第28話 『到着』
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名もなき村を撤退してから二日後の朝に、クアルトたちは『ペクン』の町へ入った。
メリマルゴール男爵家の領地からは、差し渡し600メートルの河を隔てた向こう側である。
この川の存在こそが、パーヴェル子爵家から『西端地』を召し上げた理由とのことだ。
領地と領地を隔てるものとして、実にわかりやすいからね。
ひとまず宿屋で休憩を取った。
軽く旅の汗と埃を拭きとり、着替えも済ませる。
身綺麗にして落ち着くため・・・ではない。
「さて、代官殿に挨拶と行こうか」
兄上が楽しそうだ。
普段は思慮深く、人を思いやる素敵な兄。
なのに、相手が『敵』となると途端に性格が黒くなる。
なんというか、『この人もやっぱ貴族なんだな』って感じだ。
で、挨拶なわけだが、相手は『代官』。
領主ではない。
この町は、領地の端っこである。
当然だが領主であるパーヴェル子爵はいない。
町の管理を任された『代官』が当地の一切を担う。
つまりは偉い人なので、来たからには挨拶しないわけにはいかない。
こちらが貴族としてではなく一般の市民として来訪しているのなら知らぬふりをしてもいいが、きちんとメリマルゴール男爵家の者として訪れているのだから挨拶は欠かせないものとなる。
「さて、行ってくるぞ」
「いってらっしゃーい」
兄上の言葉に、のほほんと答える。
「帰ってきたときには、僕はいないかもですけどねっ」
えへへっと笑ってみせる。
ここはペクンの宿屋だ。
ただし、子爵御用達の高給宿で、先方から指定された宿泊先でもある。
兄上と騎士団が離れたあとで、無防備な子供一人を連れ去るのなんてわけもない。
宿側がグルであることが前提になるが、たぶんグルだろうからね。
そのための宿泊先指定に違いないのだから。
「むしろ、無事に休んでいるのを見せられたら驚く」
クックックっと笑われた。
「どんな交渉をしてくるのか、楽しみですね」
居丈高に脅して従わせようとするのか、こちらにも利益を提示しての搦め手で来るのか。
興味深い。
「どっちだと思う?」
兄上も、そのどちらかだと考えているようだ。
「この期に及んで、搦め手はないでしょう。儲けを減らしてしまいますからね。せっかく大胆で過激な手を打とうというのですから、ここは強気で来るものと予想されます。きっと、僕の命を盾にして恫喝されますよ?」
「そうだろうな」
大きく頷いている。
「どう応えるべきかな?」
「それは兄上が考えてくださらないと困りますね。じゃないと男爵家の嫡男としての器量が問われますよ?」
「もっともだ。・・・見捨てても恨まないよな?」
「できるだけ、高く売り飛ばしてくださいよ」
死神にか悪魔にか、それとも神にかは知らんけど。
「わかっている。無益な死にだけはしない」
「そうしてください」
死ぬ気なんてないけどね。
心の中で舌を出した。
覚悟とは言ったが、死ぬ気なんてない。
最長で二年から三年ほど幽閉生活をするくらいの覚悟しかない。
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「で、こうなったと」
やれやれ、と首を振った。
宿で適当に休んでいたら、十人ほどの賊に襲われて袋詰めされて運ばれたのだ。
部屋の鍵はきっちり掛けておいたのだが、やはり宿側がグルだったようで何の意味もなかった。
「手際が良かったですね」
「あれは慣れてますよ」
「あ、やっぱいるんだね?」
アンナとアーネストだ。
一緒にさらわれたのだろう。
声がくぐもって聞こえるのは、袋二枚を通しているからだ。
「自分たちでクアルト様の世話はしたくないってことでしょうね」
「世話係ともどもさらえば、閉じ込めるだけであとは放置できますから」
もっともだ。
「使用人の給金って、危険手当ついてたっけ?」
「ないですよー」
「基本お屋敷内でのお世話限定で雇われてますからね。こういう事態は想定外でしょう。契約には入ってなかったと思います」
おやおや。
「じゃ、無事に解放されたらなにかで補填するよ」
約束する。
「・・・手造りの感謝状とかですかねー?」
「川で拾った『きれいな石』かもしれませんよ?」
まったく期待していない言い方だ。
「失礼な。クッキーくらい分けてあげるよ!」
憤慨して怒鳴った。
「ああ。おやつですか」
「それはうれしいですね」
なぜだろう?
声が平坦だった。
もっと喜んでくれていいのに。
◇
「っと、ついたらしいな」
揺れていた馬車が止まった。
軟禁場所に到着したようだ。
「痛っ、髪の毛掴まないでっ!」
アンナの怒声が聞こえた。
よくわからないが、今のクアルトと同じ状況だとすると袋を掴む手が彼女の髪にもかかったしまったのだろうと思う。
現在、『オレ』たちは袋に入れられたまま、荷物のように運ばれているのだ。
そして・・・。
ドサッ!
床に放り投げられた。
違うか。
下がゴツゴツしている。
床ではないし土の上でもない。
まるで・・・。
「洞窟、か?」
「惜しい。鉱山よ」
知らない声で答えが返ってきた。
同時に、数人が駆け寄ってくる音がした。
運ばれてきた方向とは逆側からだ。
「今、出してあげるわ。誰なのか知らないけど、災難だったわね。終わってないけど」
終わってない?
ああ、『災難』がってことか。
「軟禁されて出してもらえないってやつかな?」
袋から顔を出すと言葉の気楽さからは想像できないほど、深刻そうな顔の少女と目が合ったので聞いてみた。
「あら、知ってたの?」
「予想してはいた。ただ、ここまで大胆だとは思ってなくて、驚いたよ」
もう少し裏からそーっとってのを想像していたのだ。
まさか、白昼堂々袋詰めにされて、大通りを馬車で運ばれるとは思わなかった。
外から当たり前に子供や母親と思しき女性の日常会話が聞こえるなかで運ばれるとは、考えもしなかったのだ。
「この街全体が『代官』の支配下にあるのよ。全員、何か変なものを見ても見なかったことにする癖がついてるの」
「癖か、それは直しにくいな」
ならしかたない。
それはそうと・・・。
「やれやれ、ひどいな」
ようやく袋から出られたので、身体についた埃を払う。
全体的に白っぽくなっていた。
小麦粉か何かの袋だったらしい。
麻袋だからいいけど、ビニールだったら死んでるぞ。
この世界に、そんなものないけど。




