第130話 『セティ母の治療』
「で、どうしたんだ?」
『家』へ向かいながら、親方が聞いてくる。
突然、戻ってきた理由。
それを聞きたいということだろう。
「セティの母親の容体は?」
「?! ……よくはねぇ」
暗い顔で首を振られた。
「なんだ? まさかそれを聞きに来たなんて、言わねぇよな?」
探るような目が向けられた。
「セティもね。同じ病気になっちゃってね……」
声を落として説明する。
ロマリスでのパーティーに参加してからのことを。
「鉱山の……毒。石の呪い、か」
説明を聞き終えた親方は、苦々し気に吐き捨てた。
「知ってた?」
わけがわからないという反応ではない。
心当たりがありそうだった。
「ああ。それほどはっきりしたモノじゃねぇが、やるべきことを怠るとなる病気っつうか呪いの話は修業時代に聞かされたよ」
皮膚が変色し、破ける。
何もしていなくても、勝手に骨が折れる。
そんな脅しを含んで忠告や指導があったそうだ。
やはり、昔の人は気付いていた。
そして、避ける手立てを講じていたのだ。
科学的根拠はなくても、経験で。
「クソ! あの代官はロクなことしやがらねぇ!」
やり場のない怒りをぶつけるように、左手を右手で殴っている。
「でね。治療の方法が分かったから、急いで来たってわけ」
手遅れでないことを祈って。
咳がひどいと聞いてから、もう二か月も経つ。
正直『オレ』は、もう墓の下なんてこともあり得ると覚悟していた。
「助けられるのか?」
「そのはずだよ」
だからこそ、夜を徹してやってきているのだ。
「まぁ、まずは治療させてもらえるかだけど」
考えてみれば、うつすかもしれないと言われて会わないままだった。
「この病気は人から人にはうつらないから、それ説明して」
説得は親方に任せる。
長く一緒に住んでいたのだし。
クアルトの『貴族的立場』で強引に、は避けたい。
「あ、僕の能力のこともね!」
「能力だと?」
「坑道の壁から金属だけ取り出せるやつだよ!」
掘ることなく、必要な成分だけを取り出せる『抽出』についてだ。
「その能力で、人の体からもいらないものを取り出せるってわかったんだ!」
セティも、それで治療したと告げる。
「おお。そういうことか。わかったぜ」
任せろ!
親方が家の奥へ消えていく。
戻ってくると――
小さく頭を下げてきた。
「……頼む」
その声は、親方のものとは思えないほど小さかった。
そして——
治療は開始された。
恩人であるクアルトに危険なことはさせられない。
そんな風に頑なに謝絶されたらしいが、親方が押し切ってくれた。
やることはセティの時と同じだ。
体の中の砂毒を抽出・取り除く。
ただ、楽ではなかった。
まず、当然だがセティより体が大きい。
毒の範囲が単純に広いのだ。
そして、時間が経っている分、毒の浸食が深い。
これを、一つ一つ、抽出する。
かなりの難行だ。
「さすがに大変だから、何回かに分けるよ」
ムリはしない!
そう宣言しつつ、限界をギリギリ超えるくらいまで治療を進めた。
指先が震えて、術式が一瞬だけ乱れた。
そのたびに、胸の奥が冷たくなる。
琥珀と、特にダイヤモンドを手に入れていてよかった。
あれがなかったら、持たなかったかもしれない。
一番危険だった肺と肝臓。
その他の臓器を優先して、術を施していく。
母親が終われば、父親も。
症状は軽いが、こっちも当然に影響を受けていた。
休み、休み。
交互に治療を進める。
そんなわけで、すべてが終わったのは、四日後だった。
ゴーレムの片付け、なんていう仕事もしたし。
なかなかに忙しかった。
治療をしていないときは、ほぼ寝ていたけどね。
魔力が尽きる寸前まで治療をしていたのだ。
なにかをする余力なんて残っていなかったのだからしかたがない。
四日目の朝、
彼女の呼吸が、ようやく静かに整った。
「呼吸……できる」
かすかな声でそう言って、母親は微笑んだ。
「エナ……!」
セティ父――セルディオが、崩れるように抱きしめた。
危機は、ようやく遠ざかった。
「そして、もう一人」
セティの両親が回復に向かい始めたのを確認して、クアルトはもう一歩進む。
「は?」
間抜けな顔をしているのは、親方だ。
「は? じゃないよ。鉱山にいたのは親方もでしょうが?!」
鉱山には詳しくても、イーアンのような能力はない。
軽くはあっても、病気のはずなのだ。
「俺は……」
親方は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
「いいから、さっさと座る!」
五日目と六日目は、親方の治療に充てることになる。




