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第5話 人間と亜人

 テラコロル歴史書を読み始めて7ヶ月半。

 本の約7割を占める「第1章:世界の歴史」をようやく読み終えた。


「やった!! これで天王山を乗り越えたぞ~!!」


 俺はガッツポーズをする。


「ねえレオン。まさか忘れてないわよね? たった286ページに7ヶ月半もかけていたことを」


 お姉ちゃんのねっとりとした言葉に俺は顔を逸らす。


「はあ。もし私が居なかったら一体どうなっていたのやら」


 お姉ちゃんは髪を摘まんで不機嫌を演出していた。

 それと同時に空気が揺れるほどの圧を感じる。


 うん、そうだよね。不機嫌になるよね。そんなの当たり前だよね。

 だって何度教えても次の日には忘れてるからね。

 でもそれはしょうがないんだって!

 本当に昔から歴史は苦手なんだからしょうがないんだって!


 俺は錆びた首を後ろに回転させる。


「ごめんなさい」

「ん? ごめんなさいだって? 今のは私の聞き間違いだったのかしら?」


 お姉ちゃんはニンマリとした視線を向けている。


 あれ? てっきり怒っていると思っていたけど……。

 まさかこれ、感謝しろって言ってる?


「あ、ありがとうお姉ちゃん。もしお姉ちゃんが居なかったらもっと時間がかかっていたよ」

「ふん。当り前よ」


 お姉ちゃんは整った髪を華麗に靡かせながら顔を逸らす。

 だが俺はお姉ちゃんの頬が僅かに上下していることに気付いていた。


 あはは……もっと素直になればいいのに。


「コホン。そ、その、次に行くわよ! ほら、早く座ってちょうだい」


 え!? もう始めるの!?

 せっかく第1章を読み終わったばかりなのに!?


 今までは休憩を1度も取らせてもらえなかった。

 でも今回は第1章を読み終えたという快挙を達成している。

 せめて今回だけは休憩させてほしい。

 じゃないと無駄に疲れがたまっていくだけだ。


 俺はお姉ちゃんの顔色を伺いながら話す。


「あのーもう少し休憩を……」

「ダメよ。私だって暇じゃないんだから」

「あ、そうですよね。わかりました」


 俺はお姉ちゃんの右隣に座る。


 お姉ちゃんは知らないのかな? 細目に休憩しながらの勉強の方が圧倒的に効率がいいって。

 まあ、知らなくても別にいいんだけどさ。


 そんなことを考えながらページを捲った。


「えーっと、第2章:人間と『亜人』について……ん? 『亜人』?」


 脳内に静寂が広がる。


 亜人……。

 え? それってあの亜人のこと?

 あのアニメとか漫画に出てくるような亜人のこと?


 すると、俺の前で誰かの掌が上り下りする。


「ねぇ、レオンってば」

「あ、ごめん。ちょっと考え込んじゃって……アハハ」


 俺は首の根元に手を添える。


「考え込んだって、まさか亜人のこと?」

「まあ、そんなところだよ」


 まさかこの世界に亜人がいるとは。

 いや、そりゃあ魔法のある世界だから居ない方がおかしいか。

 というか亜人がいるのならまさか……。


 俺は肺に息をため込む。


 すぐに確認しよう!!


「ふふん。まあ確かに亜人は不思議な存在だからね。驚くのも無理はないわ。それでレオンがいいのなら私が……」

「ごめんお姉ちゃん。ちょっと静かにしてて」

「ちょ……」


 何か言いたげなお姉ちゃんを無視して俺は視界を左右に反復させる。


 えっと、「この世界には人間と魔物以外に亜人という人間と魔物が混ざったような見た目をしている生物がいる。その代表例として『妖精族(エルフ)』、『獣人(セリアン)』、『魔族(アンチデウス)』がある」か。


 さらにページを捲るとそれらの姿が描かれていた。


 長く尖った耳を持つ妖精族。

 頭に生えている獣耳とお尻の上部から生える尻尾を持つ獣人。

 大きな角にトカゲのような翼と尾を持つ魔族。


 俺は目を輝かせていた。


 獣人!! それに妖精族!!

 俺がアニメで見た通りの姿だ!

 うっひょ~!!


 訂正させていただこう。

 俺は獣人と妖精族に目を輝かせていた。


 その時、俺の頭にゲンコツが降ってきた。


「いてっ」

「ちょっと! せっかく私が教えようとしていたのに何で無視するのよ! 失礼にも程があるわ!!」


 お姉ちゃんの左拳から湯気が放出している。

 俺は先程の行動がいかに失礼だったのかをそこでようやく理解する。


「アハハ、ごめんなさい。亜人って聞いてつい向きになっちゃって……」

「ふん。私がそんな適当な謝罪で許すと思っているのかしら?」


 俺は目の前で手を合わせる。


「お姉ちゃんを無視してごめんなさい」


 お姉ちゃんは一瞬、左の口角をあげるがすぐにため息をつく。


「はぁ。今回は特別に許してあげる。でも次はないわよ」

「はい。承知いたしました」


 お姉ちゃんは女の子座りをして先程よりも大きなため息をつくと丁寧に説明を始める。


「序盤の方は読んでたからわかると思うけど亜人がどのような存在なのか、その代表例が何なのかはわかるわよね?」

「うん。えっと、亜人は人間と魔物が混ざったような存在で、代表例が妖精族、獣人、魔族なんだよね?」

「そう。その通りよ。それで彼らは確かに人間のような姿をしているけど、それは見た目だけ。彼らは私たちと比べ物にならないほどの身体能力と魔法の才能を有しているわ」

「比べ物にならない……。それってどのぐらい比べ物にならないの?」

「どのぐらいって……そうね。人間と蟻ぐらいじゃないかしら」


 人間と蟻!!

 なんだよそれ。あまりにも差がありすぎやしませんか?


 俺はこの時初めて、世界の理不尽さを実感した。


「まあ、細かいことはここのページを見ればわかるわよ」


 お姉ちゃんは一気に21ページ分捲ると様々な数字とグラフの書かれたページが開かれる。

 俺はお姉ちゃんの指さす身体能力と魔法能力の項目をじっくりと眺める。


『人間の身体能力を平均:10とした場合、妖精族の平均:20、獣人の平均:50、魔族の平均:100』

『人間の魔法能力を平均:10とした場合、妖精族の平均:200、獣人の平均:50、魔族の平均:200』


「こんなにも差があるなんて……。もし戦争にでもなったりしたら俺たち人間は確実にまずいことになるよね」


 その時、お姉ちゃんは人差し指でメトロノームを作りながらチッチッチとリズムをとる。


「実は、そう簡単にいかないのよ」

「え? 簡単にいかないって、何でなの?」


 お姉ちゃんはとある表を指さす。


「ほら。ここに頭脳と個体数の表があるでしょ? ちょっと確認してみなさい」

「う、うん。わかった」


 俺は言われるがまま表に顔を近づける。


『人間の頭脳を平均:10とした場合、妖精族の平均:3、獣人の平均:0.5、魔族の平均:1』

『人間の個体数を10とした場合、妖精族:1、獣人:4、魔族:2』


 あれ? ここの数値だけ他の代表的な種族に勝っている。


「ほら。頭脳と個体数の数値は私たち人間の方が上でしょ? だから私たちは数の暴力で押し切りながら統率も上手く取れる。でも他の種族はいくら少数精鋭だと言っても私たちと比べて頭脳は高くないから各々がバラバラになってしまうの」

「なるほど。つまり多勢に無勢、烏合の衆みたいなものなんだね」

「ん? 何よ、それ?」

「今のは聞かなかったことにして」


 お姉ちゃんは困惑の表情を浮かべていたが自分を無理矢理納得させたのか、首をかしげて咳ばらいをする。


「つまり、人間と他種族でうまくバランスを取り合っているということを私は言いたかったのよ」

「なるほどね……」


 俺は唇に指を添える。


 てっきりこの世界は理不尽だと思っていたけど、意外とバランスが取れていたんだな。

 でもよくよく考えてみればそうか。

 もしバランスが取れていなかったら圧倒的弱者である人間はとうの昔に蹂躙されているはずだもんね。


 俺は顎に手を当て、輪郭をなぞる。


「どう? 私の説明、わかりやすかったでしょ」


 お姉ちゃんは背筋を伸ばしていた。


「うん! すごくわかりやすかったよ。ありがとう、お姉ちゃん!」

「ふ、ふん。当り前よ! 私みたいに優秀じゃないとレオンのお姉ちゃんは務まらないわ」


 必死にお姉ちゃんのとしての威厳を保とうとしているが唇がピクピクしていた。

 俺は内心、そんなお姉ちゃんを可愛いと思っていた。


「よし。それじゃあ今日の読書はここまでしましょ」


 俺は一瞬耳を疑う。


 えっ、い、今、今日の読書はここで終わりって言った?

 絶対言ってたよね?

 まだ読み始めてから2時間しか経ってないよ?

 いつもだったら7時間も読んでいるのに。


 俺は心の中で飛び跳ねる。


 とりま、ラッキーだぜ!!


「うん。わかった。今日もありがとね、お姉ちゃん」

「……! ふ、ふん。まさかレオンがそんな素直にお礼が言えるようになったなんて。いつの間にそんな子になったのかしら」


 お姉ちゃんと視線が合わない。

 それに加え、顔が妙に赤みがかっている気がする。


「じゃ、じゃあ私は部屋に戻るから。何か用事があったら私を呼びなさい」


 お姉ちゃんはそう言うと地面にあった本を抱えるようにして持つ。

 そして颯爽と俺の部屋を後にした。


 一方、部屋の中央に取り残された俺。

 お姉ちゃんのあの雰囲気でなんとなく察していた。


「あれ、絶対照れてたよな。まあ、可愛いものが見れたからいっか」


 そうして俺はベッドに飛び込むと目を閉じて脳の整理をし始めるのだった。

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