらったのはいつ以来かと考えると、多分小学2年生の頃に畑の手伝いをした時以来かなあと思いついた。小さな町なので病院もそれほど多くない。家からは普段は歩いて10分ぐらい、駅と大体同じぐらいのところに唯一ある浅野医院というところだ。
バイクの振動でも吐き気を催しそうになりつつも悲惨な事にはならず、一応無事に到着した。朝の浅野医院にはすでに何人かの先客がいたので、ポスターなどをきょろきょろと眺めながら時間を待った。待っている時間も、時計の秒針の動きが俺の理性をじわじわと切り裂いているようだった。頭は痛いし顔はぐじゅぐじゅだしのどもイガイガがたまっているし、もう何がどうだか分からないほどだった。
「矢野浦さんどうぞ」
女性の受付の人が俺の名を呼んだので、ようやくソファから立ち上がり、千鳥足で扉の向こうへと進んだ。中には50台ぐらいの眼鏡をかけた男の人が座っていた。これが浅野さんだろうか。自分で言うのも何だが、俺はあまり大怪我をした事がない。はじめもそうだが。だから病院の人の顔とかはよく分からないのだ。
さて、医者の人に今日の体調を事細かに話した。最後に「もしかするとインフルエンザかも知れません」みたいな事も挟んだ。「それなら」と、医者の人は口の中とか鼻の中とかを何やら調べ始めた。素直に従ったが、何か棒みたいなものを突っ込まれると苦しくなる。しばらく調べたりしていたが、検査の結果は案の定というべきか、かかっていたようだ。お薬をもらって退散した。しばらくは自宅療養だな。
おじいちゃんとおばあちゃんに移しては何なので一人でどうにかした。テレビをつけてEテレの10分や15分でころころと代わる番組を何も考えられずに眺めつつ、せきがしたい時は思いっきりせきをして、のどが渇いた時ははちみつを入れたお湯をちびちびと飲んだ。動くだけでも負担になる肉体に厚手の服と毛布を背負って、部屋に巣食う芋虫としてしばらく過ごした。
午後3時を過ぎた頃、りょーくんがお見舞いに来た。今日学校で配ったプリントや、ペンでカラフルにデコレートされた「早く元気になってください」的な事が書かれた紙が入っていた。筆跡を見るに書いたのはのんちゃんだろう。りょーくんはこれを届けに来たのを口実に居座る雰囲気もあったが「普通の風邪じゃなくてインフルエンザだから」と伝えると潮が引くように退散した。
それから夕食のおかゆを食べて、また一人になった。夜は寒く暗く淋しさも増す。震えながらテレビのチャンネルを回してもやはりどれも面白く感じられない。見るにも集中力が必要だが、今の俺にそのようなパワーは望むべくもない。さっさと寝るのが結局正解なんだろう。まったく楽しくない一日はこうして暮れていったが、これが大体3日も続いた。死にたいと思ったがもったいないので実行はしなかった。まあこうも気軽に「死にたい」と言える余裕がまだあるという事だろう。
そういえばはじめが夏に風邪を引いたが、あの時はそれはもう多くの人に心配されていたが、俺の場合は心配してくれるのはこの星の中で10人そこらだからな。人間として格が違う。そしてもし俺が死んだら悲しんでくれるのもその人たちだけだろうな。そう思うとやっぱり死ねないと決意を新たにした。どうせ死ぬなら、もっといっぱいの人から悲しんでもらいたい。
4日目、かなり症状は和らいだ。しっかり休んだし、俺の体内に潜んでいる免疫力が仕事をしたという事だろう。そしてお薬。みんなのお陰でどうにか命を永らえることが出来たようだ。でもまだのどにいがいがが残っていたり鼻水も出るしで、完全復活にはもう少し時間がかかりそうだが、まあ目処がついたとは言えるだろう。良かった。死ななくて本当に良かった。
それからしばらくは動こうと思えばまったく動けないわけでもなかったのだが動く気がしなかった。さぼり癖が発動したかのようだ。でも一応「インフルエンザ」という大義名分はあるわけだし。「万が一まだ治ってなくて感染を広めるといけないから」と言えばもはや反論はできまい。でもそんな体調なのに誰もいないとさすがに暇でしょうがない。集中力はある程度回復しているからゲームも出来るが、何となく面白くない。ガッツがまだ戻っていないのだ。
そして1週間がたった。多少鼻水が残っていたりするが、もう大丈夫だろうとみなしても問題ないはずという事で金曜日からは学校に行く事にした。もう一人じゃない。手洗いとうがいもこれからは真面目にしようと思う。それとマスクも。7時45分、鼻をすすりながら俺はいつもの居場所へと向かった。




