第4話 お姉ちゃんと母さん
俺はベッドで仰向けになりながら、いつものように読書をしていた。
読んでいる本は母さんが買ってくれた本。
今までは本に興味なんてなかったが、いざ読むようになると意外に面白かった。
我ながら、成長したな。
そんなことを考えながらページをめくった。
すると突然、外から魔法の音が聞こえてくる。
「閃々光槍!」
はあ。もう少し、静かにやれよ。
パタンと本を閉じ、机の上に置く。そして、窓から庭をこっそり覗き込んだ。
魔法の杖を目の前の的に向けているお姉ちゃん。宙には黄色に輝く魔法陣が4つほど回転している。
母さんはお姉ちゃんの隣に立っていた。魔法を使うお姉ちゃんを見守っている。
「大地に降り注ぎし恵みの光。与えられし恩寵を力に。光魔法発動。閃々光槍」
魔法陣から光の槍が放たれ、そのまま的に突き刺さった。
思わず見入ってしまう。
「ああ。やっぱりダメだ……」
お姉ちゃんは肩をすぼめる。
「ん~もう1度撃ってくれないかしら?」
「え~? もう1回? 何回やってもダメだったのに?」
「魔法をうまく使いたいんでしょ?」
「……わかったわ」
お姉ちゃんは毎日、朝食の後から昼時まで魔法の練習をしている。
そんなお姉ちゃんにとって母さんはピッタリの存在だった。
なんと母さんは昔、村の教会で魔法を教えていたのだ。
いいなぁ。魔法が使えて。
俺の年齢だと、まだ魔法は使えない。
どうやら魔法を発動するときに使う「魔粒子」という魔素のようなものが体には毒なんだとか。しかも複数種類あるらしい。
3歳になると特定の種類に対する耐性がつく。そこで行うのが「魔法検定」。耐性の種類を確認する行事だ。簡単に言えば、自分に適性のある魔法の属性を確認する試験だ。
だから1歳の俺は、魔法が使いたくても使えない状況だったのだ。
「ーー光魔法発動。閃々光槍」
お姉ちゃんはまた光の槍を放つ。
それを見た母さんは首をかしげながらお姉ちゃんに話しかける。
「やっぱりまだ粗があるわね……」
「粗……それってどうやったら治せるの?」
母さんは腕を組み、髪の毛をいじり始める。
「そうね~。どうやってって言っても……うーん、難しいわね」
「簡単にでいいから、簡単で」
「ん~……」
「大丈夫よ、ママ。私ならいけるわ」
目に自信が宿っている。
母さんはそんなお姉ちゃんをしばらく横目で見ていた。
「はあ……わかったわ。でもしっかり聞いててね。かなり難しいことを言うから」
「うん! 大丈夫!」
突然両手で宙をかき回す母さん。
「こう、ぶわーんって感じにやれば粗がなくなるわよ」
俺は目が点になる。
ぶ、ぶわーん? 何を言ってるんだ? 母さんは。バカなのか? そんなんで伝わると思ってんのか?
「ぶ、ぶわーん?」
キョトンとしながら母さんの動きをまねるお姉ちゃん。
ほら。お姉ちゃん、完全に困っていーー。
「なるほど! わかったわ!!」
るじゃんか……って、え? わ、わかった? え? あれで?
お姉ちゃんは目をキラキラと輝かせている。
「こう、ふらーん、じゃなくて、ぶわーんってやればいいのね!」
「え!? そう! そうよ! 今のでわかるなんてすごいじゃない!?」
いや、母さんも伝わらないって思ってたのかよ……。
お姉ちゃんの顔には自信が宿っていた。
もう1度、的に杖を向け、詠唱をする。
「ーー光魔法発動! 閃々光槍!」
槍の放つ光がさっきよりも明らかに強まっていた。そしてそれはそのまま的に向かって放たれる。
槍が突き刺さった瞬間、爆ぜるように壊れてしまった。
えっ……。
俺はギャップで言葉を失っていた。
飛び跳ねるお姉ちゃん。
「やった! やった! ママ! 見た!? 今の。すごいわ! ありがとう!」
お姉ちゃんは母さんに飛び掛かる。
母さんはそんなお姉ちゃんを抱き返すと、穏やかな声で話し始めた。
「さすがガーベラね」
「えへへ……」
赤子のような笑みを浮かべていた。
……。
胸の奥がジーンとする。温かいのに……痛い。
気を紛らわせるためにさっき読んでいた本をまた読み始める。
だが、意識はずっと窓の外に向いていた。
「ねえ、ママ?」
「ん? どうしたのかしら?」
「パパっていつ帰ってくるの?」
父さん。そういえばスタンピード対策で遠征にでてるんだっけ?
俺たちの住むオリエール地方は世界で1番魔物が活発な地域として知られている。
スタンピードもよく起こる。
俺の父さんは村の衛兵兼狩人。村を守らないといけない。
そこで父さんは先週、スタンピード対策のための遠征に出ていってしまっていた。
「パパはね、えっと今日が9日だから……明後日に帰ってくるわよ」
「えー遅いよー。せっかくパパに自慢しようと思ってたのに……」
お姉ちゃん。父さんは俺たちを守るために命を張ってるんだ。そんなわがままを言ってあげるなよ。可哀そうだろ?
今すぐにも注意してやりたかったが、こっちに矛先が向くのも嫌だったので心の中に留めた。
毛布を足で引っ張る。
父さんは……無事だよな?
最近はより一層魔物が強くなっている。いくら剣豪の父さんでも苦戦しているはずだ。だが、無力な俺はただ父さんの無事を祈ることしかできない。
唇をあまく噛む。
……いやいや、俺は何を考えてるんだ。そんな不謹慎なこと……。
首を左右に振って意識を再び本へと戻す。
文字がうまく読めない。完全に集中力が切れてしまっている。
その時、また外から声が聞こえてきた。
「そうだ! ねえ、ママ。私、レオンに自慢したいわ!」
え?
結局何もしなくても矛先が向いてしまった。
俺は窓からかすかに頭を出す。
母さんは目を閉じていた。
「ん~……いいわよ。でも私が見ているところでやりなさい」
「はーい! じゃあ、レオンを連れてくるわね!」
お姉ちゃんはそう言うと、勢いよく家に入っていった。
ドタドタと足音が響く。
はあ。せっかくゆっくりしようと思ってたのに……。またゆっくりできないじゃんか。
俺はベッドに倒れ込む。
お姉ちゃんはかなり強引だからな……。
ドアがドンと音を立てた。
「レオン! 今、暇よね?」
「はあ……これでも暇に見えると思う?」
おもむろに本を見せる。
「うん」
ダメだ、こりゃ。
「……コホン。それで、何?」
お姉ちゃんは俺に顔を近づける。
「レオンに自慢したいことがあるから一緒に庭に来てくれない?」
「ちょ、近い」
顔を手で押さえつける。
だが、お姉ちゃんはそれでもぐいぐい来た。
「ねえ? いいでしょ?」
「わかった。わかったから。行くから。すぐに行くから!」
「やったー! レオン大好きー!」
お姉ちゃんに抱き着かれた。
やっぱり抵抗してもダメだったか……。まあ、わかってたからいいんだけど。
そうして俺はお姉ちゃんに連れられるまま、自室を後にするのだった。




