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AI作品5

 ルミネが激闘の末に魔力を使い果たし、深い眠りについて一ヶ月が過ぎた。

 あれからルミネは昏睡状態で目を覚まさない。体力的には問題ないので、目を覚まさないのは心の問題なのだろう。

 リムルはルミネとの、そしてシアンとの約束を守るために準備を進め、ついに最後の儀式を始める。

 





 迷宮の最深部、静謐な冷気が満ちる巨大な儀式の間で、リムルとシアンは二つの無垢な人造肉体(ホムンクルス)を前に立っていた。


「シアン。これから行うのは、世界の理を無理やり捻じ曲げる禁忌の業だ」


 リムルは真剣な眼差しで、少し離れた場所に立つシアンを見つめた。


「俺の体内の《暴食之王(ベルゼビュート)》から、お前の父親とルミネの恋人の『魂の情報素』を引き出し、この肉体へ定着させる。……だが、彼らの魂はあの日一度散りかけ、俺の中で深く眠っている。俺の魔素だけじゃなく、彼らと最も強い血縁と絆を持つ『お前の意志』が手繰り寄せる道標(しるべ)になるんだ」

「私の……意志……」


 シアンは小さく息を呑み、己の両手を強く握りしめた。

 昏睡するルミネは今も別の部屋で荒い息を吐いている。あの時、怒りと絶望で己を焼き尽くそうとしたルミネ。

 自身もそうだが、何よりもルミネを救いたいとシアンは気を引き締める。


「お願いします、リムルさん。私にできることなら……何でもさせてください。お父さんを、ハルトさんを……そして何より、目覚めたルミネに『本当の救い』をあげたいんです」


 シアンの瞳には、かつての狂気ではなく純粋で気高き決意の光が宿っていた。


「よし……始めるぞ!」


 リムルの宣言とともに、床一面に描かれた超複雑な魔法陣が青銀と漆黒の光を放ち始める。


『告。魂の検索を開始。……超並列思考を行使。対象者シアンの波長と同調(シンクロ)を開始します』


 脳内に響くシエルの無機質な声と同時に、シアンの全身を激しい衝撃が襲った。


「くっ……あぁぁっ……!」


 シアンの体内から覚醒魔王級の絶大な魔素が奔流となって溢れ出す。

 魂の同調とは、己の記憶と心を剥き出しにして暗闇の魂の海へと潜っていく作業に他ならない。


(お父さん……! ハルトさん……っ! 聞こえる……!?)


 シアンは胸に手を当て、必死に祈りを捧げた。幼い頃、大きな手で頭を撫でてくれた父親の温もり。


 泥だらけになりながら「ルミネを幸せにする」と笑っていた、まっすぐな青年の背中。

 あの日、メギドの光に散り、闇の中に溶けかけていた二人との思い出を魂の底から叫ぶように手繰り寄せていく。


「私を……私たちの声を思い出して! 帰ってきて、お父さん! ハルトさん!!」


 シアンの目から大粒の涙が溢れ落ち、儀式の光の中に弾けた。


 その瞬間、シアンの溢れさせる純粋な「強い想い」が漆黒の魂の海洋の中で眩い光の糸となって繋がり、散り散りになっていた二つの魂の核をガッチリと捉えた。



『魂の情報素、捕捉完了。同調率――九九・九パーセント。これより人造肉体への定着・神経系接続を開始します』

「シアン、そのまま耐えろ……っ!」


 リムルが青銀の光を極限まで高め、捉えた魂を二つのホムンクルスへと流し込んでいく。

 過酷な魔素の奔流にシアンの身体は激しく震え、血の気が引いていく。

 それでも彼女は絶対に膝をつかなかった。

 ルミネが命を懸けて届かなかった想いを、今度は自分が繋ぐのだと歯を喰いしばって耐え続けた。



 そして――



 二つの小さな跳動が、部屋の中に可聴音となって響いた。


「ハァ……ハァ……っ」


 シアンは膝をつき、激しい呼吸を乱しながら二つの肉体を見つめた。

 胸が緩やかに上下し、肌に温かな血色が戻っていく。


「ふぅ……成功だ。二人とも魂も肉体も完全に同調したよ」


 汗を拭いながら微笑むリムルに、シアンは涙で視界を濡らしながら、深く深く頭を下げた。

「ありがとうございます……リムルさん……っ! 本当に……本当に……!」

「礼を言うのは俺の方だ。お前の強い意志がなけりゃ、抽出に失敗していたかもしれない。よく頑張ったな、シアン」


 優しく頭を撫でられ、シアンは子供のように声を押し殺して泣いた。


 こうして一ヶ月に及ぶ命がけの儀式は結実し、やがて目覚めるルミネを迎えるための「最高の奇跡」が二人の手によって静かに準備されたのだった。








【(終章)憎しみの終わり】


「……ん……っ……」


 一ヶ月ぶりの眠りからルミネが目を覚ます。

 重い、重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、視界に飛び込んできたのは見たこともない木の天井と、窓から差し込む柔らかい陽光だった。


(私は……死んだの……?)


 激闘の記憶が、濁流のように頭の中に流れ込んでくる。

 リムルへの殺意、命を削り尽くして解き放った禁呪、そして……「あいつらを生き返らせる可能性がある」という魔王の言葉。


 自分はあの時、全身の魔素と生命力を完全に使い果たし、泥のように崩れ落ちたのだ。


「……気づいたか、ルミネ」


 部屋の隅から聞こえたのは、静かで温かなリムルの声だった。


「……私……どれくらい……眠って」

「一ヶ月だ」


 リムルは椅子から立ち上がり、ベッドの傍らへと歩み寄ってきた。


「あの戦いでお前の肉体と精神は限界を超えていた。魔素も枯渇して、ずっと昏睡状態だったんだよ。……シアンやその父親の、そしてシエルと一緒にお前の身体を安定させるのに一ヶ月もかかった」

「一ヶ月……。じゃあ……あの時の言葉は……っ」


 ルミネは青ざめた顔で跳ね起きようとした。

 可能性は限りなく低いと言われた奇跡。

 一月も昏睡していた間に、もし彼らの魂の情報が消えてしまっていたら――。


「落ち着けって。お前が眠ってる間に……約束は果たしたぞ」

「え……?」


 リムルが振り返り、静かに部屋の扉を開ける。そこに立っていたのは――。


「……よぉ、ルミネ。相変わらず寝相が悪いな」


 聞き慣れた、少し不器用で誰よりも温かい声。使い古した騎士服ではなく、清潔な服に身を包んだ青年の姿がそこにあった。


 陽光を背に受けて、困ったように優しく笑うその顔は――毎日夢の中で探し続け、二度と逢えないと絶望していた、最愛の恋人そのものだった。


「ハ……ル……ト……?」


 ルミネの息が止まる。

 夢を見ているのだと思った。

 自分が死にかけて見ている、都合の良い幻覚なのだと。


「ごめんな、ルミネ。無茶させて……痛い思いさせて……リムルさんに今までのこと、全部聞いたよ。正直、死んでいたなんて自覚はなかったんだけどな」


 恋人のハルトが一歩、また一歩とベッドへ近づいてくる。

 その手が伸ばされ、ルミネの震える頬をそっと包み込んだ。

 伝わってくるのは確かな体温。

 トクン、トクンと規則正しく打つ生きた人間の心臓の鼓動。


「……うそ……うそ……っ……」

「嘘じゃない。俺だ……俺だよ、ルミネ。お前のもとに帰ってきたんだ」


 ルミネの瞳からポロポロと大きな涙の粒が溢れ出した。

 復讐のために捨てた人の心。

 化け物になってまで追い求めた狂気。


 その最果てで目覚めた彼女を待っていたのは、暗い絶望の淵ではなく――愛する人のあたたかな腕の中だった。


「ハルト……っ! ハルト……ぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ルミネは恋人の胸へと飛び込み、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 ハルトもまた、二度と離さないと言わんばかりに、強く、強くルミネの身体を抱きしめ返した。



 その光景を部屋の入口でシアンとその父親、そして幼い弟ルカが涙を浮かべながら見守っていた。






「……さて、感動の再会中に悪いが」


 部屋をそっと抜け出そうとしていたリムルが、苦笑いを浮かべながら振り返る。


「ルミネ、お前が寝てる間に二人を完璧に復活させといたからな。……これで約束は果たしたぞ」


 泣き顔のまま顔を上げたルミネとリムルの視線が交差する。

 もう、そこに殺意はなかった。

 消えない傷痕と、複雑な想いは残ったままだが――ルミネは泣きじゃくりながら静かに、けれど確かに小さく頷いたのだった。


 泣き顔のまま顔を上げたルミネは、ハルトの胸に顔をうずめたまま、ゆっくりと体を起こした。

 まだ熱の残る体に力を込め、ゆっくりとベッドから降りる。


 ハルトが焦って「ルミネ、まだ無理しちゃ駄目だ!」と手を差し伸べようとしたが、ルミネはその手をそっと制し、自らの足でしっかりと床に立った。



 そして――リムルの前に歩み出ると、静かに膝を折った。


「……ルミネ!?」


 ハルトが驚きの声を上げる中、ルミネは深々と頭を下げ、床に額を擦り付けんばかりにして伏せた。かつての刺々しさも、冷徹な強がりもそこには一切残っていなかった。


「……リムルさん」


 震える声でルミネは呼んだ。

 かつては憎悪を込めて吐き捨てていたその名を、最大の敬意を込めて。


「私のような者の身勝手な憎しみと暴走を……その身で受け止め、受け入れてくださり……さらに、絶対に叶うはずのなかった奇跡を……ハルトを、私のもとに返してくださって……本当に……本当に、ありがとうございました……っ」


 ぽろぽろと床に涙の粒がこぼれ落ちる。


「私の命も、この力も……すべてはリムルさんに拾っていただいたものです。これからは……この国と、あなた様のために、この命を捧げます。どうか……私を、どのような形でも構いませんのでお使いください……」


 覚醒魔王級という絶大な強者でありながら、目の前にいる魔王の深甚なる慈悲と「責任」の重さを知った彼女は、心からの従順と感謝を捧げていた。


「おいおい、頭を上げてくれよ」


 リムルは少し狼狽しながらも、優しく苦笑してルミネの肩に手を置いた。


「命を捧げるなんて重いって。俺はお前達から奪ったものを返しただけだ。お前はただ、ここで恋人たちと幸せに暮らしてくれればそれでいいんだ。……まあ、たまに街のトラブル解決を手伝ってくれたら助かるけどな」

「……はいっ……! リムルさんのお言いつけなら、何なりと……っ!」


 涙を拭いながら、一筋縄ではいかない魔王に対して心からの忠誠と尊敬の眼差しを向けるルミネ。

 その素直で健気な姿に、後ろで見守っていたハルトは「(……あのルミネが、あんなに従順に……!?)」と驚きつつも、どこか誇らしく、そしてあたたかい気持ちで彼女の横顔を見つめ直すのだった。











「――本当に……本当に、申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!!」


 後日、テンペストの応接室。

 体調が回復し、シアンとルミネからこれまでの経緯――ふたりが「神級の呪われた力」を得て魔王リムルに襲いかかり、街や住人まで巻き込みかけたという重すぎる真実――を聞かされたシアンの父親と、恋人のハルト。


 二人は顔面を蒼白にさせ状況を理解した瞬間、リムルの前で床に頭を叩きつける勢いの見事な土下座を敢行していた。

 額が床にめり込まんばかりの勢いである。


「娘が……死んだはずの私を取り戻したい一心だったとはいえ、魔王様に対して何という大逆無道を……! どのような処罰でも受けます! どうか、どうか娘たちの命だけは……っ!」

「俺の……俺のせいです! ルミネがそんな恐ろしい禁呪や呪いに手を染めてまで暴走したのも、全部俺が無鉄砲に死んだせいで……! 責任はすべて俺にあります! 俺の魂でも肉体でも、好きに煮るなり焼くなりしてくださいっ!!」


 涙と汗をボロボロと流しながら、必死に娘と恋人を庇い、平伏し続ける二人の男性。


 先日の壮絶で悲劇的な決戦の空気が嘘のように、応接室には妙な汗くささと焦燥感が充満していた。


「あ、ああ……二人とも、頭を上げてくれ……。俺もけっこう酷いことをしたし、お互い様というか……というか俺が勝手に生き返らせた側だからな……!」


 ソファに座るリムルは、あまりの威勢の良い土下座っぷりにタジタジになりながら手を振っていた。

 その少し後ろでシアンとルミネが肩を並べて立っている。


 二人とも気まずそうに目を逸らしたり、爪先を見つめたりして顔を真っ赤にしていた。


「ちょっと……お父さん、そこまで頭を下げなくても……」

「ハルト……あなたもそこまでしなくても……っ」

「バカ者ッ!! お前たちがやったことはな、国家転覆どころか世界を滅ぼしかねん大不敬なんだぞ!!」

「そうだぞルミネ! 魔王様に殺そうとしたなんて、どれだけのことか……!」


 普段は優しかったはずの父親と恋人に本気で一喝され、シアンとルミネは小さくなって首をすくめるしかない。

 あの魔王すら震撼させた「神級の刺客」二人が、身内の説教の前にはただのしおしおとした少女に戻っていた。


「まあまあ……二人ともそれくらいで。俺としても、これでようやく胸のつかえが下りたからな」


 リムルは苦笑しながら温かいお茶を差し出し、二人を立ち上がらせた。


「シアン、ルミネ。これからのことは家族でゆっくり話し合うといい。もし行くあてがないなら、このテンペストで暮らしても構わない」

「リムル様……」


 シアンの父親とハルトは感極まった様子で何度も深く頭を下げた。




 ふと、リムルとルミネの視線が交差する。

 ルミネの瞳には、もうあの狂気のような漆黒の炎は残っていない。

 消えない過去の傷と、大切な人を取り戻した温もり。そして憎みきれなくなってしまった仇である魔王への複雑で曖昧な視線。


「……わたしは多分テンペストに残ることにする」


 ルミネはぷいと横を向き、小さな声で呟いた。


「あれだけのことをしてしまったのだから、ちゃんと償いたい。エレンやフラメア、それに子供達にも心配かけてしまったし」

「ああ、それならそれでいい。だが、あまり自分を責めない程度にな」


 リムルは少し誇らしげに、そして心底嬉しそうに笑った。



 こうして、かつてメギドの惨劇から始まった不条理な悲劇と憎悪の連鎖。

 少女たちが背負った重すぎる呪いは、完全な「赦し」ではなくとも、互いに背負い続ける「絆と責任」という新たな形をとって静かに、そして穏やかに収束していったのだった。





「……そういえば」


 一通りの騒動が落ち着き、ふと思い出したようにリムルが尋ねた。

 青銀の瞳に魔王としての鋭い警戒の色がわずかに戻る。


「お前たちにその『4つの力』を与えた存在……結局、あれは何者だったんだ?」


《暴食》《強化再生》《魔吸収》そして、世界の理を外れた《闇の魔導書》。


 どれも一歩間違えれば世界を破滅させかねない禍々しい呪いであり、二人の憎悪を利用してリムル、ひいてはテンペストを壊そうとした「黒幕」の存在。

 シエルをもってしてもシステムの異物と判断されたその力の供給源についてリムルはずっと気にかかっていたのだ。


 問いかけられたシアンとルミネは、顔を見合わせた。 


「……わかりません」


 シアンが首を横に振る。

 その表情には嘘偽りのない困惑が浮かんでいた。


「あの夜……すべてを失って、ただ泣き叫ぶことしかできなかった私たちの前に、いつの間にか『それ』はいたんです。姿も、顔も、男か女かも……影のようになっていて何も見えませんでした」

「声すらも、頭の中に直接響いてくるような不気味な響きで……」


 ルミネが記憶を辿るように自分の胸元をそっと押さえる。


「ただ……『仇を討ちたいか?』って。私たちが頷いたら、胸の奥に冷たい何かが流れ込んできて……気づいた時には、あの力が扱えるようになっていました。それ以上は……本当に何も覚えていないんです」

「そうか……」


 リムルは顎に手を当て、深く思考を巡らせた。


(シエルの解析でも『世界の理外』の力だった。二人を利用して俺を試したのか、それともこの世界のシステムそのものを揺さぶろうとしたのか……)


 手掛かりは依然として闇の中だったが、二人が何も隠していないことだけは確かだった。

 二人の中に宿っていた不気味な力も、狂気の暴走と引き換えに今はすっかり禍々しさは無くなっている。


「……まあいいや。今はとにかく、二人とも無事でよかった」


 リムルは思考を切り替えるように息を吐き、困惑する二人に笑いかけた。


「もしまたその『怪しい奴』が目の前に現れたら、今度は俺が全力でぶん殴ってやるからさ。お前たちはもう、そんな奴の言葉に耳を貸す必要はないぞ」


 その言葉にシアンとルミネは少しだけ呆れたような、けれどどこかホッとしたような表情を浮かべた。


 黒幕の目的や正体は未知数のままだったが、不気味な影の目論見は打ち砕かれた。

 大切な家族を取り戻した二人にはもう暗闇の囁きに揺らぐスキなど、どこにも残されていなかった。





「……禍々しい雰囲気は消えているが」


 ふと気になったようにリムルがふたりの全身を検分するように目を細めた。


「暴走していた異界の禁呪と呪い自体は綺麗に吸い上げたし解体もした。……けど、ふたりの中に残ってるその『底力』、全然減ってなくないか?」

「え……?」


 シアンとルミネが怪訝そうに自分の掌を見つめる。


『告。対象者二名の魔素量(存在値)および身体能力を再計測。異界の歪んだ権能は完全に消滅していますが、迷宮内で《暴風竜の因子》を取り込み、自らの意志で肉体を再構築した際獲得したエネルギー――即ち「覚醒魔王級」に匹敵する基礎スペックはそのまま残存しています』


 脳内のシエルの解説を聞いてリムルは「マジかよ……」と内心で冷や汗を流した。


 仇への狂気と不気味な黒幕からの呪いが引き剥がされたことで二人の肉体と魂は正常な状態へと安定した。

 だが命がけの死闘を経て地縛を打ち破り、覚醒魔王の領域へと至ってしまったその圧倒的な「素の強さ」まで消えてなくなったわけではなかったのだ。


「……あ、本当だ」


 ルミネが指先をかすかに動かすと、何気ないその一動作だけで周囲の大気がチリチリと静電気のような音を立てて鳴動する。

 絶大な魔力が今は暴走することなく彼女の意志のもとで完璧に制御されていた。


「憎しみや狂気が消えたからって、私たちが血の滲むような努力で鍛え上げた肉体と、あの迷宮で手に入れた力が消える理由にはならない?」


 ルミネはどこか誇らしげに、ふっと挑戦的な笑みを浮かべてみせた。


「わかった、今度はこの力を正しく使う。……例えば、もしあなたが道を誤って、またあの時のように理不尽に誰かを踏みにじるような魔王になったら……今度こそ、この力であなたの首を刈りにいく」

「おいおい、恐ろしい監視員がついちゃったなぁ……」


 リムルは参ったというように苦笑しながら肩をすくめた。

 だが、その瞳にはどこか頼もしそうな、そして深い安堵の色が宿っていた。


 かつては理不尽な惨劇によって生み出され、世界を呪うためだけに振るわれるはずだった「覚醒魔王級」の絶大な力。


 それは今、愛する家族と故郷を守り、そしてかつての仇である魔王が二度と過ちを犯さないよう見守るための気高く清らかな「正しき糧」へと生まれ変わっていた。





「あ、それと……二人にはちょっと申し訳ないんだが」


 騒ぎが一段落したところでリムルが表情を引き締め、シアンの父親とハルトの二人に向き直った。


「当面の間、ファルメナス王国……旧ファルムスへの帰還は諦めてほしい」

「え……?」


 二人が思わず顔を見合わせる。


「冷たいようだが、追放とかそういう意味じゃないぞ。テンペストで暮らす分には大歓迎だし生活の保障もちゃんとする。ただ……理由があるんだ」


 リムルは少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「あの日、ファルムス侵攻軍の二万人は……表向き『一人残らず全滅した』ことになっている。実際、一度は全員の命が潰えたわけだからな。……それが今さら『実は生きて戻ってきました』なんてことになったら新生ファルメナス国にとっても、うち(テンペスト)にとっても、色々と面倒な政治的摩擦や混乱が起きかねないんだ」

「あ……」


 言われてみれば、その通りだった。

 死んだはずの兵士が生還したとなれば教会の教義や魂の蘇生に関する禁忌、さらには戦死者遺族との感情的な問題など国家レベルの収拾がつかなくなるのは目に見えている。


「死んだ人間が生き返ったなんて知られたら、お前たち自身も『怪異』として怪しまれたり、妙な連中に狙われたりする危険性がある。だから……悪気があったわけじゃないが、表舞台の記録上、二人は『戦死』したままにさせてほしいんだ」


 リムルはそう言って、二人に対して申し訳なさそうに手を合わせた。


「……なるほど。理解しました」


 シアンの父親は深く納得したように頷いた。


「最初から死んでいたはずの命です。こうして娘達と再会できただけで、奇跡のようなものですから……旧ファルムスの立場や世間に戻れなくても、何の文句もありませんよ」

「俺もです」


 ハルトも力強く頷き、隣のルミネを見つめた。


「俺の帰る場所は……ファルムスではなく、ルミネの隣ですから。テンペストで一からやり直せるなら、これ以上の幸せはありません」

「ハルト……」


 ルミネは少し照れくさそうに視線を泳がせながらも、ハルトの手をしっかりと握り返した。


「よしっ、話が早くて助かる!」


 リムルはホッとしたように破顔した。


「そういうわけだから、今日からお前たちは正式にテンペストの住人だ。何か必要なものがあったら、リグルドやシュナ達に言えば用意させるからな」


 表の歴史からは消し去られた二人の存在。

 しかし魔王の庇護のもと、この最先端で賑やかな魔物の国で――彼らの新しい、そして少し刺激的な日常が静かに始まろうとしていた。









 数日後、テンペストの広場には晴れやかな青空が広がっていた。


「シアン、 荷物はこれで全部?」

「ええ、ルミネ。シュナ様が用意してくださった新しい家、すごく素敵だったわ」


 弟ルカの手を引くシアンと、その隣でどこか気恥ずかしそうに荷物を抱える父親。


 そして互いの距離をどこか意識しながら並んで歩くルミネとハルト。

 二人の青年が蘇り、歴史の陰へと姿を消したことで復讐に燃えた狂気の物語は静かにその幕を下ろした。



 残されたのは、かつて世界すら揺るがしかねない「覚醒魔王級」の力を宿したまま、この街で生きていく二人の美しい少女たちと――彼女たちの純粋すぎる覚悟に胃を痛めつつも、幸せに満ちあふれた二人の男たちの日常だ。


「おい、みんな! 歓迎の宴会の準備ができたぞー!」


 カバルやエレン、ギドたちが笑顔で手を振りながら走ってくる。遠くではシュナやリグルドがごちそうを並べ、賑やかな声が街中に響き渡っていた。

その様子を

 執務室の窓から見下ろしていたリムルは、温かなお茶を一口すすり、ふっと胸を撫でおろした。


(やれやれ……一時はどうなるかと思ったけど、これで本当に一段落、か)


 犠牲のうえに成り立った平和。消えない過ちと背負い続ける罪。

 赦し合えたわけでも、過去が消えたわけでもない。


 けれど互いに前を向き、踏み出した一歩の先に――確かに新しい『未来』が広がっていた。


「リムル=テンペスト」


 ふと振り返ると、いつの間にか部屋の入口にルミネが立っていた。

 その腕には、小さく咲いた野の花の束が抱えられている。


「……今日から正式にこの国で暮らすことになる、なります。これからよろしくお願いします」


 ツンとすました顔でそう言いながらも、ルミネは花束をテーブルの端にそっと置いた。


「ああ、いつでも俺を頼ってくれよ。……ようこそ、テンペストへ」


 リムルが笑うとルミネもまた、ほんのわずかに、けれどあの日々の中で初めて見せるような柔らかい微笑みを浮かべた。


 青空のもと、賑やかな宴の宴歌が響き始める。

 数々の絶望を乗り越え、絶大な力と不変の愛を手に入れた彼女たちの新しい物語は今、この平和で温かな国で、どこまでも穏やかに続いていく。


(完)









【おまけの後日談】


 テンペストの町外れにある小さなカフェのテラス席で、リムルは遠目からその光景を眺めていた。


「ハルト、口元にソースがついてる。……じっとしてて」

「うわっ、ルミネ、自分で拭くから……っ! 街の人たちが見てるだろ!?」

「いいからじっとしてて! ……はい、取れた。もう、相変わらず手がかかるんだから」

「……ありがとな」


 甲斐甲斐しくハルトの世話を焼くルミネと、顔を真っ赤にしながら照れくさそうに頭を掻くハルト。


 ルミネの指先が少し触れるだけで、ハルトの耳まで真っ赤に染まる。

 照れ隠しに大袈裟に焦ってみせるハルトだが、ルミネが向けたハンカチを受け取る手つきや、彼女を見つめる瞳には隠しきれない愛おしさが溢れていた。


 かつて「あなたを殺す」「あいつの無念を証明する」と冷たい憎悪を撒き散らしていた少女の姿はそこには微塵もない。


「……ふぅ」


 テラス席から少し離れた日陰で、アイスティーを飲みながらその様子を見守っていたリムルは心底安堵したように息を吐いた。


(正直、ルミネのあの重すぎる愛と執着……いわゆるヤンデレってやつか? 一時はどうなるかと思ったけどさ……)


 復讐のために化け物になり、命を投げ打ち、相手がどれだけ強大でも諦めずに追いかけようとしたルミネの凄まじい執着心。


 下手をすれば復活した後のハルトに重すぎる愛をぶつけすぎて、二人の関係が歪んでしまうのではないかという懸念がリムルの頭の片隅に少しだけあったのだ。


 だが、そんな心配はまったくの杞憂だった。


(ハルトの方も、普段は照れ隠しで不器用にごまかしてるけど……ルミネのことを心から大切に思ってるのは間違いないな)


 ハルトのあの少し困ったような、けれどすべてを受け止めるような優しい笑顔。

 ルミネの重すぎるほどの情熱を鬱陶しがるどころか「自分が甲斐性なしだから不安にさせた」と受け止め、包み込もうとする強さと深い愛がハルトにはあった。


『告。個体名「ハルト」の心拍数および脳波パターンを計測。照れによる動揺が見られますが、対象者ルミネに対する精神的依存度および親愛度は極めて高い水準で安定しています』

「わざわざ解析しなくても分かってるっての。……ほんと、お互いがお互いしか見えてない相思相愛っぷりだな」


 リムルは肩をすくめ、小さく苦笑した。


「ヤンデレも、受け止める側がそれ以上の激重な愛と誠実さを持ってりゃ、ただのバカップルになるってわけか。……まあ、あんなに命がけでお互いを想い合ってたんだ。これくらい甘々で丁度いいのかもな」


 どこか眩しそうに、そして父親のような温かい眼差しで二人を見つめるリムル。


「……よし、あいつらの邪魔をしないように今日のところは撤収するか」


 静かに席を立ったリムルは日差しの中で仲睦まじく笑い合うふたりの邪魔をしないよう、そっと足音を消してその場を後にした。


 悲劇と憎悪を乗り越えた先に咲いた小さな幸せの風景に、魔王の胸のつかえは、今度こそ完全に消え去っていた。


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