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第2話 目覚めの時

 真っ黒な空間に漂う1つの青白い魂。


 俺は死んだ。

 坂口勇は電車に轢かれて死んだ。


 だがこれは当然の結果だった。

 俺が紡いできた人生はあまりに罪深いものだったから……。天罰が下ったのだろう。


(何も、見えないし、何も感じない。やっぱり俺、死んだんだな……)


 改めて死を実感する。

 でも何故か不思議と心は落ち着いていた。

 まるで自分の置かれている状況が他人事かのように。


 俺は間違いなく地獄に落ちる。

 そしてそれまでの間、何も感じないこの真っ暗な空間をただ彷徨う。

 きっとそうなるのだろうとこの時の俺は思っていた。


《ユウ・サカグチ。目覚めるんだ。お前さんはまだ死んではならん》


 老人の声が脳内に響く。


(だ、誰だ!?)


 叫ぶが返事はない。


 俺は体が一気に熱くなる感覚に襲われる。


 い、今のはいったい……。

 まだ死んではならないってなんだよ!?


《お前さんにはまだやってもらわねばならんことがある。目覚めろ。ユウ・サカグチ》


 またあの声が脳内に響く。


(だ、だからお前は誰なんだよ!? 俺をからかってるのか!? 落とすならさっさと地獄に落としてくれよ!!)


 返事はなかった。


(まさか、向こうには俺の声が届かないのか?)


 俺は静かに唇を嚙みしめる。


(おい!! じじい!! 俺の質問に答えろよ!!)


 やっぱり返事はなかった。

 そこで俺はさっきの仮説が正しかったと確信する。

 だがそれはより一層の俺の疑問を深めてしまった。


(この空間は空っぽなはずだ。何で突然声が……。それに体が妙に温かい……。いったい何が……)


 すると俺の視界が灰色に染まる。

 それと同時に鳥のさえずりが耳に入ってくる。


(うわ!? ま、眩しい……)


 俺は顔に手をかざす。


(ったく、何で急に眩しく……え? ま、眩しい?)


 その当たり前な感覚に俺は混乱する。


 さっきまで何も感じてなかったはずだよな?

 何で鳥の鳴き声と光が……それに何かふかふかとしたものの上にいるような……。


 その時、俺はさっきの老人の言葉を思い出す。


《お前さんにはまだやってもらわねばならんことがある》


 背筋がヒヤリとした。


(いや、そんな……漫画の世界じゃあるまいし……)


 俺は静かに目を開ける。

 するとそこには見慣れた白い天井……ではなく木の天井があった。

 一度、辺りを見渡す。


 壁に立て掛けられている綺麗な花畑の絵画。

 風で靡いている赤色のカーテン。

 ふかふかなベッド。


 そんな景色に心の中の風船が膨み始める。


(まさか……)


 覚悟を決めて自分の手を確認する。


 ふっくりとした小さい手。

 その手で顔を触る。

 もちもちとしたほっぺにボリュームを一切感じない髪。


 そこで半ば信じられないという気持ちを抱えながらも確信する。


 俺は「転生」したのだと。


(俺が転生……。何で。俺は死なないといけなかったはずなのに……)


 俺は歯茎を食いしばる。


(まさかさっきの声が?)


 どんどん考えが膨らんでいく。


 電車に轢かれて死んだこと。

 死んだかと思えば何も感じない空間に飛ばされていたこと。

 その空間を彷徨っていたら突然老人の声が頭に響いてきたこと。

 「お前にはまだやってもらわないといけないことがある」という老人の発言。


 それでも結論は一向に見えてこないどころかさらにこの状況の異質さを深堀していくだけだった。


(いや、待てよ俺。も、もしかしたら転生したのはただの勘違いで、今は誰かの家に……)


 そこで俺は駅周辺の環境をふと思い出す。


 立ち並ぶビル群。

 大きくて広い道路。

 絶えない人の群れ。


 あそこには一切の自然がなかった。

 それにもし俺が本当に生きていたのだとしても、今の体の状態とあの時感じた体が破裂するような感覚の説明がつかない。


(ありえない……。何で、俺は……)


 俺がそう絶望していた時だった。

 ギィーと部屋の扉が音を立てながら開く。


(誰か来た!?)


 俺は一瞬、固ってしまう。

 そして視線だけを扉へと移そうとする。

 だが首が思うように動かないせいでギリギリ扉の方を見ることができなかった。


 俺がそうやって困っていると囁くような話し声が聞こえてきた。


「                           ?」

「     」

「     ?」

「   !」


 彼らが何を言っているのかはわからなかった。

 だが辛うじてその声が女の子と男性のものだということはわかった。


 ゆっくりと近づいてくる2つの足音。

 俺は少し身構える。

 すると現れる親子らしき男性と女の子。

 俺の視線はそんな2人に釘付けにされる。


 男性は20代後半と言ったところだろうか。とても若く優しそうな青年で、髪色は深い赤色、目の色は夏の海のように爽やかな水色をしていた。


 一方の女の子は8歳ぐらいの見た目をしていて、男性と似た髪色、顔つきをしていた。

 だが目は夜空にポツンと浮かぶ、満月のような黄金色をしていた。


 そしてそんな2人は一瞬モデルかと思ってしまうほどに美しい顔立ちをしている。


(な、なんだこの美形親子は……。これが俺の親なのか? それに……)


 俺は一度、女の子の方に視線を向ける。

 すると突然、俺は父親に抱きかかえられてしまった。


「う、うあ!」


 驚きのあまり少し暴れる。

 だがそんな俺を父親は優しく(なだ)めながら揺らす。


(ちょ! そんなに揺らすな!)


 初めは嫌悪感でいっぱいになっていたが、次第にそれが快感へと変化していく。


(何故赤ん坊が親に抱きかかえられると泣き止むのか、少しわかった気がする……)


 徐々に和らぐ俺の顔。

 それを確認した父親は、


「             ?」


 と女の子に話しかける。

 すると女の子はもじもじしながら首を縦に振った。

 そうして俺は女の子の腕の中に納まる。


 お互いの目を覗き合う赤ん坊と赤髪の女の子。

 そんな彼女は腕の中に納まる(おれ)を覗き込んでいる。


「あ、う?」


 俺はその見た目に我慢できず、つい声を発してしまう。


(あ! やべ。つい声に……)


 すると彼女は目を輝かせながら俺の頭に頬を擦りつける。

 彼女のほっぺはぷにぷにしていてマシュマロのようだった。


「                    !!」


 彼女は何かを言っていたが言葉がわからない。

 でもこの感じだときっと嬉しいとかそんなことを言っているのだろう。


(よかった……)


 俺の肩の力が抜ける。

 すると父親が俺に微笑みながら話しかける。


「             」


 言葉はわからなかったが彼の笑顔はとても温かった。

 それは俺がもう見れないと思っていた、もう感じられないと思っていた「家族愛」そのものだった。


(俺にまだ、こんな顔をしてくれる人がいるだなんて……)


 一度、俺は女の子の顔を見る。

 その時、女の子が父親よりも温かい笑顔をしていることに気付いた。

 それを見て俺の心の中にあった鎖が揺れる。


(俺にまだ生きる価値があるのか?)


 俺は女の子の服を両手で鷲掴みにする。


「あうあ! あうー!!」


 言葉にならない声で必死に叫ぶ。

 そんな俺を女の子は不思議そうな目で見ている。

 俺はその顔でハッとする。


(いや。何をやっているんだ、俺は。この子は……)


 その時、俺の目に1本の反射光が差し込む。


(うっ、眩しい!)


 俺は眩しくて目の窓を勢いよく閉じる。


「          」


 女の子がそう言うと左手で髪の毛を(いじ)り始めた。

 俺の視界を遮る光が消え去る。

 ゆっくりと目を開くと女の子の左手には赤い花の髪飾りが。


(……)


 俺は女の子の方に顔を向ける。

 すると女の子が俺の視線に気づく。


「         」


 そう言う女の子はどこか懐かしい笑顔を俺に向けていた。


 何を言っているのかはわからなかった。

 だがそれは俺に「生きる権利」を与えてくれたようだった。

 それは俺のすべてを許してくれたようだった。


 俺は女の子の服を掴んでいた手を放す。


 俺には生きる意味がないと、生きる権利がないとずっと思っていた。

 あの時からずっと……。


 俺は強く拳を握る。


 だから本当は死にたかった。もっと早く死にたかった。

 でもどうやら神様はそれを許してくれないらしい。

 俺はまだ地獄にいけないんだ。


 心の中で静寂を広げる。


(俺はまだ生きないといけない……。でも……)


 楽しそうに話している女の子と父親を見る。

 そんな輝かしい光景に太陽光が差し込んだ。


(必ずしも前世と同じ生き方をしなきゃいけないわけじゃない、よな?)


 俺は体の力を緩める。


(なら俺は変わってやる。今度こそ、俺の望んでいた人生を歩んでやる。もう2度と同じ過ちは犯さない)


 その時、俺の中で鎖の落ちる音がするのだった。

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