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第305話 カフェイン

 部屋中にコーヒー粉から発せられる、香ばしくて甘いチョコレートのような匂いが漂い始めた。

 よっしゃ!

 コーヒー豆へ、より確信に近付くことができたので、心の中でガッツポーズを作った。

「何と!この豆はこんなにも芳醇な香りを持っていたのですか。」とアレックスが興奮気味にまくし立ててきた。

「いい匂いなんですけどね、俺の思っているものなら苦いですよ。」と言うと、砕いたコーヒー粉をアレックスの前に置いた。

 アレックスは小さく頷いてから、その粉に指をつけた。そして匂いを胸いっぱいに嗅いでから舌先で舐めると、途端に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「香りと味にギャップがありますよね。でもこの粉にお湯を注いで抽出された飲み物をコーヒーと言って、俺のいた世界では広く飲まれてました。」

 もう異世界人とバレているので隠す必要はない。むしろ相手の反応を採用面接のつもりで見ることにした。

 まずは姿勢を正して自分にスイッチを入れた。

「飲むと美味しいのでしょうか?」

「最初は苦く感じます。でも、砂糖やミルクを入れると飲みやすくなります。」

「それは良いことを伺いました。」

 アレックスは真剣な面持ちで、俺の言葉に聞き逃さないようにしていた。

「では、あなたはこの豆を、どのようにこの世界へ広めたいですか?」

「は?……え、えっと……ニホンで流行るなら、この世界でも流行る力があるのかと思いました?」

 突然語調が変わったことに戸惑いを隠せない様子で、何が起きたか探るように答えた。

「そのために、まずどのような事から始めますか?」

「今の様に焦がしてみて……お湯を注いで飲んでみる……ですか?」

 質問を続けていけば、ふとしたところで相手の本性が現れる。……スパイだとすると、それを見抜くのは難しいのかもしれないけど。

 その後も豆をどうやって大量仕入れするのか、どのように宣伝して売るのか、などいくつか質問を重ねていった。アレックスは戸惑いながらも下手に胡麻化そうとしていない姿に誠実さを感じた。だったら仕上げは直球だ。

「俺のことをどこで知りました?」

「アズライトで噂を聞きました。だから帰り道のどこかで会う可能性を頭の片隅に入れてましたから。コーヅという名前も珍しいですし、見た目も特徴的ですぐに分かりましたよ。」と笑った。

 見た目……そういえば俺がアレックスを見分けたように、俺もアジア系でここでは目立つ容姿だった。しばらく鏡を見ていないから、すっかり忘れていた。

 合格だ。害のある人間では無いと思う。でも、残念ながら面接でその人の全てを正しく理解することは不可能だ。過去に何度も自分の見立てが外れたことはある。だから念のためにベルにも注意をしておいてもらおうとは思う。

 しかし、遂にこの世界でもコーヒー豆らしきものを見つけられた。珈琲文化はここから創られるということになるかもしれない。王都から逃げ出した時には、まずアレックスのいるローズマリーを目指したいと思う。

 別れ際にコーヒーチェリーが詰まった小袋を貰った。そしていつか自分の商会に訪ねてきたら、大袋にコーヒーチェリーを詰めて贈ると約束してくれた。そしてお互いに握手を交わして部屋を出た。

 そして部屋の前で番をしている冒険者に頭を下げて2階にある自分の部屋へ戻った。

『何を持ってきたの?』

 ベルの言葉にサブルが鼻をヒクヒクと動かしながら近付いてきた。

「これは多分コーヒーチェリーってものだよ。食べても良いけど、種は固いし、今夜寝れなくなるかも。」

『ぼくたちが?』とサブルが笑った。

 まあ、確かにいつも寝てる猫どもならそう思うかもしれない。しかし、カフェインという物質に(あらが)えるかな?

「試してみる?」

『……私は止めとく。』

『ぼくは、たべる!』

 俺は小袋から数粒取り出すと手のひらに載せた。それをサブルは臭いを嗅いでから種ごと食べた。

『ん〜とくに、おいしくもないね。』と言うと、またベルの胸元に入り込んで丸くなった。

 寝れるかな?寝れなければ、それはそれでこれがコーヒー豆である可能性が、より高まるのでありがたい。でも明日、出発するので眠くて歩けないということがあると、それはそれで困るけど。

 俺はこれを飲んでみたいけど、ドリッパーが無いので、焙煎したら豆を細かくして、そのままお湯を注いで飲む方法になる。それはインドネシアとかの沈殿コーヒーみたいになると思う。

 でも折角のコーヒー豆なんだから、これを温室栽培をしても良いのかもしれない。だけど木が育つまで年単位で時間がかかると思う。……そんなにこの世界にはいられないし、それは諦めるか。それとも頑張ってアズライトにもコーヒー文化を育てるか。それに、もしエルフはコーヒー豆が欲しくて、あそこに空間魔術道具を置いたのなら……それはないか。

 どこまでも自分に都合の良い妄想を止めると、ベッドに横になった。そして現実に目を向けて、魔力探知を始めた。薄く素早く網を広げていく。宿泊者、そして女将やアレン、エミリアが慌ただしく働いている。アレックスたちにおかしな動きは無い。そして天井には魔ネズミらしき存在がかたまっている。ネズミはベルの存在があっても逃げないことが多い。

 そこから外へ向けて魔力を延ばしていく。拡げていくとあるところから魔力出力の調整が難しくなる。揺れて壊れてしまいそうになる魔力を、何とか維持しながら少しずつ拡げていくが、震える魔力では既に魔力の検知なんてできていない。そうしているうちに、やがて魔力が発散してしまう。

「ふぅ~……。」

 暗い天井を見上げた。

『コーヅ……。ねむれない。』

 サブルの情けない声が聞こえてきた。それはある程度想定していたことだった。カフェインの呪いだ。それはあの豆がコーヒーである理由に、また一歩近付いたということだ。

「散歩に行く?」

『うん!』

 先ほどの魔力探知では、この辺りには魔力らしい魔力はなかったので、危険は無い。それが分かっているからかベルは何も言わずに眠っていた。

 静かな廊下を歩くと床の軋む音が響く。こういうところでもベルやサブルは音が立たない。スパイだったアレンたちはどうなんだろう?

 外はとても冷えこんでいる。土は凍ってしまっていて硬い。

「寒くない?」

『ぜーんぜん!』

「……サブルは今幸せ?」

 ふと聞いてみたくなった。あの時は仕方なかったとは言え、選択肢を消して彼らの意思を無視してテイムしたからだ。

『もちろん!おかあさんと、いっしょだし。それにホビーもいるし。』

「そっか。それなら良かったよ。これからもよろしくね。」

『うん!ねぇ、コーヅも、ぼくのせなかに、のってみてよ。』

 あの赤ちゃんだったサブルもホビーを乗せて走り回り、そして俺も乗せられると言う。まだまだ背は低くミニバイクのようだが、跨ってみると雄の隆々とした筋肉質の体に驚いた。

『つかまってて。』

 そう言ったかと思うと、風のように走り始めた。

「うわわっ!」

 ただでさえ低くて乗りにくいのに、左右に振られると厳しい。俺はサブルの肉厚の首にしがみついて何とか耐えた。

 ホビーはこれを乗りこなしてるのか……。凄いな。

「凄いね。」

 それはサブルに向けたのか、ここにいないホビーに向けたのか自分でもよく分からなかったが、とにかく凄かった。

『もりを、はしっていい?』

「森!?」

 こんな状態だと振り落とさそうな気もするたけど、ヒールや身体強化を強めておけば大丈夫……と信じよう。それに従魔との関係向上はとても大切なことだし。

「行ってみようか。」

『うん!』

 そう言ったと思うと、次の瞬間には音もなく森に向かって駆け出していた。今回はヒールの感覚鋭化の効果で、すれ違う木々がはっきりと見えている。

 しばらく走り回っていると、次第にサブルから次の行動が伝わってきた。そうすると体重移動でバランスが取れそうな気がしてきて、恐る恐るではあるが手を離してみた。木の隙間を縫うように走るサブルに合わせて体重移動をした。

 それに慣れてくると、この状態で魔力検知をしてみた。あまり遠くまではできないけど、数mくらいの範囲はできている気がする。サブルに驚いた小さな魔力が辺りを逃げ惑う様子が感じられた。

 そして、サブルとの呼吸も合ってくると、サブルが曲がる時には俺も体を預けるように倒した。するとサブルもそれが気持ちが良かったらしく、興奮して木の周りを無駄に周りながら走った。

 そうすると地面スレスレに顔が来るし、目の前に接近してくる木を避けたりするのが楽しい。これを体感すると、ホビーがずっと乗りたがる気持ちがよく分かった。

 やがて満足したのかサブルは村に戻った。

「ありがとう。楽しかったよ。」

『うん、ほんとうに。またのせてあげるよ。』

「ははは。ホビーがいないときにね。」

 満月に照らされたサブルの笑みがよく見えた。その小さな口からは短く小さな白い靄が繰り返し吐き出されていた。

 サブルを撫でながら部屋に戻った。ベッドに横になり眠りの世界に落ち――

『ねぇ、コーヅ。ねむれないんたけど。』とベッドに寄りかかり、猫パンチで起こしてきた。

「えー、そうなの?」 

 残念ながらカフェインの呪いはまだ解けていないようだ。俺はもう8割眠っていたが、サブルとゆっくり過ごす時間はこれまであまり取ってなかった。

『せきにんとってよ。』

「分かったよ。布団に入る?」と布団をめくった。

『おかあさんの、となりがいい。』

 俺は1度潜ったベッドから抜け出すと、サブルと一緒にベルに寄りかかった。

『全く……。』

 ベルが薄めを開けて呟くと、また寝息を立て始めた。

「サブルは森に帰りたいと思うことはある?」

『んー、たまにはおもうけど、ホビーがいるから、もうどっちでもいいかな。』

「そっか。」と呟きながら体を撫でた。

 従魔の幸せとはなんだろう?俺は彼らを残して日本に帰ることになってしまう。その時、リーサに託して人間の世界でのんびりと暮らすのが本当に彼らの幸せなんだろうか。

『私たちはそんなに考えなしじゃないから。心配しなくて大丈夫よ。』

 考えを見透かされたようにベルに答えられた。

『おかあさんとホビーとリーサがいっしょなら、ぼくもたのしいよ。』

「ありがと。」

 自分の我儘で彼らの人生を振り回してそうだったけど、少なくとも今は幸せだし、その後も大丈夫なようで安心した。

『ねー、コーヅ。もういっかい、さんぽいこ。』とお腹の上に飛び乗ってきた。

 もうそれなりに重たいが抱きしめて、頭を撫でた。

『それより、私と朝狩りに行くわよ、サブル。』

『やった!』とサブルは千切れんばかりに尻尾を振ってベルと部屋を出ていった。

 外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。夜明けが近い。少しでも寝ておこうとヒールに体を浸してから眠りについた。


 ふと目が覚めると、床に丸まってサブルが眠っていた。

「サブルは寝られたんだ。」

『今寝たところよ。あの実は危険ね。』

「慣れると効かなくなるけど、初めてだとこうなるかな。」

 サブルは外で朝食を済ませてあるので、その時間は寝かせておこう。しかしベルのお腹にはまだ余力があるようで、一緒に朝食の為に食堂に下りた。そこにアレックスたちの姿は無くて既に雪山越えに向かったそうだ。

 食事が終わり、お茶を飲み終えるとアレン、そしてエミリアとも別れの時を迎える。もし……次に会うことがあれば3人になっているかもしれない。

 そんな思いに耽っているとアレンが手を差し伸べてきた。俺はその手をしっかりと握り、最後のヒールをかけた。

「違うよ。」とアレンは苦笑したが、もう治癒してあげることはできないんだから。俺はエミリアにも手を差し伸べて丈夫な赤ちゃんを産めるようにヒールをかけさせて貰った。

「ありがと。何から何まで世話になったわね。もしエルフに会ったら、あんたのことを言っておくよ。」

「頼むよ。できたらあっちから接触してくれると助かるんだけど。」

「それも言っとくよ。」とエミリアは苦笑した。

 いくら別れの言葉を重ねても名残惜しさを補うことはできなかった。ほんの数日の付き合いだったが、命を懸けたとても濃密で深いものだったので、数年来の友人との別れのような名残惜しさがある。

「そうだ。記念写真を撮ろうよ。」

「?」

 俺は空間収納袋からスマホを取り出した。充電器が無いからクリソプレーズで少し写真を撮ったあと、電源を切ったままにしていた。そして電源を投入し、アレン、エミリア、そしてアリーシャや村長、リーサたちにも入ってもらって写真を撮った。

「……これが俺たち?」

 アレンがスマホを覗き込んだ。そこには寝そべったベルの後ろに立っている皆の姿が写っている。一応パッと見てアレンたちの顔が分からないように、風景も大きめに撮っていて、何も作られていない畑の後ろに作り立ての石壁がそびえている構図だ。

「うん、小さいから顔は良く見えないけど記念だね。」

「ニホンの魔術なの?本当にすごいのね。」

 これが魔術ではなくて、技術であることを説明したが、理解が追いつかないようでエミリアはポカンとした顔を見せていた。

「さ、行こっか。」

 ティアに促されて街道を歩き始めた。そして見えなくなるまで何度も振り返って手を振った。


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