第77話 タイガーの悪い笑み
ご訪問ありがとうございます。
毎日寒いですね。お互いに体調に気を付けていきましょう。
各自がそれぞれで食事を持ってテーブル席に戻ってきた。そして全員が集まるまで待つということは無く、席に着いた人から食べ始めた。それに倣って俺も食べ始めた。
「ご一緒してよろしいかしら?」という声に顔を上げると、アリアの切れ長の澄んだ瞳に俺の視線は釘付けとなった。
そして一瞬遅れてアリアの後ろに後衛班の女性が2人いることを確認した。
「あ、えっと……。」と慌てて周囲に確認するような視線を送ると、みんな頷いているので「どうぞ。」と言って、みんなで席を詰めていき、スペースを作ると3人はそこへ詰めるように座っていった。
「コーヅさんには自宅にお風呂を作って頂けるので改めてお礼を伝えたいと思いまして。」と言うと、アリアは連れてきた2人に目配せをした。
「ありがとうございます。」と、2人の女性から頭を下げられた。
「こちらこそ風呂を気に入ってくれてありがとう。」と俺は精一杯の爽やかな笑顔で答えた。
浴槽を作るのはティアの頼みだから断らなかったけど、これって一体何人と約束をしたことになってるんだろう、と少し不安にもなった。今更なので口には出さないけど。
「ほんの数日、お風呂に入っただけでお風呂無しの生活が考えられなくなってしまいましたわ。」
「そうだよね、分かるよ。俺もこの世界に来てとにかく風呂が欲しい一心で作ったし。でもみんなに受け入れてもらえて良かったよ。」
「本当にコーヅのお風呂への執着は異常だと思ってたもん。……今も思ってるけど。」とティアは思い出すようにしみじみと、そして余計な一言を付け加えつつ言った。
「一日の終わりにお風呂に浸かりたかったんだよ。それが水浴びくらいしかしてないって言われてさ。あの時は絶望したなぁ。」と俺は来たばかりの時に告げられた事を思い出した。
そんな雑談混じりに食事をしていると「おい、コーヅ。」と後ろの方から声がした。この声の主はタイガーだと思う。
「はい。」と返事をして後ろを振り向いた。予想通りのタイガーがそこにいた。
「フリーダに聞いたぞ。明後日には外壁は作り終わるんだってな?」
「その予定です。」
「領主様がプルスレ村に戻られるのが5日後くらいだから、このままここでお迎えしようと思ってる。それでだな……」
そしてタイガーは少し悪い笑みを浮かべた。「それまでにお前さんには領主様の度肝を抜くような準備をしてもらいたくてなぁ。」
突然、度肝と言われてもよく分からないんだけど?
「例えばどんな事を考えてるんですか?」
「遠くからジルコニアの旗が立ってるのが見えると何事かと思うよな?」
ふむふむ
「そしてな、村の入り口に高い壁があって、そこに衛兵が立ってたら、どこに来たのかと見間違うよな?しかも、ここまではもうほとんどできていると言っていい。」
まぁ、そうかも
「いいか?ここからが大事だ。村に足を踏み入れた時にどれだけ驚かせられるかを考えて準備しないといけない。」
そういうものなのか?
「お前さんには領主様が驚きそうなものを作って欲しいと思ってる。でも残していくプルスレ村の役に立つものでな。」
「分かりました。」と、内容をよく理解もせずに、ついついサラリーマンの性で返事をしてしまった。隣にいるティアを見たが、特に何の反応も無かったので間違いな返答ではなかったんだと思う。
「今、王国旗とから揚げと天ぷらを届けるようにアズライトに伝令を出してある。」
タイガーは悪い笑みを浮かべたまま、俺の肩をポンポンと叩いて去っていった。俺はタイガーを見送りながら、何を考えてるんだろう?と呟いた。
「領主様とタイガー隊長は仲が良いからね、ちょっとした悪ふざけの範囲なのかもね。でもこれであと1週間くらいプルスレ村に居る事になっちゃうね。」と、ティアは事も無げに言い、その場にいる人たちも軽い笑みを浮かべて頷いていた。
悪ふざけの付き合いで出張期間が延びるのは納得いかないけど、プルスレ村に残ることは嫌じゃない。まだやり残したこともあるし。でもアズライトにもやり残したことも色々とあるので、早く帰りたい気持ちもあるけど。
それにしてもサラやリーサも同じように領主の驚く顔が見たいって言ってたもんな。ここの領主はそういう扱いを受けやすい人なんだろうか?それって一体どんな領主なんだろうか、全く想像ができない。
「そっかぁ。あと1週間は居る事になるのか。」とシュリは両手を大きく上に伸ばして欠伸をした。
「でもさ、綺麗になったお風呂に1週間入れると思うとラッキーかもね。」
「確かにね、そう考えればラッキーだね。」
「私さ、吹き出物が消えたの。」
女子同士が顔を突き合わせるようにして、食事そっちのけの会話が始まった。
こうなると俺たち男性陣は存在を消して黙々と食事をする。普段は存在感の塊のようなショーンでさえ気配を消して食事に向き合っている。
「あ、分かる。私も薄くなったと思ってたの。」
「その上アズライトでの訓練に比べたら楽だしね。」
「あはははは、本当に。良いこと尽くめだね。」
女子だけの会話はテンポ良く進んでいく。そしてそんな会話をBGMに俺たちは食事を続けた。
「でも私は早朝とか深夜の見回りが嫌だけど。」
「私は好きだな。早朝も深夜も気持ちいいじゃない。」
このいつまでも続く雑談はできることならお風呂ででも続けて欲しい。
「……ねぇ、お風呂で続けたら?」
「そうね。」
言葉ではそう返ってくるが、スプーンを持つ手が動く気配は無かった。俺はそれ以上言葉を発することはせずに、大人しく女性たちの会話と食事が終るのを、村や森をボーッと見ながら待っていた。
―――
やがて長い長い食事も終わり、食器を片付けてから男女に分かれて大浴場に入った。
「長かったですねぇ。」と、軽鎧を脱ぎながらイメールが言うと、俺たちも苦笑交じりに頷いた。
湯船に浸かっていると、男の子の甲高い声が脱衣所から聞こえてきた。村の子供たちが父親たちを連れて来たようだ。
「うわぁ、すっげー。普通のおじさんって普通じゃないんじゃないのか?」
「そうしたら普通じゃないおじさんって呼んだ方がいいのか?」
男の子たちが走って入ってきたと思ったら、立ち止まってあっちこっちを見回している。
「こら!お前たちコーヅさんにそんな失礼な事を言うな。」と、その後から父親たちも入ってきた。
「いいじゃない。普通じゃないって認めてあげたんだよ。」
「いや、そういう事じゃなくてな。はぁ……」
父親たちの苦労が伝わってくる。俺の息子はこのくらいの年齢になった時にどんな感じになるんだろう?こんなにやんちゃなのか、それとも大人しいのか。はぁ……俺も家族に会いたくなる。
村の親子たちはキャッキャと言いながらシャワーで軽く流してから浴槽に入ってきた。
「あ、普通じゃないおじさんだ。」
「こら!すみません、コーヅさん。」と父親が謝るが、俺は全く気にしてない。
「大丈夫ですよ。親しみを持って接してくれている方が嬉しいですし。」と父親に言ったが、複雑な表情を浮かべていた。しつけと思うとそうなるかな。
「俺たちだって普通じゃないおじさんの事は好きだしな。」
そう言って笑う男の子を父親は苦笑を浮かべて見ていた。
子供たちはすぐに「熱いよ!出る!」と言って浴槽を出て元気に遊び回り始めた。それを父親たちが叱る。そして、同じように隣の女湯からも母親が叱る声が届いてきた。
「こういうのを見ると僕も家族が欲しいと思うよ。」とショーンが子供たちを目で追いながら言った。
「ショーンなんて沢山アプローチがあるでしょ。どんな人を結婚相手に考えてるの?」
「僕は騎士団に入りたいと思ってるから、まだ具体的には考えてないかな。無事に騎士団になれて正式配属されたら考えようと思ってるよ。」
「それだと遅くないですか?」とイメールが聞いてきた。イメールもこういう話題は気になるようだ。
「年齢は……まぁ、少しね。でも騎士団に入れるかも分からないし、入れたとしてもどんな役割になるかも分からないし、そういう状況を受け入れてくれる人じゃないといけないから。そういう人はなかなか居ないと思うよ。」
俺の頭にはリーサが思い浮かんだ。リーサならそういう事情を含めて受け入れてくれそうだけどな。でもここでリーサなんかどう?みたいな質問はしない。質問のタイミングが悪いと全部ぶち壊しになるし。
「ショーンさんの好みの女性ってどんな人なんですか?」
「僕は意志が強くて凛とした人が好きかな。」
やっぱりリーサの事が思い浮かんだ。ぴったりなんじゃないかなと思う。
「イメールはどうなの?」とショーンが返した。
「え?ぼ、僕ですか?」イメールは驚いているが、普通こういう事って聞いたら聞かれるよね?
「えっと……、僕は甘えられるような年上の優しい人が良いです。」
「あぁ。」
イメールの答えに俺もショーンもすごく納得した。イメールのイメージ的にもしっくりくる女性像だ。
「コーヅの奥さんはどんな人なの?」ショーンが聞いてきた。
「そうだなぁ。優しいし、しっかりしてるし、俺には勿体ない人だよ。」
「いいですねぇ。はぁ……僕と結婚してくれる人なんているんでしょうか?」
イメールはそう言うと、顔をお湯に沈めていきブクブクと息を吐き出した。そこへショーンが近付いていった。
「自分がそういう気持ちのうちは難しいよ。自分を磨いて自信を持てるように頑張るのが先じゃないかな。せっかくコーヅに新しい道を示してもらえたんだから頑張ろうよ。」
「はい……。」
イメールは自信なさげに返事をした。
陰キャ的なイメールに陽キャ的なショーンのアドバイスは少々ハードルが高いようにも思う。
「目標ができれば他の事にも打ち込む事ができるよ。」
「はい……。」
イメールには耳が痛い話のようで更にトーンダウンした。
「それって衛兵の事?」
俺はイメールが衛兵の中でも少し雰囲気が違うと思っていたので聞いてみた。
「はい、僕はたまたま衛兵になれたからなったんです。生物属性がBランクという理由で前衛班に入っているのですが……。」
「イメールなら建築ギルドの方が合ってたんじゃない?」
「絵を描く事ばっかりしていて職人から逃げ回って修行をしなかったんです。でも修行をやり直すような余裕は家に無かったので、藁にも縋る気持ちで適性検査を受けたんです。衛兵なのは本当にたまたまなんです。」
俺にはすごく分かる。俺も会社に入る時に志望動機なんてなかったし。今はやりがいを感じているけど、それには5年近くかかった。でも周囲を見回せば30年以上仕事にやりがいを見出せていなさそうな人も居たし。
「分かるよ。日本で仕事をする人たちもそういう人多かったし、俺もそうだったから。」
意外と思ったのかショーンとイメールが俺を見た。
「そんなに目的意識を持てる人は多くないって事だよ。でも目の前の仕事にしっかり取り組んでいると楽しみが見つかるもんだよ。」と言いながらも、見つからない事もあるけどねと心の中で付け加えた。
「異世界でも僕と同じような人がいるなんて、なんか少し安心しました。」とイメールの表情が少し和らいだ。
「でも1つ1つの任務は大事にしないと、いつまでも衛兵の仕事にもやりがいを見出せないよ。」
「はい、今夜の見回りから大切に頑張ります。」
「あ、そっか。2人は夜中に見回りがあるんだよね。それならそろそろ上がろうか。」と、俺は浴槽から立ち上がった。
「あれー?普通じゃないおじさんはもう出るの?」
散々走り回ったからか、今は落ち着いて湯船に浸かっている。
「うん、もう出て寝るよ。おやすみ。」
「おやすみー!」
俺は子どもたちの親に頭を下げてから浴室を出た。
外はすっかり暗くなっていた。とはいえ照明を増やしたのでプルスレ村に来たばかりの頃に比べたらかなり明るい。これでお酒でもあれば虫の音を聞きながら、この光を眺めていたいところだけど。
俺は2人と別れていつもの寝床へと向かった。
最後までお読みくださりありがとうございました。
次回は1月11日(火)に投稿予定です。遅れないように頑張ります。
またお時間ある時に読みにいらしていただけると嬉しいです。




